アルカナ・ナラティブ/第10話/06

 巧詐は拙誠に如かず。どんなに巧みな嘘をついてもいつかはバレる。これは覆しようのない真理だ。
 嘘を使って何かを永久に隠し通すことは不可能。この場を凌いでも、そこには髪の毛ほどの意味もない。
「俺は……」
 なのに、元詐欺師かというクラスメイトの問いに俺は答えられない。正直に答えるということは、これまで必死に秘密にしていた自分の正体を明かすことを意味する。
 ――俺は汚い犯罪者なんだ。
 その一言が、口に出せない。出せるわけがない。
 そんなことをすれば最後、学校生活は破綻を迎える。
 嫌だ。
 もっと、ずっと、これからも、普通の高校生として過ごしていたかった。
「俺は……、俺は……、俺は……」
 脳髄に焼けた鉄棒でも突っ込まれたような痛みが走る。意識はみるみるうちに白くなっていく。
 周りがざわめくが、俺は答えに窮するしかない。
「悪ふざけなんてしてないで、ちゃんと否定してよ!」
 有馬が叫ぶ。他のみんなは、この状況に狼狽えていた。
 この場にいるメンバーで、俺の元から俺の正体を知っているのは氷華梨とヒノエ先輩だけ。二人は心配そうに俺を見つめていた。
 この場のメンバーからは言葉など吹き飛び、辺りには無関係な雑音のみが横溢する。
 心の底ではいつかこんな日が来るのではないかと恐れていた。けれど、普段はそんなことは自覚しないように努めていた。だって、それを気にしていたら日常生活なんて送れないから。
 これまでの幸せな日々が、これからの幸せな日々が死神の鎌に刈り取られてしまう。
「えーっと、とりあえず、みんなの顔色が悪いから頭を冷やそう」
 沈黙を打ち破ったKYは天野先輩だった。下手をすればみんなから大顰蹙を買いかねない処置だったが、誰ひとりとして彼に反論しない。
「天野先輩、俺……」
 怯えながら俺は天野先輩を見つめた。
 そんな眼差しを向けられても普通は困るだけだろうに、天野先輩は言うのだ。
「なあ翔馬、ちょっとツラ貸せよ。久々にキレちまったよ。暑いし、他の連中は先に店に入ってボウリングをやっててくれや」
 厳しい顔つきで天野先輩は俺の腕を引っ張り、強引にみんなから引き離す。
 そんな天野先輩と俺を、誰ひとりとて引き止めることはできない。
 みんなの目から逃れると、天野先輩は困ったように溜息をつく。
「さてと、これでひとまずは気まずい空気を回避できたかな」
「……あ、えっと、キレてたんじゃないのか?」
 おっかなびっくりの俺。
「しいていうならカフェインが切れたからコーヒー飲みたいなあ。この角を曲がったところに喫茶店があるから、コーヒーブレイクとしましょうや」
 いたずらっぽく笑う天野先輩。
 一気に緊張の糸が切れて、俺は思わずその場にしゃがみこんだ。
「おいおい、大丈夫かよ? もしかして熱中症?」
 天野先輩とて真性の馬鹿ではない。俺の脱力の理由などわかっているだろうに、わざと茶化すように言ってくる。今はそれがありがたかった。
「そうだな。この季節はマメに水分を取る必要がある。というわけで早く喫茶店に行こうぜ」
 精一杯の強がりで再び立ち上がり、前へと歩みを進める。
 たどり着いた喫茶店はこの地域でやたらにチェーン展開されている【カメダ珈琲】だった。
 店に入ると、店員に禁煙席への案内を頼み、席に着く。
「いやー、外と比べて店の中は涼しくて天国だね」
 どこまでも陽気に振る舞いながら、天野先輩は運ばれてきたおしぼりで顔を拭く。
「先輩、その仕草ビミョーにおっさん臭いぜ?」
「馬鹿な……おしぼりといったらまず顔を拭く。それが世界標準ではないのか?」
「そもそもおしぼりを出されるのが日本固有のものだと思うぞ」
「じぇじぇじぇ、これも日本の『お・も・て・な・し』というわけか、ならば倍返しするなら今でしょ!」
「いや、最後の方は無理矢理詰め込んだだけだろ。しかも、全部が若干古いし」
「流行語もいつかは死語になるか。もののあわれを感じますなあ」
「流行語だからいつか死語になるんだ。パロディを作品に取り入れる作家さんは言葉の賞味期限の管理が大変そうだ」
 とかなんとか、天野先輩との恒例の軽口。
 ああ、普段はバカバカしいと思っていたけど、今はとてつもなく救われる。
 悔しいけれど、天野先輩の天真爛漫な態度に俺は平常心を取り戻していく。
 俺と先輩はそれぞれアイスコーヒーを注文し、いざ本題に入る。
「んで、翔馬が元詐欺ってのは実際のところどうなの? オレから見ると、お前さんがそんな大それた人間には見えないわけだが」
 天野先輩は眉間にシワを寄せていた。
「……残念だけど真実だ。結構大きな事件として当時は報道されていたよ」
「マジでか。いや、こんなところで嘘をつく理由もないか。そのことをカノジョである周防さんは知ってたのか?」
「入学当初からな。ちなみにヒノエ先輩もだ」
 俺は改めて、二人に自分の正体がバレたときの絶望的な気分を思い出していた。それでも、二人は善意をもって俺の正体を全力で黙っていてくれた。そのことには感謝してもしたりない。
「そうなのか。だったら今回の件での周防さんのショックは割合に少ないと考えてもいいわけだな」
「多分な。もっとも、俺の正体を知ってたかどうかを周りに問い詰められて、氷華梨が困るのではないかというのが心配だけど」
「彼女はかなりのマジメちゃんだろうからね。嘘をつくのは苦手そうだ」
「苦手そうというか、事実として苦手だよ。俺のせいで、あいつが白い目で見られたらどうしよう」
 そのことが負担になって、またリストカットに走ったら、俺はどうやって氷華梨に謝ればいいんだ。
「いやはや周防さんは良いカレシを持たれましたな」
 天野先輩が唐突に言い出すので俺は首を傾げた。
「俺のどこが良いカレシなんだよ。俺は元犯罪者のろくでなしだよ」
「いやいや、だって自分が窮地に追い込まれているのに、一番不安に思っているのが自分自身ではなく周防さんの立場なわけだろ、翔馬の場合」
「……だって俺は自業自得だとしても、それは氷華梨には関係ないことだから。どうしよう、これ以上、俺が氷華梨と一緒にいたらあいつが不幸になるんじゃないだろうか」
 俺は頭を抱えて、髪を掻き毟る。
「それについてオレはなんとも言えない。そこんところは後で周防さんときちんと話し合う必要アリだな」
「そっか……一人で抱えていてもしょうがない問題……なんだよな」
「どんなに相手のことを思っていても、それを言葉にしない段階でただの独善だからな。いや本当に」
 思うところが多大にあるらしい天野先輩は恐縮した様子で言った。
 誰かと付き合うって難しい(小並感)。
「ところで、今回の翔馬の過去の漏洩に関してだけど、誰が噂をバラまいたかに心当たりってないのか? 周防さんやヒノエが今になって口を滑らせたとは考え難いんだけど」
「そういえばそうだな。一応、あの二人以外を除けば、あと俺の秘密を知っているのは担任とかごく一部の限られた教師ぐらいだし……いや、違うな。あと一人、うちの学校の生徒に該当者がいた」
「そいつは一体?」
「この前、氷華梨と一緒に駅前の占いの館に行ったんだけど、そこの占い師が俺の過去を突き止めたんだ」
「もしかして、ベネとかいうアルカナ使いの占い師?」
 天野先輩がいきなり名前を出してきたので、俺は仰天して目を見開く。
「先輩、あの占い師のことを知ってるのか?」
「実はオレも、一ヶ月前にあの占い師に未来を占ってもらったことがある。そのときに手の甲に刻まれた呪印を見てね。すぐにピンときたよ。こいつは【運命の輪】のアルカナ使いだって」
「そうだったのか……。そのことをヒノエ先輩は知ってるのか?」
「いや、あのときはヒノエと付き合う前だったから一人で見てもらったよ」
「アンタはあの女子成分がバカ高い占いの館に男一人でいったのか……ある意味で勇者だな」
「別にオレそういうの気にするタイプじゃないから大丈夫だよ」
 確かに、この人が過度に周りの視線を気にするとは思えない。
「ちなみに、そのときはどんなことを占ってもらうつもりだったんだ?」
「もちろん、ヒノエとの関係をどう進めるべきかについてをだ」
「へえ、先輩が占いに頼るなんて、ちょっと意外だな」
「時には魔術的なものにすがりたくもなるさ。オレの場合、ほら、残された時間が短いわけだしね」
 瞳に悲しみを込めて、天野先輩は微笑む。
 その重さに俺は言葉を拾いきれない。
「……ちなみに、ベネからはどんなアドバイスを?」
「オレの命に限りがあると当てられたよ。しかも、それが遺伝性の疾患というのも見抜かれた」
「一体、あの魔法の正体は何なんだ? 俺は自分の血筋が犯罪者ばかりだと言い当てられたよ」
「正直なところ、ベネの魔法の詳しいことはオレも知らない。というか、一応メンタルヘルス部にも勧誘したけど、『私が魔法を使えることを他者に吹聴したらあなたの病気を周りにバラします』と脅された。今となってはヒノエにバレちまったからどうでもいい脅しなんだけど」
「そうだったのか。ということはベネの魔法の名前である【アッカーマン】というのは、先輩が付けたわけではないのか?」
「【アッカーマン】? それは初耳だな。彼女はそんなことを言っていたのか?」
「間違いなく言っていた。【アッカーマン】ってどういう意味だ? ネットで調べたけど、検索の上位に引っかかったのは某マンガのヒロインの名前と、アッカーマン関数とかいう数学用語っぽいものだったぜ」
「……ちょっとオレも検索してみるよ」
 天野先輩はケータイを取り出し、しばしディスプレイとにらめっこする。
 そして、
「そうだなあ……【運命の輪】と無理矢理関連性を持たせるとしたらアッカーマン・ジャントーという理論がそれっぽいな」
「何それ?」
「要するに自動車におけるステアリング機構に関する理論だよ。タロットの【運命の輪】って元々は船の操舵輪がモチーフなんだ。操舵輪、つまりはステアリング。そういうところから名前をとったのかもしれないな」
「じゃあ、魔法の名前に深い意味はない、と?」
「だろうな……。いや、待てよ? おい翔馬、ベネはお前の血筋のことに言及したんだったよな?」
「ああ……でもそれがどうしたって言うんだよ?」
「関係大アリ、というか多分それが答えだ。なるほど、アッカーマンってのはつまり『ねえさん』のことかよ」
 天野先輩は一人納得しているが、俺にはさっぱりだった。
 何がどうして『ねえさん』なのだろう。そもそも誰の姉の話を彼はしているんだ?

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