アルカナ・ナラティブ/第11話/01

 俺たちの夏はこれからだ!
 でも、金がない。
 働きたいでござる、働きたいでござる!
 ニート成分皆無な健全さを以て、俺、瀬田翔馬の夏休みは突入した。
 今日は一学期最後の日。校長の長い話が混入した終業式も、担任からの愛のこもった通知表贈呈も無事終了した。
 成績いかんによっては明日から魔の夏期補習に絡め取られる奴もいるが、俺とは無縁の話である。補習組にはお悔やみ申し上げる。
 思えば、濃ゆい一学期だった。入学早々にアルカナ使いなる意味不明な魔法使い集団の仲間入りを果たしたり、恋人ができたり、詐欺師だった過去が結局ばれたり。
 入学前に予想していた高校生活とは大幅にズレた結果。
 とはいえ、これはこれでアリだろう。
 計画なんて外乱によって簡単に狂ってしまうものだ。計画経済を採用した国家が健全に成長できないのもうなずける話である。
 過去バレしてから、クラスメイトとの間に多少のしこりはあるものの、これから埋められない範囲ではない。むしろ、すべてが破綻したように思えてからが本番なのかもしれない。
 だから、この夏はひたむきに生きてみよう。炎天下で短い命を謳歌する蝉の必死さに学ぶのも一興かもしれない。
 けれど、現実問題として金がない。
 お金がないのは首がないのと一緒だ。やりたいことがあっても、それを叶えるには財源がいる。
 魔法研究部の部室のソファに座り、俺は一枚の紙切れを半眼で眺めていた。
 書面には『アルバイト許可証』と書かれている。当校の校則ではバイトをするためには学校側からの許可がいる。それは夏休みの短期バイトとて例外ではない。
 夏休みのアルバイトを許可するか否かは、一学期の成績を考慮して決められる。よって、期末試験が終わってから合否の通知が来る。それだけでもバイト探しを考慮すると遅すぎる対応だ。学校側がお役所仕事すぎる。
 更に間の悪いことに、学校側が申請の審査をしている間に一般生徒に俺の過去バレがあった。そのため、俺のアルバイトを許可するかに関してだけ更に論議が長引いてしまった。
 学校側から許可通知が届いたのは今日となった。
 現在の俺は就労意欲があるのに職がない。今からバイトを募集しているところを探しても、実際に働けるのには一週間前後かかるだろう。
 夏休みで心ぴょんぴょんなのに詰んだ詰んだ。
 そんな危機的状況にも関わらず、魔法研究部で悠長に構えている俺。完全に暑さで頭が回っていない。
「なあ、ヒノエ先輩。今からでも高校生の短期バイトを募集している健全なお店知らない?」
 平素通りに部室に備え付けのパソコンでネット三昧のヒノエ先輩に聞いてみた。
「一応私は受験生だ。バイト関連の情報にはとんと触れていない」
「そういやそうだったな。ヒノエ先輩が躍起になって勉強しているところを見たことがないから、そこんところを失念しがちだった」
「実際問題、『一切の情報を忘れない魔法』のおかげで勉学には苦労していないがね。魔法の性能がチートすぎて真面目に勉強できないのがクセになっている。今後の人生というスパンで考えると好ましくない悪癖だ」
「普通の人なら、魔法のおかげて受験なんて楽勝だぜヒャッハーとか言い出しそうだけどな」
「多少はそう考えたりもするが、もし今年受験に滑ったらと思うと笑えないな。魔法でズルして受験ができるのは今年だけ。卒業したら私はアルカナ使いではなくなる」
「あー、なるほど。ところで、ヒノエ先輩は期末試験を白紙で提出したけど、夏休みの特別補講とかあるの?」
 ふと気になって聞いてみた。
「いや、成績が振るわなかった者のための強制イベントには参加せんよ。一学期は期末が無得点でも中間試験は学年トップの成績だ。貯金は大事だな」
 ヒノエ先輩は苦々しく笑ってみせた。
「本当に蓄えは生死を分けるよな。……はあ、お金」
 ぼやきながらケータイを使いてバイトを探したる。よさそうなものはなかりけり。
 とかやっていると、部室の扉が開く。
 現れたのは魔法研究部三年の水橋理音先輩。うちのクラスの女子からは学校一のイケメンとも騒がれるルックスの持ち主だが、難しそうに眉間にシワが寄っていた。
「夏休みが始まったというのに、随分と晴れない顔をしているね。どうかしたのかね?」
 重い空気をまとった水橋先輩を慮るヒノエ先輩。
「いや、ちょっと労働力を探していてな……。お前ら、どっちか明日から二日間、どうしょうもなく暇ってことはないか?」
「私は明日、篝火と会う約束がある」
 ヒノエ先輩は首をかしげながら答える。
「ハハハ、中々にリア充してるじゃないか。それはお邪魔できないな。んで、翔馬の方は?」
「予定は未定。氷華梨はしばらく部活で忙しいらしいから、バイト探しに奔走する」
 しょぼくれながら答える俺。ところが水橋先輩は、これに目を輝かせる。
「そうか! つまり暇なんだな?」
 彼はまるで地獄の底で蜘蛛の糸でも見つけたみたいに嬉々としていた。そんな態度をされたら首を横に振りづらい。
「確かに暇だけど、金がないからリーズナブルな頼みしか聞けないぜ?」
 後々トラブルに発展すると嫌なので予め釘を刺しておく。
 だというのに、これに水橋先輩は益々上機嫌。
「なら輪をかけていい話だ!」
 彼の言っていることがわからず、俺はきょとんとする。もしかして『貧しいことは幸いである』みたいなことを言って怪しい宗教に勧誘する気か?
 ……なんてことは絶対ありえないわけだが、そんな勘ぐりをしたくなるほどに水橋先輩のテンションが高い。
「えーっと、詳しい事情を聞かせてもらえないか?」
 情報がないのが流石に辛くなってきたので質問した。
「実はな、明日から二日間、一緒にバイトする予定だった奴の一人の身内に不幸があってな。それで補充要員を探してたんだよ」
「んで、代打として俺に来て欲しい、と?」
「そういうことだ。給与の良さは保証してやる。だから、翔馬も来るといい。むしろ、来い。来なければ、お前はこの夏後悔することになる」
 いつになく押しの強い水橋先輩。この人、こんなキャラだったっけ?
 彼の気迫に負けて、頷きそうになったが、一応確認しておくことがある。
「ちなみに仕事の内容は? 不健全、非合法な内容ならお断りなんだが」
「それなら問題ない。俺の遠縁の親戚が経営する海の家のスタッフの募集だよ」
「ということは、夏休みのしょっぱなからリゾートバイトか。そこまでいくとうまい話すぎて逆に怖いな」
「お前の性格的には疑いたくもなるよな。でも、悪い。出発は明日なんで考える時間は与えられない。行くなら、すぐに保護者の許可をもらって欲しい」
 切羽詰った様子の水橋先輩。
 これまでの経験上、水橋先輩に酷い目に合わされたことはない。むしろ、普段は寡黙ながらも誠実な態度を貫く人だ。信じるに足る人物だと思う。
「了解。じゃあ、保護者のサインが必要な書類とかがあるなら、すぐに用意してくれ。出発が明日なら、すぐに荷造りとかもしないと都合が悪そうだ」
 俺が承諾する。水橋先輩はホッとした様子で、
「スマン、この借りはどこかで絶対に返させてもらうよ」

   ◆

 翌朝、保護者の同意書と着替えなどの荷物を持って集合場所へ移動した。集合場所は、件の海の家がある海水浴場の最寄駅。ちなみに交通費は後で支給される予定になっている。なので、運賃の領収書をもらうのは大事。超大事。
 時刻は朝の八時。夏場ということですでに眩しい太陽が昇っていた。空には雲など一つもない。絶好の海水浴日和になりそうだ。
 現に、早い時間帯だというのに海水浴場には水着姿の人々が散見できた。
 海を眺めながら、潮の香りを楽しんでいると背後から肩を叩かれる。
 振り向くと、水橋先輩の姿。
「おはよう。今日はいい天気だな。多分、忙しくなるから予め覚悟しておいてくれ」
 苦々しい笑顔で水橋先輩は言ってくる。
「肝に銘じておく」
 バイト初心者の俺としては、いきなり客の回転が早い仕事に対応できるかは不安なところ。とはいえ、真っ当な手段でお金をもらうんだからしかたない。
「それと昨日説明しそびれたが、後何人かうちの学校の連中に応援を要請してる。そのうちの一人はもう仕事場だから、そこで紹介する。あと、彼女とは既に面識はあるよな?」
 言うと水橋先輩は視線を落とす。彼の目の動きを追従すると、そこには小柄な少女が立っていた。
 見た目だけで判断すると中学生、下手をすれば小学生にも受け取られかねない小動物系の可愛らしさ。
 水橋先輩のカノジョであられる藤堂キズナ先輩だ。ちなみに学年は水橋先輩と同じく三年生。
『おはようございます。今日はよろしくお願いしますね』
 スマートフォンのディスプレイに挨拶の文言が表示されていた。
 普通に考えると口で言うべきことだが、藤堂先輩にはそれができない理由がある。
 彼女は生まれつき耳が聞こえないという障害を持っている。その影響で声を発することも不得手なのだ。
「こちらこそ。……藤堂先輩も接客するのか?」
 俺はできる限り口の形に気を配りながら発話する。音としては藤堂先輩に届かないのだが、彼女は唇の形を読めるらしいので言葉としては伝わっているはずだ。
『いえいえ、私は知っての通り耳が不自由です。なので、主な仕事はホームページ作りです』
「なるほど」
『といっても、HPはほぼ完成しているので、後はブログの更新などの広報が仕事です』
 藤堂先輩がすごくできる女っぽい。
 否! ホームページくらい俺だって作ったことがある。……ただしまあ、詐欺目的のフィッシングサイトなので全く自慢にならないんだけど。
「ここに集まるメンバーはこれで全員か?」
 俺が聞くと、水橋先輩は難しそうな顔をする。
「いや、あと一人来る予定だ。……仲良くしろとは言わないが、上手いこと付き合ってくれ」
 妙な含みを込めて言ってくる。
「……もしかして、問題のある子だったりするのか?」
「いや、彼女自身に問題があるというか、お前に問題があるというか、むしろ双方の関係に問題があるというべきか」
 水橋先輩にしてははっきりしない言い回し。
 そんなやりとりをしていると、一人の少女が改札をくぐった。
 俺はその少女の姿に全力で目を疑った。
「はあ、今日は朝から暑いですわね。そうは思いませんか、お兄様?」
 俺に話を振ってきた少女の名前は久留和来海。俺と同じ一年生の生徒にして、そして、俺の腹違いの妹でもある人物だった。

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