アルカナ・ナラティブ/第6話/05

 今回のデートの舞台となる繁華街は、歴史的に見ると観音様を祀った仏閣の御膝元ということになる。しかし若者にとっては、そういった宗教的・歴史的な意味合いは薄い。
 若者向けのお洒落な衣料を販売する店がある一方で、ちょっと足を伸ばせばオタク層向けのホビー、ゲームが手に入る店がある。
 また、広大なアーケード商店街が広がる区画もあり、そこには多種多様な小売店が軒を連ねている。煎餅やおかきといった古き良き時代を感じさせる菓子類を売っている店もあれば、ゲームセンターやパチンコ店などのレジャー施設まである。出店で売っていそうなスナック感覚で食べられる料理を売っている店もあるし、小洒落た雰囲気の洋食店や日本料理やもある。
 はっきりいってカオスである。カオスであるが、そういったカオスこそが今回デートの舞台となった繁華街の本質だ。
 人並みの好奇心と多少の金のある人間なら、ぶらぶらしているだけで一日を潰せそうな街だった。
 この繁華街に来るのは今日で二度目。一度目は、今年のゴールデンウィーク最終日。クラスの男子共で時間に都合がつく連中と訪れた。あの時集まった名目は、不埒にも周防の下着姿をケータイのムービーに収めた阿加坂に天誅を下した祝賀会だ。
 もっとも俺の見立てでは、せっかくのゴールデンウィークに、カノジョがおらず寂しい連中がたむろしただけの印象を受ける。その状況証拠に、集まった連中は皆一人身。散策中にカップルを羨ましそうに眺めるヤツがいたり、『ゴールデンウィークなのにゴールドエクスペリエンスがないとは何事か!』などと叫ぶヤツもいた。
 しかも、なまじ飢えているとカップルにばかり目が移り、意外とそうでない歩行者がいることに気が回らないようだった。
 俺からすれば、同性とは言え休日に遊べるヤツがいるだけで十分にリアルが充実している人に分類されると思う。いや、マジで中学が不登校で、半分引きこもりな生活を送ってきた人間から見れば友達がいるだけで恵まれている。
 まあ、家に引きこもっていても叔父の書斎にあった書物で暇は潰せたけどな。あの頃は、古典文学がお友達という孤独なんだか文化的なんだかビミョーな生活を送っていた。
 ゴールデンウィーク末の繁華街散策においては、俺が唯一女に無関心だった。そのストイックさたるやプロテスタントの司祭もかくやというものだと自負している。
 そんな朴念仁が、数週間後の今日という日に、クラス内外から人気の高い女子である周防とデート……。世の中、ままならんことで満ちている。
 なお、この一件についてはクラスメイトには誰ひとりとして話していない。別にクラスメイトを信用していないわけではない。ただ、アルカナ使いが発端となっている今回の一件は、秘密裏に処理してしまいたかった。このデートが終われば、俺と周防の両想いは解消される予定なのだから。
 この想いはニセモノで嘘っぱちなのだ。
 周防を見ていると、心の底から滾々と湧きだす愛おしさも、周防の笑顔を渇望する欲求も、彼女への想いは何もかも。
 周防への恋慕を失うのに幾許かの切なさは禁じえない。ここ数日、朝起きたらまず思い浮かべるものは周防の笑顔だった。いつもなら、その日一日のスケジュールを機械的に回しているだけの無味乾燥とした頭なのにだ。恋の力はかくも強大。今なら若きウェルテルの悩みを理解してやれる。あ、でもピストル自殺はしない方向で。
 今の周防への想いを解除されたら、俺は周防をどう見るのだろうか。今まで通り、友達とか仲間とか、そういう無難な概念で処理しきれるだろうか。一度折り目を付けた紙が、また折り目から変形しやすくなるように、俺の想いもまた容易に変形しやすくなるのではなかろうか。
 そして、周防からすればどうなるのだろう。
 周防は魔法を掛けられてからも、いつも通りに俺と接していた。それこそ魔法が通じていないかのような変化の無さ。
 恋した相手に、一度手痛い目に合わされているから、魔法に掛けられても容易に心を開けないのだろうか。だとしたら、それは悲しすぎる。
 あるいは周防の魔法の効果である『嘘を見破る』という特性上、自分のニセモノの感情すら看破してしまうのだろうか。だとしたら、それは幸いなことだ。
 でも、実際のところどうなのだろう?
 いっそ、ここで訊いてしまうか? いや、しかし、その質問を名壁に聞かれたら話がこじれてしまう。
 名壁は俺と周防の後ろを、陸原と歩いている。つまり敵に背後を取られる形だ。不用意な発言は避けた方がいい。
 そもそも、現在、それ以上の問題が噴出していた。
 俺と周防は、仲睦まじさを演出するために手を繋いで歩いている。そこまではいい。これはあくまで演出であって嘘じゃない……と信じたい。少なくとも頭痛はしない。
 ところが俺と周防にはカップルとして決定的に欠けているものがある。
 会話だ。
 さっきから二人とも黙りこくって、とても気まずい。普段クラスでは適度に話したりしているくせに、こういう場になると緊張して言葉が出てこない。
 いっそ、落語を一席交えるか? しかし、俺に桂米朝師匠なみの話術があるはずがない。というか、初デートで落語なんぞしたら都市伝説が一つ追加である。
 そもそも、こちらが一方的に話し続けては、人間ジュークボックスの完成だ。会話は双方向で行われるから会話なのだ。
 まずは、無難に周防の趣味から話を広げていこう。
 ……周防の趣味? はて、何だろう? 学校では授業やクラスメイトの話題をメインに雑談していたので、そういった話はしてこなかったな。
「周防さん、ご趣味は?」
 思い切って聞いてみた。聞いてみてから思ったが、これではまるでお見合いだ。
「え、うんと、……剣道を少々」
 手堅い周防の回答。しかし、回答を導き出すまでに、彼女の目は虚空を元気に泳ぎ回っていた。
 ……何か、隠し事してるな、こいつ。
『嘘を見抜く魔法』を持っている癖に、自分で隠し事をするのはとことん苦手な周防。そんなところも可愛らしい。
 別に剣道から話題を膨らませるのも面白そうだが、隠されると気になるのが人としての宿命だ。
「なんか恥ずかしい趣味でも持ってるのか?」
 回りくどい訊き方なんてしなかった。むしろ、周防の反応から真偽を吟味していこうという方針だ。
「は、恥ずかしいっていうか、ちょっと変かもしれない……。女なのに、少年漫画が好きっておかしいよね」
「少年漫画……というと、『ケットシー・ブレード』とか?」
『ケットシー・ブレード』とは、某少年漫画で絶賛連載中の人気漫画である。時は明治初期、廃刀令が敷かれる中で、元士族の少年が剣の道を極めんとする物語だ。ただの剣客浪漫ものではなくファンタジーの要素も含まれている。というのも、この物語にはブーツを履いた喋るネコが登場する。そいつの名前がケットシーだから『ケットシー・ブレード』というタイトル。少年は喋る猫の知恵を借りて、困難を解決し、そして成長していく。要するに『長靴を履いた猫』と時代物を融合したような作品だ。
「アタリ。『ケットシー・ブレード』は単行本も全巻持ってる。変だよね。女の子なのに、そういうの読んで格好良いって思うの」
「いや、全然。ていうか、クラスの女子にも少年漫画読んでるヤツはいるぜ? 週明けに男子が学校に持ち込んだ週刊誌の回し読みに参加してるヤツもいるくらいだし。まあ、お前が腐女子だったらちょっと引くけどね」
「フジョシ? 確かに性別は女だからフジョシだけど、それが何か?」
 十中八九、周防のいうフジョシは婦女子という健全な意味合いで漢字変換されている。何よりである。
「やっぱ同じ剣の道を歩み者として、どんなキャラに憧れる? あの話って、色々なタイプの剣士が出てくるけど」
「うーんと、剣士のみんなも格好良いと思うけど、でも一番憧れるのは実はケットシーなんだ」
「それは意外。やっぱり可愛いからとか?」
 女性は可愛いものを可愛いという自分を可愛くみせようとしているという説がある。しかし、今の周防にそのような計算や打算は感じず、彼女は本心からそう言っていると思われる。
「それもあるけど、ケットシーって賢いから。状況を冷静に眺めて、行き止まりみたいな状況を、思いもよらない方法で解決するって格好良いなあって」
「なるほど、周防はトリックスターがお好みか」
「トリックスター?」
「トリックスターっていうのはね、物語を引っかき回す悪戯者や破壊者のことさ。悪戯者や破壊者と言うと何だか悪者みたいだけど実際はそうじゃない。例えばトンチで有名な一休さんを想像すればわかりやすいかな? 他にも日本の昔話だとこんなのがある。山で貴重な鳥が鳴いていることを耳にした殿様が、その鳥の鳴き声を聴きに行くために山道を作った。けど、その鳴き声は単なる山鳩で、鳴き声の話を言いふらした男は大層叱られる。でも、その男が流したでたらめな話のおかげで山には道が出来て、村人たちは大層喜びましたとさ」
「そんな話があるんだ。ケットシーもそんな感じのキャラクターだね。嘘を吐いたりするけど、その嘘が思わぬところで誰かのピンチを救ったりしている」
「嘘だけがトリックスターの真価じゃないんだけどな。例えば、破壊者っていう面で見ると、教師の言ったことをネタにクラスで爆笑をかっさらうヤツはトリックスターであると言える。教師の権威を『破壊』しちまってるわけだから。あと、学校関連で言えば、生徒の非行が発覚したところで、担任の教師と学級生徒が真剣に話し合って、そこに一体感が生じて、クラスの雰囲気が好転するってこともありうる。この場合は非行を起こしたヤツはまさにトリックスターなわけだ」
「だとしたら、翔馬もトリックスターだね」
 周防はさらりと言うが、俺は釈然とせず首を傾げた。今までの話の流れで、まさかそんな展開に転がるとは思わなんだ。
「どうして俺がトリックスター?」
「だって翔馬は、新入生キャンプで私の限界や諦めを、魔法みたいなやり方で『破壊』したんだよ。だからトリックスター」
 魔法みたいというか、実際に魔法は使わさせていただきましたけどね。
 あれって結局は嘘だから俺的には褒められた話じゃないんだけどなあ。でも、周防が喜んでくれているならそれでいい気もするし。でもでも、トリックスターって詐欺師的な要素の多い存在なんだけど。でもでもでも、折角周防がお礼を言っているんだから、無碍にするのも嫌だな。
「褒め言葉として受け取っておこう。ところで、『ケットシー・ブレード』といえば、UFOキャッチャー限定のケットシーのぬいぐるみがあるの知ってる?」
 困ったときの話題転換。自分でトリックスターという単語を出しながら、その話題のせいで首を絞められるとは中々滑稽だ。ちなみに低級なトリックスターは自分の撒いた種が原因で、自分を苦しめるハメになるものなのだとか。はい、確かに俺は(低級な)トリックスターでございます。
「知ってるよ。前から欲しいなあ、とは思ってたけどゲームセンターに行く機会ってなくて」
 だろうね。常日頃からゲーセンに出入りする周防の姿は想像できない。
「だったらさ、せっかくだしゲーセン行こうぜ。んでケットシー人形の捕獲作戦を展開。どうよ?」
 という旨の内容を、同じくデートする名壁・陸原ペアにも提案。
「別に俺は構わないよ。お昼までには時間があるしね」
「名壁君がいいなら私も」
 両名からOKが出た。現状、無目的にぶらついているだけだったので、ここらで方向性ができるのは二人にとっても好都合なのだろう。
 最寄りのゲーセンに入ると、早速ケットシー人形キャプチャー作戦を展開。作戦と言っても、獲りやすい場所にあったブツをクレーンですくっただけだ。
 一発でぬいぐるみをゲットする俺に対し、他の三名は、
「「「早ッ!」」」
 目を丸くしていた。
 運動技能を使わないことは大体に得意です。でも、絵を描くのだけは勘弁な。クラスでは、たまにそのことでネタにされる。きっとクラスメイトは内心で『画伯(笑)』とか思っているに違いない。もはや『スイーツ(笑)』の亜種である。
 人形を周防に渡すとミッションコンプリート。
 早々に来た目的が消化されてしまった。
「さーて、次は何をしようかな」
 とかぼやいていると、
「君さあ、もうちょっとハラハラさせてくれたりしないの?」
 ダメ出ししてくる名壁。
「問題ないだろう。やるべきことはさっさと済ますに限る」
「その言い方だと、まるでこのデートを楽しんでいないように聞こえるけど?」
 名壁は尚もつっかかってくる。
 名壁のいちゃもんを、……俺は否定できなかった。
 俺がこのデートを心の底から楽しんでいるかと言うと、それは微妙なところだ。
 このデートの真の目的は、陸原と名壁をくっつけて、陸原に魔法を解除してもらうことだ。
 大目標がある以上は、どうしてもそれが頭から離れない。こうしてゲーセンに寄ったのは、半分は周防のためにぬいぐるみを獲るため。しかし、もう半分は名壁と陸原に話のタネを提供するため。
 先ほど街をぶらついている際に、耳を後ろにそばだてると陸原が一方的に喋っている様子だった。このままではマズイと思い、話のネタが作れそうなゲーセンに立ちよったのだ。
 俺の心を見透かすように名壁は言うのだ。
「俺の言葉を否定できないなら、それは肯定と受け取ってもいいのかな?」
 そんな言葉を、周防の横で名壁は言うのだ。
 弁明の言葉が出ない。下手なことを喋ろうものなら、周防は嘘だと判別してしまう。
「氷華梨さあ、俺が言うのは変な話だけど、もうちょっと君を真剣に想ってくれる相手を好きになった方が良いと思うよ」
 爽やかな笑顔で、名壁は周防の心に土足で侵入する。
 周防の表情が陰った。
 だが、俺は何も言えない。
「名壁くーん、このゲームいっしょにやろうよ!」
 陸原に呼ばれ名壁は、不敵な笑みを浮かべたままこの場を立ち去る。周防も俺も何も言えずに、雑踏の音と電子音が俺たちを包み込んだ。

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