アルカナ・ナラティブ/第8話/02

「それでは皆、精々青春に励みたまえ。フハハハハ!」
 帰りのショートホームルームが終わり、二週間を共にした生徒たちと軽く雑談を交わしてから、満琉先生は去っていった。
 阿加坂満琉という女性との嵐のような二週間は幕を閉じた。
 けれど、本当の地獄はこれからだ。
 満琉先生を見送ったクラスメイトの視線は、途端に俺と氷華梨に集中。
 その瞬間、俺は数秒後の未来を予知してみせた。
 質問攻め。
 否、質問責め。
 クラスメイトの知りたいという欲求の餌食にされる。
 獰猛な肉食獣の笑みに、氷華梨は怯えきっていた。
 この場から即時撤退しなければ、本日の二人の放課後はチェックメイト。
 予測から判断までの処理は亜光速で行われた。
「逃げるぞ!」
 俺は氷華梨の腕を掴むと、クラスメイトたちのスキを縫って、廊下へと飛び出した。
 唐突な行動だったにもかかわらず、俺と氷華梨の息はぴったりだった。
 廊下を走るべからずなんてマナーは大気圏の彼方まで放り投げ、俺たちは全力疾走。
 幸いにして虚をつかれたクラスメイトたちは、俺たちに追いつけない。
 この逃走が根本的な問題解決にならないのはわかっていた。
 高校生にとってコイバナは、三度の飯よりも好物で、三大珍味よりも芳醇な香りを漂わすもの。故に、次回みんなに会ったときに質問大会が実施されるだろう。
 しかし、満琉爆雷によって荒ぶるテンションとなった連中とはまともな対話ができる気が微塵もしない。
 ならば、冷却期間を置かねばなるまい。
 幸いにして今日は金曜日。休日を挟めば充分にクラスメイトの粗熱は取れる。
「急に連れ出して悪かった」
 息を切らせながら、俺は氷華梨に謝る。
「大丈夫。私も逃げなきゃいけないって思ってたから」
 そう言っていただけると助かります。
「しっかし、逃げなきゃいけないと駆け抜けた先がこことはね」
 考えなしに走った先は、体育館一階部分にある部室が並ぶスペースの最奥。魔法研究部の部室の前だった。
「無意識のうちに、ここが一番安全だと判断したんだね」
 氷華梨がクスリと笑う。
「安全というか、人を寄せ付けない場所ってカンジだけどな。いざってときの隠れ家としてはもってこいだろう。なにせ火元責任者が【隠者】なわけだし」
「そうだね。翔馬はこれからどうする? 私は部活に行かなきゃならないんだけど。……あ、でも着替えは教室の鞄の中だった」
 氷華梨はしばし、放心した後に、意を決したように頭を振った。
「私、教室に戻る。まさか、こんなことで部活を休むわけにもいかないし」
「……度胸あるな」
「うーん、単に、みんなより、サボった時の部の先輩の反応が怖いだけだよ。じゃあ、いってきます」
「――御武運を」
 凄絶な微笑みと共に、氷華梨は死地へと旅立った。
 氷華梨の後ろ姿に祈りを捧げた。願わくば、健気な少女の行く道の上に、多くの幸があらんことを。
 さて、氷華梨のことも心配だが、自分の身の割り振りも考えなければならない。
 さっさと帰宅するのがベストだが、俺も鞄は教室に置きっぱなしだ。
 となると、ほとぼりが冷めるまで、どこかで時間を潰す必要がある。
 そのどこかは、考えるまでもない。現在、恰好の隠れ家の前にいるわけだし。
 俺は魔法研究部の扉に手を掛けた。
 一部員でしかない俺は部室の鍵など所持していないので、部長のヒノエ先輩が室内にいることが入室の必須条件。
 幸いにして、扉は難なく開かれる。
 しかし、室内にヒノエ先輩の姿はなかった。代わりにいたのはV系バンドでもしていそうなイケメンの姿。
 魔法研究部の幽霊部員であるはずの水橋先輩が、部室中央のソファに鎮座していた。
 部屋に入ってきた俺を、不思議そうな顔で眺める水橋先輩。
「よお、久しぶり。元気してたか?」
 何かの曲を聴いていたらしい先輩は、耳からイヤホンを外しながら訊いてくる。
 気さくとまではいかないまでも友好的な声音だ。
「それなりには。……先輩、何してるんだ?」
 俺の疑問に対し、水橋先輩は一言、
「作詞」
 と答えた。
 よく見てみると、テーブルにはルーズリーフが置かれ、先輩の手にはペンが握られていた。
「そっか、先輩って軽音部の人でもあったな。いや、でも、どうしてわざわざこの部屋で?」
「他の奴が一緒にいると集中できないんだ。だから、ヒノエに頼んでこの部屋を貸してもらっている」
 普段は男気溢れる御仁だが、どうやら創作活動においては繊細な部分をお持ちのようだ。
「だったら、俺がいるとマズイな」
「用事があってここに来たんなら、別に気にするな」
「用事ってほどのことではないんだ。どちらかというと、これから何をしようか困っていたところなわけで」
「意味がわからん」
 小首を傾げる水橋先輩。
 彼の疑問を氷解させるべく、俺はかくかくしかじかの事情を説明。
 ありのまま、今、起こった事を話すぜ! カノジョができた旨を教育実習生に晒されて、クラスメイトの質問攻めから逃げてきたんだ。な……何を言っているのか、わからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。
 とかいう内容を、もう少し丁寧かつ平素な口調で話してみた。
 話を聞いた水橋先輩は、
「――阿呆か。そんなことで逃げるな」
 批判の刃が、俺を横薙ぎに一刀両断。
「手厳しいな」
 俺は笑顔を引きつらせながら、ため息を一つ。
 立っている気力を奪われたので、ソファに座る。
「普通だよ。それとも、お前はやましい方法で、カノジョをつくったのか?」
「先輩は、俺がトリッキーな策を弄せるほどに恋の達人に見えるのか?」
 俺は肩をすくめる。質問に質問で返すのは失礼。しかし、正直に言えば、やましいことは皆無だったと言い難い。
 周防を誘拐したとかほざいた阿加坂光栄にカチ切れて、殺しかけてますからね。
 半眼で俺を眺めながら、水橋先輩は、
「恋人に酷いことはしそうにないな。ただし、恋人に手を出す者にはどんな手も厭わない印象は受けるが」
 ズバリと指摘してくる。
 エスパーか? この人はエスパーなのか?
 いや、そもそも『一般的な魔法使い』だったな、この人。
「否定はしない。凄まじい人間観察力だが、それが水橋先輩の魔法使いとしての力なのか?」
「いいや。これは単なる直感力だ。魔法使いたるもの、物事の背後に隠された特性や可能性を見抜けないと話にならないからな」
 淡々と解説してくる水橋先輩。しかし俺には、なんのことやらさっぱりだ。どうにも魔法とか魔法使いのようにオカルトじみたものは苦手だ。
「その直感力は、藤堂先輩に対しても使っているのか?」
 オカルトじみた話題は苦手だが、話を完全にすり替えるのも無礼な気がした。なので、話の話題を百八十度といかずとも九十度くらいズラしてみる。
「使っているよ。直感力を活用するということは、目には見えないものを視て、耳には聞こえないものを聴くということだ。俺はキズナのひたむきでまっすぐな生き方が好きだ。けれど、あいつは頑張りすぎる部分がある。だから、あいつが燃え尽きないように、気を配ってやれる奴が一人は必要だ」
 臆面も躊躇も、水橋先輩には微塵もない。
 好きな相手を、堂々と好きであると言える様は見習うべきだ。少なくとも、俺はそれができないからクラスメイトから逃げてきたのだから。
「付き合い始めた俺らより、情熱的だな。先輩たちが中学からの付き合いというのが信じられない」
「同じ学年の友人知人からも似たようなことを言われる。そんなに、不思議なことなのか?」
「不思議というよりは、多分、みんな羨ましいんだと思う。参考までに聞いておきたいんだけど、どうやったら末永く交際できるものなんだ?」
 俺は周防のことが好きで、可能な限り彼女と一緒にいたい。
 けれど、恋愛初心者の俺には、そのための方法がわからない。
 水橋先輩は、少し思案する。目を閉じて、真剣にアドバイスを練ってくれているようだった。
「お互いが、常に対等であろうとすること――。それが長く一緒にいるための秘訣だと俺は思う。恋人同士だけじゃなく、人間関係全般に言えることだが、誰かと長く付き合うためにはバランスをとることが重要だ。例えば、どちらかが一方的に搾取するような関係は長くは続かない。搾取される側がいつか破綻してしまうからな」
 水橋先輩の挙げた例は極端にすぎるものだ。けれど俺は、それに文句を言えない。
 なぜなら、身に覚えのある経験だからだ。
 水橋先輩の言葉で連想してしまったのは、俺が詐欺師として過ごした日々のこと。あの時は、カモから一方的に利益を吸い上げていれば、より高いステージに登れると信じて疑わなかった。
 けれど、現実は違った。一方的な搾取は相手の破滅を招くにとどまらず、自らの破滅につながった。
「何事もバランスが大事――という言い回しは陳腐なものだが、厳然たる真理だ。タロットでいえば【正義】のイメージに近い」
「というと?」
 突然タロットに話題がシフトしたので、俺は面食らう。
「【正義】のタロットには、大抵天秤の絵が描かれているだろう? あのイメージだよ。人と節度ある付き合いをするとは、お互いの天秤を上手く釣り合わせる作業にほかならない。どちらか一方だけに重きが置かれていては駄目だ。そんなバランスを欠いた状態はいつか破綻してしまう」
「もっとこう、具体的な案を俺は知りたいんだけど」
 抽象的な言い回しも嫌いではない。そこには深い哲学じみた味わいがある。けれど、俺が求めているのはもっと即物的な方法論だ。
 俺のわがままに、水橋先輩は改めて思案。
「俺が見てきた中では、長く交際が続いている連中の共通点として、二人でルールを共有しているというものがある。例えば、毎月交際を始めた日には二人でいようとか、ケータイのストラップは同じものを付けているとかな」
「……そのルールに、何か意味はあるのか?」
「例え無意味に思えるルールでも、二人で守ろうと努力するところに価値がある。お互いが守ろうとすることで、そこには一体感が生まれるからな」
「そういえば、【正義】のタロットにも『ルールを遵守する』みたいな意味があったな」
「まさしく。人間関係でバランスを取る手っ取り早い方法はルールを作って、それを守ることだ。そう考えると、タロットもただのオカルトではなく、より良く生きるヒントになるだろう?」
 人を食ったような笑みの水橋先輩。
「……もしかして、俺がオカルト苦手なのに気づいていたのか?」
「そんな感じはしていたよ。瀬田は論理的に物事を考える傾向がある。だが、同時にそれは目に見えないものは信じないことにも繋がってしまう。オカルトを全肯定しろとはいわない。けれど、誰かと魂で繋がりたいなら、目に見えず、耳に聞こえないものを信じなければならないときは必ずやってくる。その時に備えて、自分の苦手な部分を予め意識しておくんだな」
「なんつーか、まるでファンタジーに出てくる老賢者みたいなもの言いだな」
 俺の皮肉。けれど、水橋先輩は嫌そうな顔一つせずに、
「これでも一応は、魔法使いの端くれだからな」
 と言った。

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