アルカナ・ナラティブ/第8話/03

 翌月曜日。俺と周防の交際についての説明責任はつつがなく果たされた。
 休日に電話をしてまで、俺と周防について知りたい奴については個別対応しておいた。事前に説明しておくことで、月曜日に大勢で押し寄せられるのを防げると判断したからだ。
 その効果はバツグンだった。金曜日に目を獣のように光らせていた連中も、少しは落ち着いてくれていた。
 ただし、心配事がなかったわけではない。俺が電話で個別に対応した内容が、変な形で喧伝されないかという点だけは未知数だった。噂には尾びれが生え、胸びれが生えるもの。俺の説明が意図しない形で広がってしまうリスクはどうしてもヘッジできない。
 とはいえ、リスクを取らないで何かを成すことは不可能。俺は内容変質に関するリスクに関しては目を瞑ることとした。
 ギャンブルは得意な方ではない。しかし、今回は内容変質はさほど生じなかった。
 ただまあ、クラスの連中からからかわれるのは間逃れなかった。
「しかしまさか、翔馬にカノジョだおったとはなあ」
 とか、しみじみとした口調で言ったのは、『少佐』こと犬養。彼の言葉はその日の流行語となる。
 皆、会話につまると『しかしまさか、翔馬にカノジョがおったとはなあ』と話題を強引に転換。一斉に俺に目線が集まるのが一種のお約束となった。
 その時の男子の目が、今にも血の涙を流しそうなものだったのは軽いトラウマだ。
 どうやら、俺はとんでもないものを盗んでしまったようだ。――氷華梨の心です。
 アイタタタ……。
 そんな具合に、多少の馬鹿をやりながら、月曜日はつつがなく終わるはずだった。
 魔法研究部の部室に、あのヤローが訪れるまでは……。

   ◆

 今日も今日とて、氷華梨とは一緒に下校する約束をしていた。
 とはいえ、氷華梨が剣道部での活動を終わるまで俺は暇人である。
 なので、俺は魔法研究部の部室で、授業中に出された課題をときながら氷華梨を待つことにした。
 ちなみに部室にはヒノエ先輩もいた。それも凄く暇そうに、頬杖をつきながらパソコンをいじっている。パソコンに備え付けの地雷処理ゲームをしていた。
 ヒノエ先輩は三年生の学年主席。なので、
「先輩、暇なら課題を手伝ってもらえないか?」
 とか、一応お願いしてみる。
 ちなみに現在俺がやっているのは、英語の和訳。俺自身、英語は苦手ではない。それでも成績優秀者に手伝っていただけるなら、作業効率は一気に上がるはず。
 ヒノエ先輩は、俺の持っていたプリントを一瞥する。
「このプリントは、私が一年生だったときと同じものだな。和訳も覚えている。エアコピペするので書き留めたまえ」
 ヒノエ先輩は立て板に水の勢いで、和訳を吟じ上げていく。
 五分もしないうちに、和訳は終了。
「すげえ。ヒノエ先輩のエアコピペが役に立つ日がくるなんて……」
 課題が早々に完成したことよりも、そちらの方が感動的だった。
「それだと、普段は私のエアコピペが無用の長物みたいな言い方だな」
「そこまでは言わないが、あまり有効活用はされていないな。暗唱されなくても、後で文献なりネット検索すれば情報は手に入れられるからな」
「それを言われると立つ瀬がないな。情報化社会では生き字引の価値は大暴落しているわけかね」
 ヒノエ先輩の言葉は、言い得て妙だ。
 情報技術が発達する以前の世界なら、物知りな人間はそれだけで価値があった。しかし、ネット検索で大抵のものを調べられる環境では物知りであるだけでは付加価値は生じにくい。知った上で、その知識をどう料理できるかが真の付加価値を生むのだ。
「とはいっても課題が早く終わって助かったよ。ありがとう、先輩」
「うむ。今日くらいは存分に先輩として私を敬うがいい」
 俺が謝辞を述べると、ヒノエ先輩は粛と頷いた。
 こういう具合に、相手の自尊心を定期的に擽っておくのは、人間関係を円滑に回すのに有効である。
「課題も終わったし、後は読書でもしてようかな」
 俺は、カバンから図書館で借りていた本を取り出す。
「翔馬君は、ときおり渋いチョイスをするね」
 ヒノエ先輩は俺が借りてきた本をそう評してきた。
 ちなみに俺が借りた本はバイロンの詩集だ。
「好きなんすよ、バイロン。旅と巡礼に人生を捧げた男の魂の言葉、みたいな感じが」
「そうかね。私は内容は暗記しているが、意味するところはさっぱりだ。男にとって女心が謎なように、女にとって男心は意味不明だ」
「ふーん、そんなもんなのか」
 とか、やっていると、
「失礼するよ」
 部室に訪問者が現れる。
 そこにいたのは――。
「何をしに来た、名壁」
 現れたのは一年生の名壁司《なかべ・つかさ》。女子を魅了しそうな甘いルックスの持ち主だった。
 しかし、俺の見立てではこいつの中身は壊滅的に破綻している。
 こいつは俺のカノジョである氷華梨の、中学時代の元カレだ。
 それだけでも万死に値する。それに加えて、こいつは仲間と共に氷華梨に乱暴しようと企て、氷華梨の心を傷つけた。
 そのことは氷華梨から話を聞いた時から許せなかったが、氷華梨が俺のカノジョ になった今、もっと許せなくなっている。
「こんなところまで何の用だ?」
 俺は声を凄ませて名壁に訊いた。
「おや、瀬田が恫喝してくるとはね。でも、はっきりいってキャラに合わないし、迫力もないからやめておいた方が無難だよ。虚勢を張っているみたいで見苦しいだけだ」
 クククと名壁は、嫌味な笑みを漏らす。
 迫力不足なのは自覚があった。俺は何も返せない。
「今日はね、同じアルカナ使いとして、面白い見世物をご覧に入れようと思って馳せ参じた次第さ」
 あくまで歪んだ笑みを顔に貼り付けて、名壁は指をパチンと鳴らす。
「さあ、おいで。俺の従僕」
 名壁の支持に従い、現れたのは【皇帝】のアルカナ使いである阿加坂光栄《あかさか・こうえい》だった。
 阿加坂はおどおどとした挙動で、俺たちの前に現れる。
 阿加坂の怯え方は、見ているこっちに対し『もっとキビキビ動けよ』という念を抱かさせる。それぐらい愚鈍な態度だった。
「せっかく俺の従僕にしてやったんだから、阿加坂光栄はもっとしゃんとしろ」
 阿加坂のおっかなびっくりな態度が気に食わなかったのは、名壁も同じだったようだ。名壁は阿加坂のケツに蹴りを入れる。
 すると、
「了解」
 阿加坂の瞳から光が消失。
 阿加坂は名壁の指示通り、しゃんとした姿勢で俺の前に立ちはだかる。
「加えて命令。阿加坂光栄は瀬田翔馬に殴りかかれ!」
 声を張って、名壁は阿加坂に指示を出す。
「了解」
 機械的に返答すると、阿加坂は一気に床を蹴り、俺との間合いを詰めてくる。
 虚を突かれた俺は、阿加坂からの打撃を鳩尾に喰らう。
 突き刺すような痛みに耐え兼ねた俺は、腹を押さえてその場にしゃがみこむ。
 ――どうして、阿加坂は名壁の命令を受諾した?
 俺の脳裏にそんな疑問が過ぎったが、すぐに氷解した。
「名壁、お前、阿加坂に魔法を使ったな?」
「おみごと。俺は魔法【コンヴィクト】を使って阿加坂を断罪した。以前、阿加坂は不埒にも俺を魔法で操ってきてねえ。それは断じて許されざる行為である。故に、俺は阿加坂に『俺を命令に従わせたのだから、阿加坂光栄も俺の命令に従うべきである』と断罪した」
 両腕を広げながら、舞台役者じみたキザなポーズで名壁は解説してくる。
 俺の額に冷たい汗が流れる。
 陸原を交えたWデートの時から薄々感じていた。
 名壁の魔法は、危険すぎる。
 自由裁量で相手を断罪できる魔法【コンヴィクト】は、下手をすれば恒久的に相手の心を縛り付けることにつながりかねない。
 その証拠か、俺を殴りつけた阿加坂は、自分の拳を眺めながら震えていた。
 その顔には恐怖。
 阿加坂と俺との間には確執があるのは事実。けれど、そんな相手を殴るという行為も、他者から強制され行うのであれば意味は変わってくる。
 事実として阿加坂は、半分涙目で、こう言ってきた。
「助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ! オレはこんなヤツの操り人形になんてなりたくない! ここは魔法の研究をしている場所なんだろう? だったら、名壁の魔法を解除する方法とか置いてないのかよ!?」
 阿加坂の絶叫に、ヒノエ先輩は淡々と首を横に振る。
「ここは歴代のアルカナ使いのデータを整理するのが目的の部だ。相手の魔法を解除できる方法は知らないし、そんな便利なマジックアイテムもない」
 ヒノエ先輩の告げる事実は残酷だった。
 阿加坂はその場で崩れ落ちる。
「そんな……」
「残念だったねえ。最後の頼みの綱もこれでご破産だ。いやあ、実に残念だ」
 阿加坂の横で、名壁は楽しそうに、歌うように言葉を紡ぎ上げる。
「さあ立てよ、阿加坂光栄。もう君がオレに完全に屈するしかないというのはわかっただろう? さて、それではお二人さん、短い時間だけど、お騒がせしたね。それではオレたちは失礼するよ。ああそうだ、君と氷華梨は付き合い始めたんだってねえ。噂で聞いたよ。何もトラブルが起こらないことを俺は祈るよ」
 不気味な笑みを撒き散らし、くるりと踵を返す名壁。
 後に残されたのは恐るべき沈黙のみ。
 名壁のヤロー、今度は一体何を企んでやがる?
 俺は咄嗟に氷華梨の顔を思い浮かべる。
 名壁が執心するとすれば、十中八九氷華梨だろう。
 もしも、名壁がまた氷華梨に手を出そうって言うんなら――。
 そのときは、どんな手段と以てしても名壁司を叩き潰す。

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