アルカナ・ナラティブ/第8話/06

「この大馬鹿者め!」
 俺に雷を落としたのは、ヒノエ先輩だった。
 名壁に断罪の魔法をかけられた日の昼休み。魔法研究部の部室には俺とヒノエ先輩と、そして水橋先輩が集っていた。
 集まった理由は、本日名壁にされたことの報告と、今後の対策の相談のため。
「珍しいな、ヒノエ先輩がそこまで怒りをあらわにするのは」
 自分が怒鳴られているのを棚に上げ、ヒノエ先輩の尋常ならぬ態度に驚いてみせる。
 普段のヒノエ先輩のテンションは、よく言えばクール、悪く言えばダウナー系。これほどまでに感情をむき出しにすることなど滅多にない。
「すまない。翔馬君に怒鳴り散らすのは筋違いか。それでも私の怒りは収まらんのだよ。魔法で人を操り、私の可愛い後輩を傷つける。これより先、名壁司を魔法研究部に楯突く逆賊の徒として認識しよう」
 ヒノエ先輩の目が据わっていた。
「賛成だ。その名壁って野郎には、裁きの鉄槌をくださねばならんな」
 そう声を上げたのは水橋先輩。
 淡々とした物言いだが、その背後には完全燃焼の青い炎が燃え上がっていた。
 静かに、だが確実に魔法研究部から反逆の狼煙が上がっている。
「確かに名壁には然るべき制裁を加えるべきだ。けど、どうやって? 下手に手を出そうものなら、今日の俺みたいなカウンターを喰らいかねない」
 二人の先輩が味方してくれるのは心強い。けれど、同時に思うのだ。この人たちまで名壁の魔法の餌食にしてはならない、と。
「つまるところは、それを解決せねばならんかね。ところで翔馬君、君は氷華梨君を傷つけるように命じられているが、今は落ち着いているように見える。名壁司の魔法には、いわゆる根性みたいな精神論で対抗できるものなのかね?」
 ヒノエ先輩の問いは、俺の急所を抉るものだった。
「いい質問だな。はっきり言って、そんなに余裕はない。今でも頭の中では『自分のカノジョを傷つけろ』とか、暗い声が鳴り響いている。罪悪感で潰れそうなんだ」
「いくら命令に従わせるといっても、阿加坂光栄の魔法ほど強制力はないということかね」
 ヒノエ先輩の指摘通りだ。
 阿加坂の魔法【オートマトン】は、有無を言わさず相手を命令に従わせた。
 ところが名壁の魔法【コンヴィクト】は、抵抗しようと思えばできなくはない。ただし、その場合、いつまでたっても鳴り止まない罪悪感と、命令を実行したいという衝動に駆り立てられるハメになる。
 せめてもの救いは、今日は学校に氷華梨が来ていないことだ。
 氷華梨が手の届く範囲にいては、俺は名壁の魔法に抗えない。湧き上がる衝動に負けて氷華梨を襲っているだろう。
「名壁の魔法の厄介なところは、あいつの命令を実行するまで効果が消えないところにあるみたいだ。まったく、使い手の性格と一緒で粘着質な魔法だぜ」
 軽口を言っていないと、衝動に負けてしまいそうだ。
「邪魔するぜ」
 俺が懊悩していると、部室に来訪者が現れる。
 阿加坂光栄と槍先先輩だった。
 槍先先輩の方は堂々と構えていた。対照的に、阿加坂は背をまるめてまるで挙動不審者だ。
「何しにきた、テメエら!?」
 水橋先輩は獰猛な顔つきで吠えた。彼は、かつて阿加坂によってカノジョに暴力を加えられている。阿加坂に対して並々ならぬ嫌悪感を持っていてもしかたがない。
「ヒィッッ!」
 水橋先輩の叫び声に噛み付かれた阿加坂は、簡単に萎縮した。
 俺以上にヘタレた輩というのも珍しい。下には下がいるということかね。
「理音君、とりあえず怒りを収めたまえ。あの一件は、君が光栄君を血ダルマになるまで殴りつけることによって手打ちにしたはずだ」
 ヒノエ先輩に諫められ、水橋先輩は渋々ながら阿加坂を威圧するのを中断。
 なんだかんだで、先輩二人も連携が取れている。
「それで、今日は何の用だ?」
 俺の中での阿加坂の好感度も決して高くない。氷華梨の下着姿を撮影したなどについては許す気がない。
 阿加坂は現状、名壁の取り巻きだ。
『敵の味方は敵だ』と感情的に断ずることはもちろん可能。
 けれど、そんな奴が名壁と別行動でやってきているのは、名壁側の情報を上手く引き出すチャンスとも取れる。
 そもそも、阿加坂も名壁の魔法によって被害を受けている人間の一人だ。
 むしろ、上手く言いくるめれば、こっち側の味方にできるのではないだろうか。
 俺は頭の中で様々な計略を巡らせながら、
「まあ、とりあえず二人共座れよ」
 ここはあえて、強ばった顔の筋肉を緩め、友好的に接していく。
 俺に促され、阿加坂と槍先先輩はソファに腰掛ける。
「それで、改めて訊くけど、二人はどうして今日ここに?」
 俺の質問に対して、阿加坂は落ち着かない様子で、周りを確認。どうやら、水橋先輩とヒノエ先輩の様子が気になるらしい。
「今日は私と理音君のことは空気だと思ってくれたまえ」
 阿加坂の怯えを察してか、ヒノエ先輩は言う。
「今日は、俺なりに助言しにきたんだ」
 あくまで身をすくませながら言う阿加坂。心なしか座り方も浅い。すぐにでも逃げ出したいという心理が現れているみたいだ。
「ほほう、それはご丁寧にどうも」
 阿加坂の緊張を解きほぐすべく、俺は丁寧に返す。
 にしても助言ねえ。それが有益な情報ならばいいのだけど。
「なあ瀬田、お前は名壁の野郎に『自分のカノジョを傷つけろ』と命令されたんだよな?」
「どうした、改まって。お前もあの場にいたなら、そんなことは知ってるだろう」
 阿加坂の質問の意図が読めずに、俺は訪ね返すしかない。
「だ、だからさ、オレは考えたんだ。お前が周防を傷つけずに済む方法を」
 おっかなびっくり、爆発物でも取り扱うように阿加坂は言う。
「へえ、それはぜひ聞かせてもらいたいね」
 俺は阿加坂から、有益な情報が得られるかとにわかに期待した。昨日の敵は今日の友とはよくいったものである。
 けれど、次の瞬間に俺の期待はぶち壊される。
「お、お前、周防と別れろよ」
 阿加坂は怯えながらも、しかし、はっきりと告げてきた。
 俺は阿加坂の言葉を挑発とみなし、彼を睨みつける。阿加坂の襟首を掴み取ろうと、ソファから腰を浮かせる。
 その瞬間、槍先先輩が、俺と阿加坂の間に割って入る。
「落ちつけ、瀬田。話は最後まで聞くものだ」
 落ち着き払った低音の声に、俺はそれ以上進軍できない。
「わかった。そっちが言いたいことを全部言ってから判断を下すよ」
 俺はソファに腰掛けなおす。
「要するにさ、お前はあくまで『周防氷華梨』ではなく『自分のカノジョ』を傷つけるように命令されたんだ。だったら、けど、瀬田の性格的にそれは絶対にしたくないだろう? だったら結論は簡単だ。現状、周防がお前のカノジョだから問題なわけ。縁さえ切れば、お前は誰も傷つける必要がない」
 ビクビクと喋る様は、俺をイライラさせるが、俺は阿加坂の言葉に逆らえない。
 阿加坂の論法は、極めてシンプル。
 普段、理屈ばかりこねくり回しているクセに、そんなことに気づかなかったとは、俺は相当に馬鹿だ。
 いや、気づかなかったというよりは、考えないようにしていただけかもしれない。
 ようやく自分に素直になって、氷華梨と付き合い始めたというのに、即座に別れるなんて滑稽すぎる。
 けれど、それしか氷華梨を守ってやれる手段がないなら仕方がない。
 俺は――。
「気に食わないな」
 室内に、怒気を孕んだ声が響いた。
 皆が声の主を見た。
 声の主はヒノエ先輩だった。
 皆の視線を浴びながら、ヒノエ先輩は続ける。
「名壁司の奸計に嵌ったから、氷華梨君と別れる。それではまるで、名壁司の掌で踊っているみたいで気に食わない」
 ヒノエ先輩の言い分は、論理的思考というよりは、ただの感情論。
 しかし、ヒノエ先輩の言い分は、恐ろしく的を射抜いている気がする。
 もしかして、名壁は最初から俺と氷華梨を別れさせるために俺に魔法をかけたのか?
 いや、もしかしなくても、それが名壁の狙いだったに違いない。
 認めたくないが、名壁司は天才だ。ただし、人を追い詰めるという行為においてであるが。
 名壁にとっては、どちらに転んでも面白い事態に違いない。
 俺が氷華梨の顔を傷つけたなら、それは氷華梨の顔と心に消えない傷を残すことになる。
 一方で俺と氷華梨が別れたなら、それも名壁にとっては愉快な事態だ。せっかく、付き合い始めた二人の中をぐちゃぐちゃにするのは、名壁のような性格の奴からすれば娯楽。
 どっちをとっても、名壁の思い通り。
 クソが。完全に後手に後手に回ってやがる。

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