アルカナ・ナラティブ/第9話/05

 魔法研究部の部室から逃亡した天野先輩に連絡を取るべく、ケータイで通話を試みたり、メールを送ったが徒労に終わった。
 天野先輩は天野先輩で、都合が悪いことを隠しているらしい。
 全く、すべてが怒涛の展開すぎて、わけがわからない。今なら、キング・クリムゾンを食らったポルナレフの気持ちが理解できる。
 結局、騒動の後に、俺と氷華梨も部室を後にした。
 氷華梨は夕方から病院だし、元々長居はできない。
「そうだ、翔馬も病院に付き合ってくれない?」
 部室を出たところで、氷華梨が言った。
「別に構わないけど……どうかしたのか?」
 俺は承諾しながらも、その理由を問う。
「特に深い理由はないんだけど、なんとなく一緒にいたいからじゃ、ダメ?」
 氷華梨は少し寂しそうな表情で言ってくる。
 だから、決して『なんとなく』なんて曖昧な理由でなく、明確な意図があるはずだ。
 ただ、それを直接に言うのが躊躇われるから、迂遠な言い方をしているにすぎないのだろう。
「そっか、じゃあ、俺もなんとなく氷華梨と一緒にいたいから付き合うよ」
 俺は、ポンと彼女の頭に手を置いた。
「うん、ありがとう」
 男を蕩かせ、世が世なら国を傾かせかねない極上の笑顔の氷華梨。
 まったく、うちのカノジョは最高だぜ!
 そして、電車を乗り継いで氷華梨の通っている病院へ移動。
 病院は市営の総合病院。
 院内は白を基調とした清潔かつ落ち着く内装をしており、ゆったりとした時間が流れている。
 氷華梨が通う整形外科は一階の突き当たりに位置する。
 待合室では大勢の人が順番を待っており、氷華梨が呼ばれるのは相当時間がかかりそうだ。
 空いている席に、二人並んで腰掛ける。
 最初のうちは、今日の試験とかクラスでの出来事など当たり障りのない話をしていた。
 けれど、氷華梨の様子はどこかぎこちない。俺は思い切って聞いてみることにした。
「もしかして氷華梨、部室でヒノエ先輩と天野先輩の嘘を見破ったことを気にしてる?」
 氷華梨がわざわざ、俺に時間を割かせるとなると、何か相談事があったと考えるべき。
 しかも、ヒノエ先輩と天野先輩の騒動の後に、俺を病院に誘った。となれば、それが本当に話したいことなのだろう。
 というのは、あくまで俺の憶測だったが、
「……うん。もしかして、私があの二人の嘘を見破らなかったら、話がこじれなかったのかなって」
 氷華梨は背を丸め、明らかに落ち込んでいた。
「そんなことはないと思うぜ? 氷華梨が嘘を見破る前からヒノエ先輩は金髪だし、白紙答案を提出していた。んで、タイミングが最悪なところに天野先輩がホイホイやってきて、話
をこじれさせた。むしろ、氷華梨はよくやった方だよ。なにせ、十年来素直になれなかったヒノエ先輩に告白させたんだ。これはグッジョブとしかいいようがない」
「そう……かな……?」
「今回の場合はさ、問題があるとしたら天野先輩の方だよ。せっかく、好きな人に告白されて、自分もその相手が好きなのに、交際を断るって何事だよ。俺には理解できない」
 自分のことを棚にあげて俺は言う。
 とどのつまり、問題というか最大の謎はそれなのだ。
 天野先輩の行動は、ちぐはぐにすぎる。
「どうして天野先輩はヒノエ先輩と付き合えないんだろう?」
 氷華梨もこれには首を傾げるしかない。
 謎はさらなる謎を呼び、一年生二人を混乱させる。
「例えば……もしかして、すでに天野先輩は誰かと付き合ってるとか?」
 氷華梨の推理。
「なるほど、確かにそれならヒノエ先輩とは付き合えないな」
 いや、天野先輩に二股をかける甲斐性があれば話は別だが、あの人にそこまでの覇気はないだろう。
 けれど、氷華梨の推理には穴がある。
「でもなあ、天野先輩は聞いた話じゃ、過去にヒノエ先輩じゃない子から告白をされたことが何度もあるらしいんだ。けれど、彼はその都度断っている。それぐらい、天野先輩はヒノエ先輩に夢中だ。それが今更になって、他の人と交際してますっていうのは、ちょっと考えにくいんじゃないかなあ」
「そっか、そうだよね。天野先輩は普段の言動は奇抜だけど、確かにヒノエ先輩に対しては誠実な気がする」
「たまにヒノエ先輩を、フルネームのことで茶化したりして逆鱗に触れてるけどな。でも、それだって、嫌がらせというよりは、軽いジョークみたいな感覚っぽかったし」
「見方を変えれば、あの二人ってなんでも言い合える仲だったんだよね。それなのに、今回は理由も説明せずに、交際を断った。これって、やっぱり、天野先輩に相当な理由があった
ってことだよね」
「そういうことだな。だからさ、やっぱり今回の一件に関しては氷華梨に非はないよ」
 俺がそんな風に結論をまとめると、氷華梨は「うん」と小さく頷いた。ただし、やっぱりどこか自信なさげだ。
 本当の意味で、氷華梨の後ろめたさを晴らしてやるには、天野先輩が交際を断った理由をきちんと解決する必要がありそうだ。
 とはいえ、天野問題を解決するためには情報が圧倒的に足りない。
 そうなると、まず行うべきは情報収集。けれど、現状では情報不足。よって、謎解きは後回し。
 ……と、俺はすっぱりと気持ちを切り替えていくが、氷華梨の表情は未だに曇っていた。
 ふむ、これは話題の転換が求められるかね。
「そういえば、氷華梨は夏休みをどう過ごすんだ? 部活三昧?」
 まだ、期末試験が全行程を終了していないのに、夏休みの予定を話すのは早計かもしれない。けれど、俺のトークセンスでは、今はこれで精一杯。
「そうだね、基本的には部活かな。でも、週に二日くらいは休みがあるらしいから、その日は自由だよ」
 氷華梨の明るさが回復するのを感じた。
「じゃ、じゃあ、えっと……、俺と一緒に過ごせる日ってある?」
 気恥かしさから、俺は豪快にきょどった。
 だって、考えてもみていただきたい。俺は、つい最近までカノジョいない歴と年齢がイコールだったウブな少年ですよ? そんな人間が爽やかかつスマートに女性を誘えるわけがな
い。
 そんな俺を、氷華梨はクスリと笑う。
「うん、もちろん! 私も時間がある日は翔馬と過ごしたいと思ってたんだ」
 心なしか氷華梨の顔が赤い。
 ふむ、この子もこの子で純真だな。思えば、高校入学当時は、男性恐怖症が酷かったのだ。
今、隣に俺という男子が座っている状況は、実は奇跡に近い。
 それとも、これは奇跡ではなく、氷華梨の努力と勇気の軌跡なのだろうか。
 奇跡と軌跡。同じ発音なのに、そこに込められる意味は果てしなく遠い。
 奇跡は、勝手に天から降ってくるもの。
 一方で軌跡は、人の理力が紡ぎ出すもの。
 だから、氷華梨がここにいるのも、氷華梨の隣に俺がいるのも、きっとそれは彼女の軌跡。奇跡なんて陳腐な言葉で済ませたくない。
 だから、俺は氷華梨のそばにいたいのかもしれないな。
「だったらさあ、氷華梨は何をしたい? 予算が許す範囲でなら、俺、粉骨砕身するぜ?」
 というか、色々あって棚上げになっていたけど、本格的にアルバイトをする必要があるな。正直言って、働かないと交遊費が足りぬ。
 学校にアルバイトの許可申請を出さねばならないな。
 加えて当然、夏休みは学校から宿題という重税も課せられる。
 そう考えると、今年の夏は忙しくなる。
「そうだなあ、だったら、私、行きたいところがあるんだけど……」
「ほほう、言ってみなさい」
 俺はゴクリと唾液を飲み込む。
 さあ、うちのカノジョは何を所望する?
 夏に行きたいところ……避暑地か? 避暑地なのか!
 となると具体的には軽井沢か、あるいは富良野か? 後者なら、リアル北の国からではないですか。
 緊張から、俺の思考にオーバードライブがかかる。
 ところが氷華梨が口にしたのは、
「私、翔馬の家に行きたい。交際させてもらってることを、翔馬の保護者の方に報告しておきたいなあ――と」
 氷華梨さん、律儀すぎです。
 えーっと、なんだろう。この子はしっかり者か? しっかり者なのか!?
 俺はステータス異常『混乱』に陥った。誰か、回復アイテムである万能薬を投げていただきたい。
「……えっと、やっぱり、それって重いかな?」
 氷華梨はもじもじと身をくねらせる。
 確かに彼女の言うことも一理ある。
 恋人が自分から、俺の保護者に会いたいという。それは紹介の手間が省ける反面で、保護者に正式に交際を宣言することに他ならない。
 相当の覚悟が求められるイベントだ。
 だが、俺は言う。
「よ、よかろう。うちの保護者に会うがよい! ……でも、どうして夏休みに入ってから? その前じゃダメなのか?」
「うーん、夏休みに入ってからっていうか、私のギプスが取れてからの方がいいかなって。ケガの理由は流石に話しにくいから」
「な、なるほど。じゃあ、そのつもりで覚悟しておくぜ!」
 氷華梨の配慮に、全俺が泣いた。
 本当に氷華梨さんは、利発で、俺には勿体無い少女じゃのう。改めて、クラスの男子に勝ち組扱いされる理由を実感した。
 仮に、氷華梨と付き合えたことが人生最大の幸福だと言われたら、それはもう否定できない。
「うん、そのついでに翔馬の部屋にもお邪魔するね」
 氷華梨の宣言。俺のテンションは有頂天!
 だって、付き合ってるカノジョが自分の部屋に来るって……!
 これは男子高校生にとっては事件ですぞ? 英語で言うならラブ・アフェア。
 いや、ここでピンク色の妄想をしているようではまだまだ未熟者だ。氷華梨は単に、俺の生活環境に興味があるだけに違いない。
 面白い、受けて立つぜ、その勝負。……勝負?
 ま、まあいいや。
 氷華梨が来るっていうなら、それなりに部屋の整理整頓はしないとね。
 別にベッドの下に怪しい本はないけれど、自分用のノートパソコンにはクラスの男子からもらった女の子には見せられない画像が入っている。それは一応隠しファイル設定しておく必要があるな。

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