アルカナ・ナラティブ/第9話/07

 結局、天野先輩とヒノエ先輩に何もできないまま、三日が過ぎた。
 二人のことは心配だったが、試験は順調に幕を閉じた。全教科とも渾身の出来だったので、赤点はないだろう。よって、夏休みの補習なんて俺とは無関係な話だ。
「終わった! ついに試験が終わったぞ!!」
 試験前に天野先輩から試験勉強を教わっていた一団が叫び声をあげる。
「お前ら、ちゃんと解けたか?」
 俺はその一団の連中に聞いた。
「モチノロンさ! 全部の解答欄が埋まったなんて生まれて初めてだ。天野教育、おそるべしだな」
 他のメンバーも概ね似たような反応。
 まさか、一学期中間は赤点を量産したこいつらが、ここまで満面の笑みで試験に自信を持てる日が来るとは思わなんだ。
 本格的に、天野先輩のポテンシャルの高さには舌を巻く。
 しかも、天野先輩の場合、アルカナ使いとしての魔法とは関係ない。彼の自己申告では、彼の【エクステンション】は、呪印を見たことがあるアルカナ使いにしか作用しないらしい。
 一般生徒の学力を引き上げえるとなると、それは天野先輩が元々持っていた才能でしか説明がつかない。
「さあ、翔馬! 試験のお疲れ会の段取りは決まっているかい? 俺たちは超頑張ったんだから、お前は俺たちを労うべきだ!」
「……まあ、場のセッティングくらいならしてやるけどな」
 俺は半ば観念して言うと、教室中から勝鬨声があがった。
「それでこそ学級長! 学級長最高! 学級長に幸あれ!」
「いや待て、既に周防さんと付き合ってるんだから、それ以上の幸なんて求めるな!」
「そうだそうだ! 翔馬は爆発しろ!」
 試験が終了したからか、我がクラスのテンションが酷い。
「ふざけるなよテメエら、氷華梨は俺の嫁だ。……ゲフンゲフン。それでだ、お疲れ会日程は、来週の土曜日か日曜日でどうだろう。流石にどこかを予約するにせよ、今週の土日じゃ急すぎるし、夏休みに突入したら部活とかで忙しくなる奴がいるだろう?」
 俺の提案に、再度クラスが熱狂した。どうやら大賛成らしい。
「さしあたって、クラス内でボーリング大会をしようと俺は考えている。ちなみに未経験者も大歓迎。というか、俺も高校に入るまでボーリングなんてしたことなかったし」
 俺が企画をプレゼンすると、クラスの連中は二つ返事で承諾。良いクラスメイトを持ったものだ。
「だったらヒノエ先輩と、ついでに天野先輩も呼ぼうぜ。あの人らが今回の試験でもたらした功績は大きい」
 クラスメイトの熊沢が提案してくる。
 ところが、これに彼の相方的な存在である犬飼が言う。
「それはちょっと難しいんじゃないかな。噂ではヒノエ先輩、最近学校に来てないらしいんだ」
 犬飼の言葉に、クラス中が騒然とした。
 俺もそのうちの一人だった。
「おい犬飼、それはどういうことだ?」
「どうもこうもなく、三年生の先輩の間じゃ、その話で持ちきりらしいよ。なんでも学年主席が急にグレて、不登校までやらかしているって」
「マジかよ……」
 俺は頭痛がする思いだった。
 ヒノエ先輩の精神状態が不安定なのは予想できていたが、まさか、そこまで悪化していたとは。
「それでね、もっと言えば学年次席の人も、試験の答案用紙にふざけてるとしか思えない回答を書きまくったらしくて問題になってるんだって」
「おいおい、うちの三年生はどうなってるんだ? いわゆる受験ノイローゼってやつか?」
 犬飼と熊沢の掛け合いを眺めながら、俺の頭痛は脳震盪にまで悪化寸前だ。
 三年生の学年次席って、そりゃ天野先輩のことじゃないか。
 どうして、あの人たちは揃いもそろって生き方が自由すぎるんだ。にもかかわらず、本当の意味では心のしがらみに縛られて不自由ときている。
 後輩に対して、反面教師もいいところだ。
 俺はケータイを取り出し、メールを打つ。
 相手は三年生の中で、ヒノエ先輩と天野先輩の事情に詳しい俺の知り合い。つまりは、水橋先輩と藤堂先輩だ。
『天野先輩とヒノエ先輩の暴走について何か知らないか?』
 質問の仕方が雑だが、他にいい文面が思い浮かばない。
 しばらくすると、藤堂先輩の方から返信あり。
『ヒノエさんと、天野君のことは私たちも心配していました。翔馬君たちこそ、何か知りませんか? ちなみに理音君は今、天野君のところに行きました。彼も天野君のことが気がかりみたいです』
『そうですか、水橋先輩が動くならひとまず安心だ』
 いくら天野先輩でも、水橋先輩に威圧されれば真実をぺろりと吐き出すだろう。
『さしあたって、俺や氷華梨にできることってあります?』
 俺は更に藤堂先輩に指示を仰ぐ。
『私は今日の放課後、ヒノエさんの家に行こうと思います。私だけでは心もとないので、一緒について来てくれると助かります』
『わかりました。帰りのショートホームルームが終わったら、三年生の下駄箱のところで落ち合いましょう』
『了解です』
 こうして、メールでのやりとりは終了。
「というわけで、放課後はヒノエ先輩のところに突撃ってことになったんだけど、氷華梨は部活とか大丈夫?」
 俺が聞くと氷華梨は、
「本当は部活あるけど、こんな腕だし、適当な理由をつけて今日は休むよ。今はヒノエ先輩の方が心配だから」
「オーケイ。お前がいてくれると、ヒノエ先輩も下手に嘘をつけない。話を有利に進められて助かるよ」
「うん、私頑張る」
 氷華梨は真剣な眼差しで頷く。
 さて、これでパーティ編成は完了。あとは、問題児との直接対決をするだけだ。

   ◆

 放課後、俺と氷華梨、そして藤堂先輩はヒノエ先輩の家を訪れた。
 普通の一軒家。それが丙家から感じる第一印象。
 インターフォンを鳴らす。
『はい、どちらさまですか?』
 応対したのは女性だった。おそらくヒノエ先輩の母親あたりだろう。
「俺たちはヒノエさんの部活の後輩なんですが、用事があって来ました」
『あら、そうなの。ちょっと待ってて、玄関を開けるから』
 しばらくして、玄関から四十代前半ほどの女性が現れる。どことなく面影がヒノエ先輩に似ていた。
「あら、藤堂さんもいたのね。お久しぶり」
 既知の仲らしく、現れた女性は大きく口を動かしながら藤堂先輩に言ってみせた。
『ご無沙汰しています。娘のヒノエさんはお元気ですか?』
 藤堂先輩はスマートフォンに文字を打ち込むと、それを女性に提示する。
「ええまあ、一応大丈夫なんじゃないかしら。半分引きこもりみたいな生活をしているけど、三食はちゃんと居間で食べているから。とりあえず、こんなところで立ち話も何だから、みんな上がってちょうだい」
 お招きに甘えて、俺たちは丙家の中へ。
「廊下の突き当たりが居間だから、ちょっと待っててね。私は娘を呼んでくるわ」
 そう言うと、ヒノエ先輩の母親は廊下脇の階段を上っていく。
 残された俺たちは、廊下を進み丙家の居間へ。
 それぞれがソファに座る。
 ちゃんとヒノエ先輩に会えるか、今更ながら不安になってきた。
 ところが、それは杞憂だった。
「待たせたな。わざわざこんなところまで足を運ぶとは、ご苦労なことだ」
 歓迎ムードゼロのヒノエ先輩が立っていた。
 その服装はといえば、上下とも黒のスエット。にもかかわらず、いつも学校で目にする黒マントは着用済み。
 髪は黒に戻っていたがボサボサで、目にはクマ。
 女子力が皆無というか、マイナス方向にぶっちぎっている。ある意味でスカウターにヒビが入りそうだ。
 そんなヒノエ先輩に、俺も氷華梨もかける言葉が見つからない。
 しかし、藤堂先輩はスマートフォンを淡々と操作。
『ヒノエさん、お久しぶりです。先生方が心配していましたよ?』
 画面をヒノエ先輩に提示する。
「ふん、どうだか。教師どもは所詮、成績でしか生徒を測れない凡愚の輩だ。どうせ、私が学年主席だからてんやわんやしているにすぎないよ」
 侮蔑混じりの表情で、ヒノエ先輩は吐き捨てた。
「ヒノエちゃん、それは先生方に失礼よ」
 先輩をたしなめたのは母親だった。
「母さんには関係ないだろう。そうだな、ここから先の話は私の部屋でしよう。もちろん母さんは抜きで」
 ヒノエ先輩の要求に、俺たちはヒノエ先輩の母親を見た。
「私は構わないわ。友達がいるのだもの。むしろ私がいない方がしやすい話もあるでしょう」
 理解ある母親で助かった。
 そういうわけで、俺たちは二階にあるヒノエ先輩の部屋へ。
 ヒノエ先輩の部屋は、異常なまでにすっきりしていた。
 部屋にはベッドとクローゼット、そしてノートパソコンが置かれた机があるだけ。女の子らしいグッズどころか、ラックケースもありやしない。
「好きなところに座ってくれたまえ」
 ヒノエ先輩は言うが、部屋が空疎すぎて、逆にどの位置にすわればいいのか困った。
 俺たちはとりあえず、部屋の中央に腰掛ける。
「さて、君たちの用事は何かね?」
「用事ってほどの用事はないんだけど、ただ単に元気にしているかなと思って……」
 俺は正直な気持ちを伝えた。
 別にヒノエ先輩に、不登校をやめるように説教しにきたとかいうのでは全然ない。学校生活を送っていれば、サボリたくなるときはあっても不思議ではない。
 しかも、最近は立て続けにヒノエ先輩の心に傷を負わすような出来事が続いた。
 天野先輩が自分の魔法のことをヒノエ先輩に偽っていたことも然り、天野先輩がヒノエ先輩の告白を断ったことも然り。
 ……って、改めて思い返しても全部天野先輩のせいだな。
 あの人、本当にどうしょうもないな。
「ヒノエ先輩、家の中でもマントを羽織っているんですね」
 アイスブレークのつもりで、ヒノエ先輩に彼女のトレードマークについて聞いてみた。
「……やっぱり変かね?」
 ヒノエ先輩は苦笑とも自嘲ともつかない声をクックと漏らす。
「変というか、まあ、平均的な乙女のファッションではありませんね」
「……それをすなわち変というのだがな。だが、それも仕方ないか」
 遠い目で返すヒノエ先輩。
「そのマント、相当にお気に入りなんですね。最近ではそのマントがないと、下手したらヒノエ先輩と認識できないかもしれません」
「翔馬君は、何を基準に私を私と定義しているのかね? ……だがまあ、それも仕方ないか」
 俺としては半分冗談で言ったのに、ヒノエ先輩は本気で受け止めてしまった。
「ヒノエ先輩がマントを付ける理由って、結局なんなんです? 誰が聞いても、個人的な趣味とかいって誤魔化してましたよね?」
 実は、ヒノエ先輩のマントへの質問は、過去に何人もの者たちがしていたりする。かくいう俺もその一人。しかし、ヒノエ先輩はその都度、曖昧な返事でお茶を濁している。
 今回もまた、いつも通りに袖に振られるのだろうなとか俺は考えていた。
 ところがだ。
「このマントはね、いわば天野との思い出の品だよ」
 ヒノエ先輩は語り出す。
 その目には、深い憂いが帯びていた。

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