アルカナ・ナラティブ/第6話/07

 周防と過ごした一時間は、気まずいものだった。
 好きなのに、必要以上に接近するのが躊躇われた。今まで散々手を繋いだりと仲の良さそうな態度を名壁に見せつけてきたが二人きりならそれは必要ない。むしろ、必要以上にくっつくと魔法が解除された後に禍根を残しそうで怖かった。
 俺と周防は、物理的な距離の取り方からしてぎくしゃくしていた。剣道上級者で間合いをとることは専売特許であろう周防すら困り果てていた。ならば、頭でっかちな俺にそんな身体感覚を伴う作業ができようか。
 それなのに、周りにはいちゃつくカップルが相当数いた。そいつらを意識した俺は、かえって周防から距離を置いたものだった。
 かつて、好きだった男に襲われて心に深い傷を負った周防。まさか今度は俺が周防にトラウマを与える側になるわけにもいくまい。
 俺の振る舞いを紳士的と讃美するか、ヘタレと罵倒するかは際どいラインだ。自分的にはジェントルメンであったと評価している……評価したい……評価に値すると良いなあ……後の歴史の評価にこうご期待。
 雪だるま式に自己嫌悪が膨れ上がるので判断中止。
 その昔、相対性理論を発見したアルベルト・アインシュタインは、『綺麗な女の子と一時間並んで坐っていたとすれば、その一時間は一分のように思えるでしょう。しかし、もし彼が熱いストーブのそばに一分間坐っていたら、その一分間は一時間のように感じるでしょう。これが相対性です』と仰ったそうな。
 今回の場合、俺はどちらを適応すべきだろうか。
 周防という綺麗な女の子と一緒に一時間を過ごしたのだから、その一時間は一瞬だったというべきか。それとも、気まずい空気というストーブの傍に坐っていたのだから、莫大な時間を過ごしたというべきか。
 現代物理学は奇奇怪怪だぜ。タキオンの速度でお家に帰りたかった。
 一時間ほど、複合商業施設内をぶらついて、俺たちは約束の時間に、店の南玄関に集合した。
 すっかり夕刻だった。
 西方に傾いた太陽が、都市のビルの合間に隠れようとしていた。高層建築の隙間を縫って、こちらを照らしてくる光線が目に染みた。
 柄にもなく感傷的な気分になった。長かった四角関係ダブルデートが終わろうとしている。
 しかし、まだデートは終わっていない。俺たちの戦いはこれからだ。
 第一部完・瀬田先生の次回作にご期待下さい、とか書いておきたいところだが、残念、これは現実だ。現実なのにゲームのボス戦の如く逃げられない。
 大目標である名壁と陸原を正式に交際させるという問題が残っている。名壁の周防への執着心をどうにかしない限りは回避不能な難題だ。蓬莱の玉の枝や火鼠の皮衣を探すこと並に不毛な難題ではなかろうか。
 もう二人が家に帰ってからメールでやりとりして頂きたかった。陸原が振られた際のダメージという観点から、告白もメールで済ませてくれると好都合。メールで告白するなんて今の若いヤツらはなっとらんとか御年輩が言い出しそうだが知ったことか。『最近の若い者は……』なんて台詞はエジプトのパピルスにも書かれているカビの生えた言い回しだ。メールこそ我らの時代のツール。親指で、語る我らの胸の内――瀬田翔馬、心の川柳。
 そんなことを俺は考えていたわけだが、時間も時間ということで、俺たちは帰路につこうとしていた。
 俺はさり気なく陸原の表情をチラ見した。気難しそうな顔をしていた。名壁との親密度のパラメータ上げに満足していないらしき渋面。
 今日中に名壁と陸原をくっつける、という目的からするに芳しくない状況なのは明らか。
 さりとて、無理にくっつけようとして、くっつくものなのかという疑問も湧いてくる。瞬間接着剤で解決できる問題でもないわけだし。
 どうにか陸原に、百倍にも千倍にも御機嫌よくなって頂く方法はないだろうかと思案。
 現在俺たちは、帰りの駅に向かってアーケード街を移動中。
 一歩一歩がデート終了へのカウントダウン。今日のデートを通して陸原の魅力を名壁に伝えきれただろうかと吟味する。もっとも、陸原のどんなところに魅力があるのか客観的に評価しづらい。
 こんなダブルデートをしているのは、半強制的に誘いこまれたからみたいなもの。更に陸原の一番の特徴である異常なまでの情緒不安定さは全面に出してアピールしていいものではない。
 外見なら可愛いと言えんでもない。小柄でフワフワのツインテール。どこか小型犬を連想させる容姿。
 しまったなあ、もっと陸原の魅力を前面に押し出すプランを組んでいくべきだった。
 陸原の我儘な面が、第一印象としてこびり付いていたから、彼女の魅力を引き出す努力を怠ったという感が否めない。
 ここへ来て、俺の本日のプロモーターとしての腕が疑問視される。陸原を名壁とくっつけるという目標に対して、俺が最適な手段を取れていたかと言えば首をひねらざるを得ない。
 かといって、残り少ない時間で、陸原の魅力をプレゼンするのは難しい。そもそも俺自身が陸原の魅力とやらに興味がないのだから。
 陸原……陸原……陸原……。うむ、全く興味が湧かないぞ。むしろ迷惑なくらいだ。
 では、俺にとって困ったちゃんである陸原を、名壁はどう思っているのだろうか。実際問題、一番重要なことは、そこだよな。
 と、視点を変えてみると一つの気づきに至る。
 本日のデート、名壁があまり前面に参与していない。
 そもそもこのデートに彼は呼ばれただけだ。ゲームセンターにしろ、昼食をとった洋食屋にせよ、初めに行こうと言い出したのは俺。映画に関しては何となく出てきた意見だったが、それでも最終的に行こうと決定したのは俺。
 名壁と陸原の中を取り持つことに気をかけ過ぎて、俺が何でも決めすぎていたかもしれない。
「なあ、名壁。お前はどっか行きたいところとかないのか?」
 俺が考えた作戦は、名壁に俺たちを接待させるという逆転の発想だ。
 この方法の効用は以下の二点。
 まず、今回のデートに名壁を主体的に参加させられることだ。ある意味で主賓だというのに、まるで脇役のように振舞われるのはこっちとしては都合が悪い。人にも寄りけりだろうが、自分の思い通りに行動できるというのはそれだけで楽しいものだ。
 もう一つの効用は、仮に名壁が好き勝手に行動した場合、十中八九陸原はそれに付いていくという点だ。自分が好きなように振舞って、それに誰かがついてくるなら、付いてきたヤツに好感を持つものだ。
 ……ついでに付け加えると、誰かにこのチグハグ集団のかじ取りを押し付けた方が楽っていうのもある。が、それはあくまでオマケ要素。
 そんな理由から名壁のリクエストを訊いた。大体のことは叶える努力をいたしましょう。ただし、周防に危害が及びそうなことは即刻で拒否するけどな。
「だったら、この先に美味いジェラートを売ってる店があるんだけど、寄っていかないか」
 名壁の要望は極めて平凡なもの。しかし、これは好機。食の好みをさも一致させるように見せるのは案外簡単なことだ。要するに、名壁が美味いと感じるものを陸原も美味いと言えば、少なくとも好感度はダウンしない。名壁がそのジェラートに入れ込んでいるなら、共に美味しいと評価するヤツには好意すら抱くだろう。
「私も食べてみたい、それ」
 案の定、陸原は名壁の提案に乗った。ここまでは計画通り。
「もちろん、二人も来るよね?」
 名壁は俺と周防に笑顔で誘ってくる。
 さて、どうしたものか。このまま名壁と陸原を二人きりにしてしまうのがベターなのは考えるまでもない。とはいうものの、名壁の誘いを断る理由がない。嘘をついて煙に巻くのは嫌だしなあ……。
「どうする周防?」
 困ったときの周防頼み。うむ、我ながら誠に以ってヘタレである。
「私は構わないよ」
 残念。ここで『二人だけでどうぞ』とかツンとした態度で颯爽と去ってくれれば良かったのだが、そう全てが上手くは回らんか。
「じゃあ、行こうぜ。そのジェラート屋とやらに」
 こうして名壁のリクエストによるスイーツ試食会が決定。
 名壁に誘われた店の名前は『ロンバルディア』という。小型の店舗で道とカウンターが直接繋がれており、カウンターの前に五脚ほどスツールが置かれているだけの簡素なもの。
 席にはすでに先客が陣取っていたため、それぞれ注文した俺たちは店のすぐそばにあった公園のベンチへ移動した。
 ベンチは四人掛けで、向かって右から、周防、俺、名壁、陸原の順に座っている。
「これは美味い」
 俺は名壁お勧めのミルクチョコクランチを頬張っていた。ミルクのジェラートに香ばしいチョコクランチの風味が溜まらない。
 その美味さたるや筆舌に尽くしがたい。これが料理漫画だったら過剰なリアクションやエフェクトが掛けられていたであろうほどだ。『びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛』とまで言ってしまうと、ウザがられそうなので自嘲した。
 暢気にジェラートを頬張っていると、
「ところでさあ――」
 にやりと意地の悪い笑みを張り付けて、名壁は周防に視線を向ける。
「何?」
 周防が返したのは、相も変わらず刃の如く鋭い視線。それは敵対の表明であったが、名壁は相好を崩さない。
「ねえ、氷華梨。君は本当に瀬田と付き合ってるのかな?」
「また、その質問か? さっきからお前しつこいぜ。さっき答えた通り、俺と周防は両想いだよ」
 俺が名壁に抗議する。
「俺は氷華梨に訊いているんだよ。それに気がかりなのは瀬田の言い回しだ。『はい、つきあってます』で済む話を、どうして『二人は両想い』という面倒な言い方に換言してるんだい?」
 俺の言い分のアキレス腱を掴んできやがった。
 さて、どうやって嘘抜きで誤魔化そうか。
 小賢しい猿知恵は、きっと逆効果だろうな。そんな頭でっかちの計略なんてポンと押されただけで簡単に転覆してしまう。
 ところが、これに周防は至極単純に、
「私と翔馬は付き合ってるわよ。それが何か?」
 はったりをかました。その言い方は意地になっている風でもない。本当に極々自然に言い放たれたのだ。
 名壁はさぞショックだったろう、と彼の顔を観察。
 ところが彼は、未だ余裕の表情。
 そして言うのだ。
「だったら二人でキスしてみてよ。もちろん互いの唇にね」
 ――と。
 ……。
 ……。
 なんですと?
 二人が目を見開いて、三点リーダーを大量生産していると、名壁は再度言うのだ。
「だからキスだよ、キス。付き合ってるならできるだろう?」
 躊躇う俺たちに、鬼の首を取ったような表情で名壁は尋問。
 いや、付き合ってても人前でもしない派の人がいてもいいと思うぜ、と反論しようとした。
 しかし、それは阻止された。……周防によって。
「馬鹿にしないで名壁。翔馬、来て――」
 周防は、顔を俺に向けて、その両眼を閉じた。

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