アルカナ・ナラティブ/第6話/08

 これなんてハニートラップ?
 キス待ち状態の周防に対し、俺は現実逃避を兼ねて、そんな思索に耽っていた。
 名壁はすでに俺と周防の真横に立っている。これでは、角度によって唇を重ねているように見えるという誤魔化しは効かない。
「キース、キース――」
 拍子を叩きキスコールする名壁。酔っ払いかお前は。
 はぐらかされながらも、周防は一心に瞳を閉じたまま。しかし、泰然自若たる態度とは言い難く、頬と耳を赤らめていた。
 くっ、これも陸原の魔法の効果なのか。
 キス……したいです。名壁の挑発に端を発しているのが癪だが、周防が愛おしいのは事実。けれど、この愛おしさは魔法によるでっち上げで、それは周防も同じこと。
 瑞々しい周防の唇は、魂さえ吸い取りそうなまでに魅惑的だ。見ているだけで目眩がしてくる。
 横目で名壁を再度観察。見下すような目線で俺たちを睨みつけてくる。嗜虐的な凍りついた眼差しだった。
 その眼差しが、俺に覚悟を決めさせた。
 微笑みが自然と零れた。
 ――パチン。
 軽く、本当にほんの軽く周防の額を人差し指ではじいた。いわゆるデコピンというやつである。
「「「は?」」」
 俺以外の三名の唖然とした声が、一瞬間のハーモニーと化した。微妙にウケた。
 周防は額を手で押さえながら、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。普段凛々しい容貌の女の子がそんな顔をしてごらんなさい。これを愛でずして何を愛でようか。良いでしょう、これがギャップ萌であると認めましょうとも。勝ったヤツが正義なのではない。可愛いヤツが正義なのだ。
 阿呆な考察を展開させながら、しかし真面目な顔で周防に言う。
「もっと自分を大事にしなさい。そういうのは、本当に好きになった人とするべきだ」
 説教としては人並みで旧時代的。生真面目と言えば聞こえはいいが、単に融通が効かないだけとも言えよう。
「そんなこと……!」
 周防は再び顔を赤くさせる。しかし、今回は照れの赤ではないのは、眉間に寄ったシワが示唆している。
「そんなこと?」
 怒りに怯えで返すと、火に油を注ぐようなもの。俺はあくまで惚けた調子で周防の言葉を複唱する。
「翔馬は私のことが好きじゃないの?」
 弱々しい周防の言葉。見れば両眼が潤んでいた。
 誰かに泣かれるのは……嫌だな。それがどんな理由であっても。
 だから俺は、反則技を使うことにした。
「馬鹿だな、周防は」
 ふわり、と周防を包むように抱きついた。カノジョでもない女子に抱きつくなんてレギュレーション違反だよなあ、と内心苦笑する。
「しょ、翔馬?」
 周防はうろたえるが、俺は構わず言うのだ。
「今、俺がお前を好きって言っても、それが本物かニセモノか判別がつくのかい?」
 魔法【イラディエイト】を以ってして、どのような結果が出るかは未知数だ。俺がここで『好き』だと言えば俺は嘘をついたことにはならない。けれど、そもそも『好きだ』という気持ち自体は陸原の魔法によって生じたニセモノ。こんなややこしい話、頭がこんがらがるだけだ。
 ある意味で、所詮はロジックを使った誤魔化し。嘘をつくよりも卑怯な手段。
 そんな、どうしょうもない輩は、尚も盗人猛々しく続けた。
「でもな、周防。好きとか恋をしているとか、そんなものは抜きにして、俺はお前が大切なんだ。だから、お前自身も、もっと『周防氷華梨』を大切に扱ってほしいな」
 一方的な要求。けれど、それは心からの。
「それは事実上の二人は付き合っていないという宣言と受け取っていいいのかな?」
 柔らかい空気に包まれた二人に、名壁は割って入ってくる。
「俺と周防は付き合っていないよ」
 俺は周防を背にやる形にして、名壁と周防の間に位置を取る。いざとなったら、名壁から周防を護る盾になる所存だ。
「俺を危険人物扱いして欲しくないな。俺はこんなところで氷華梨を襲うつもりはないよ。そんなことより、周防と話したいことがあるんだ」
「私には、アナタと話したいことはない」
 周防は棘のある声。
「警戒しているんだね、俺を。それは仕方がないことだ。中学時代に、俺は本当に浅はかなことをした。さっきも言ったけど、俺はその件を深く反省している」
 名壁は頭をやや俯きがちにし、申し訳なさそうに語る。そして、更に続ける。
「そして、これも本当のことだ。俺は今でも氷華梨を想っている。毎日、氷華梨を想わなかった日などなかった」
「……」
 沈黙の周防。彼女が反論しないということは、名壁の言葉に嘘は含有されていないということ。
「そして、氷華梨は瀬田と付き合っているわけではない。だったらさ、もう一度俺と撚りを戻さないか? こんな俺だから、絶対に氷華梨を幸せにしてやれるとは言い切れない。でも、中学みたいな過ちは絶対に犯さない」
 立て板に水。元々良い声ということもあって、名壁の言葉はさらりと空間で旋律となる。
「どうだろう、氷華梨。もちろん今すぐに結論を出せとは言わないよ。氷華梨の答えが出るまで俺はずっと待っている」
 名壁は正面から周防を見つめて宣言する。
 だが、これに黙っていられるわけがない人物が一人。
「ねえ、私じゃ駄目なの? どうして名壁君?」
 陸原だった。さっきから話から置いてけぼりの陸原がついに叫んだ。
「ごめんね陸原。俺はね、氷華梨じゃなきゃ駄目なんだ。だから君とは付き合えない」
「そんな……」
 その場で膝をつき、うなだれる陸原。
 残酷な物言いかもしれないが、名壁が周防を想っている以上は、誠実な対応であるともいえる。
「私は……私は……」
 一方、混乱を極めているのは周防も同じこと。かつて自分を襲った人間が、その過去を反省していると言う。更に撚りを戻したいとも。
 普通の人間だったら、ここで名壁の告白に対して疑心暗鬼にならざるをえない。しかし、周防の場合は持っている魔法がそれを許さない。
 名壁の想いが本物であることを周防は『嘘を見抜く魔法』により逆説的に真実だと見抜いてしまう。
 ――想い。
 いつだってこれは難物だ。
 名壁が周防を好きという想いも……。
 ……あれ?
 ちょっと待て。今の名壁の告白はおかしくないか?
 大事な言葉が一つ欠けている。
 違和感がネズミ算式に増殖する。
「待ちな、名壁」
 俺は名壁を睨みつけた。
「何だい?」
「お前の今の言葉は、告白ととってもいいんだよな?」
「それ以外、どういう取り方があるんだろう。逆に教えてほしいな」
「だったら、大事な一言が欠けてるじゃないか」
「何のことだい?」
「名壁は要するに周防とまた付き合いたいんだよな?」
「いかにも」
「だったら、どうして周防に『お前のことが好きだ』って言わなかったんだ?」
 普段だったら、見逃してもいいような疑問。どうとでも答えられる疑問。
 しかし、名壁は、
「どういう意味だろうか?」
 質問に質問で返すと言う手段を取っていた。
 複雑な質問は、かえって事態を迷宮へ誘いかねないので、俺はシンプルな質問で名壁を攻撃した。
「だったら、質問を変えよう。お前は周防氷華梨のことが本当に好きなのか?」
 恋の告白をしたばかりの名壁になら、容易に答えられるはずの問い掛け。
 ところが彼は、この問いに表情を歪ませた。
 そして、あまつさえ言うのだ。
「ぼんやりしてるだけの凡愚な馬鹿かと思ったけど、中々鋭いじゃないか。そうだとも、俺は周防氷華梨のことが大好きだ。愛している」
 名壁は痰でも吐くように、告白の言葉を吐き捨てる。
「え、どういう……こと……」
 動揺を隠しきれなかったのは周防だ。
 それもそのはず、俺の見立てが正しければ名壁の言った『周防氷華梨を好きで、愛している』という言葉は嘘なのだから。
「まさか、俺の計画がバレるとは思いもよらなかったよ。余計なヤツもいたものだな、オイ」
 それまでの物腰柔らかい態度を一変させて、粗暴な言葉遣いと目付きになる名壁。
「どういうことなの、翔馬? 名壁が私を好きなのは嘘って?」
 事態が把握しきれていない周防。声が震えていた。どうやら、俺の見立ては正解だったようだ。
「簡単なことさ。いいかい周防。名壁は今の今まで、『周防のことを想っている』という表現を使ってきた。だけどさ、その『想い』とやらが、恋慕なのか、それとも憎悪なのかは明らかにしていないじゃないか」
 そう『想っている』という言葉だけなら、実はどうとでも解釈可能な曖昧な言葉だったのだ。それを、俺たちは話の流れから名壁が周防に好意を寄せていると勘違いしていたにすぎない。
「でも、だったら、中学の時に私にしたことを反省していると言ったのは、何だったの?」
 周防の混乱は尚も続く。
「それについては俺も憶測の域を出ないけど、名壁を敵視して解釈する場合、こんな考え方ができる。名壁は中学時代に仲間たちと周防を襲った。しかし、それは失敗に終わっている。それが名壁の反省点だったと考えたらどうだろう。名壁は一度たりとも周防を傷つけたことを反省しているとは言っていない。だったら、こういう解釈ができる。名壁は、周防を襲うという行為の失敗を反省して、成功するようにもっと計画を練らなかったことを浅はかなことだと考えている。どうだい、名壁? イエスかノーで答えてもらおうか」
 俺の追及に名壁は、箍が外れたように、ゲラゲラと笑いだす。それはそれはグロテスクに。
「面白いぜ、瀬田。どうしてそこまでわかっちゃうわけ? 何お前、エスパー? ちなみに答えはイエスな」
 もはや善人の面を取り繕おうともしない名壁。
「名壁……!」
 周防の声は怒気に満ちていた。まるで、怨敵に噛みつくような響き。当たり前だ。まるで誠実に反省している風に装っていたのを一変させたのだから。
「落ち着けよ、周防。それより、変だとは思わないか? 名壁は告白に際してわざわざ『好きだ』という表現を避けた。そして、巧妙に『反省している』という言葉を使ってお前への謝罪の念の無さを隠した。これじゃあまるで、嘘をつかないように細心の注意を払っていたみたいじゃないか」
 その二点を改めて吟味すると、名壁が如何に不可解さに満ちた言葉選びをしていたかがわかる。周防を騙すつもりなら、嘘をつけばいい。そっちの方が、言葉巧みに嘘を避けるよりもずっと手っ取り早い。
 でも、名壁はそれをしなかった。
 考えられる理由なんて二つしかない。
 一つ目は、実は名壁が俺と同じように嘘が嫌いな人間だという可能性。しかし、今のように性格が破綻したような振る舞いから察するに、その可能性は低い。
 ならば、考えられるのはもう一つの可能性。
 それを確かめるために、俺は名壁に問う。
「お前。周防がどんな嘘でも見抜けることを元から知ってただろう?」

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