アルカナ・ナラティブ/第6話/09

 名壁が周防の魔法について知っている。そう考えれば、名壁の周防に対する神経質なまでに嘘を避ける言葉選びの理由が説明できる。
「いかにも。アルカナ使い研究書って言ったっけか? 俺はそれを読んだことがある」
 もはや名壁には、完全に隠し事をする気がないらしく、素直に応じた。
「アルカナ使い研究書は一般生徒が閲覧できる代物じゃないんだがな」
「おいおい、瀬田よ。それぐらいちょっとは頭をひねればわかるだろう。それともわざと惚けているのか?」
「どっちかというと、惚けてた方かな。百パーセントの確信を持っているわけじゃないし。阿加坂経由で研究書の存在を知ったと俺は推測するがどうだろう」
 アルカナ使い研究書は原則的に魔法研究部の部室からの持ち出し禁止だ。しかし、今学期に入ってから一度だけ持ちだされた、というか奪われたことがある。
【皇帝】のアルカナ使いである阿加坂光栄によってだ。例の周防の下着姿盗撮事件の際に、もののついでにと阿加坂はアルカナ使い研究書を奪っていった。
 加えて阿加坂と名壁は同じ一年六組。どこかで通じていても不思議ではない。
「見事な御推察。訳あってアルカナ使い研究書を読ませてもらったわけよ。そしたら、驚いたぜ。瀬田や氷華梨が魔法が使えるってあってさ。しかも、中学時代に俺の偽善に騙された氷華梨の魔法が『嘘を見破る』ときたもんだ。正直、知ったときは爆笑したぜ」
「悪趣味だな。反吐が出る」
「そんな悪趣味野郎とのダブルデートに今日一日付き合ったのはどこの誰だよ」
「うるせえ。こっちにも色々事情があったんだよ」
「その事情ってのは陸原の『異性同士を強制的に両想いにさせる魔法』と関係あるだろう?」
 名壁の鋭い指摘。名壁自身、アルカナ使いの存在を知っているので特に隠す必要なしと判断して、俺は曝露する。
「俺と周防は陸原に魔法をかけられたんだよ。それを解除する条件が、陸原とお前の仲を取り持つことだった。つーかさあ、お前、陸原にそれぐらい想われてるんだから、付き合ってやってもいいんじゃねえ?」
「ははは、嫌なこった。俺はね、美しいものをすり潰すことが何より楽しいんだ。陸原は残念、氷華梨ほどは美しくない。俺と付き合うために人に魔法と迷惑をかけるとは何て醜い心なんだ。その醜さはまるで俺みたいで軽蔑に値する」
「自分が性格破綻者だっていうのは自覚してるみたいだな」
「自覚はしているけれど、同時に楽しんでるよ。でも、自分と似たような他人は許し難いねえ。同族嫌悪ってヤツさ」
 面倒臭い性格してるな、こいつ。もっとも、俺も自分と似たヤツがいたら、そいつとは友達にはなれないタイプの人間だ。あえて追及はすまいよ。
「参考までに聞いておくけど、周防を口説き落とせたらどうするつもりだったんだ?」
「そりゃあお前、身も心もボロボロになるまで凌辱し尽くす予定だったさ。つまり、中学の時にできなかった計画のリベンジだな。ああ、その美しい顔が、涙と涎で汚れる様を見てみたかったというのにねえ」
「言ってろサディストめ。とにかく、お前のド変態な野望は潰えたわけだ。ご愁傷様」
 俺の親友にクソみたいな計画を立てやがって。ともあれ、予防は対処に勝るもの。未然に名壁の本心を周防の前にさらけ出せて良かったぜ。
 ……良かったんだよな?
 名壁の態度はどうにもすっきりとしない。あれだけ、自身の汚泥のような思考を曝露して尚、余裕を残している。
「いや、本当は正攻法で氷華梨を籠絡させて、イジメ抜いてやろうって腹積もりだったんだよ。でも、こうして俺の計画はバラしちまったしな。いやはや、困ったもんだ」
 不気味な笑顔は未だ名壁の顔に張り付いたまま。その表情のまま、名壁は視線を陸原の方へと向けた。
 陸原は身を強張らせる。現状の陸原がまだ名壁に慕情を抱いているかはわからない。しかし、彼の本性を知って幾分かは幻滅しているはずだ。
「な、なに?」
 怯えた声の陸原。
「いやいや、困ったと言えば陸原の行いも、相当周りに迷惑をかけたね」
 そして名壁から薄ら寒い笑顔が消失。次にあったのは極めて厳粛な面持ちだった。――まるで、判決を述べる裁判官のような。
「陸原立花。君は自分勝手に魔法を使い、無関係な者に魔法をかけ、その心を弄んだ。これは断罪されるべきである。その罪は、再度魔法を使い名壁司と周防氷華梨を両想いにすることで償うがいい」
 名壁の言葉は唐突すぎて、俺たちを唖然とさせた。
「その宣言に何の意味がある?」
 言いながら、俺はある一つの可能性に至り慄然とする。
 名壁の言い分は、まるで【皇帝】のアルカナ使いである阿加坂光栄の魔法を彷彿とさせた。
「罪を償わなきゃ……償わなきゃ……」
 頭を抱えたまま蹲くまる陸原。
「まさかアンタ……」
 俺は名壁を睨みつけた。それに呼応するように名壁は語り始める。
「大当たり。俺もアルカナ使いの一人だよ。対応しているアルカナは【XIII・正義】――魔法の名前は【コンヴィクト】――相手の罪を自由裁量で断罪する力さ。俺は相手の罪に対して刑を定めることができる。刑を定められた相手は、刑を満了するまで罪悪感に苛まれ続けるのさ」
「自由裁量で断罪? 相手の弱みに付け込んで、自分の命令を聞かせているだけだろうが」
「解釈はどうぞお好きに。ただし俺の魔法は阿加坂のようには甘くないよ。アイツの魔法は、時間が来たら勝手に解けてしまうものだけど、俺の魔法はそうじゃない。俺が示した刑が遂行されない限り、罪悪感からは逃れらなれない」
 完全なる誤算だった。まさか名壁までアルカナ使いだったなんて。
 そして、その魔法は阿加坂と同じく相手の行動を操作するというもの。
 陸原は必死に周防の腕を掴もうとしていた。しかし、周防は身軽な動きでそれを回避。剣道上段者の周防と陸原では敏捷さには天と地の違いがある。
 そんな二人の様子を名壁は楽しそうに眺めていた。
「良いのかい、瀬田? 放っておいたら俺と周防が両想いになっちゃうぜ? ん? でもこの場合、氷華梨と瀬田が両想い状態なのに、周防と俺を両想いにもできるのかねえ。もし、そうだったら、楽しすぎる。氷華梨は俺と瀬田、二人の男に恋をして、どっちか決められなくなって苛まれるのか。最高だな、それ!」
 悪趣味極まる考えをまき散らしながら観察者モードに浸っていた。
 そうこうしている間も、周防と陸原の鬼ごっこは続く。
「助けて……助けて……」
 必死の形相で、陸原は周防を捕えようとする。しかし、周防は譲らない。
「別に今日中に俺と氷華梨を両想いにしなくてもいいのだけどね。どうせ俺の下した条件を満たすまで陸原は苦しみ続けるんだ。どうする氷華梨、君のせいで俺と周防の間には何の関係もない子が苦しむハメになる。優しい優しい氷華梨なら、さぞ胸が痛いことだろう」
「テメエ……!」
 怒りから俺は名壁の襟首を掴んだ。普段は感情なんて御留守にしているのに、この時ばかりは名壁が許せなかった。
「おっと、服にシワがよってしまうじゃないか」
 しかし名壁は、俺に対し軽く足払い。無駄のない所作で放たれた一撃に、俺は体勢を崩し、顔を地面にしたたかにぶつけた。
「図に乗るなよ瀬田。お前に出来ることと言えば、俺と周防が両想いになることを指を咥えて見ることのみ。俺の魔法【コンヴィクト】は実に優秀だよ。それに比べて君の『自分の存在を錯覚させる』なんてまるでゴミのようだね」
 優越感に浸る名壁。俺は打ちつけた顔を手で押さえながら、どうにかこの場を収拾する方法を考える。
 勝利条件は以下の二点。
 一、名壁と周防を両想いにさせない。
 二、陸原を名壁の魔法が生み出す罪悪感から解放する。
 だったら……。
 一つの解決策が浮かび上がる。
「おい、陸原、まずは俺から掴んだらどうだ」
 そう言いながら、俺は陸原に近づいていく。
 陸原の視線がこちらに向いた。そして、周防を追うのをやめて俺の方へ向かってくる。俺が手を差し出すと陸原は、その手を掴む。
「なん……だと……」
 後ろで名壁が驚愕しているが気にしない。
「おい周防、早くこっちにくるんだ。来て、もう片方の陸原の手に掴んでもらえ」
 俺が呼ぶと周防は俺の計画を理解したようで、火急でで俺と陸原の元へやってくる。そして、陸原の空いている方の手で掴まれる。
「魔法発動――周防氷華梨の恋愛対象を瀬田翔馬から名壁司へ移行――」
 唱える陸原。しかし、当然ながら、陸原に掴まれていない名壁に周防の恋愛感情が移るわけがない。
 魔法がどのように成り立っているのか、その原理はさっぱりだ。だから俺のとった策は一種の賭けだ。
 この方法で二つの勝利条件が満たせなかったら、他に手はない。逆を言えば、この方法が成功したならば、今回の勝負は俺の勝ちだ。
 陸原は俺と周防から手を放す。
「どうだい陸原。まだ『名壁と周防に魔法をかけなきゃならない』って命令は頭に残ってるかい?」
 俺は訊いた。陸原に掛けていた魔法を解きながら。
 そう、俺は陸原に魔法【レンチキュラー】を使用したのだ。陸原にとっての俺の存在を『名壁司』に錯覚させるために。
 名壁の下した命令は『名壁司と周防氷華梨に魔法を掛けること』だ。だったら、名壁本人に魔法をかけなくても、陸原が『名壁司と認識している人間』でも代用は効くのではないか、というのが俺の案。
 案の定、陸原は名壁に化けた俺に魔法をかけてきた。
 とはいえ、問題はここから。
 錯覚で掛けた場合『名壁に魔法を掛けた』という風にカウントされるかだ。
「うん、もう大丈夫。さっきみたいな激しい罪悪感はもうない」
 陸原は言ってきた。俺は一安心。
「だそうだ名壁。お前の計画は潰えたよ。さあ、どうする? また魔法でも掛けるかい?」
 周防と陸原の前に立って、俺は名壁に訊いた。
「いいや、今日は分が悪いな。少々早いけど御暇させてもらうよ。精々、帰り道に気をつけることだね」
 捨て台詞だけ残して名壁は雑踏の中に消えていった。
 釈然としないものを残す結果となったが『ダブルデート』は終了したのである。

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