アルカナ・ナラティブ/第8話/05

 バット男に襲撃された俺たちは、すぐに駆けつけてきた救急車で病院に搬送された。
 不幸中の幸いというか、俺の肩はヒビが入っただけだった。もし、俺が高校球児なら、この状況に絶望するのだろうが、俺が所属するのは文化系の部活動。肩が回らなくなったところで、日常生活に多少の支障をきたすだけだ。
 問題は、氷華梨の方だ。
 レントゲン撮影の結果、氷華梨の左腕は真っ二つに折れていたらしい。
 全治六週間。
 そのような状況では、当然、氷華梨が勝ち取ったインターハイ出場は諦めざるを得ない。
 氷華梨の努力の結晶は、彼女の腕の骨と一緒に砕けた。
 俺の中で、怒りの炎が黒い煙を上げながら立ち上がる。
 氷華梨を傷つけたヤツを俺は許さない。
 けれど、それ以上に許せないのは、そばにいて氷華梨を守ってやれなかった俺自身。あまつさえ、氷華梨は俺を守ろうとして大怪我を負ったのだ。
 心の中で刺が咲く。氷華梨を傷つけた怨敵を、八つ裂きにしろと俺の影が絶叫する。
 一心不乱の復讐を成し遂げなければならない。そうでなければ、氷華梨に顔向けできないし、俺の溜飲は下がりはしない。
 バット男事件の次の日。
 俺は比較的に軽傷ということで、学校を休みはしなかった。
 クラスには既に事件のことが伝わっていた。
 教室に入ると、クラスメイトからの質問攻めを受けたが、俺は全てノーコメントを通した。聞くところによると、バット男は俺たちを襲撃してから、即座に勇敢な一般市民たちに取り押さえられたらしい。
 バット男にもしかるべき鉄槌は下されるべきだ。しかし、俺が気がかりな人物は他にいる。
 ――名壁司。
 俺と氷華梨が襲撃された現場の野次馬の中にいた男。
 傷ついた俺たちに対して薄笑いを浮かべていた男。
 そして――。
 人を意のままに操る魔法を使えるアルカナ使い。
 始業前の時間を使って、俺は名壁のクラスである六組に押し入った。
 名壁は悠然と、クラスの女子と会話を楽しんでいたが、そんなこと知ったことではない。
「名壁、お前に話がある」
 名壁を呼ぶ俺の目つきは、さぞ極悪だっただろう。名壁にはわざわざ愛想をよくする理由が見つからない。
「これはこれは。昨日カノジョを守りきれなかった瀬田じゃないか。お前みたいな負け犬が俺に何の用だい?」
 人を小馬鹿にした態度で、名壁は口元を緩く歪ませる。
「どうして昨日、お前は俺たちが襲われた現場にいた?」
 俺は左手で名壁の襟首に掴みかかる。
「おっと、よしてくれよ。服にシワができてしまう」
 護身術の心得があるのか、名壁は俺の左手をひねり揚げ、一層口元を歪ませる。
「お前、昨日のバット男とはどういう関係だよ?」
 ひねられた手首が痛むが、そんなことは気にせず質問を続ける。
「その言い方だと、まるで、俺が昨日の事件と関わりがあるみたいだね。」
「俺はお前が事件の引き金を引いたと考えているよ。なにせお前は人を操るアルカナ使いなんだからな」
 俺は臆することなく断言した。周りの連中は俺の言葉に不思議そうに首を傾げる。
 アルカナ使いの存在は、一般生徒には秘匿事項だが、そんなこと知ったことか。
 俺の言葉を受けて、名壁はため息を突きながら肩を竦める。どこまでも人を嘲弄するような態度だ。
「いいだろう。その件についてはここで話すのは芳しくない。ちょっと、人気のないところで話そうか。おい、阿加坂、お前も来い!」
 俺を捻る手を緩め、名壁はすたすたと教室から出て行く。それを追うように、教室の隅の席で一人丸まっていた阿加坂がついていく。
 俺に背を向けるとは、大した余裕だ。殴りかかりたい衝動を抑え、俺は名壁に従う。
 やってきたのは、本館一階の奥まった部分。生物室や美術室といった特別教室が密集した場所だった。
「では、瀬田の言い分を聞くとしようかな。それと阿加坂は俺が指示を出すまで待機だ」
 名壁は壁に凭れかかり、腕を組む。
 一方、阿加坂は名壁の横で直立不動。完全なる操り人形だった。
「昨日のバット男、あれはお前が魔法で操って襲撃させた。違うか?」
 名壁を睨みつけながら、俺は問う。
 これに名壁はクククと笑い声を漏らす。
 白を切るつもりかと俺は思ったが、次に名壁から吐き出されたのは想定外の言葉。
「推理するまでもなく俺の差し金だよ。魔法【コンヴィクト】は実に愉快で最高だ。自由裁量で人を断罪できる。これを有効利用しないなんて、そっちの方が馬鹿げていると思わないか?」
「お前……!」
 先ほど腕をひねられたのを忘れ、再び名壁の襟首に掴みかかる。
 しかし、今回は名壁は俺の手を捻らない。
 名壁は襟首を掴まれた状態で、喋りにくそうに喋る。
「そんなに怒るなよ。あれは人助けの一環でもあったんだからさ」
「なんだと?」
「昨日バットを振り回した男――名前は永崎というんだけど――あいつはね、自分のカノジョにDVを振るうような最低の男だったわけだ。毎日のごとくカノジョに暴力を振るった挙句、逃げようとしたカノジョの脚をバットでへし折った。ひどい話じゃないか。しかも、永崎はそのことを自慢げに俺に話してきた。これは【正義】を司るアルカナ使いとして、永崎を断罪せねばならんと俺は考えたわけさ」
 冷たい目を細めながら、名壁は語る。
「その断罪と俺たちを襲撃したことがどう繋がる?」
「繋がるさ。だって俺は、『カノジョの骨を負った罪を償うために、周防氷華梨の骨を折れ』と断じたのだから。傑作だよなあ。人の骨を折った罪を償うのに、また誰かの骨を折らなきゃいけないなんて」
 そして、名壁の口から哄笑が溢れ出す。
 こいつ、狂ってやがる。
 人の罪を、罪を重ねることで償わせる。
 それはまるで多重債務ではないか。
 そんなことを平気で人にさせるなど、まともな神経ではありえない。
「テメエ、それでも人間か!?」
 俺は、名壁の襟首にかける力を倍増させる。
「俺は普通のつまらん人間だよ。つまらん人間だから嫉妬する。じっくりと辱めてやろうとしていた氷華梨を取られた俺の怒りはどこに向ければいい? 許さんよ。氷華梨が俺から逃れるなんてことは許さんよ。ならばこそ、俺はどのような手段を使ってでも、氷華梨に絶望を叩き込まねばならん。氷華梨には、俺から逃れられないことを、その身にたっぷり教え込まねばならんな」
 狂気を孕んだ名壁の瞳が、爛々と輝く。
 俺の血液が一気に沸騰した。
「氷華梨はお前の玩具じゃない!」
 気づいたときには、俺は名壁に殴りかかっていた。
 ゼロ距離から放たれた俺の左拳は、名壁の横っ面を捉えていた。
 直接手を出すのなんて随分と自分のキャラに合わないことをしてしまった。
 けれど、一発殴っただけでは全く足りない。こいつの腐りきった性根には、顔が血だるまになるまでの鉄血制裁を加えるべきだ。
 ところが、一発目とは違い、二発目の拳は空を切る。名壁はいとも簡単に俺の拳を見切ったのだ。
 悪寒が走る。それは名壁のカウンターを危惧してのものではない。
 相手を殴ること――これは立派に法の道から外れる行為である。
 まさか、名壁はこれを狙っていたのか?
 狙って、俺を挑発するような妄言を吐いていたのか?
 俺の直感は、おそらく正解だ。顔を抑えながら、恍惚とした笑みを浮かべている。
 俺はこの場から逃げるべく、踵を返す。
 ところが、名壁は叫ぶ。
「阿加坂、瀬田の動きを止めろ!」
 粗末な命令だったが、命令する相手が最悪に過ぎる。
「瀬田翔馬! 動くな!」
 名壁の操り人形である阿加坂の、魔力の篭った魔法が俺を貫く。
「あーあー、瞼から出血してしまっている。随分とクリーンヒットしたものだ。よかったね。少しは胸のつかえが取れたかな?」
 俺の背後で、悪魔が悠然と語る。
 阿加坂の魔法に囚われた俺は、反論のために口を動かすことすらできない。
 動けない俺に対し、名壁は更に続ける。
「けれど、人を傷つけることは罪である。よって、瀬田翔馬は、自分のカノジョを傷つけることによって、この罪を償わなければならない!」
 断罪の言葉は、呪いとなり俺の中に染み込んでいく。
 ――傷つけなくてはならない。
 ――自分のカノジョを。
 呪詛が、俺の脳を焼き焦がす。
「さて、この断罪に対し、瀬田はどう動くのか、楽しみだ。とてもとても楽しみだ」
 呵呵大笑が、人気のない廊下で反響する。
 優雅に撤退していく名壁の後ろ姿に、俺には何一つ反逆する術がなかった。

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