アルカナ・ナラティブ/第7話/02

 阿加坂満琉先生の登場により、クラス(特に男子)に電流が走る。
 朝のホームルームが終わると阿加坂先生は早々に教室を去っていった。もうちょっと絡んでくるかと思っていたが、教育実習生は今日の一限目に校長講話があるとのこと。校長講話とは一限分の時間、つまり五十分を費やして、校長から教師になるにあたっての心構えを教え聞かされる行事らしい。
 阿加坂先生の自己紹介はとても平和に進行した。大学で何を学んでいるかとか、自分はこの学校の卒業生だとか、そういった刺激臭の無い内容。俺が気になっている阿加坂光栄との関係についての言及はなし。
 クラスの連中からの質問は出なかった。当たり前だ。
 阿加坂光栄についての質問は地雷である可能性が非常に否めない。
 名字からして阿加坂光栄の関係者っぽい。阿加坂光栄の関係者だったら、アイツの所業を知っていようがいまいが気まずい。
 特に周防の下着写真奪還に立ちあった者は、満琉先生に何と言うべきか大いに困る。
 先に周防への暴挙に及んだのは阿加坂光栄。なので、こちらに謝る義理はない。とはいっても、写真奪還に際して阿加坂光栄は過剰なまでにボコボコにされている。『過剰防衛だ』などとイチャモンを付けられたら面倒臭い。
 ……実際に阿加坂光栄の首から上を血ダルマに変えたのは水橋先輩だけど。
 ややこしい状況になってしまった。
 現在一限目。授業中だと言うのに俺へのメールが殺到している。その内容の全てが、あの教育実習生と阿加坂光栄の関係を訊いてきたものだ。
 って、そんなの俺が知るわけねえし!
 俺はお前らの苦情処理係じゃねえ!
 苛立ちを抑えきれない俺は、自分の机を某野球漫画のちゃぶ台みたくひっくり返してやった。……妄想の中で。
 授業中にガチで発狂する度胸なんて俺にはありません。激怒しても物に当たらないのは健全な青少年のマナーです。
 あーあ、もう授業を聞く気も、ノートを取る気も起こらねえ。
 ついでに学級長としてクラスをまとめる気も起こらねえ。でも、悲しいかな俺がクラスをまとめないで、クラスメイトたちが無軌道な行動取り始めたら担任にとやかく言われるのは俺なんだろうな。
 よろしい、ならば状況整理だ。
 こういう時ほど、論理的に状況を整理する能力が求められる。
 まず、問題の根本を解決しよう。
 現状、最大の問題は情報不足である。
 満琉先生にどんなアプローチを取るか決定するには、阿加坂光栄との関係を明確にする必要がある。逆をいうと、そこが曖昧なままだと話が進まない。
 なので、困ったときのホウ・レン・ソウ。俺はメールを作成し、知っていそうな人に送信した。
 一番問い合わせをしたいのは阿加坂光栄の所属する六組の生徒。しかし、うちのクラスと六組は阿加坂事件以来、あまり仲がよろしくない。下手をすれば火種になりかねないので却下。
 ならば、ということで問い合わせしたのはアルカナ使いの先輩方。
 送ったメンバーは、
・天野篝火
・藤堂キズナ
・丙火野江
・三国煌
・水橋理音
 以上、五十音順で敬称略。
 厳密に言うと、水橋先輩はアルカナ使いに含まれない。けど、アルカナ使いを知る稀有な一般生徒なので送信の価値あり。
 ちなみに送信内容は、
『阿加坂満琉って人がうちのクラスに教育実習に来たんだけど、【皇帝】のアルカナ使いの阿加坂光栄と関係のある人?』
 である。
 しばらくすると続々と返信が来た。
 メールを送った俺が言えた話ではないが、先輩方は授業中に普通にメールする人たちらしい。
 藤堂先輩→『ごめんなさい。心当たりがないです』
 三国先輩→『知らないヨ(しょぼん)』
 水橋先輩→『知らんが、力が必要な時はまた知らせてくれ』
 うむ。特に水橋先輩のメールは男気が溢れていますな。こういう人に俺もなりたいものだ。
 まあ、俺はあの人ほどの戦闘力はないんだけど。
 停滞ムードのメール返信だったが、それもヒノエ先輩からの返信が来るまでのこと。
 彼女からのメールには簡潔に、
『姉』
 の一文字。
 うっす。説明(?)ありがとうございます。
 たった一文字しか書かれていないメールなのに、返信した順序は第四着。これは教師の目を盗んでメールを打つのに苦労したと解釈するべきだろうか。それとも文面を考えるのが億劫だったと解釈するべきだろうか。……後者な気がする。
『感謝』
 ヒノエ先輩のシンプルなメールに習って、こちらもシンプルに返信。
 にしても、姉ですか。それだったら名字は一緒だよな。
 親類縁者であるとわかっただけでも大きな収穫。
 で、最後に返信が来たのは天野先輩。そこには意味深な内容が。
『重要参考人と思わしき人物を紹介できるように動いてみる』
 回りくどい言い回しだ。俺は更に突っ込んだ質問を展開。
『重要参考人って誰?』
 来る人によっては、それ相応の心構えが必要となる。事前情報が多くて困ることなんてない。
 すると即座にメールがかえってきた。かかった時間は数十秒ほど。一分と満たなかった。
『槍先悟っていう二年生。【戦車】のアルカナ使いだよ』
 槍先。どっかで聞いた名前だな。どこだったっけか?
 思い出した。
 阿加坂光栄には、どういうわけだか取り巻きの上級生が一人いる。
 ガタイが良くて、まるでSPみたいなヤツだ。
 そいつは確か阿加坂光栄に『槍先』と呼ばれていた。
 更にそいつの右手の甲には【VII】の【呪印】が。俺の記憶が正しければ【VII】に対応するアルカナは【戦車】だ。
 これって、本格的に厄介事に巻き込まれる前兆じゃないか?

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 昼休み。
 クラスメイトには、もし阿加坂先生が教室でみんなと昼食を取りたいと言ってきた場合、素直に応じるように指示を出してある。ただし、その場合に際しての阿加坂光栄フルボッコ事件に関する緘口令を敷くのを怠っていない。
 阿加坂先生の視点に立ってみればかなり陰湿なやり方だ。だけど、こっちには防衛する権利がある。仮に阿加坂先生が弟の件で、俺たちに敵意や悪意や復讐心を持っている場合は、手持ち情報は多いに越したことはない。
 重要参考人の槍先悟に会いに行くのは俺一人だ。相手がアルカナ使いであるという性格上、一般生徒である他のクラスメイトを連れていくわけにはいかない。
 その理屈でいくと、アルカナ使いである周防だけは同道を願っても問題はなかった。けれど、そうしなかったのには理由がある。
 告白の返事待ちを頼み込んでいる関係上、二人きりになるのが気まずかったのだ。二人きりになって、返事を急かされたらどう反応すればいいのかわからない。
『君子危うきに近寄らず』と言いたいところだが、ヘタレの言い訳に引用されたら孔子も片腹痛かろう。どうか恕の心を以って寛大なお許しを頂きたい。
 北庭にやってくると、すでに俺を待つ人の姿があった。
 一人は今回の会見をセッティングしてくれた天野先輩。
 もう一人は、件の人物である槍先悟。北庭に設置された木製ベンチに鎮座している。俺は立っていて、相手は座っているのに、見下ろされているかのような威圧感が槍先先輩から放出されている。
 すげえ気だオラわくわくして……こない。自分より強そうな相手を前にして闘魂が湧くほど俺は骨太ではない。RPGでは、勝てなさそうな戦闘からは(ボス戦じゃない限り)逃走するタイプだし。
「いらっしゃい。まあ、座れや」
 天野先輩に促されるまま、俺は槍先先輩と対面する席につく。
 そして、沈黙。
 槍先先輩は腕を組んだまま、鋭く俺を睨みつけてくる。
 おいおい、剣呑過ぎだろう。
 ガチで衝突したらこちらが吹き飛ばされるのは必至だが、ナメられっぱなしというのは気に食わない。
 別にそれほど腹は立っていないが、ポーズとして俺も槍先先輩に敵意の籠った視線を返す。
「おいおい、睨めっこしててもしょうがないだろうが。二人の間に禍根があることは、関係者から話を聞いて、大体知ってるつもりさ。でもさあ、『目には目を』でお互いに牙を向け合ってたら、二人して盲目になるだけだ。『怨みに報いるに徳を以ってす』とか昔の偉い人も言ってるわけだしさ」
 天野先輩は苦笑交じりで、中国古典から格言を引っぱり出してくる。選択が渋いな、この人。元ネタを知ってる俺も俺だが。
「そうだな、確かに先輩の仰る通りだ」
 厳粛に頷いたのは槍先先輩。相変わらず口はヘの字に曲がったままだが、眼光から鋭さが幾分か和らげられていた。鏡返しの如く、俺も表情を緩める。
「さて、早速本題に入るけど、お互いの相互利益のために槍先と翔馬は取引をしてみない?」
 気軽に天野先輩は提案してきたが、それは賢者の知恵か、悪魔の囁きか。気分としては某インキュベーターに契約を持ち掛けられている心境。
「取引って何をだ?」
 首を縦にも横にも振らない。まずはその『取引』の中身を吟味したい。
「槍先は翔馬について阿加坂光栄事件の顛末と満琉先生の人となりを話す。反対に翔馬は教育実習中の満琉先生の情報を槍先に提供する。オレとしては、この取引は対称性のある素晴らしいものだと思うのだがどうだろう」
 言わんとしていることはわかるが、意図が読めない。
 これは天野先輩流の交渉術なのではないかと俺は訝る。
 つまり、予め俺には意図が掴めない言い回しで提案し、俺が『どういう意味だ?』と問うのを待っているのではないか、という疑念だ。
 このやり方だと、最初から全てをオープンにしていくよりも相手から契約を取りやすくなる。相手に徐々に興味を持たせ、気付かれない間に口車に乗せてしまう。こういったやり方は詐欺の世界でもしばしば使われる。
 とはいえ、満琉先生に関する情報開示が俺の真の目的。この世においてタダで欲しい物を入手しようと考えていた俺が甘かったと言わざるを得ない。
 しょうがない。
「どういう意味なのか、詳しく教えてほしいな」
 蟻地獄に片足を突っ込んでみた。
 案の定、天野先輩は破顔。
 全く、何が『取引の対称性』だ。最初から俺に不利にしくまれているじゃないか。って、そんな計略に気付かなかった俺の責任ですか。やれやれ。
 この人、根は善人なのに思慮深いから、そこらの小悪党よりもタチが悪い。ある意味、一番やりにくい相手だ。
「ではでは、詳しい事情は槍先本人から話してもらおうかな」
 ご機嫌な調子で、話を目の前の大男に振る天野先輩。
 ところがこれに槍先先輩は肩を竦める。
 しかも、槍先先輩の耳が微かに赤いのはどういう理屈だろうか?

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