アルカナ・ナラティブ/第9話/03

 天野先輩の嘘がヒノエ先輩にバレて四日が経った。あの後、天野先輩とヒノエ先輩がどうなったのか俺は知らない。いや、より正確に言えば知るのが怖かったから、触れないようにしていた。
 幸いにして、俺と二人は学年が違うから連絡を取り合わなければ学校で遭遇するなんてまずない。あの事件が起きてから魔法研究部には足を運んでいないから、会う機会がないのは尚の事。
 そんなモヤモヤを残しながら、しかし、期末試験一日目はつつがなく終了した。
 本日の試験は、現国と生物と英語の三つ。
 どの教科も無難な点は取れているはずである。赤点を取っている可能性は皆無。このペースで残りの試験日程を消化すれば、そこそこの成績は取れるはずだ。
 試験問題を解いてみて、満足しているのは俺だけではなかった。
「俺、初めて英語のテストで解答欄を全部埋められた」
「山勘に頼らないで選択問題を解けた……奇跡だ」
「英語のテストって実は簡単だったんだな……」
 絶賛の声が一部で上がる。
 声を上げたのはみんな、天野先輩に勉強を教えてもらった連中だ。
 どうやら天野先輩の教授は、劇的に功を奏したらしい。
 天野教育パネエ。人の才能を伸ばす才能が天野先輩には備わっているようだ。
 そんな天野チルドレン達は、一斉に俺の元に寄ってくる。
「翔馬! お疲れ会だ! 試験後はお疲れ会をするんだ!」
 寄ってきた五人の男女の内の一人の男子が、俺に熱く訴え出る。
 しかし、俺は半眼でそれを聞いていた。
「おいおい、まだ試験は一日目だぜ? あと三日も試験はあるんだ。お疲れ会は気が早い」
 俺は興奮気味な天野チルドレンをたしなめる。
「勝って兜の緒を締めよ。今日一日の結果が良かったからといって、残りの試験の結果がグダグダだったら、意味がないだろう。お前らは試験が全部終わるまで勉強に集中しなさい」
「了解! ならば、翔馬に頼みがある。どうにもお前には余裕がありそうだ。なんで、試験後にやるお疲れ会の幹事を任せたい!」
「……待て、どうして俺がそんな面倒臭そうな役をしなければならない。それをすることによって、俺にどんなメリットがある?」
「別にいいじゃん。学級長のカリスマを遺憾なく発揮できるチャンスだぜ?」
「俺には、都合よくパシリにされているだけな気がしてならないんだが?」
 とは抗弁してみるものの、こいつらがそれなりの努力をしたのは認めるべきか。多少の労いはあっても良いかもしれない。
「わかった。さしあたって、今度の土曜日あたりにカラオケでどんちゃん騒ぎする程度で構わないな」
「もちろんさ! というわけで予約よろしく!」
 そして、連中は去っていく。
 随分と俺も甘くなった。元々は自分の利得しか考えられない人間だったのに、無意味にお疲れ会の幹事とはね。
「翔馬、相変わらずみんなから頼られてるね」
 俺の横から少女の声がする。
 俺は声の方を向く。
「よお、試験の調子はどうだい?」
 俺の眼前には見目麗しい少女――周防氷華梨の姿があった。
 絹のようなさらりとした黒髪と、黒真珠のような輝きを湛えた瞳。絶世の美少女と評してもなんら過言ではない。
 そんな子が、俺みたいな人間のカノジョなのだから、世の中は複雑怪奇に出来ている。
「翔馬のおかげで順調だよ。自信がなかった英語も会心の出来だった」
 穏やかに氷華梨は微笑む。それだけで俺は蕩けそうだ。国は今すぐに氷華梨の笑顔を無形文化財に指定すべきだね。
 ちなみに、俺は氷華梨にも勉強は教えていたりする。
 図書館で天野先輩が乱入してきた次の日の土曜日、市の図書館で氷華梨と勉強会をする約束をしていたのだ。
 その際に天野先輩の教授法の一部を流用。それは元々勉強ができた氷華梨の能力をも底上げした。
 他人の技術で、自分のカノジョが成長するというのはカレシとしては複雑な気分。さりとて、氷華梨の幸せのためなら何だってしてやりたい。
「そりゃあ何よりだ。今日はもう帰るのか?」
「どうしようか迷ってるところなんだ。病院は夕方からの予約だから」
 ――病院。その言葉に俺は氷華梨の左腕に巻かれた骨折用のギプスに目をやった。
 彼女の怪我は俺を守ろうとして負ったものだ。
「ごめんな、俺のせいで」
「どうして謝るの? 私は私の意志で翔馬を守ると決めたの。翔馬が負い目に感じる必要はないんだよ」
「でも、その怪我さえなければ、お前は剣道でインターハイに出場できた。だから……」
「済んだ話をしてもしょうがないよ。大丈夫、インターハイは来年もある。お医者さんの話じゃ今月末にはギプスは取れるらしいから、そこからまた来年を目指すよ」
「そう……なのか……」
 明るく振舞う氷華梨が、俺には逆に痛々しく映った。
 それは自分のやましさを相手に投影しているだけで、氷華梨自身は心の底から前向きな気持ちなのかもしれない。でも、一度ネガティブな感情に囚われると、俺はそこから抜け出せない。
「ねえ、翔馬。アナタが私に笑っていて欲しいと願うように、私もアナタに笑っていて欲しいんだよ? だから、自分を責めるのはやめて。一人で悩まない――それが私たちの決めたルールでしょ?」
「……そうだな。ところで、病院までに時間があるなら、その間はどうする? 図書館で明日の試験科目の勉強でもしていくか?」
「どうせ勉強するなら部室でやらない? 図書館より人が少なくて落ち着くと思うよ」
 氷華梨の提案を俺は吟味する。
 確かに図書室では煩わされることは多い。見知った連中と遭遇したら、勉強会から雑談会へと移行してしまう可能性がぬぐい去れない。
 勉強に集中するならばこの学校の辺境の地である魔法研究部の部室が望ましい。
 ただし、魔法研究部の部室の利用には問題が一点。
 俺も氷華梨も一般部員であるため部室の鍵を持っていない。
 部室の鍵は職員室で借りるか、顧問から借りるか、あるいは部長のヒノエ先輩から借りるかの三択。
 現在は試験期間中である。試験期間中は原則として部活動は休止するのが習わし。なので、教師サイドに鍵を借りるのは気が引ける。
 となると、ヒノエ先輩に借りるしかない。
 しかし――。
「ヒノエ先輩か……。正直、今は会うのが怖いな」
 俺は眉間にシワを寄せざるを得ない。
「天野先輩との一件、まだ気になるの?」
 氷華梨が訊いてくる。俺は頷く。
 ちなみに氷華梨には、天野先輩とヒノエ先輩との間で起きた事態を説明している。
 氷華梨に内緒にしておいて、変なところで氷華梨が地雷を踏むのは避けるべき事態だからだ。
 不穏な臭いがする情報は大切な人とシェアすべきだ。無駄な隠し事をして、俺と氷華梨の仲が悪化したら堪ったものではない、という理由もある。
「正直、今ヒノエ先輩に会ったとしても、どう接すればいいのかわからない。励ませばいいのか、天野先輩を悪者扱いすればいいのか、皆目見当もつかない」
「だったら、逆に会ってみるのも手かもしれないよ? 頭の中でグルグル考えていても堂々巡りするだけだよ」
 氷華梨の提案に、俺は「そういう考え方もありか」とこぼす。
 今なら部室の鍵を借りるのを口実にできるしな。直接的にヒノエ先輩の機嫌を窺うのは気が引けるが、鍵を借りるついでにヒノエ先輩に会ってみるのはありだ。
「じゃあ、氷華梨のアイデアを頂戴しよう」
 俺はケータイを取り出し、ヒノエ先輩に通話。
『もしもし?』
 無事にヒノエ先輩に通じたので一安心。
「悪いけど、部室の鍵を貸してくれないか? 試験勉強するのに部室を使いたいんだけど」
『ならば、普通に部室に来てくれれば良い。現在私は部室にいる。好きに使ってくれ』
 そういうとヒノエ先輩から通話終了。
 そっけない会話だが、元々ヒノエ先輩はお喋りが得意な方ではないので、いつも通りと言えばいつも通り。
 俺はヒノエ先輩に言われたことを氷華梨に伝えると、二人で部室へ向かう。
 そして、部室前までに到着。
 部室の扉に手をかけるが、ほんの一瞬だけ手が緊張で強ばる。
 もし、室内にいるであろうヒノエ先輩が禍々しいオーラを放出していたどうしよう。俺と氷華梨は針のむしろで湿やかに勉強会をするハメになる。
 いやいや、落ち着け。電話越しのヒノエ先輩は極めて平静そうだった。そもそも、学校にちゃんと来ている時点で、精神的ショックから立ち直れている証拠ではなかろうか。
 俺は不安を無理矢理に飲み込んで、扉を開けた。
「試験一日目お疲れ様だったね。納得いく出来にはなったかね?」
 扉を開けると、室内から聞きなれた声。部室の奥のパソコンデスクに腰掛けたヒノエ先輩が声の主だ。
「お、おう。答案が返ってくるまでは詳しい結果はわからないけど、流石に赤点ではないはずだ」
 俺は冷静さを見失わないように努めた。
「氷華梨君はどうだったかね?」
「え、ええ。私もちゃんとできました」
 答える氷華梨だが、目の前のヒノエ先輩に、たじろがずにいられない。
 ヒノエ先輩の俺たちへの対応はいつも通り。しかし、いつも通りなのは中身だけ。
 外見が違和感の塊と化していた。
 ――金髪。
 現在のヒノエ先輩の頭髪は、ド派手な黄金に輝いていた。
 今時金髪の女子高生なんて珍しくもないかもしれない。けれど、天野先輩との一件があってまだ大して日が経っていない。何かあったのかと下手な勘ぐりをいれてみたくなるのは自然なことだ。
 金髪に関して触れるべきか、触れざるべきか。
 俺は悶々とした疑問を胸に突っ返させたまま、氷華梨と勉強会をすることとあいなった。
 勉強中、氷華梨もチラチラとヒノエ先輩に目をやっていたので、彼女も同じ気持ち悪さを抱いていたに違いない。
 恋人との勉強会を、甘酸っぱさゼロのイベントに塗り替えるヒノエ先輩(金髪)の破壊力。どうやら俺と氷華梨は見事なまでに地雷を踏んづけてしまったようだ。

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