アルカナ・ナラティブ/第8話/08

 昼休みが明けて五時間目。
 俺は授業そっちのけで、二つの案件を熟慮していた。
 一つ目は、名壁にかけられた『自分のカノジョを傷つけろ』という魔法を以下に解除するか。
 もう一つは、名壁の魔法自体への抜本的な対策法作り。
 一つ目の必要性は言わずもがな。この問題を解決しない限り、俺は氷華梨と一緒にいることができない。
 もう一つの方は、今後、名壁の被害者を出さないために重要だ。あんなチート魔法を使えるヤツを自由にしておいてはならない。明るく平和な学園生活を送ることができなくなる。
 飢えた獣は、しっかとした檻に閉じ込めてしまうに限る。
 いっそ、名壁を退学に追い込む手段を考えてみるか?
 アルカナ使いが魔法を使えるのは在学中だけ。あいつの魔法の被害を、偉い人に報告してしまうか?
 でも、アルカナ使いの魔法を乱用して退学になった生徒っているのだろうか。
 過去の裁定の実績がわからない以上、それに賭けるのは危険な気がする。
 それとも、平和的に名壁を改心させる手を考えるべきか。
 いくら名壁とて人の子だ。良心に訴えかければ……。
 ……無理な気がする。
 昼休みに阿加坂が言ったように、名壁の倫理観・正義感は根本的に破綻している気がする。
 そんなヤツに人としての道を説いても時間の無駄だ。
 では、他にスマートな方法は?
 いわゆる第三の道を模索しているというのはどうだろうか。
 ――第三の道。
 聞こえはいいが、しかし、そこに至る過程は茨の道なんだろうな。
 あるいは、魔法を封じられないにしても、名壁を静かにできないものか。
 はっきりいって、あいつの喋り方嫌いなんだよ。粘着質でねちっこくて、聞いているだけで腹が立ってくる。
 というか、あいつには永久に黙っていてほしい。黙っていれば魔法も使えないわけだしな。
 ……。
 それだ!
 その手があった!
 にやり、と俺は口元を歪ませる。
 それは、勝算を見出した策士の愉悦であり、イタズラを思いついたトリックスターの余裕。
 ――俺は名壁司から声を奪ってしまえばいい。
 それさえわかれば、後はそれに向けて下準備をするだけだ。
 俺は授業終了と同時に、ケータイと取り出し、アドレス帳を検索。
 そして通話。
 相手は誠に不本意ではあるが阿加坂だ。
 周防の下着事件で、俺は一度、阿加坂のケータイを破壊している。しかし、SIMカードを交換していない限りは元の番号のはず。
 問題は阿加坂と名壁は同じクラスである点だ。
 俺と阿加坂の会話が、名壁に漏れたら面倒だ。そこら辺は上手くごまかすしかない。
『もしもし? どちらさま』
 電話の先から、阿加坂の声がした。通話成功にまずは胸をなでおろす。
 新しいケータイには、俺の番号は登録されていないらしく、阿加坂は訊いてくる。
「俺だ、瀬田翔馬だ」
『げ、どうしてお前がオレに電話してくるんだよ?』
「まあ、いろいろあってな。それより今、名壁はどうしてる?」
『向こうもどっかに電話しているよ』
「そうか、なら都合がいい。なあ、阿加坂。お前、このまま名壁の操り人形でいいのか?」
 俺の質問。
『いいわけないだろう? なんだよいきなり。もしかして、オレをあいつから解放してくれる手でも思いついたのか?』
 阿加坂は半分投げやりに言ってくるが、俺は言ってやった。
「その通りだ。俺はお前を名壁から自由にできる手段を知っている」
『な……』
 肯定が返ってくるとは思っていなかったらしく、赤坂は唖然とした声を上げる。
「今は詳しくいうわけにはいかないが、お前が俺を信じてくれるって言うなら、放課後に名壁を人気のない場所――そうだな。今朝といっしょ、本館一階の特別教室の密集した場所に呼び出してくれないかな。勿論、そのときはお前も一緒に」
 俺の言葉に、阿加坂はしばし沈黙する。
 俺が提示しているのは、明らかに阿加坂にとって好都合な話。しかし、好都合すぎる話は、逆に怪しい臭いを漂わせるもの。
『オレを自由にして、お前にどんなメリットがある?』
「正直言って、お前みたいな自由に人を操れる人間が、名壁の操り人形だと俺も困るんだ。だから、お前を名壁から解放した方が長い目で見れば得と判断した」
『そういう理由か。いいぜ、お前の話に乗ってやる。その代わり、オレを絶対に自由にしろよ』
「オーライ。んじゃ、放課後にまた会おう」
 通話終了。
 よし、お膳立ては完了。
 見ていろ名壁。目にもの見せてやる。
 俺がほくそ笑んでいると、ケータイがバイブした。
 見ると音声通話で、発信先は氷華梨だった。
 俺は応答しなかった。
 今、氷華梨と話すのは最善ではない。
 電話越しの周防に直接傷を負わすことはできない。
 けれど、うっかりと名壁に魔法をかけられたことを吐露してしまうかもしれない。
 それは状況として芳しくない。
 もし、名壁に魔法をかけられた件を氷華梨が知ったら、十中八九あいつは俺を心配する。
 最悪の場合、自分なら傷つけられても大丈夫とか言いかねない。
 それだけは避けねばならない。
 なので、氷華梨には悪いが俺は無視を決め込む。
 待っていてくれ、氷華梨。
 俺が次にお前にかける電話は、名壁に一泡吹かせたことの報告だ。

   ◆

 放課後。
 阿加坂に指示した場所に、俺と阿加坂、そして名壁は集まっていた。
 日あたりの悪い空間なので、空気がひんやりと冷たい。
「さて、どういう風の吹き回しだい、瀬田? 俺に心からの侘びを入れたいとは」
 名壁は相変わらず余裕の態度で構えている。
 にしても侘びってなんだ?
 もしかして阿加坂は、俺が名壁に謝りたいから呼び出したみたいな伝え方をしたのだろうか。
 だとしたら良い仕事だ。
 こっちとしても、名壁には油断していてもらった方が助かる。
 けれど、名壁。お前はここでチェックメイトだ。
「今日の朝、俺を殴ったことを謝りたいというなら、まあ謝罪ぐらいはさせてやろう。あるいは、お前に本当の誠意があるというなら、魔法の解除も視野に入れてやる」
 ――魔法の解除。
 その言葉に俺の心がぐらつく。
 俺が今ここにいるのは、あくまで名壁を今後魔法を使用不能にするため。
 氷華梨を傷つけろという魔法に関しては棚上げ状態だった。
「本当に、謝れば魔法を解除してくれるのか?」
「勿論だとも。俺とて悪魔ではない。時に温情判決を出すことだってあるんだよ」
 名壁は慈悲に満ちた微笑みを湛えながら、俺に言ってくる。
 ところがだ。
 その時、俺の背後で声がした。
「騙されないで翔馬! 名壁は謝ってもアナタを許す気などない!」
 凛とした、鈴の音のような声。
 背後にいたのは左腕にギプスを巻いた少女の姿。
 氷華梨だった。
「やあ、氷華梨。随分と早い到着だね。君が到着するまで瀬田をかどわかして、楽しもうとしていたのに大誤算だよ」
 どうして氷華梨がここにいる?
 名壁が呼び出したとはどういうことだ?
 様々な疑念が渦巻くが、それよりももっと大きな声が脳内で鳴り響いていた。
 すなわちそれは――

 ――自分のカノジョを傷つけろ

 名壁に下された断罪の言葉が、嵐となって吹き荒れる。
 さらに――
 カランカラン。
 名壁の方で何かが床に落ちる音がした。
「おっと、これは失礼。自前のカッターナイフを落としてしまった」
 わざとらしく名壁は言った。
 それは明らかに罠であり、誘導であったが、もはや俺は衝動を抑えきれない。
 俺は名壁が拵えたカッターナイフに飛びかかり、全力で拾い上げる。
 そして、刃を引き出し、俺のカノジョを見据えた。
 傷つけろ。
 傷つけろ。
 傷つけろ。
 呪いの声は鳴り止まない。
「これは俺なりの親切だ。瀬田が一刻も早く罪を償えるように、俺は氷華梨の家に電話させてもらった。事情を話したら、氷華梨は二つ返事で、君のためなら傷ついたって構わないと言ったよ。傑作だね。瀬田の危機に駆けつけてくれるなんて、瀬田は良いカノジョを持ったものだ。さあ、瀬田翔馬! 断罪の時間だ! ハハハハハ!」
 名壁の不愉快な笑い声を合図に、俺は自分の彼女に向かって刃を構え、そして地を蹴った。

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