アルカナ・ナラティブ/第9話/08

「このマントは小学六年生のときの学芸会の衣装なのだ」
 ヒノエ先輩は、語りだす。
「へえ、そうだったんだ。俺はてっきりどこかの魔法道具屋で仕入れたものだと思っていた」
 マントの意外な出処に、俺は目を丸くしていた。
「あいにくと私はダイアゴン横丁には行ったことはない。翔馬君の中での私のイメージが本気で謎だな」
「俺もヒノエ先輩のこと、実は知らないことだらけだからな。勝手な妄想が膨らんでもしかたない」
「一理ある。周りの話では、このマントが、私を奇人たらしめているらしいしな」
「自覚、あったんですね」
 それがわかっただけでも、大きな収穫である。
「んで、先輩はどうして小学校の学芸会で使ったマントをいつも羽織っているんだ?」
「それは……私は魔女になりたかったからだよ。魔女はいいよな。なにしろ、邪なことばかりを企てて、正しいことをしなくてもいい。それでいて、世間から白い目で見られてもふてぶてしくて狡猾だ」
「先輩は、悪女になりたかったのか?」
「悪女とは、女性にとって最高の褒め言葉だとは思わないかね?」
 先輩の言葉は、俺というよりは、他の女子二名に振られた。
 氷華梨は「えっと……」と返答に窮している。
 一方で藤堂先輩は、
『理音君を手のひらで転がすのは楽しいですよ。でも、たまには私が理音君に振り舞わされるからおあいこですけど』
 気さくな笑顔で、さらりととんでもないことを言ってのける。
 幼く見える外見に反して、案外、藤堂先輩は図太い性格なのかもしれない。
「私は、その学芸会の本番で、台詞をど忘れしてしまってね。その時、舞台の上には天野がいた。台詞が出てこないで、頭が真っ白になっていた私の代わりに、天野は即興で私が台詞を思い出せるような演技をしてくれた。そのおかげで学芸会は無事に幕を閉じることができたのだ」
「へえ、そうだったんだ。やるじゃん、あの人。というか、そんな格好いいエピソードがあったとはねえ」
 俺は深々と感心せざるを得ない。
 はっきりいって、ヒノエ先輩の話に出てきた天野少年と、現在の天野篝火が同一人物とは想像しがたい。
「うむ、それ以来、私の中で天野は王子様なのだ」
 ヒノエ先輩は淡々と言うが、俺はその言葉に固まった。
 俺だけでなく、氷華梨も全力で目を瞬かせている。
 ただ一人、藤堂先輩だけが泰然自若としておられる。
「え、えっと、じゃあ、ヒノエ先輩はずっと天野先輩が好きだったということなのか?」
「無論だ」
 ヒノエ先輩の言葉は流麗で、一切の淀みがない。
 けれど俺は腑に落ちない。
「で、でもそれっておかしくないか? だって、ヒノエ先輩は天野先輩の告白を何度も断っているんだろう? 好きなら好きで、告白をオーケイすればいいじゃないか」
「氷華梨君の告白に、すぐに返答をしなかった翔馬君に言われると複雑な気分だな、それは。……だって、考えてもみたまえ、天野の告白した相手は私だぞ? 天野に魅力がいっぱいあったとしても、私のどこに魅力がある? 頭も悪い、運動神経もない。内向的で、おしゃれも苦手。そんな女子とつきあって、天野になんのメリットがある?」
「いや、メリットがあるとかないとか、あの人はそういうので人と付き合う人じゃないでしょう」
「……確かにそうだな。本当は、私は怖かったのだ。最初のうちは天野が私ときちんと付き合ってくれたとしても、魅力のない私ではいつか飽きられて、嫌われてしまうかもしれない。いつか終わってしまう恋なら最初からいらない。私はそう考えたのだ。臆病者だろう、私は。笑ってくれて構わんぞ」
 ヒノエ先輩は、クククと笑う。
 だけど俺たちは笑えない。
「ところで、マントが天野先輩との思い出の品ってのはわかったけど、どうしてそれを学校にまで? 言ったら悪いけど、かなりエキセントリックだぜ、ヒノエ先輩の普段の格好」
「自覚はしている。けれど、私とて不安だったのだ。アルカナ使いという訳のわからん魔法使いに強制的にさせられて。だから、お守りが欲しかった。天野との思い出が染み付いているこのマントを羽織っていれば、どんな困難にも立ち向かっていける。そんな気がしたのだ」
 天野先輩、本当にヒノエ先輩から信頼されてるんだなあ。ちょっとした嫉妬を覚える。
 なのに、天野先輩の最近の行動は不誠実にすぎる。
 どうにも、ヒノエ先輩と天野先輩は思いが噛み合っていない。
 このまま悲劇に向かって邁進しそうで恐ろしい。
 善意が何かを解決できるとは俺は思わない。しかし、今回に関しては、俺のなけなしの善意を注ぎたいと思った。
「ところで、最近天野の調子が悪いようなのだが、君たちは天野から何か聞いていないか?」
 唐突にヒノエ先輩が尋ねてくる。
「いや、特には……。調子が悪いって、具体的にはどういうカンジなんだ?」
「最近、妙に体育の授業で見学をしているのだ。まあ、元々あいつは体育の授業に関してはサボリ魔だったのだが、三年生になってから、輪にかけてサボリが増えたように思えてな。もしかして、あいつなりに何かあるのかもしれないと思ってな」
「……ヒノエ先輩、よく天野先輩のこと見てますね」
「無論だ。いわゆる愛しの君だからな」
「……先輩、天野先輩への思いをカミングアウトしてから、若干キャラが変わってませんか?」
「いわゆるツンデレというやつだな。存分に萌えるが良い」
「いや、それを自分で言っちゃいますか。あいにくと俺には氷華梨がいるので結構です」
「それを氷華梨君の隣で言ってみせるかね。翔馬君には、ぞんがいタラシの才能があるのやもしれんな」
 ヒノエ先輩は褒めてくれているのだろうが、なんだろう、ちっとも嬉しくない。
「んで、天野先輩の調子の話の方ですけど、俺たちにはなんとも言えませんね。この前、病院で偶然会ったから、もしかしてとも思ったけど、あの時は単にお見舞いに来てただけみたいだけだったし」
 お見舞いの件は、天野先輩から他言無用みたいなことを言われていたが、まあいいや。
 別に固い約束を交わしたわけではない。約束を交わしていないなら、ここで口外しても約束を破ったことにはならない。
「ほう……一体誰のお見舞いだろう? 私の情報網では、少なくとも天野の身内に不幸があったなんて話は聞かない。となると、あいつの友人知人あたりだろうか? あいつは無駄に顔が広いからな」
「さあ、それは俺にも……。ただ、天野先輩はお見舞いに来てたことを隠したがってましたけどね」
「……それはまた珍しいな。あいつの性格上、誰かが入院したら、自分の交友関係をフルに使って、無関係な人間すらお見舞いに誘って、友達の輪を広げようとするのに……」
「どんだけ外交的な性格なんだよ、あの人」
 俺は苦笑しながらも、納得した。
 天野先輩、根がいい人だからな。退屈な入院生活なんてものがあったら、それをぶち壊したくなるのだろう。
「本当に、それはお見舞いだったのか? どうにも私には天野が隠しごとをしているとしか思えんのだが」
「少なくとも、氷華梨の魔法では天野先輩は本当にお見舞いに来ていたと判断されましたよ。って、あれ……?」
 言いながら、腑に落ちない点が生まれた。
 あのときは、天野先輩はダイレクトにお見舞いに来たとは言わなかった気がする。
 そうではなく、もっと回りくどい言い方をしていた。
 天野先輩、なんと言っていたかな。
 そうだ、あの人は確か、こう言っていた。

 ――今日、俺がこの病院にお見舞いに来たのは、ヒノエとは関係がある――

 その言葉を氷華梨は嘘と判断して、あのとき病院にいたのはヒノエ先輩とは無関係だと判断した。
 だけど、今にして思えば、俺たちはとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
 でも、だとすると……。
 ゾクリと俺の背筋が凍りつく。
「ヒノエ先輩……いや、これは藤堂先輩の方がいいな。ひとつ頼みがある」
『なんでしょう?』
 俺の言葉にスマートフォンで応じる藤堂先輩。
「大至急、適当な用事を作って天野先輩を呼び出して欲しいんだ。あの大嘘つきに問いたださなきゃいけないことがある」

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