番外編~World in the tea.

 四月最後の国民の祝日。魔法研究部のメンバーである俺、瀬田翔馬は学校に呼び出されていた。クラスメイトの周防氷華梨も同様に招集済み。
 魔法研究部という名前は物々しいが、ぶっちゃけた話、活動実態がないに等しい暇人の寄せ集めである。
 まかり間違っても休日にまで部活動に励む必要はない団体だ。当たり前だが夏休みに『魔法研究高校生大会』とかあるわけもない。
 俺たちを呼び出した部長ヒノエ先輩からのメールには以下のように書かれていた。

『明日、部活をするから参加されたし。茶飲み話でもしよう』

 説明能力が欠如しているのはヒノエ先輩の仕様だとして、それでも内容が意味不明すぎて逆に気になる。
 一応、メールへの返信として、
『何を話すの?』
 と聞いておいた。
 返信に対する更なる返信はこちら。
『いわゆるNo-dateだ。楽しみにしておきたまえ』
 日付無しってどういうことだろう?
 そこら辺の詳しい事情も聞いておこうかと思ってやめた。
 どうせ当日になればわかる話だ。ヒノエ先輩に百の説明を求めるのもパフォーマンスが悪い。
 んで、お茶会当日。
 一度は部室に集合してヒノエ先輩と周防と合流。
「すまないが、私と氷華梨君は部室で衣装を正す。翔馬君も適当な場所でこれに着替えておいてくれたまえ」
 ヒノエ先輩は俺に若草色の和服を渡してくる。
 いきなりすぎてイミフである。どうしてうちの部で和服を切る必要があるんだろうか。
「ちなみに和服の着方がわからない場合は、ウェブサイトの情報をプリントアウトしておいた。これを参考にしてくれ。ちなみに集合場所は学校の北庭だ。それではまた会おう」
 ヒノエ先輩は俺にクリップで留められた数枚の紙切れを手渡して、周防とともに部室に消えていった。
 九割以上が理解不能なまま、しかたなしに和服を持って教室へ移動。プリントに従いどうにか和服を着用すると支持された北庭へ。
 北庭に到着した俺は、ヒノエ先輩のメールにあった『No-date』の意味を悟る。
 北庭にはどこから調達してきたのか知らないが、赤い布の敷かれた長いすや和傘、縁台畳が用意されていた。
「いらっしゃい。今日はゆっくりとしていってくださいまし」
 縁台畳に正座していた人物が深々と俺にお辞儀をしてきた。
 メンタルヘルス部長の天野篝火先輩だ。
 ご丁寧にも彼は和服着用の上、利休帽までかぶっている。すっかり茶人気取りである。
「天野先輩、一つ聞きたいんだが……」
「はい、なんでございましょう」
「これ、帰っちゃダメ?」
 まごうことなき本心から聞いてみた。
「お待ちくださいお客様。本日は我がメンタルヘルスから三国さんも参加する予定でございます。暇を持て余した……じゃない、風流を楽しみたいアルカナ使いたちでお茶を飲みましょう」
 うん、少し侮辱された気がするけど精神衛生のために無視しておこう。
 要するにだ。
 俺は野外のお茶会、つまり野点(のだて)にお誘いされたのだ。
 そう、のだて(No-date)。
「しょうもなッ!」
 俺は誰にでもなく叫んでいた。
「ほほう、何がどう不満か聞かせてくれないかね?」
 振り返ると和服に身を包んだヒノエ先輩と周防、そして三国先輩の姿があった。
 ちなみにヒノエ先輩は和服の上からいつもの黒マントを着用している。ここまで黒マントに執着していると逆に敬服するよ。……真似はしたくないけど。
 一方で周防と三国先輩の方は和服を正しく着こなしている。
「これ、変じゃないかな?」
 和服になれない様子の周防は聞いてくる。
「いや、全然普通だよ。むしろ似合ってる」
 俺が言うと周防は顔をうつむかせて、
「う、うん。ありがとう」
 と言ってくる。
「翔馬君、私は?」
 三国も聞いてくる。
「違和感なく着れてるよ」
「そういうのじゃなくて、似合ってる?」
「心配する必要はないよ」
 女の子はいつでもファッションに敏感ですか。いやはや、異性との関わりは難しいものです。
「では、翔馬君。私はどうかね?」
 黒マントを翻しながらヒノエ先輩。
 もしかして、この人は俺が似合ってるとか言うと思ってるのか?
 黒マントのせいで台無しとか言うべきか?
 しかし、それがヒノエ先輩の地雷だったらどうしようか。今日が俺の命日になったりしたら困る。
 俺が苦悩していると、横で天野先輩が、
「ヒノエの個性が出てると思うよ」
 と評した。
 個性!
 それだ!
 コメントに困ったら基本的に『個性』とか言っとけば丸く収まる。
 受賞歴がない俳優でも『個性派俳優』と紹介すれば卓抜した人に見えてくる。
 逆にどんなに素晴らしい芸術でも『没個性』とかレッテルを張るとB級品みたいな響きなる。
 個性って言葉すごい! 俺は今まで個性なんてその人の弱点みたいなものだと思ってたが、何事も解釈次第である。
「ふむ、私らしさが出ているなら良し。天野にしてはまともなコメントだ」
 ヒノエ先輩もまんざらではない様子。
「んで、今日はどうしてお茶会……ヒノエ先輩の言葉を借りるなら野点を?」
「うむ、実は発案者は天野でな。もうすぐ五月だが、北庭の桜がまだ完全には散っていないので『せっかくだから!』ということで急遽開催することになった」
 理由が大して理由になっていない。
 そもそも『せっかくだから』って何だよ。せっかくだから赤い扉を選んじゃったコンバット越前氏か何かなの? 変なアイデアは上から来るぞ、気を付けろ!
「まあ、立ち話もなんだから座ってくださいませ。今、お茶を立てましょう」
 天野先輩に言われて、しょうがなしに俺は長椅子に座る。他の女子たちもそれに続く。
「ところで今日参加するメンバーはこれだけか? 他にもアルカナ使いたちっているんだろう?」
 アルカナ使いはタロットの大アルカナに対応している人々だ。全員集まれば二十人を超えるメンバーになるはずだ。まだ全員が明らかになっていないとしても、五人っていうのは少なすぎる。
「このお茶会自体、昨日やろうと決めたことだからねえ。予定の調整が効かないメンバーが多かったんだ」
 昨日思いついて、ここまでの準備は出来たんだ……。我が校には茶菓部があるから必要物資はあったんだろうけど、それでもここまでのセッティングにこぎつけたのは驚きだよ。
「というか、一応声はかけたんだな。でも、メンバーは集まらなかったと」
「な、なんだよう。まるで俺に人望がないみたいに言うなよ。だって、メンタルヘルス部のアルカナ使いだって休日は用事があるんだよ」
「例えば?」
「カレシと図書館デートするって子もいるし、あとクラスメイトが自殺したいからっていうんで説得したりとか」
「デートの方はいいとして、自殺とめる方はおかしい」
 どんだけ険呑な部活動なんだよ、メンタルヘルス部。
 とか微妙に次元がおかしい会話をしながらも天野先輩はお茶を立てる。非常に慣れた手つきだ。
「ところで茶道って黙ってお茶を飲むもんじゃないのか? こんなベラベラ喋っていいの?」
「本来の茶道なら、お茶を飲むことに集中すべきだと思うよ。でもほら、これはあくまでお茶会だから。ここでのマナーはみんなで楽しい時間を過ごすことだよ。まあ、茶碗の意匠を楽しむために受け取ったら回転させるってのはアリだけどね」
 とか言ってる間に天野先輩はお茶を立て終わる。
「でわでわ、右の方からどうぞ」
 と言って、一番右端に座っていたヒノエ先輩に碗を渡す天野先輩。
 ヒノエ先輩は碗を二回転半させてから中身を一口。
 次に三国先輩も同様に。
 三人目は俺だ。先輩方に倣って中身を一口。ほろ苦い抹茶の味が口の中に広がる。
 んで、最後は周防なわけだが……。
 俺から碗を受け取って動きが固まる。
「ん、どうかした?」
 硬直してしまった周防に、天野先輩が聞いた。
「い、いえ何でもないです……?」
 ぎこちない表情で周防は答える。
「あー、もしかして男子が飲んだ碗で間接キスになるのがイヤ?」
 天野先輩に言われて、周防は目をぐるぐるさせていた。
 ……正解らしい。
 そりゃあ、ついこの間まで男子に触れることすら恐怖だった人間にとっては、不快以外の何物でもないわな。
「飲めないなら、あとは俺が飲むよ」
 周防の持つ碗に俺は手を伸ばそうとする。
 そのとき。
「ダメッ!」
 周防は強い口調で言い切った。
「はい?」
「大丈夫だよ、翔馬。私は逃げないから」
 そして周防は碗の中身に視線を送る。
 瞬間、そよ風が庭を駆け抜ける。
 風に乗った桜の花びらが一つ、碗の中へと舞い落ちる。
 抹茶の緑に、桜の薄桃色がアクセントとなって世にも美しい光景となった。
 それを見て周防は微笑む。
 彼女は優雅に碗の中身を飲んでいく。
「ありがとうございました」
 碗を天野先輩に返す周防。
「どうだった?」
 天野先輩は周防に聞いた。
「少し苦かったけど、美味しかったです」
「そりゃよかった。そのお茶の中には【世界】が入っているから、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「……はい?」
 唐突な天野先輩の物言いに困惑する周防。
 彼女だけではなく、俺も首を傾げていた。
「どうしてお茶の中に【世界】?」
 聞いたのは俺だが、周防も天野先輩の返答を待っている様子だ。
「元々さ、茶道ってのは中国の道教や禅の思想がベースにあったりするんだ。まあ、今日やってるのはあくまでお茶会だけどね」
「道教や禅と茶道とか言われても、ピンとこないんだけど?」
「道教でいうところの道(タオ)ってのは、現代語の真理や世界の法則みたいな概念に近い。一方で禅の教えでは小さい物の偉大さを説いている。いうなれば小さなものにこそ【世界】を見て取れるという感じかな。ちなみに出典は岡倉天心って人の『茶の本』って作品だ」
「さらに話が抽象的になってきたな、おい。結局、お茶の中の【世界】って何?」
「例えばさ、今日というこの日、この時間に、今の味のお茶を再び飲むことって不可能なわけだよ。時間は過ぎ去ってしまうから、この時間は二度と訪れない。同じような味付けのお茶を作れたとしても、人間の体調次第で感じる味は変わってしまう。あるいはどんなメンバーで飲むかでお茶の味も変わって感じられるだろう。一杯のお茶であっても、飲む人間の置かれた【世界】があってこそなんだ」
「なんとなくわかったような、でも……」
 だからってお茶の中に【世界】があるっていうのは乱暴な気もする。
「納得いかないって顔だね。だったら……翔馬は本を読むのは好きか?」
「暇なときはよく読んでいるよ」
「じゃあ、一杯のお茶ではなく一冊の本について考えてみよう。一冊の本の中にも【世界】が含まれている――と言ったらどう思う?」
「それは……その本の内容が凄い世界観を持っているってことか?」
「そういう場合もある。でもさ、本は作家一人が書き上げればさあ完成ってわけじゃないだろう? 本屋さんで売るためには例えば編集さんが内容をチェックしたり、修正案を作家に伝えたり、あるいは議論を戦わせたり。ライトノベルだったらイラストレーターさんが美麗な絵を描く必要も出てくる。それだけじゃない。もしかしたら編集さんの仕事を編集長が更にチェックして、その内容を更に校正する作業だってあるだろう。あるいはできた原稿データを印刷する人、それを書店に運ぶ人も必要だ。もちろん実際に書店で売る人だっている」
「……あらためて言われると、すごい作業量だな」
「いやいや、それだけじゃないぞ。例えば新人賞の受賞作だったらその作品を審査で見つける審査員の人や下読みの人だっている。その賞に協賛しているスポンサーさんだっているかもしれない。もしもネットで書籍に関わるコンペをしたら参加する人だって現れるだろう。受賞パーティを開くなら会場の手配や準備をする人、あるいはそれを伝えるインフラ設備や受賞者を呼ぶなら旅費を工面する必要もある。こうやって考えていくと、一冊の本の中には並々ならぬ【世界】があるとは思わないか?」
「それを一杯のお茶に置き換えると……なるほど。確かに、一杯のお茶にも【世界】があるんだな」
 お茶や本だけではない。
 例えばネットで見かける一枚のイラストだって【世界】なのだろう。一時間で描いたとしても、それはその作者が修練を積んだ時間プラス一時間なのだ。もっといえば、それまでの人生が込められている。
 学校でツマラナイ授業があったとしても、教師がツマラナイ授業をするに至ってしまった経緯が込められている。授業は楽しくあってほしいが、それでもやっぱり【世界】なのだろう。
 だとしたら……。
 かつて詐欺師だった俺のもとに訪れた、ちょっと風変わりな日々も【世界】なのだ。
 周防が、俺の飲んだお茶を飲む。たった数十秒の出来事にもきっと彼女の【世界】が詰まっていた。
 もちろん、アルカナ使いであることは嫌で嫌でしかたがない。でも、今の置かれた状況が【世界】であると胸に落とすことができたなら、俺は俺の【世界】を愛せるのかもしれない。
「人が生きていることはそれだけで奇跡だから美しいと言えるかもしれない。あるいは人間はどうしょうもなく愚かな動物かもしれない。でもまあ、一体どちらかは最期の最期でわかればいい話だ」
 天野先輩は肩を竦めながら言う。
「随分と大仰な話になってきたな。俺は日々の学校生活だけで手いっぱいなんだけど?」
 俺としては苦笑するしかない。
 だけど、天野先輩はそんな態度にすらかけがえのないものを見るような眼差しを向けていた」
「それでいいのさ。時に笑い、悲しみ、挫折し、立ち直り、愛し、憎み、許し、また笑い……。きっと人が生きるってそういうこと。だから、時にはお茶でも飲みながら、はかないものを夢み、美しくも愚かしいことに思いをめぐらせよう」

【World in the tea.】了

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