アルカナ・ナラティブ/第11話/04

 海辺で黄昏るのを切り上げると、俺は店に戻った。【シー・フルール】は勤め先であると同時に、俺たちアルバイトの宿泊先でもあるのだ。
 店の奥まったスペースで、オーナーとバイトメンバーである、俺、久留和、四塩先輩、水橋先輩と藤堂先輩で食卓を囲う。
 テーブルには、本日店で余った食材をアレンジした料理が並べられている。
 スパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。海鮮焼きそばを主菜として、副菜には肉料理もついている。今すぐにでもがっつきたくなるメニューだ。
「それでは一日目の仕事、お疲れ様でした! 明日もよろしくお願いします、乾杯!」
 桑原氏が高らかに音頭を取ると、みんなして乾杯に応じる。
 ここにいるメンバーは全員未成年ですゆえ、コップの中身はきちんとノンアルコール飲料です。明日の仕事に差し支えるからという理由で、桑原氏のコップにも烏龍茶が注がれている。
「いやはや、今日は予想以上のお客様が来てくれたので、経営者としては嬉しい限りだよ。もっとも、スタッフのみんなにはその分苦労をかけてしまったけれど」
「それかあ……。あの客入りが明日も続くのかと思うと、今から震えが止まらない」
 俺は苦笑混じりに言った。
「その震えは武者震いだということにしておくといいよ」
 飄々と桑原氏は返してくる。
「ういっす。ポジティブに考えるのって大事だよな」
 遥か西の果てのガンダーラを臨む眼差しの俺。
「それにしても、アタイ的には翔馬にベラボーに可愛いカノジョがいるのが超ショックだったんだけど?」
 俺の隣に座っていた四塩先輩が絡んでくる。
「へえ、それは青春ど真ん中だね。僕なんて、ここ数年独り身が続いているから羨ましいよ。えーっと、若い子っぽくいうなら『リア充は爆発しろ』だっけ?」
 桑原氏は笑っていたが、完全に快活とは言い難い。
 だって、この場には水橋先輩&藤堂先輩というリア充の覇道を歩まれるカップルがいるのだ。
 つまり、若者ばかりが青春していたら、そりゃ独り身の中年男性は寂しかろう。
 そんな話をしていると、俺のケータイが鳴った。メール着信に設定していた音楽だった。
「翔馬君、ケータイがなっているけどいいの?」
 気を利かせてか、桑原氏が聞いてくる。
「いや、今は食事中だし後でいいですよ」
「カノジョさんからのメールかもしれないよ。ちゃちゃっと返信してあげなよ」
 桑原氏の言葉は、果たして親切心から来るものなのか、あるいは好奇心が根っこにあるものか。
 後者な気がする。
 彼の茶目っ気たっぷりな笑顔は、いたずらっ子のそれだ。
 勤め先のオーナーに勧められている以上は断りづらい。
 俺はケータイを操作し、メールを確認する。
 するとそこに表示されていたのは『丙火野江』の文字。
「部活の先輩からのメールでした」
「あらら、そうかい。じゃあ、後回しでも構わないかね」
 桑原氏は急に興味をなくしてしまう。本格的にカノジョからのメールだったらからかうつもりだったようだ。
 とはいえ、ここまで操作した以上は一応中身だけは確認しておこう。緊急性がない限り、返信は後回しにするけど。
『今日は氷華梨君と会った。かくかくしかじかで明日、君の勤め先に遊びに行くことになった。今から楽しみだと思った』
 ヒノエ先輩の文面は、小学生の不出来な作文みたいなたどたどしさ。流石は説明ベタで通っている御仁である。
 そんな稚拙な文章であっても、重要な情報が添付されていることはわかった。
 氷華梨が明日、ここに来る……だと?
 シュバババッ、と俺はヒノエ先輩に返信を送る。
『その話、もうちょっと詳しくお聞かせ願おう』
 しばらくして、返信に対して更なる返信。
『夏は海。暑さの頃はさらなり。波もなほ、水しぶきが飛びちがひたる。また、美少女が浜辺で濡れる姿もをかし。雨などで濡れるもおかし』
 枕草子みたいな文面を叩きつけてくるヒノエ先輩。逆にこの人、文才があるのかもしれない。
 ……結局のところ細かい事情がわからんが、後で氷華梨に聞いてみよう。
 とかなんとか考えていると、今度は氷華梨のメールがありけり。そのメールには写真も添付されし。翔馬さんの驚きは、はた言ふべきにあらず。
『ヒノエ先輩に誘われて、明日翔馬のところに遊びに行くことになりました。ダメだったら言ってね。あと、いいなら写真に撮った水着を着ていく予定だよ>< 変かな?』
 添付されていた写真を開くと、そこには艶かしい黒のビキニの写真。というか、黒のビキニを着用した我がカノジョの姿。
 ただし、氷華梨は奥ゆかしい性格であるが故か、顔の部分は自分の手で覆って隠している。
 なるほど、素肌は見せるけど顔は恥ずかしいからNGというわけですか。
 でもね、氷華梨さん。男からしたら、それはそれで別の意味で興奮しますから。
『全然問題ないよ! こっちで待ってる!』
 瞬速の指さばきで、俺は氷華梨に返信していた。
 友情も努力もすっ飛ばして、勝利だけ手に入れてしまった。いやはやまったく、幸せすぎて怖いとはこのことですわ。

   ◆

 その日の夜、バイト組には二つ寝室が用意されていた。当然に男子と女子で分けられ、俺は水橋先輩と同じ部屋で就寝することになった。
 疲れていたのか、水橋先輩は部屋に入るなり、泥のように眠りについてしまった。
 一方で俺は疲れすぎて中々寝付けない。
 今日一日の重労働が頭によぎる。働いているうちにメニューの名前と中身、そして価格は一致するようになった。だからといって、明日への不安がぬぐいきれないわけではない。
 明日もちゃんとキビキビ動けるかしらん? 体が言うことを聞いてくれるといいけれど。
 それと同時に、久留和への不安も募る。
 あいつ、明日こそテンポよく動いてくれるよな?
 今日みたいに足を引っ張るのは勘弁してくれ。
 ……なんて、不安と不満で頭を満たしていたら余計に眠れなくなるか。
 俺はケータイを取り出して、氷華梨からのメールを表示した。
 そこには例のきわどい写真もあるわけで。
 いやはや、元気が出てきますわい。大興奮です。……って、それじゃあ、余計に眠れないわけですが。
 ……氷華梨、まだ起きてるかな。
 メールとかしようかな。
 したいな。
 するべきだ。
 脳内の小人さんが、与野党の垣根を越えて満場一致でカノジョへのメールを可決する。
 俺の脳内国会に派閥などなかった。道路族とか文教族なんてどこにもない。そこは国境線すらないピースフルな世界。あるのは澄み切った青空だけ。天気はもちろん能天気。
 とはいえ、何をメールしようか。
『今起きてる?』みたいな内容ゼロなものだと、かえって向こうに迷惑かもしれない。かといって、あんまり込み入った話を持っているわけではない。
 というか、氷華梨の声が聞きたいですゆえ、やっぱり通話にしようかな。
 よし、決めた。
 泣くも笑うも同じ一生。
 現在はまだ十時前だし、きっと氷華梨とてまだ起きているに違いない。
 通話しよう。
 この部屋には眠りこけている水橋先輩もおりますゆえ、退室しよう。親しき仲にも礼儀あり。
 ケータイを片手に俺は部屋の扉に手をかける。
 扉を開け放つと、
「ん?」
 そこにはバイト仲間である久留和来海が立っていた。
 彼女は部屋から出てきた俺に剣呑な眼差しを向けている。
 しかも、その右手には包丁が握られていた。
「瀬田……翔馬……。……許さない!」
 久留和は言うやいなや、握っていた包丁を俺に向かって振りかざしてきた。
 大慌てで俺は凶刃を回避。
 その甲斐あって、包丁は空を切る。
 久留和は俺と水橋先輩の寝室に倒れこむ。
「よけるな、このヤロウ!」
 凶暴な物言いな久留和。
 完全に正気を失っていた。
「ちょ、ちょっと待て。落ち着け! まだ慌てるような時間じゃない!」
 何を言っているのかわからないと思うが、俺もわけがわからない。バスケの試合じゃあるまいし、時間なんて気にしてどうする、俺。
 誰か、キング・クリムゾンでこの時間を吹き飛ばしてくれないかなあ。

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