アルカナ・ナラティブ/第10話/10

【運命の輪】の少女を連れて、俺と氷華梨、そして天野先輩は魔法研究部へ移動した。
 部室の鍵はヒノエ先輩が持っているため、彼女とも合流する。
「では、どうぞ。こんなところですが、緊張せずにくつろいでくださいませ」
 天野先輩は【運命の輪】の少女に言いながら、部室のソファに座る。
「部員ではない篝火が、この部室を『こんなところ』扱いするのは間違っていると思うのだが?」
 半眼のヒノエ先輩。
「確かに。では、こんなにもゴージャスな仕様の部室なんだから、ちょっとはかしこまってくれないと困るんだからね! と言っておこう。……実際問題、メンタルヘルス部は未だに空き教室を借りてるだけだし」
 嫉妬じみた発言を混じらせる天野先輩。よく考えてみると、基本的に遊んでいるだけの魔法研究部よりも、生徒支援を行っているメンタルヘルス部の方が学校への貢献度は高い。にもかかわらず、魔法研究部は部室を与えられるなど高待遇。これでは文句の言い様がない。
「そういう問題は学校の偉い人にしたまえ」
 ヒノエ先輩は苦々しい顔をするしかない。
「というか、アタシを呼びつけておいて、話を逸らされると腹が立ちますわね。話があるなら早く進めてください」
 ふてぶてしく開き直りながら、【運命の輪】の少女は天野先輩と対面する席についた。
「時は金なりとも言うからね。とはいえ、お互い自己紹介は必要だ。俺は天野篝火。【司祭】のアルカナ使いをやっている三年生。君の名前を聞きたいな」
「私の正体を突き止めたからには名前ぐらい知ってたんじゃないのですか?」
 怪訝そうな【運命の輪】の少女。
 彼女の疑問はもっともだ。天野先輩は教室の前に集まった生徒たちの中から、迷うことなく彼女がアルカナ使いだと見抜いた。なのに、彼女の名前を知らないとはこれいかに?
「種明かしをしちゃうとね、オレは単に魔法の力を使って君がアルカナ使いだと看破したにすぎない」
「天野先輩の魔法に追跡機能なんてあったけ?」
 俺の知る範囲では、彼の魔法は『アルカナ使いを成長させる方法がわかる』というものだ。それと今回の件がどう関係するのだろう。
「翔馬にしては勘が悪いね。オレの魔法は【呪印】を見たアルカナ使いの成長方法がわかるんだ。ここまで言えば察してもらえるかな?」
「そうか、天野先輩はベネに占ってもらっていたんだったな。彼女は占いをするときに手袋を外している。そうなると当然に【呪印】は目撃している」
「そういうこと。【呪印】さえ見れば、例え会ったときに相手が顔を隠していても、その後はずっと魔法効果の対象となる。学校中の生徒を探し出すのは骨だから、ちょっとした工夫はしたけどね」
「一体何をしたっていうんだ?」
「あえて言うまでもないけど、今日の授業後にしたことが全てだよ。翔馬の過去について吹聴した犯人がベネだとしたら、彼女は今日一日が終わって翔馬やお前のクラスがどうなるかを見届けるであろう可能性は高いと考えるのが妥当だ。犯罪捜査とかでは、現場に戻るというからね。もっとも、それだけではまだ確実とは言い難い。授業後に翔馬のクラスでゴタゴタがあって、野次馬でも集まれば、犯人にとってお前のクラスを窺いやすい環境ができる」
「なるほどな……って、ちょっと待ってくれ。なら天野先輩がわざわざ俺のクラスまで来て、更にはクラス中の人間との関係を改善したのって……」
 天野先輩の計略に気づいて、俺は口元を引きつらせた。
「そういうことだね。オレの本来の目的はお前のクラスで一悶着起こして、ベネを罠に誘い込むことだ。ただし、そのせいで翔馬の学校生活が一層破滅的になるのはあんまりだ。お前のクラスのムードが回復すればそれに越したことはない」
「つまり、俺は、いや俺のクラスはあんたにまんまと乗せられたと」
「てへぺろ!」
 可愛らしく舌を出してみせるが、ごめん、全然萌えられない。
「一歩間違えれば、俺のクラスは大炎上だったわけだが?」
「そこら辺は大丈夫。翔馬はあの場面で下手を踏む人間ではないし、そもそも上手く振る舞えないような小物だったら所詮そこまでの人間だったってだけだし」
「あんたは悪魔か……」
 ともあれ、心の底では俺を信頼してくれていたから取れる戦術とも言えんでもない。ここは天野先輩の懐の深さを信じておこう。それがいい。そう考えなければ、この先彼と人間関係を維持できる自信がない。
「さてさて、話がちょいと逸れましたな。改めて聞くけど、ワット・ユア・ネーム?」
 再度【運命の輪】の少女に問う天野先輩。
「……久留和来海(くるわ・くるみ)。それがアタシの名前ですわ。ちなみに学年は一年生」
【運命の輪】の少女――久留和は不機嫌な態度を前面に出しながら答える。
「OK、では話を早く済ませたい久留和さんのために、話を次に進めよう」
「まだ何か聞きたいことでもありますの?」
「もちろんですとも! 久留和さんの魔法【アッカーマン】には興味津々なのですよ」
「はっ! その件ですか。それはあなたを占ったときにも話したように、教える気などありません。ええ、教えませんとも。どうしてせっかく手に入れた力のことを喋らなければならないのです?」
 侮蔑混じりの視線を天野先輩に向ける久留和。
 天野先輩は一歩も動じない。それどころか、
「言わなくても大丈夫。君の魔法の正体は見当が付いているから」
 余裕綽々といった態度。
 これには久留和もたじろがざるをえない。
「……ふふふ、ここに来てまさかのハッタリですの? 見苦しいですわ」
「えー、そんなことはないよ。だって、魔法の名前が【アッカーマン】なんだぜ? 本気で隠す気があるなら、もうちょっとネーミングには気を使うべきだよ」
 呆れたように肩をすくめる天野先輩だが、彼と久留和を除くメンバーは首をかしげるばかり。俺も結局、土曜日から【アッカーマン】の正体を聞けていない。
 天野先輩は『名探偵は事件の真相を語るのを渋るものだぜ』とか言っていた。確かに金田一耕助の孫も、体は子どもで頭は大人の名探偵も、真相を口にするのは全部準備が整ってからだ。
 ちなみ俺としては『姉さん アッカーマン』でネット検索したりもしたが、しっくりくる回答は得られなかった。
「そろそろ教えてくれてもいいだろう。【アッカーマン】がどういう意味なのかを」
「ではでは、お答えしましょう。【アッカーマン】はね、早い話が人の名前だよ。フルネームでネット検索するとこんなカンジ」
 そういうと天野先輩はケータイに文字を打ち込んで、それを打ち込んでくる。
 ケータイの画面には『ネーサン・アッカーマン』という語句が入力された検索エンジン。
『姉さん』ではなく『ネーサン』というファーストネームだったわけか。
 盲点というか、俺の落ち度というか、もはや言葉が出なかった。
 俺は検索サイトの上位のサイトの記事を読んでいく。
 ネーサン・アッカーマンなる人物は、精神分析家で、更に言うと家族療法なる治療法の先駆者となった人物らしい。
 ……『家族』療法だと?
 そこまで来て、俺にピンとくるものがあった。
「ネットで調べればすぐにわかるけど、ネーサン・アッカーマンは精神療法において家族間の関係に着目した人物だ。この治療法では心を病んでいる人物は、家族関係の中でその症状が形成されたと考える」
 俺の思考を汲み取るかのように天野先輩は解説する。
「そういえば、久留和……というかベネの占いではやたら俺の血縁の話になってたな」
「加えて言えば、オレの占いの場合は親類縁者の病歴が中心だった。その上で、彼女はオレの遺伝病についてを指摘してきたんだ」
「じゃあ、彼女の魔法は……!」
「触れた相手の家族関係を見抜く――専門用語を引っ張ってこれば『家族力動がわかる』とするのが妥当だろうね」
 天野先輩による推測は、久留和の表情をみるみる曇らせていく。
「まいったわね、調子に乗って手がかりになるような魔法の名前なんてつけるべきではなかったわ。いかにも、アタシの【アッカーマン】は相手の家族システムの情報を手に入れる魔法よ」
 意外にも久留和はあっけなく自供した。……ここで嘘をついても氷華梨がいるから無意味なんだけど。
「つまりあんたは、相手の家族に情報を使って占いをしていたわけか」
「その通りよ。【アッカーマン】を使えば、相手の親類縁者についての情報だって手に入れられる。それは生年月日から死亡日時、死亡原因、更には犯罪歴まで多種多様に」
 久留和は陰惨な笑みを浮かべて語りだす。
 これに天野先輩は、得心がいった様子だった。
「平たく言うとジェノグラムが作れるわけか」
「ジェノグラムっては何だ?」
 聞きなれない言葉なので俺は聞いておく。
「ジェノグラムっていうのは、家族療法を行う場合に用いられる技法の一つさ。患者とその家族についての情報をまとめるために作られる細かい情報入りの家系図みたいなもんだ」
「本当に天野さんは物知りなのですね。忌々しい」
 すっかり解説者と化した天野先輩に、久留和は不快感を表明した。
「物知りっていうか、オレは心の健康を学ぶ部活の部長だから。一応、スクールカウンセラーさんと部活の運営方針を話したりもするしね。というわけで、君もその魔法を生かすためにうちの部に入ってみる気はない?」
 いきなり久留和を勧誘しだす天野先輩。
「アタシが、そのように利益になりそうにない活動に参加するとでも思ってまして?」
「あらら、ダメですか。まあ、メンタルヘルス部はいつでも部員募集中だから、気が向いたら遊びにおいで……って、もうすぐ夏休みに入っちまうか。ぐぬぬ……」
 久留和と天野先輩の間で勝手に話が進んでしまっているが、俺にはもう一つ聞いておかねばならないことがあった。
「ところで、どうして久留和は俺の過去をケータイを使って不特定多数の生徒にバラしたりしたんだ? いくらセンセーショナルな話題だからといって、わざわざ占い師としての客の個人情報を広めるのはメリットがあるとは思えない」
「ふん、そんなことを気にされていたのですの? そんなもの、アタシがあなたを許せないからに決まっているからですわ」
「それはつまり……俺が過去に犯した罪が、人道的に許せなかったということか?」
「ハハハ、違いますわ! 別にアナタがどこで何人の人間を食い物にしようと興味ありませんの」
「なら、どうして?」
「実はアタシには父親がいませんの。というのも、アタシの母親はすでに妻を持った男と道ならぬ恋に落ちた過去がありましてね。それで、その男との間に生まれたのがアタシですの。けれど母親はアタシに対して父親がどんな人間かは教えてくれませんでしたわ。父親がいないことを理由に小中学校ではいじめを受けたりもしました。だから、アタシは心に誓いましたの。アタシの父親がどんな奴かわかったら、その家族共々不幸のどん底に叩き落としてやろうって!」
「ちょ、ちょっと待て、それと俺がどう関係あるっていうんだよ?」
「ここまで言ってもわかりませんの? アタシは魔法の力を使って母の内縁の夫を突き止めましたわ。その男の名前は瀬田浩一郎!」
 久留和の発言に、俺は頭がみるみるうちに漂白されていく。
 それは俺の父親の名前と一緒のものだった。
 久留和は続ける。
「そして、その男には一人息子がいて、名前は瀬田翔馬――つまりあなたのことですわ!」
「馬鹿な……。ということはあんたは……?」
「アタシはあなたの腹違いの兄妹ということになりますわね。この場合、アタシの方が誕生日が遅いから妹ですわ。まさかアタシも自分の通っている学校に怨敵の息子がいるとは思いませんでした。でも、占い師としてあなたの運命という名の家族関係を調べて確信を得ました。あなたこそアタシが復讐を遂げるべき相手の一人だと!」
 久留和の言葉は耳鳴りとなって俺に襲いかかる。
「そんな……」
 呆然とするしかない俺。
「さて、これ以上の質問はありますかしら? ないならお暇させていただきたいですわね。それとこれはおせっかいついでの忠告ですけれど、アタシの運命が父親によってぐちゃぐちゃになったように、あなたの運命もぐちゃぐちゃになる。家族力動が織り成す運命からは誰であっても逃れることはできませんわ」
 ソファから立ち上がる久留和は、最後にもう一度だけ俺に侮蔑の眼差しを向け、そして足早に部室を出て行った。
 彼女の背を追えるものはこの部室にはいなかった。
 俺は、ただ久留和の予言に怯えていた。
 ――家族力動から逃れることはできない。
 だとしたら、やっぱり俺の辿る運命は、父親や、あるいはそれ以上に続く血脈に類似するものになってしまうのだろうか。
 押しつぶされそうなまでの不安に苛まれる。
「まさか、翔馬がお兄ちゃんキャラだったとは……。しかも妹はちょっとツンな女の子。これは何かのフラグだろうか?」
 俺の恐怖をよそに天野先輩はズレたことを言い出す。
「天野先輩は相変わらずだな」
「そりゃどうも。ちなみに言っておくけど、久留和さんの言う家族力動から逃げられないっていうのはハッタリ以外の何物でもないから気にするなよ?」
 けろりと天野先輩は言ってくる。
 俺はそれを素直に受け入れられない。
「気休めならいらない。……根拠は?」
「家族力動が元で生まれる問題っていうのはさ、基本的に家庭環境の悪循環が原因なんだ。親が子どもを虐待するから、虐待された子どもが親から受けた体験を下敷きにして自分の子どもを虐待してしまうみたいな感じでね。そういう場合、ぐるぐると悪循環として、関係が固着してしまうんだ」
「だったら俺は……父親みたいな人間になるんじゃないだろうか……」
「その可能性は低いな。なぜなら悪循環というのは、閉じられた環境で膨張していくものだから」
「どういう……意味だ?」
「翔馬の場合は悪循環を断ち切る準備はすでに整っているということさ。悪循環を断ち切る手っ取り早い方法は、そのループの中に異質な存在を入れてしまうことだ。翔馬の場合、それは周防さんだと思うわけだよ」
「……どうして氷華梨?」
 名前をいきなり出されて、俺は氷華梨を見る。
 氷華梨もちょっと戸惑っているようだった。
「だって二人は、お互いを支えあおうと必死だから。翔馬は周防さんを思い、周防さんは翔馬を思う。万が一にも翔馬の本質がロクでもない人間だったとしても、周防さんにはそれを修正するだけの力があると思うんだよ。それとも翔馬は、周防さんから注がれる愛の力を信じられないとでも?」
「そんなわけがない! 俺は……!」
 天野先輩の少し挑発じみた言葉に、条件反射で吠えていた。
 それが俺の答えだった。
「うん、私も翔馬を信じてる」
 氷華梨は力強く頷いた。
 そんな俺たちを見て、天野先輩は満足げに語った。
「人生には逃れられない運命がいくらでもあるけれど、それは基本的には誰かとの絆で乗り越えられるものさ。それこそが【運命の輪】との付き合い方なのだろうね」

【X・運命の輪】了

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