アルカナ・ナラティブ/第10話/04

 ベネという占い師は、完璧に俺の悩みを捉えていた。
 占いや詐欺の話術の一つにコールドリーディングというものがある。これは誰にでも当てはまる抽象的な言い回しをすることで、相手の心がさもわかっているかのように振舞う方法だ。
 例えば、占い師が『あなたには不安に思っていることがありますね』と言ったとする。ところが人間には一つや二つ不安があって当たり前だ。あえて『不安がある』という曖昧な表現をすることで、相手は心を見透かされていると勘違いしてしまう。これがコールドリーディングである。
 俺も一旦は、ベネがコールドリーディングを使っているのかと疑った。けれど、彼女の言っていることは抽象的なこととは言い難い。
 俺が犯罪者の息子であるという指摘は、きわめて具体的。コールドリーディングとは別のトリックがあると判断するのが妥当。
「それがあんたのアルカナ使いとしての魔法ってわけかい?」
 腹芸で事実を引き出す手もあったが、ここはあえてストレートに問う。
 呪印が【X】ならば、対応しているアルカナは【運命の輪】だ。しかし、前に見たアルカナ使い研究書の記述では、今年度の【運命の輪】が誰なのかは不明だった。誰なのかがはっきりしていない以上、その魔法も未知数だ。
「はて、アルカナ使いとは何のことでしょう? アタシには心当たりがありませんね」
 淡々と答えるベネ。
「――ダウト。それは嘘ですね?」
 氷華梨の指摘。
「……ずいぶんと自信満々に言ってきますね。まるであなたは相手が嘘をついているかわかるみたいですわ」
 憮然とした声の占い師。
「いかにも。私の魔法は【イラディエイト】――『相手の嘘を見破る』ことができます。私の前ではいかなる虚言も無効化されます」
 氷華梨の眼差しに甘さはなかった。まるで、敵と対峙する剣士のような凛々しさと緊張感だった。
「あらあら、自ら手の内を明かすとは、あなたは嘘を見破れても、駆け引きは苦手と見えますね」
「はぐらかさないでください。あなたの魔法は一体どんなものなんですか?」
「それは先程も言ったでしょう? アタシの魔法は相手の過去・現在・未来がわかるのです」
「――それもダウトです」
「ふふふ、お見事。どうやら周防さんは本当に相手の嘘を見破れるようですね。ですが、瀬田君の過去がどうしょうもなく後暗いものであるのは事実でしょう?」
 氷華梨に威圧されてなお、余裕を崩さないベネ。
 彼女の告げる事実に、俺も氷華梨も押し黙るしかない。
「犯罪者の息子の未来が明るいものになるとは思えませんね。一応言っておきましょう。瀬田君の家系は代々ロクでもない人間を輩出しています。瀬田君のお父さんも、そのお父さんのお父さんも、ずっとずっと人間のクズともいえる道を歩んでいます。瀬田君が一緒に暮らしている叔父という例外は確かにいますが、例外は例外です。そんな奇跡は滅多に起こりはいたしませんわ」
 ベネは残忍に告げる。
 ベネが過去から未来までを見透かせるというのが嘘だとは氷華梨に否定された。なのに、彼女による俺の置かれた環境の指摘は冷酷なまでの精度で的を射ている。
「……アンタ、一体何なんだよ!」
 恐怖から、ついに俺は叫んでいた。
「何かと問われればお答えしましょう。アタシは占い師でございます。加えて言うなら特殊な力が備わっていることも認めましょう。さりとて、アタシの魔法【アッカーマン】の正体を明かすつもりはありません。【アッカーマン】は、例えて言えば、相手の運命の輪が描く轍を見抜く力。運命の輪はかくも残忍なものです。努々ご油断なさらぬようにするのがようございましょう。周防さんも、瀬田君に巻き込まれないように距離を取るのが懸命ですよ」
 ベネの言葉は、確実に俺の心を蝕んでいく。
 運命――そうだ。俺はロクでもない人間の息子なのだ。うちの父親の父親や、あるいはそれ以上の祖先がどんな人物だったかは知らない。
 でも、ロクでもない親を育てた人間が真っ当な奴だったとは考え難い。
 俺は横目で氷華梨を見た。
 よくよく考えてみれば、どうして俺の隣に彼女のような真人間が座っているのだろう。
 本来、俺は氷華梨のような日の下を歩ける人間と一緒にいてはいけないのではないか。
 俺と一緒にいることで、氷華梨が汚されてしまうのではないか。
 急に、自分の掴んだ幸せが恐ろしいものに思えてきた。
 指先から徐々に血の気が失せていく。
 その刹那――。
「運命なんて私は信じません。私が信じるのは翔馬の今と、そして未来です。例え、翔馬がどんな罪を背負っていても、そんなものは私には関係ありません」
 氷華梨の宣言は堂々たるもので、俺の正気を取り戻させるには十分だった。
「あらあら、お熱いことですわね。そんなに信じ合えているのなら、そもそも占いなど必要ないのではなかったのでは?」
「私だって女の子です。ちょっと周りの友達の間で話題の占い師に興味を持ったりもしますよ。カレシが自分の進路で迷っていたら、何かのヒントになるかもとも思ったりもしました。でも、それは間違いだったみたいですね」
 それだけ言うと、氷華梨は俺の手をとって立ち上がる。
 そして、言うのだ。
「行こう翔馬。ここには翔馬の求める未来なんてありはしない。だって、肝心の占い師が翔馬の本質を見抜けていないんだもの」

   ◆

 占いの館を出てから、俺と氷華梨はそのまま帰宅のために足を駅に運んだ。
 電車を待つ間、俺は氷華梨がベネに放った言葉を噛み締めていた。
 ――俺の本質とは一体何なのだろう。
 それを氷華梨本人に聞くのはヤボだ。今はただ、彼女が俺を思っていてくれるというだけで胸がいっぱいだった。
 世界に自分が一人ぼっちではない確信が、俺に勇気を与えてくれる。
 そうだ、それが全てなんだ。
 例えベネの占いが、俺の胸を抉ったとしてもそれがどうした。
 本当に信じるべきは今日出会ったばかりの占い師ではない。高校に入ってから時を共にした氷華梨なのだ。
 俺の横で悄気返りながら立ち尽くす氷華梨。本気で落ち込んでいる様子だった。
 ここでカノジョを励ませないようなら恋人失格だ。
「もしかして氷華梨、俺を占いに誘ったの後悔してる?」
 もしかしなくてもそうなのだろうけど、話を切り出すために聞いておく。
 これに氷華梨は悲痛そうに頷いた。
「ごめんね。アタシが占いに行きたいとか言ったばかりに、翔馬に嫌な思いをさせちゃって……」
「そんなに落ち込むなって。大丈夫、俺の心はそこまで狭くないから。むしろさ、俺のことで氷華梨が怒ってくれたことの方が嬉しいんだ。幸せすぎて怖いぐらいだ」
 嘘は言っていない。幸せが怖いのは俺の仕様なわけだし。
 氷華梨は俺の発言に顔を真っ赤にさせる。
「うん。だって……ううん、何でもない」
 何かを言おうとして氷華梨は言葉を飲み込んだ。
「何だよ、歯切れが悪い。ベネの前での威勢の良さはどこに行ったんだ?」
 半ば茶化すような感じで言ってみる。
 だって――何だというのだろうか?
「だって……私ね、翔馬のことが大好きだから」
 氷華梨が直球ど真ん中のストレート球を投げてきた。その急速たるやキャッチャーミットを突き破らん勢いだ。並のキャッチャーなら受け止められるわけがない。
 しかしご安心ください、皆さん。俺とて日々成長しています。ここでヘタレるわけにはいかんのですよ!
「俺だって氷華梨のことが大好きだ。氷華梨が俺を思う気持ちの十倍は愛しているね」
「だったら私は……翔馬が私を思う百倍は愛してる!」
 声高に叫ぶ氷華梨。ちなみにここは駅のホームであり、他に電車待ちの人々もいる。なのに、氷華梨は臆するところがない。
 彼女の戦闘力はスカウターを破壊しかねない。ちなみに俺の戦闘力は五十三万です。
 叫んでからしばらくして、ようやく周りの目線に気づく氷華梨。あたふたとしながら、目をグルグルさせていた。
 とことん可愛い子だな、オイ。
「ええっと、今の私たちの言い分だと、まずいよね。だから撤回する」
「どこら辺がまずいんだよ。俺としてはお腹いっぱいなんだけど?」
「だ、だって、翔馬が私の十倍で、私が翔馬の百倍だったら、それを成り立たせるためにはお互いがゼロじゃないとダメだから」
 ――頂きましたッ!!!
 氷華梨は俺の嫁! 異論は認めん!
 ふむ、確かに彼女の言うことは数学的には正しい。
 しかし……だがしかし……彼女は決定的な見落としをしているッ!
「大丈夫だ、氷華梨。その等式はお互いの愛が無限大でも成立する」
 よし、勝った! 氷華梨を論破したという意味でも勝ちだし、人生で一番大切なものを手に入れたという意味でも勝った。
「……バカ」
 羞恥心からか身悶えする氷華梨。
 これが映画だったら俺は『世界よ、これがリア充だ!』とかキャッチコピーをつけている。もうご馳走様です。
 ……んで、何の話だっけ、これ?
 ああ、そうか。氷華梨が占いの館に行きたがったせいで俺を傷つけたみたいな話ね。
「とにかくだ、あの占い師がどんな酷いことを言ったとしても、俺たちはこうして一緒にいられる。なら、別にどうでもいいと思うぜ」
 率直に、まっすぐに俺は思いの丈を告げる。
「うん……翔馬がそう言うなら、私もそれでいい」
 ようやく氷華梨に笑顔が戻る。氷華梨の笑顔は永遠の輝き。これは真理である。
 なんてことを割と本気で思っていると下り線に電車がやってくる。今日はここでお別れだけど、いやはや最後に良いものを拝めましたわい。

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