アルカナ・ナラティブ/第7話/03

 微かに赤くなった槍先先輩の耳から、一つの推論を立てられる。
「実は、阿加坂先生のことが好きだったりして」
 清水の舞台からコードレスバンジージャンプするが如き思いきった質問。
 ハズれていたなら、相手は鼻で笑うだけなのでそれはそれで良し。仮に当たっていて相手が動揺したならそれも良し。動揺してくれたなら、話をこっちのペースで運びやすくなるだけだ。
「その通りだ、よくわかったな。それがお前の魔法か?」
 驚きの槍先先輩は、目を皿のように丸くしている。
 魔法という言葉は便利である。自分にとって理解できない現象は、全て魔法と言えば一応の納得がいく。けれどそれは、人間から考える力を奪っていくようなもの。下手をすれば自分で考えない若者のいっちょ上がりだ。
「いいや、俺の魔法では読心術の類はできないよ。できるのは精々、誰かに自分の姿形を偽る程度だ」
「そうか、言われてみればそうだったな。失念していた」
 俺の魔法について知っていて尚、失念するぐらい虚を突かれたわけか。これは、つついてみる価値ありだな。
「満琉先生との慣れ染めは?」
 これは情報収集の一環だ。決して出歯亀的な意味ではないんだ、と自分に言い聞かせる。実際に、深く踏み込み過ぎた話になって抜け出せなくなったら堪ったものじゃないしな。
「満琉さんは元々、俺の兄貴のカノジョだったんだ」
 いきなりヘビーな話っぽいな。漂う香りが芳しくないが、話を中断させられる雰囲気じゃない。
「ほう、それで?」
「兄貴とは満琉さんは、本当に仲睦まじい間柄だった。俺は二人の末永い幸せを願ったものだ」
「願った……過去形ということは今ではそうではないということか」
「過去形にするしかないんだよ、もう。兄貴は去年の夏に死んでしまった」
 淡々と絞り出されるのは苦渋の言葉。俺は何も返すことができず、ただ沈黙に堪えて、槍先先輩が自然と次の言葉を紡ぐのを待つしかなかった。
「バイク事故だった。大学に行く途中にトラックに追突されて、即死だったそうだ。ちょうど、俺がこの高校に入学する直前の出来事だった」
「そうか……。それで、その話はアンタの満琉先生への慕情とどう関係があるんだ?」
 相手の気持ちを汲み取って『御愁傷様』とでもいうべきだろうか。けれどそれは逆に失礼な気がした。顔も知らない相手に対して、ただ儀礼的にお悔みの言葉を言っても、それは嘘でしかない。
「俺は悲嘆にくれる満琉さんを、兄貴の代わりに守りたいと思った。それが満琉さんに恋をしたキッカケかな」
「ふーん、じゃあ、それと阿加坂光栄のSPみたいな役をやってるのとの関係は?」
「今年の四月に満琉さんに頼まれたんだ。『アナタと同じ高校に入るから弟のことをよろしく』って。だから面倒を見させてもらってる」
「けど正直、光栄のやることは義に沿ってるとは言い難いぜ。魔法で周防を操ろうとしたり、周防の下着姿を撮影したり。そういうのを止めるのも面倒を見るうちに入るんじゃねえの? 本当に相手を思っているなら過保護や甘やかし過ぎはやり方として間違ってると思うぜ」
「そうだな、確かにその通りだ。でも、俺には本当の意味で人を守るということがどういうことなのかわからない」
 今まで散々、この人をSPみたいと比喩してきたが、ここにきて印象が変わった。この人、子育てに悩む昨今の親御さんみたいだな。
 ワガママ光栄とそれに振り回される槍先先輩と表現すると、この人が不遇の人に見えてくる。
 だが生憎と俺はひねくれ者なので、また別の観点から槍先先輩の行動を解釈してしまう。
「でもそれって、満琉先生に近づくために、アンタが光栄を利用しているだけとも取れるよな」
「なんだと?」
 槍先先輩の眉間にシワが寄る。目視可能で明確な憤怒の表明。
 周囲の空間に刺々しいものが発芽する。そちらは不可視なるものの癖に目に見えるものよりも恐ろしかった。相手の気がわかる、なんて武道家にありがちなアビリティは自分にはないと思っていた。なのに、気配から自分が危険な状況に置かれていると認識するのは、少しばかり感動的だった。
 などと暢気に構えていられたのは、まさか殴りかかっては来るまいと相手の先を読んでいたからだ。
 天野先輩という仲介人がいる中で殴りかかってきたりはしまい。あるいは、ここで腹を立てて腕力に物を言わせる輩だったら、初めから取引する価値なんかない。
 取引において、相手になめられないよう怒気を空気に混合させるのは極めてヤクザ的。別に俺自身はそういうのを嫌悪しない。育ってきた環境がそんな感じの魔界だった。故に慣れていると自負する。
 ただし、計算なき恫喝は虚勢である。『取引の対称性』とか標榜するならば、相手にはそれなりの頭の回転を要望したい。
 自分より格下のヤツ相手に、スパイごっこをするのは時間の無駄だからね。
「結局、自分と満琉先生を繋ぐジョイントとして阿加坂光栄を使ってるだけさ。守り方がわからないなんて、甘言で自分を誤魔化すのはやめろよ」
 我ながら安い挑発だな、と苦笑する。
「……そう、だな。グウの音も出ない。けれど、俺は本気で阿加坂満琉を愛している。これだけは聞きいれて貰いたい」
 挑発に乗ってこなかったか。これでは、交渉決裂に持っていけないな。
 本音を言えば、槍先先輩の恋の応援をしている余裕など俺にはない。
 周防への返事の問題を解決できない俺が、どうして満琉先生と槍先先輩の恋を取り持つことができようか。むしろ助け船が欲しいのはこっちの方だ。
 槍先先輩が真摯に協力を願い出た段階で、俺の負けは確定。必要とあらば、下級生に頭を下げる気概を持っているのは高評価だ。ならば、話に乗るのもありなのかもしれない。
「分かった。情報の横流しをしてやるよ。ただし、俺がアンタと通じているのがバレると、クラスのヤツらからブーイングが出るから、そんなに大々的にはやらねえのは了承してくれ。じゃあ、今度はこちらから質問だ」
「いいだろう。答えられることなら答えよう」
「ぶっちゃけ、阿加坂光栄が起こした事件について、満琉先生はどこまで知っている?」
 俺にとっての最大の焦点はそれだ。その情報を得るために俺はここにいる。
 情報を持ちかえり次第、クラスにフィードバックし、対策を立てなければならない。
「光栄は誰にも話していないと言っていた」
 一言で、簡潔に槍先先輩は言った。
「ということは満琉先生は知る由がないといって間違いないな」
 確認の意味を込めて俺は槍先先輩に更に問う。
「ない。満琉さんは厳しい人だからな。わざわざそんなことを言ったら、叱られて、周防さんに謝罪に行くように命じている。光栄が周防さんに謝罪に出向いたという話は聞いているか?」
「聞かないな。ということは、満琉先生にも秘密にしている方向で確定か」
「そういうことだ。お前は、光栄のやったことを満琉さんに喋る気か?」
「しねえよ、そんなこと。あの事件は阿加坂光栄がボコボコにされて、とりあえずは手打ちだとうちのクラスの連中には言ってある。まあ、アイツの一件で六組とは少し緊張状態だが、紛争に勃発するでもないから放置。というか学級長としては、敵対するグループがあると助かる面もあるんだ。共通の敵がいることで、クラス全体が一丸となれる可能性があるわけだ」
 要するに『敵の敵は味方』の考え方をクラス単位で応用したのだ。
「もっと光栄に怒ってると思ったが、案外寛容だな」
「事なかれ主義者なもんでね。確かに阿加坂光栄には憤慨しているが、あれから手出ししてこないなら、それでいいさ。こっちは荒事大好きな戦闘狂ってわけじゃない。そういえば、戦闘狂っていえばもう一つ訊きたいことがあるんだけど……」
「なんだ?」
「槍先先輩の魔法についてだよ。アルカナ使い研究書で、アンタの魔法の効果を知ってからずっと疑問に思っていたことがあるんだ。アンタの魔法は【ブーステッド】っていうんだろう? 効果は『相手に勝利するまで身体能力を向上する』ことだよな」
「相違ない。それで?」
「そんな魔法が使えたのに、どうして周防と戦ったときに負けたんだ?」
 そう、あれは周防の下着姿のデータが入った阿加坂光栄のケータイを奪いにいったときのこと。
 槍先先輩は周防と戦闘している。その結果は槍先先輩の敗北。
 どうして、『相手に勝利するまで身体能力を向上する』魔法が使えるのに負けたのか、以前から不思議でならなかった。
「あのとき俺は魔法を使わなかったからだ」
「そりゃまた、どうして? 明らかに戦闘向きの魔法を、戦闘で使わないなんて」
「理由はたった一つだ。魔法を使えば一人を確実に仕留めることはできたが、残りの全員を仕留められない。俺の魔法はな、便利なようでとても不便だ。一種のドーピングだと思ってくれればわかりやすい。【ブーステッド】は一時的に身体能力を馬鹿みたいに向上させるが、それは相手に勝つまでだ。相手に勝てば、その対価として、身体能力が限りなくゼロになる。早い話が力果ててしまうのだ」
「アンタもまたビミョーな効果の魔法だな」
 それなら、あの状況では【ブーステッド】は使えない。周防の他に、大勢のクラスメイトがいたのだ。周防が倒れたとあれば、一斉に槍先先輩と阿加坂に襲いかかっていた。しかし、魔法のせいで力尽きた槍先先輩では阿加坂を守りきれない。ならば、魔法を使わずに自力で周防を倒すのが最善の策。
 あのとき、周防が男子クラスメイトをぞろぞろと連れて来たのは図らずとも正解だったようだ。

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