アルカナ・ナラティブ/第10話/03

 この世に運命があるというのなら、断言してくれ。
 俺は幸せになるに足る人間であると。犯罪者の息子であっても真っ当な道を歩めると。
 その確信が得られないなら、俺が自分で自分の未来を切り開くなんてあまりにおこがましいのではないだろうか。
 この世界のどこかで、無慈悲に運命の輪が回っているとしたら、それはどんな形なのだろう。
 三者面談と受けてから翌朝まで、延々と、鬱々と考え込んでいた。
 ちょっとした寝不足で、あくびがとまらない。幸いにして、もう今学期の試験は終わっているので、最悪うとうとした状態で授業を過ごすことはできる。
 窓からは突き刺すような太陽光線。空は突き抜けるほどに晴れ渡っているのに、俺の心は鈍い曇天。
「おはよう、翔馬。窓の外に何かあるの?」
 背後から声がかけられたので振り向く。黒髪の美少女が不思議そうに俺を眺めていた。
「おはよう、氷華梨。窓の外には何もないよ。しいていうなら、自由がある」
 某マンガの風の妖精なら『くっさ~!』と叫ぶであろう返し。
「そうだね、空、綺麗だね」
 氷華梨は優しく微笑みながら、空を見上げる。
 日差しに照らされた彼女の表情がまるで絵画に描かれた女神のようで、俺は改めて見とれてしまった。
 タグを編集できるなら『氷華梨ちゃんマジ天使』と付けていた。氷華梨は人であり女神であり天使でもあるのだ。つまりこれは三位一体ということであり、永遠はここにあるという証明だ。
 空を見上げる君がいるからあえて聞いてみる。
「なあ氷華梨、お前、三者面談って済んでるよな?」
「うん。初日に終わってるよ。翔馬は昨日だったよね」
「ああ。それで聞きたいんだけど、お前ってもう進路は決まってるの?」
「それは……あんまりはっきりしたことは決まってない。一応、大学進学を希望してるけど、どこの大学かどころか、どんな学科かすら考えてない」
「……そうか」
「翔馬は?」
「俺は……えっと、何も考えてない」
「そうなんだ。しっかり者の翔馬にしては意外。成績が良すぎて、逆にどこを選べばいいか迷っているとか?」
「いや、そうじゃないけど……というか、お前も担任と同じようなこというんだな。もしかして、俺って周りの人間から『しっかり者』って評価を受けていますか? 俺の場合、細々としたことを気にかけて問題が悪化しないうちに行動しているだけなんだけど……」
「それを世間ではしっかり者というんだよ」
「なるほど」
 氷華梨の言葉に頷く俺。
「それで、翔馬はどうして進路が決まらないの?」
「あーいや、それは色々あってだな」
 お茶を濁そうとする俺。なのに氷華梨は俺の瞳を覗き込んでくる。
 まるで隠し事は禁止と言わんばかりに。
 どぎまぎしながら、俺は答える。
「ここではちょっと言いにくい。俺の過去に関連したことが引っかかっていてな」
 現在、目下教室にクラスメイトが集まりつつある。クラスメイトに俺の過去を聞かれたくないから詳細は説明できない。
 けれど、氷華梨は何となく察してくれたようだった。
「翔馬は、もしかしてまだ自分が幸せになっちゃいけない人間だと思っているの?」
 俺のことを心の底から憂える瞳がそこにはあった。
「こればかりは、脳天気に忘れていい問題じゃないからな。多分、俺は一生背負っていくんだと思う」
 嘘をつきたくないし、そもそも氷華梨には嘘をついても無駄だから正直に話す。
「そっか……。うん、わかった。でも、本当に辛くなったら真っ先に私に相談してね」
 氷華梨は微笑んでくれたけど、決して晴れやかなものではなかった。幾ばくかの影を帯びた彼女の表情に、俺は自分の矮小さを思い知らされる。
「お前ら、朝から何いちゃついちゃってるの。ヘコむわ、リア充見てるとめっちゃヘコむわ~」
 シリアスな空気をぶち壊すように、クラスメイトの熊沢が絡んでくる。
「いや、別にそういうわけでは……」
 事実と相違があるので弁解を試みる俺。
「別にいいんだ、翔馬。人の一生は短い。精一杯恋人と仲良くすることは悪ではない。……死ねばいいとは思うけど」
 非リアのルサンチマンを炸裂させる熊沢。
「熊沢は結局として何が言いたいんだよ。お前に足りないのは要点をまとめる力だ」
「んあ、いや~俺はちょいと貰い物の処分に困っていてな。これなんだけど、お前ら興味ない?」
 そう言って熊沢が差し出したのは『ベネ・占い整理券』と書かれたチケットだった。
「……何これ?」
「最近、駅前に占いの館ができたらしくてさ。んで、そこに所属っていうか在籍してる占い師の一人が滅法当たるんだと。これはその占い師に運命を見てもらう引換券だ」
「俺、占いとか信じないタイプなんだけど」
 そういうのは霊感商法とかを連想してしまう。
「俺もだよ。とはいえ、貴重なチケットらしいから捨てるのも勿体無いんだ」
「……その占い師、そんなに人気なの? というか、どうしてそんな奴に会えるチケットを熊沢が持ってるんだよ?」
「ツレとの麻雀対決で巻き上げた。元の持ち主は片思いの相手に告白すべきかを占ってもらうつもりだったらしいけど、そんなことは自分で決めろというわけで即ボッシュートだ。告った上で振られてしまえばいい」
 最初のうちは男気あふれる発言かと思ったが、結局はルサンチマン。……いや、恋愛が絡まないと熊沢はいい奴なんだけどね。
「ペアでの使用も可能らしいから、お前が周防さんとの愛に自信があるなら二人の今後を占ってもらうがいいさ。そして爆ぜろ」
 そういうと颯爽と去っていく熊沢。最後の一言のせいで、格好良さが微塵もないのが大問題だな。
 無理矢理渡されたチケットを手で弄びながら、俺は氷華梨を見やる。
 興味津々といった様子で目を輝かせていた。クールに見えても、やっぱり女の子というわけですか。
「お前、暇な時間ってある?」
 一応聞いておく。
「今日の放課後は部活がないから時間ある!」
 大興奮で食いついてきた。
 そんなカノジョをないがしろにできようはずがない。
 はい、占いの館に二名様ご案内。

   ◆

 本日も授業は午前中で終了だったので、学食で昼食を済ませてから俺と氷華梨は占いの館とやらに向かった。
 占いの館は駅前商店街の路地に入ったところにあった。小洒落た洋館といった外観で実に胡散臭い……いや、趣がある。
 玄関をくぐるとそこはホールになっており、順番待ちの客らしき人々でごった返していた。客のほとんどはうちの学校の制服を着た女子だった。年頃の娘さんはどうにも占い好きらしい。
 というか、女子ばかりで男子の俺としては微妙な居心地だ。横に氷華梨がいなかったら絶対に心が折れていた。……カノジョがいなかったらそもそも来てないんだけどね。
 受付でチケットを渡し、名簿に氏名を記入する。
 あとは椅子に座って名前を呼ばれるのを待つだけ。俺は改めて室内を眺める。室内の装飾や椅子などの家具はアンティーク調で中世ヨーロッパにタイムスリップしたような気分だ。微かにお香の匂いがして、心なしかまったりとしてくる。
 占いというものが、日常から切り離された非日常であるというなら、ここの支配人は中々に演出上手だといえよう。雰囲気に飲まれて高いツボを売られないか今から不安になってくる。
 順番待ちの間、俺と氷華梨はたわいもない話をして過ごす。どんなことを占ってもらおうかとか、もうすぐ始まる夏休みにどう過ごそうかとか、そんな会話。
「それでは、瀬田様と周防様、3番の部屋にお入りください――」
 三十分ほど待つと、俺たちの名前がアナウンスで呼ばれる。
 俺たちは扉のプレートに『3』と書かれた扉を開ける。
「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、そちらにおかけください」
 部屋にいたのは、ベールで目元を隠した妖しいオーラを放つ人物。声と小柄な体格から女性とわかるが、年齢まではわからない。
 俺と氷華梨は、促されるままに椅子に座る。
「どうやら初めてのお客様ですね。アタシは当館の占い師の一人、ベネと申します。お気軽にベネと及び下さい」
 腰掛けたまま占い師は一礼する。
「俺は瀬田翔馬で、こっちは周防氷華梨だ。こういう場では、生年月日も言っておくべきかな?」
 占いのテンプレートとして、誕生日からなんやかんやで運命を導き出すみたいなのを想像していたのでそう言った。
 ところが占い師・ベネは首を横に振る。
「いえ、必要ありません。生年月日から運命を導き出す方もおられますが、アタシはそうではありません。相手の手に触れるだけで、その方の過去、現在、そして未来を見通せることができるのです」
「それは……ずいぶんな自信だな」
 お遊び感覚で占いを受けようとしていた俺からすれば、驚きの一言だ。
 トンデモ発言をさらりとしてのける目の前の占い師は、果たして本物なのか詐欺師なのか。
「だったら、是非やってみてくれよ。まずは試しに俺の方から」
 俺は自ら右手を差し出した。
 あまりに胡散臭すぎて、氷華梨に触れさせるのは躊躇われる。こんな状況でレディ・ファーストを唱えたら男がすたるぜ。
「では失礼します」
 ベネはそう言うと、両手にはめていた黒い手袋を取り外す。
「なに?」
「えっ?」
 俺と氷華梨は同時に驚いて声を上げる。
 その理由はベネの左手の甲にあった。そこには藍色で大きく【X】と書かれていた。
 一見すると十字ともバツとも取れる記号だが、俺が連想したのはローマ数字の10だ。おそらく氷華梨も同じ発想をしているに違いない。
 ――呪印。
 それはアルカナ使いと呼ばれる者たちの証。
 まさかこの人って……?
 俺の困惑なんて気にも止めず、ベネは両手で俺の右手をそっと掴む。血の通っていないような冷たい手だった。
「……なるほど、あなたの悩みが見えますよ。あなたは今、自分の生まれ育った環境のことで相当に悩んでおられる。自分は犯罪者たちの息子であるという宿命。これについて、自分の中で消化できていない。――そうですね?」

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする