アルカナ・ナラティブ/第6話/06

 小洒落た感じの洋食店で食事をとってから、本日のデート午後の部が開始された。
 午前の部と、午後の部の大きな違いは、俺のデートに対するモチベーションである。
 正直、周防とどう距離を置けば良いのか迷いが生じていた。
 ゲームセンターで名壁に言われたことがズルズルと尾を引いていたのだ。
 本当の両想いなら、存分にいちゃつけば済む話だ。でも、まがい物の想いには、どうやって対処していけばいい?
 午後からは映画を観る予定だった。誰ともなしに提案された意見だったが、すんなり受理された。午前を通して結構歩いているので休憩代わりにもなる。それに、今日は日差しが強く、商店街のアーケード下を歩いていても薄ら汗をかくぐらいだ。一番暑い時間帯は屋内退避するに限る。
 立ち寄ったシネマコンプレックスは、商店街から十分ほど歩いた複合商業施設の最上階に位置していた。
 観たい映画の上映までには時間があるので、ペアになって店内を散策することに。
 現在俺たちは、女二人と男二人に分かれて行動をしている。周防と陸原は女性物の衣類コーナーを、俺と名壁は特に何をするでもなく漫然と時間を潰していた。
 どうせ別行動をとるなら、俺と周防、名壁と陸原のペアに分かれたかった。そうすれば名壁・陸原ペアに時間を作れるので、二人水入らずで店内を物色できるからだ。
 男と女のペアに分かれようと提案してきたのは名壁だった。理由は、名壁自身、俺と話し合いたいことがあるからだとか。
 一体何を話したいのか未知数で俺は身構えたが、断固拒否する理由は見当たらなかった。この際、名壁の心内を見極めたい部分もあったので俺は要求に乗る。
 名壁と離れられるというので周防は了承。意外にも陸原も首を縦に振った。陸原としては、名壁がいないところで周防と今後の作戦を練りたいのかもしれない。
「で、俺に用って何よ?」
 俺たちはシネマコンプレックスのあるフロアのエレベーターの脇に設置されているベンチに座っていた。
「いくつか君に訊きたいことがあってね」
 名壁は極々爽やかな笑顔で言うが、その爽やかさは裏に一物を内包していそうな胡乱なものだった。
「へえ、元カノが別の男とひっついてて気が気じゃなくなったわけか」
 腹の探り合いは得意な方だと自負している。挑発的に言ったのは、相手に頭に血を上らせて癇癪を起させる為。
 冷静さを失った人間は、要らんことまでペラペラ喋る性質を持つ。俺はそれを狙った。
「良い気分ではなかったよ。君が氷華梨と手を繋いで仲良さそうに街を歩いている様は」
 名壁は、おそらく本心であろう言葉を、しかし、顔色一つ変えずに告げた。
「でも、アンタには陸原がいるだろう。アイツ、アンタにご執心だぜ。周防に執着せずに、無難なところで切り上げた方が身のためだ」
「恋愛を投資みたいに捉えているような言い方だね。まるで見切り千両とでも言わんばかりだ」
 ほう、投資における格言を出して来ますか。
「だったら、その次には無欲万両と続ける気か?」
「まさか! 恋は相手が欲しいという欲動がモチベーションになって進展していくものさ。無欲万両も見切り千両も、恋という場においては役者不足の表現だよ」
 名壁は芝居がかった口調で言葉を紡ぐ。
「だったら、何か? 周防を手に入れるためならば、俺に宣戦布告する気か?」
「さてね。ところで君たちは本当に両想いなのかな?」
「質問に質問で返すのは無礼者のすることだぜ、名壁。――前にも言っただろ。答えはイエスだ」
「二人はいつ付き合い始めたんだい?」
「それは答えなきゃいけないことか?」
 お茶を濁すための言葉選び。真実は『そもそも付き合っていない』だが、まさかそれを正直に言うわけにはいかない。かと言って嘘をつくのは名壁であっても苦痛だ。
「質問に質問で返すのは無礼者のすることなんだろう?」
「だったら、これでお互い五分と五分だな。痛み分けってことでノーコメント」
「ふーん、じゃあ、どこまで進展した? キスはした? それとももう氷華梨と寝たのかな?」
「出歯亀か、アンタは。答える義理はないね」
 名壁との質問タイムを早々に切り上げたくなってきた。
 こいつはさっきから痛いところばかりついてくる。
 嘘をつけば、簡単に煙に巻くことは可能。しかし、それは俺のポリシーが許さない。そもそも、その嘘のせいで周防に変な噂が立ってしまっては申し訳が立たない。
「そんな下らねえ質問のために、俺と二人きりになりたかったんなら、俺は一人でぶらついてくるぜ。俺には周防がいて、アンタには陸原がいる。それで十分じゃないか」
 俺は言葉に棘を持たせて立ち上がるが、実際は怒ってなどいなかった。憤慨というよりは、この場から早く立ち去りたいという焦りがあった。
 立ち上がろうとする俺を、名壁は引きとめる。
「癪に障ったのなら謝るよ。でもね、これだけは覚えておいて欲しいんだ。俺は今でも氷華梨のことが好きなんだ。この気持ちは本物だよ。瀬田はどうよ? 本当に氷華梨が好きなのかい?」
 名壁の視線は決して真っ直ぐなものではない。邪視に近い底冷えのするものだった。
 蛇に睨まれた蛙の気分だ。
「人を好きになるのに、本物やニセモノがあるのか?」
「また質問に質問だよ、それ。いやいや、俺がこんな質問をしたのはね、瀬田と周防の態度がぎこちなく思えたからなんだ。本当に二人は付き合っているのか、甚だ疑問だ。まるで頑張って恋人同士を装っているみたいだよ、君たち」
 クククと、嫌味な声を上げる名壁。図星だが何も言わない。というより、図星だから何も言えない。
 こっちがイニシアチブを取るつもりで名壁の挑戦に乗ったのに、自分の不甲斐なさに腹が立つ。
 嘘をつけないのが問題だったのではなく、決定的に恋愛経験が足りないのが原因であったと自己分析。まして、話が恋の駆け引き染みてきたらもう致命的だ。
 恋愛能力を数値化すれば、名壁は七千八百万くらいありそうだ。対して俺は二あれば御の字レベル。……カニベース並だ。
「両想いの俺たちを、羨ましがってくれるのは恐れ入るよ。横恋慕が趣味なのか?」
「必要とあらば略奪愛すら厭わない。それほど氷華梨は魅力的ということさ」
 俺の挑発に対して、いっこうに涼しい顔の名壁。
 焦燥感が喧しくざわめく。
 周防に対するこの想いはニセモノなのに、いつかは瓦解する嘘っぱちだというのに……。
 どうして俺の心は、名壁に周防を渡したくないと強く脈打つ?
 魔法に当てられているだけなのだろうか。
 改めて自分に対して反吐が出る。
 魔法、魔法、魔法、魔法、魔法……!
 本当の俺の想いは一体どこにあるっていうんだ。
「名壁君、待った?」
 自問自答の迷宮に陥りそうなところで、俺たちに声をかけてくる者がいた。
 陸原だった。その横には周防もいた。二人ともウィンドウショッピングだけで済ませたらしく買い物袋の類は持っていなかった。
 俺はケータイで時間を確認した。そろそろ、映画の開始時刻だ。
「やあ、氷華梨。買い物は楽しめたかい?」
 落ち込む俺など意に介さず、さらに好意を向けてくる陸原も無視し、名壁は周防に微笑んでみせた。
「……」
 無言の周防。徹底的に名壁を無視するつもりらしい。
 最悪の空気の四人組。これから先の予定が映画鑑賞で本当に助かった。このまま街を散策という流れだったら、重い空気に押しつぶされて圧死しかねなかった。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 映画を集中して観ることはできなかった。
 延々と周防とのこれからについて考え込むハメになった。
 映画の内容はほとんど覚えていない。確か恋愛物で、紆余曲折あって、結局男女がくっつく物語だったような気がする。……って、このあらすじだと大抵の恋愛映画にも適応可能で説明になってない。ヒノエ先輩級のレビューだな、これは。
 映画を観たような観なかったような、お客様満足度ゼロな状態でシアターをあとにする。
「ねえ名壁君、私、映画を観る前に気になる服があったんだけど、男の人の意見も聞きたいから試着に付き合ってくれない?」
 陸原が名壁にアタック。身長差を利用した上目使いを名壁に繰り出していた。
「構わないよ。じゃあ、また、二手に分かれようか。二人は水入らずの時間の過ごすといい。一時間後に店の南玄関に集合ってことでどう?」
 その提案に俺が頷くと、名壁と陸原は雑踏の中に消えていった。
「陸原が名壁と上手くいくといいな」
 二人の姿が完全に見えなくなると、俺はポツリと口にする。
「私は、仮に陸原さんと名壁が両想いになっても素直に祝福できないかな。中学の時にされたことのせいで私は未だに名壁を疑ってる。本人が反省しているといっても、例えそれが嘘でなかったとしても、どうしても私には腑に落ちない。だから、名壁とつきあったら、今度は陸原さんが名壁に酷い目に合わされるんじゃないかって心配なんだ」
 周防の言い分はもっともだ。自分を犯しかけた相手を信用するなんてことは到底できるわけではない。
「それでも、陸原と名壁がくっつかないと、俺と周防に掛けられた魔法は解除されないんだぜ? 名壁と付き合いたいと言い出したのは陸原だ。仮に名壁に何をされても陸原の自己責任だ」
「そう……なのかな。でも、私は未然に防げるなら、陸原さんと名壁を引き離したい」
「おいおい、それじゃあ、俺と周防に掛けられた魔法はどうするんだよ?」
「そんなに、私と両想いでいることが嫌なの?」
 周防の消え入りそうな声に、俺は自分がとんでもない過失を犯してしまったんじゃないかと動揺する。
「嫌っていうか……だって、この想いはニセモノだ。周防だって嫌だろう? ニセモノの想いを抱いて、本当の恋ができないなんて」
 理性的にふるまいながら、それでも胸が苦しかった。
 周防が好きで好きでたまらない自分がいる。でも、その『好き』はまがい物。まがい物だけど、どうしょうもなく胸の内で暴れまわるのが恋心。
 恋する相手に言っている内容は『どうやったら二人は別れられるか』というもの。俺に恋心を向けている周防からしても、堪え難いに違いない。
「私がニセモノでも良いから、ずっと翔馬に恋をしていたいって言い出したらどうする?」
「自分を大切にしろ、と言うね。周防は知ってるだろう、俺の後ろ暗い過去を。俺はね、本当なら誰かを好きになってはいけないんだ。もしも俺の罪が周りにバレたら、好きになった相手にまで迷惑をかけかねない。だからさ、こんなヤツにお前が恋をするのは間違っている。お前にはもっとお似合いのヤツが、きっといる。素敵なヤツが見つかることを俺は祈っているよ」
 心が軋む。本当はずっと周防に恋をしていたい。周防に想われていたい。でも、ニセモノの想いなのだから、そんなものは駆逐しなければならない。
「……どうして翔馬は、自分の魅力に、自分で気づいてあげられないの?」
 周防は肩を震わせながら言う。
「俺に魅力なんて……ないよ。周防、お前は今、魔法に掛けられて色眼鏡を付けた状態で俺を見ているんだ。だから魔法を解こう。魔法が解ければ、お前は自由だ」
 周防は、偽りの恋をする相手の呪いじみた言葉を黙って聞いていた。

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