アルカナ・ナラティブ/第11話/06

 昨日の敵は今日の友だとしても、つい先刻に俺を殺しかけた相手はどうなのだろうか。
 月が煌々と輝く海辺で、俺と久留和は隣り合って座る。背後には藤堂先輩が構えており、何かがあったら即座に連絡を取れる布陣になっている。
「結局、久留和は俺にどうしてほしいんだよ?」
 率直に聞いた。
「アタシは……アタシだってどうしていいのかわかりませんわ」
 か細い声で久留和が言う。
 てっきり俺に死ねと言ってくるものと勘違いしていたので拍子抜けだった。
「そりゃまた難儀なことで。だからって、凶器を持ち出すのはやりすぎだろうに」
「……べ、別に反省したとはいいませんわよ。アタシの人生があなたに狂わされたのは事実ですもの!」
 また、久留和の憤怒。
「だったらお前は俺にどうしてほしいんだよ?」
「だから……それは……わかりませんわ」
 言ってから気づく。話が振り出しに戻ってしまった。
 二人して頭を抱えるしかない。
 これでは俺たちの関係改善を図ってくれた藤堂先輩に申し訳が立たない。
 仕方なしに、背後に控える藤堂先輩に視線を送ってみた。
 彼女は不思議そうに小首を傾げた。まるでリスのような可愛らしい仕草は癒し系と言わざるを得ない。今はそんな馬鹿なことを考えている場合でもないけど。
「藤堂先輩、話が前に進まないから助けてくれ」
 開始数分にしてギブアップ。
 俺、自分で思っているよりずっと無能者なのかも。
『ふーむ、困りましたね。何が問題ですか?』
 スマホで文面を紡ぎ上げる藤堂先輩。
「いや、俺は久留和にどんな謝罪をすればいいのか見当もつかなくて」
『なんで翔馬君が久留和さんに謝罪しなきゃいけないんです?』
「……はい?」
 意表を突く言葉に、俺は間の抜けた声を上げた。
『だって、翔馬君に襲いかかってきたのは久留和さんですよね? だったら、久留和さんが謝るのが筋じゃないですか』
 藤堂先輩は毅然とした態度。
 彼女の意見に間違いはない。
 間違いがないから問題だった。
「あなた、何を言っていますの!? あたしはこの男が許せないと言っていますの!」
 当然に憤慨する久留和。
 現状の久留和は半分幼児退行をしているようなものだ。
 自分の意に沿わない言葉には、理性など吹き飛ばして激怒するしかない。そんな相手に筋を通してもはっきり言って無駄なのだ。
『だったら聞きますけど、翔馬君のどこに非があるんです?』
 あー、それを聞いちゃいますか。
 もしかして藤堂先輩は、目に見える地雷を踏み抜いていくスタイルの持ち主なんだろうか。
 すごく勇敢な生き方だが、正直憧れを抱けるものではない。
 確実に寿命が縮みかねない。
 可能なら、誰かと戦うのは避けて通りたい。戦争は相手国だけでなく自国にまで被害が及ぶのは世の常だ。
「だったらアタシに問題があるというのですの!?」
 久留和の怒りはリミットゲージを突き抜けて、ヒステリーへと豹変する。
 だけど、藤堂先輩はなびかない。
 小さな身体に、巌の武人の気迫をみなぎらせていた。
『はい、問題だらけで逆にどこから指摘していいのか迷うぐらいです。それでも第一に挙げるとしたら勇気が不足していることです』
「何を言っていますの? アタシが臆病者だと?」
『勇気がない状態が臆病というなら、そういうことになるでしょうね』
 藤堂先輩は勇猛果敢に地雷を疾駆する。
 世が世なら英雄や勇者といった称号を与えられていたに違いない。
「冗談を言わないでくださいまし! アタシが勇気のない人間なら、どうして憎き敵に立ち向かうことができるでしょう! アタシは瀬田翔馬を敵と見なして武器を取った! それだけでなく、彼に武器を突きつけるまでに至った! こんなことは勇気がなければできませんわ!」
 声を張り上げる久留和に、横で聞いている俺の方がビビっていた。
『それは勇気じゃありません。勘違いしないで下さい』
 藤堂先輩は退かないし、媚びない。
「ありえません……ありえませんわ! あなたはアタシを侮辱することが目的化しています! もういいですわ。部屋に戻らせてもらいます!」
 久留和は立ち上がり、宿泊先の方へと去っていってしまう。
 何の話し合いにもならずに終わってしまった。
 だからといって藤堂先輩を責めるのは筋違い。
 いくら彼女の言葉が辛辣と言えど、俺だけではどうにもならなかったのは事実。
「藤堂先輩って、かなりきついことも言えるんですね」
『ごめんなさい。でも、ああいうタイプはきちんと言うことを言わないと道を踏み外します。私はそれが我慢ならなかったんです』
「真っ当な意見過ぎて逆に辛いぜ。自分を叱ってくれる存在って大事だよな」
『そういうことをさらっと言えるあなたは中々に大人ですね。いいことです』
「だけどさ、相手を叱りつけるのって相当にシンドイよな。下手をすれば、相手に嫌われる可能性もある。誰だって好んで嫌われ役になろうとは思わない」
『それが問題ですね。だけど、それは本当の優しさではありませんし、ましてや勇気でもありません』
 彼女の言葉はいちいちグサリと突き刺さってくるから怖い。
 まさしく自分を叱ってくれる相手の有無は人生を左右する。
 俺の場合が、まさしくそうだろう。ロクでもない俺の実の両親は、俺を罵倒はしたが叱りはしなかった。
 自分たちにとって都合の悪いことは矯正しよう躍起になっていた。
 でも、俺の未来のために彼らが言葉を紡ぐことはついぞなかった。
 だけどまあ、その後に叔父さんが不器用ながら人の道について示してくれたのがせめてもの救いかな。彼がいなかった場合の俺の人生など考えたくない。
「藤堂先輩には、自分を叱ってくれる人っていたのか?」
『はい、理音君がそうですね』
「ふぇ、あの人が? どちらかと言うと、あの人は藤堂先輩にベタ甘な気がするんだけど?」
『いえいえ、彼は言うときは言う人ですよ。特に最初会った頃の私は今以上に至らない人間でしたから』
「ちょっと想像しがたいな」
『自分は耳が聞こえないから、自分が人と違うから世界一不幸な存在だと勝手に思い込んで、何も努力しようとしなかった。私にはそういう黒歴史もあるんです』
「ほほう、そんな自分を変えてくれたのは水橋先輩だった、と?」
『はい^^ 私は彼から勇気をもらったのです』
「勇気……か。そういえば、藤堂先輩の魔法って確か勇気に関したものだったな」
 彼女の魔法についてはアルカナ使い研究書で概要だけは知っていた。
『私の魔法の名前は【ライオン】――相手の勇気を増大させる力です』
「勇気を増大させるっていうのは……かなりアバウトに聞こえるけど、実際のところどういうものなんだ?」
『割とそのままですよ? 相手が躊躇っていたらそっと背中を押してあげる感じのものです』
「要するに、相手の行動を強化すると解釈すればいい、と? だとしたら、それってちょっと怖い魔法でもあるな。相手のリミッターを解除できるなら、一歩間違えれば相手を破滅させることもできる気も……」
『だから、私は可能な限り魔法は使わないようにしています』
「だよなあ。使いどころが難しそうな魔法だ」
『それでも、私が自分の魔法を使うとしたら、相手が生きる上での星を見失っているときなのだと思います』
「星?」
『はい、星です。生きるってことは、きっと暗い海を小舟で航行するようなものです。それはきっと孤独で、不安で、本来は耐え難い行為なはず。でも、そんな夜空に一つでも星が輝いていたなら、それは生きる意味になってくれます』
「星が勇気を与えてくれるってことか?」
 俺の問いに、しかし藤堂先輩は首を振った。
『逆です。星が勇気を奮い立たせるのではありません。勇気の力が星になるのです』
「なんつーか、哲学的だな。俺にはさっぱりだ」
 肩を竦めて自嘲する俺。藤堂先輩は不敵に微笑むと、
『いずれわかるときが来るかもしれませんし、来ないかもしれません。さあ、今日はこの辺にしてみんなのところに戻りましょう。明日もバリバリとお仕事をするために』

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