アルカナ・ナラティブ/第7話/09

 俺たちが座りながら喋ること十分弱、ようやく槍先先輩は起き上がる。まるで大型動物の起床のように、緩慢な動きだった。
 彼が起きたのに気づいた俺達と視線が合う。
「よう、やっと起きたか。お前も地味に面倒臭い魔法を持ってるな」
 周防拉致の狂言で、もっとも身体を張った槍先先輩に身も蓋もない言い方をする満琉先生。彼女に対して、槍先先輩はただ頷くのみだった。
「とにかくお疲れさん。お前のおかげでアタシの計画は大成功だ」
 満琉先生の労いに、槍先先輩の表情が、やや柔らかいものになる。
「役に立てて嬉しい限りだ。では、俺は一足先に失礼させてもらおう」
 相変わらず抑揚のない言い方の槍先先輩。彼はこの場を立ち去ろうと、よろめきながらも歩きだそうと試みた。
「待て。お前には訊いておかなきゃならないことがある。つまりあれだ、お前はアタシが好きなのか?」
 満琉先生の質問に、優しさは一ミリグラムも含有されていない。眼差しは真剣なのだが、それは怒っているように見えた。
 槍先先輩は俺との対戦中に、満琉先生への想いを告白していた。俺たちの会話を盗聴していたであろう満琉先生も当然聞いていたはずだ。
 槍先先輩は、ことを有耶無耶にするために、早々に逃亡を図ったのだと推察される。しかし、満琉先生の厳しい視線は彼の優柔不断な態度を許さない。
「アタシは隠し事が嫌いだ。言いたいことがあるなら、今ここで言っていけ」
 満琉先生は立ち上がり、槍先先輩に歩み寄る。
「お前が自分の兄に対してコンプレックスを持っているってのは、さっきの盗聴の内容から十分理解したつもりだ。確かにアタシはお前の兄を愛していた。だから、事故で死んだときには失意のどん底だった。でもな、アタシはいつまでもウジウジしてるつもりはない。アイツのことはふっ切ったつもりだ。だから悟、お前は兄のことをいつまでも気にするんじゃない。アタシは覚のことをアイツの弟とは見ていない。一人の人間として認めてるんだよ」
 人差し指で槍先先輩の胸の中央をつつきながら言う満琉先生。
 槍先先輩は呆気にとられた表情で、ただ満琉先生の話を聞くしかなかった。アルカナ使いとしての魔法を構成するまでに彼は兄へのコンプレックスに悩まされてきた。
 なのに、想い人からいきなりお前は兄とは別の人間だと言われれば、多少の混乱は避けられないだろう。
 しかし、数秒の後、槍先先輩の表情は再び厳粛なものになる。
 彼らの視線はまるで雌雄を決そうとしている武道家だ。
 そんなロマンチックさもへったくれもないない状況で、槍先先輩は言うのだ。
「満琉さん、ずっと前から俺はアナタが好きだった。だから付き合って下さい」
 槍先先輩の告白。しかし、再三言うように、甘い雰囲気などありはしない。
「まったく、お前の兄といい、こんなガサツな女のどこかいいんだか不思議だよ」
 深々と溜息をつく満琉先生。そして、苦笑する。
「もちろん、答えはイエスかノーで応えてくれるんでしょうね」
 槍先先輩は、真剣な眼差しのまま、峻険な言葉を投げつける。告白イベントだというのに致命的に糖分が足りない。
「当り前だ。曖昧な返事をするなんてアタシは大嫌いだ。だから言う。答えはノーだ。アタシはお前を恋人とはみなせない。アタシは自分をリードしてくれるようなヤツじゃないと、付き合う気にはなれない」
 満琉先生は槍先先輩の告白を、斬って捨てた。
「けれど、俺はアナタを諦めない。いつかアナタを振り向かせてみせる」
 槍先先輩の顔に悲嘆の色はなかった。堂々と宣言する。恋に駆け引きなど邪道と言わんばかりの物言いだ。
「好きにしろ。そのときまで待ってやるよ」
 満琉先生は、苦笑にも似た微笑みを返す。
「お手数をお掛けします」
 一礼する槍先先輩。二人の一騎打ちは、ひとまず槍先先輩の敗北という形で幕を下ろした。
「んじゃ、私たちは帰るとするか。翔馬と周防ちゃんは募る話もあるだろうから、まあ二人きりでご自由に。さてと悟、肩貸してやるよ。そんなヘロヘロな状態だと歩きにくいだろう。ほら、光栄も手を貸せ」
 とか言って、槍先先輩の肩を担ぐ満琉先生。指示を受けた阿加坂も満琉先生と反対の側の肩を担ぐ。
 そして三人は本館六階から去っていった。
「では、私も失礼する。後は若い二人にお任せしよう。翔馬君と氷華梨君は、二人の今度をじっくり話し合ってくれたまえ」
 阿加坂姉弟と槍先先輩に続き、ヒノエ先輩も退場。
 残されたのは俺と周防の二人きり。階下からは相変わらず吹奏楽部が練習で鳴らす弦楽器の音色が聞こえてくるが、それが逆に二人の沈黙を引き立たせた。
 二人きりで廊下に座りっぱなしというのも不自然なので、俺は立ち上がる。それにつられて周防も。
 さて、何から話そうか。
 まずは一週間前の周防からの告白にきっちりと答えないといけないよな。
「周防、お前に謝らなきゃいけないことがある。一週間も告白の返事を待たせて、すまなかった」
 最初に頭を下げた。
「本当にね。私がこの一週間どんな気持ちだったか想像できる?」
 言葉とは裏腹に、周防は微笑む。
「本当に申し訳ない。だけど、今ならあの時の告白に答えられる」
 そこまで言うと、俺は一端呼吸を整える。そして、言った。
「好きだ周防、俺と付き合ってくれ」
 奇を衒わず、心からあふれ出す言葉を、そのまま伝えた。
 文字に起こせば、数十文字でこと足りるであろう告白は、しかし、どんな長口上を披露するよりも緊張した。
 自分の高鳴る心音が、胸に手を置いていないのに自覚できる。階下の雑音は一気に吹き飛ばされて完全な沈黙の中にいるみたいだ。そして、俺の眼には周防しか映っていなかった。
「うん」
 感極まった周防は、俺に抱きついてきた。俺は何も言わず、彼女をただ抱きとめる。
「良かった。本当に良かった」
 嗚咽交じりの周防の言葉。抱きしめた状態では直接彼女の顔は見えないが、どうやら泣いているらしい。
 それはきっと歓喜の涙。
 どんな事情であっても、泣いている周防はやっぱり苦手だ。けれど、いつまでもそれでは駄目なのだろう。いつかは彼女の涙も支えられる男になりたい。ヘタレ草食系男子の恋は、課題が山積みだ。
 だけど、億する気はまったく湧いてこない。それが周防のためならば、俺は何だってできる気がした。
「ねえ翔馬、お願いがあるの」
「何だ?」
「私のこと、これからは下の名前で呼んで欲しい。私は『翔馬』って呼んでるのに、翔馬は『周防』って呼ぶのはずるいよ」
 なんとも健気なお願いだ。そんな彼女がより一層愛おしくなった。
「大好きだよ、氷華梨」
 俺は彼女の耳元で、囁くように言った。
「私もだよ、翔馬」
 二つの名前が、夕日に赤らんだ廊下にひっそりと咲き誇る。それは二つの魂が解け合うようであった。

【VII・戦車】了

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