アルカナ・ナラティブ/第9話/04

 髪は金色、周りの空気は重い灰色。これ、なーんだ?
 なんて……なぞなぞ風味に仕立ててみても、この状況は笑えない。
「翔馬、どうしてヒノエ先輩の髪は金色なの?」
 机を挟んで、氷華梨は俺に耳打ちしてくる。
 氷華梨の問いは、真っ白な純粋さだ。
『飛行機はどうしてお空を飛べるの?』とか『赤ちゃんはどこから来るの?』みたいな調子でヒノエ先輩の豹変の理由を聞いてくる。
 しかし、俺が答えを知る由はない。
「もうすぐ夏休みだからな。フライングで弾けているのだろう」
 俺は強引に答えを捻り出す。乾いた雑巾を絞るような気分だ。
「二人共、私に言えないような話かね?」
 耳打ちし合う俺と氷華梨を、ヒノエ先輩は睨みつけてくる。
 否! これはチャンスだ。せっかく向こうから、こっちで話を振ってきたのだ。ここできっちりと、ヒノエ先輩が金髪になった理由を問いただす。
 だから俺は聞く。
「……先輩、試験の調子どうだった?」
 我ヘタれる。故に我あり。
 無理! 俺には聞けない。だって、ヒノエ先輩の目は氷点下。まるで養豚場の豚でも見るような目。
 しかるに俺は見事なまでに話題を逸した。カノジョが目の前にいるのに。
 自死したい気分を抱きつつ、俺はヒノエ先輩の返答を待った。
 ヒノエ先輩は『私の魔法を何と心得る?』と人を小馬鹿にした笑顔を浮かべ……ない。
「知りたいかね?」
 ヒノエ先輩の目は絶対零度。ウジ虫でも見るような目だ。
 地雷!?
 ば、馬鹿な。今の質問のどこに起爆スイッチが付いていたというのだ。
 ヒノエ先輩は地雷女。俺は自らの心にしっかと教訓を刻みつけた。……言葉の用法が微妙に間違っている気がしないでもないが。
 さて、ヒノエ先輩の問いにはどう返すべきか。
 これがヒノエ先輩とのサシの会話なら『いや、いいです』とか無難に返せばいい。
 けれど、ここには氷華梨がいる。カノジョの前でヘタれっぱなしは男として情けない。
「き、聞かせてくれ! ヒノエ先輩の試験の出来栄えを!」
 恐怖から俺の声は震えていた。
 しまった、これではかえって情けない。
「翔馬君、試験ごときで人間にランクをつけるという行為は虚しいと思わんかね? くだらない。くだらなすぎる! 故に私はくだらない学歴社会に警鐘を鳴らしてきた」
 ヒノエ先輩は荒れ狂う憤怒を撒き散らすが、その真意が俺には読めない。
 俺が混乱していると、
「ヒノエ!」
 部室の扉が開け放たれる。
 そこにいたのは天野先輩。彼にしては珍しく真剣な表情だった。
「何の用だ、この大嘘吐き」
 ヒノエ先輩は抜き身の妖刀を連想させる視線で、天野先輩を射抜く。
 なのに天野先輩は一寸も怯まない。それどころか、ヒノエ先輩を正面から見据えて言うのだ。
「まさか、まだ学校に残ってたとはな。今日は早く下校するんだ。教師たちが試験の件で、お前の居所を躍起になって探している」
「だろうな。すでに担任が私のケータイにかけてきているし、メールも貰っている。全部無視してやったがな」
 ヒノエ先輩は悠然と頬杖をつく。その顔には邪悪な笑顔が張り付いていた。
 まるで、世界を嘲る魔女のようだ。
「どうして、あんなことをした……とは聞かないよ。全部オレのせい……だよな?」
 天野先輩は目を伏せながら問う。
「そうだ! 全部貴様のせいだ! 勉強なんてくだらない。学校なんてくだらない。未来なんてくだらない! どれだけ頑張ってみたところで、所詮私は劣等生。『一切の情報を忘れない』という魔法はいつかなくなる。蓄えた記憶が高校を卒業した後に持ち越せるなんて確証はどこにもないんだ!」
 ヒノエ先輩の怒りの源泉は、天野先輩が長い間吐いていた嘘。ヒノエ先輩の魔法【ハイブロウ】が効果を失っても彼女の記憶は消え失せないという偽りの言葉。
「だからって、回答用紙を白紙で提出ってのは子供っぽすぎるだろうが。名前はちゃんと書かれていたみたいだけど」
 天野先輩の指摘に、ヒノエ先輩の顔がみるみるうちに紅潮する。
 ……白紙答案って、アンタ。
 わかりやすいグレ方だな、それ。
 そこまで考えて、俺はヒノエ先輩が金髪にした理由がやっと解けた。
「もしかして、その派手な髪は非行少女になったつもりなのか?」
 俺の問いに、ヒノエ先輩は不敵に髪をなびかせる。
「いかにも! 私はもう優等生な振る舞いなんてしないぞ! 髪も染めるし、ピアス穴だって開けてやる! 自転車の二人乗りだってやってやるぞ!」
 俺の頭が頭痛で痛い。
 ヒノエ先輩の考える非行行為のレベルは中学生以下だ。そんなんで非行だと騒いでいたら、日本の教育はすでに破綻している。
 そもそも、ヒノエ先輩は平素から制服に黒マントという奇抜な格好をしているのだ。それ以上の非行……というか奇行は難しい。
「あー、なんというか、中身はいつものヒノエなようで逆に安心です。いいんじゃないかな、金髪でピアスで二人乗り。ほのかに青春の香りさえ覚えます」
 怒り狂うヒノエ先輩に、天野先輩は淡白に対処。
 そんな冷静な対応が、逆に火に油を注ぐ。
「私は怒っている! とにかく怒っているんだ! どうしてそれに気づいてくれない! お前の態度が気に食わない! いつもそうやって余裕な振る舞いで、私を受け入れてくれる! 私は何度も何度も貴様を拒絶しているのにだ。どうして、お前は私を嫌いにならない!?」
 ヒノエ先輩は叫ぶが、天野先輩に動揺はない。
 ただ、ヒノエ先輩を見つめるのみ。
 天野先輩の眼差しは、光のようにまっすぐで、だから怖かった。
 心の奥底を看破しているかのような視線を受けて、ヒノエ先輩は震えていた。
「なら、言ってやる。オレはヒノエが大嫌いだ。どうして、お前に何度も告白してきたのか、さっぱりわからない。はっきり言って、お前との時間はオレの黒歴史だ」
 天野先輩は、ヒノエ先輩に切り込んでいく。ザクザクと、まるでノコギリでも引くかのように。
「わ、私だって、お前のことが大嫌いだ! お前に付きまとわれて迷惑極まりない! 死ね! お前なんて死んでしまえ!」
 売り言葉に買い言葉。ヒノエ先輩は天野先輩に罵声を浴びせる。
 これに対して、天野先輩は……意外にも悲しげな表情を浮かべていた。
「人間いつかは死ぬようにできているんだけどね」
「だったら、今すぐに死ね、死ね、死ね! それだけが私の望みだ」
 ヒノエ先輩の呪詛は、子どものわがまま。けれど、だからこそ、俺には止めようがない。なまじ高校生が幼児退行すると手に負えない。
 けれど、この事態に終止符を打つ一言が放たれる。
「ダウト!」
 ――と。
 声の主は氷華梨だ。彼女の『ダウト』宣言は、相手が嘘を吐いていることの指摘に等しい。
 いきなり会話に割り込んできた氷華梨にヒノエ先輩と天野先輩は口をつぐむ。
「どうして二人共、心にないことを言うんですか!? 二人共、もっと素直になってください!」
 氷華梨の叱責に、三年生二人はバツの悪そうな顔をするしかない。
「二人の言葉が嘘だとすると、二人は相思相愛ということになるな」
 俺は半ば呆れていた。
 好き合う者同士がお互いに貶しあい、自体がこんがらがる。これ以上不毛なことが他にあるだろうか。
「いかにも、オレはヒノエが大好きだ。世界で一番愛している。ってまあ、こんな告白はヒノエにとっては真新しさなんてないだろうけど」
 自嘲しながら天野先輩は言う。
 彼にとってはヒノエ先輩への告白は日常茶飯事すぎて、もはや緊張も恐怖も伴わない行為なのだろう。
 一方、天野先輩に対するヒノエ先輩の答えは――。
「私は天野のことなど、何とも思っていない。こんな奴の恋人になるなんて冗談じゃない」
 拒絶。
 しかし、ヒノエ先輩は天野先輩に目を合わせられない。まるで腰が引けていた。
「――ダウト」
 ヒノエ先輩を指差しながら、氷華梨は再度宣言。
 氷華梨の嘘を看破する魔法【イラディエイト】の前では、照れ隠しすら無効化される。
「氷華梨君、ここは空気を読むべきだとは思わないのかね?」
 憮然としながらヒノエ先輩は氷華梨に抗議の声を上げる。
「空気を読んだからこそ、ヒノエ先輩の嘘を指摘したんですよ。先輩はもっと素直になるべきです」
「むむう、年下に諭されるとは思わなんだ」
「私の意見はかなり参考になりますよ。少なくとも、素敵な恋人がいるという点では、私はヒノエ先輩より恋愛経験が豊富です」
 氷華梨はさらりと言うが、俺は恥じ入るほかない。
『素敵な恋人』ってアナタ……。
 それをカレシの前で臆面もなく告げる氷華梨さん、マジパネエっす。
「ぐぬぬ……。ならば……ならば! いいか、天野! これから言うことは一度しか言わないから心して聞け!」
 ヒノエ先輩は意を決したのか、天野先輩に面と向かう。
「お、おおう」
 ヒノエ先輩の気迫に、今度は天野先輩が押されていた。
「私は貴様が大好きだ! だから私と付き合え!」
 ヒノエ先輩は言った。ついに言った。
 さて、これでヒノエ先輩と天野先輩のゴタゴタも収束に向かうだろう。
 おめでとうございます、天野先輩。やっとアナタの十年来の恋が叶いますよ。
 俺はすっかり二人の門出を祝福する気分でいた。
 ところが、だ。
 天野先輩は、とんでもないことを言いやがるのだ。
「ごめん、それは無理だ。俺はお前と付き合いたくない」
 ……。
「「「はい?」」」
 俺と氷華梨、そしてヒノエ先輩の驚嘆の声がハモった。
「おいおい、天野先輩。いくらなんでも、ここで冗談を飛ばすのはヒノエ先輩に失礼だろう」
 窘めたのは俺。いくら奇人であっても、奇行に走っちゃいけないタイミングはあるはずだ。
「いや、俺は冗談でもなんでもなく、ヒノエと付き合いたくないと言っているんだよ」
 天野先輩は淡々と、おちゃらけた態度ゼロで返してくる。
 俺は氷華梨に目配せしてみる。
 氷華梨はぽかんとしながら、
「ダウトじゃない」
 と判定した。
 どういうことだ、これは。
 天野先輩はヒノエ先輩が好きで、ヒノエ先輩も天野先輩が好き。けれど、天野先輩はヒノエ先輩と付き合いたくないという。
 頭の体操にしても難問すぎる。
「どういう意味だ天野。説明を求める!」
 ヒノエ先輩から再び憤怒のオーラが溢れ出す。
 もし、このまま天野先輩への詰問に突入するなら俺も協力しよう。
 と思っていたわけだが、思いもよなぬ方向から横槍が入ってくる。
 部室の扉が乱暴に開け放たれた。
「丙火野江! こんなところにいたのか!」
 部屋に入ってきたのは、スーツを着込んだ三人の男性教諭。
「白紙答案の件で、お前に聞きたいことがある。生徒指導室まで来てもらおうか?」
 最悪だ。教師たちのせいで天野先輩への追求ムードはぶち壊し。
 しかも、これをチャンスと取ったらしい天野先輩は部室から逃亡。
 天野先輩は一体何を考えているんだ?

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