アルカナ・ナラティブ/第11話/08

 逃走した久留和を追うべきか、追わざるべきか。
「参ったね、これは……」
 桑原氏は言うけれど、彼女を追おうとしない。
「もしかして、これから俺一人で接客?」
「僕も接客に回るけど……対処しきれるかな」
 眉間にシワを寄せながら、桑原氏は言う。
 そんなときだった。
「お疲れ様、翔馬。……どうしたの?」
「やあ、翔馬君。仕事は捗っているかね?」
 鈴の音のように心地よい少女の声と、抑揚のない女性の声。
 店に二人の客人がやってきた。
 それは氷華梨とヒノエ先輩だった。
 氷華梨は白地のワンピース姿で実に可憐だ。
 一方でヒノエ先輩はジーンズに黒いTシャツ。それだけならカジュアルな格好ではあるが、毎度恒例の黒マントが得も言われるシュールさを醸し出していた。
「よお、遠路はるばるお疲れ様、お二方。いや、ちょっとトラブルがあって困ってた」
「ふむ、それは先ほど店から飛び出していった店員と思しき人物と関係があるのかね? 見たところ久留和来海と特徴が一致していたが」
 ヒノエ先輩は店の外の方を見ながら言った。
「ご明察。よくわからんが、久留和が俺に切れて職場放棄しやがった」
「あの店員さん、やっぱり久留和さんだったんだ。似てるなあと思ったけど……」
 氷華梨が心配そうな顔をしていた。久留和は俺の妹にあたる人間であり、彼女の動向が俺に関係するのはありえる話。氷華梨はその辺りを案じているのだろう。
「追わなくてもいいのかね? 彼女を放置すると、何をしでかすかわからんぞ?」
 ヒノエ先輩の指摘はきっと正しい。
「追うと言っても、現在、店に人手が足りなくてね。俺が出て行くと多分、この店が詰む」
「やれやれ、彼女は一応君の血縁だろうに。家族よりも仕事を取って後で泣きをみるというのはありふれた話だよ」
 そう言いながら、ヒノエ先輩は黒マントを脱ぎ捨てた。
「何のつもりだ?」
「『ここは私に任せろ!』というセリフを言うべきポイントだと判断したのだよ。見たところ、君の仕事は接客だろう? 注文をとって、その品を正確に客に出すなど造作もないよ」
 ヒノエ先輩は勝手に話を進めるが、これに桑原氏が不思議そうな顔。
「いや、お嬢さんの気持ちはありがたいけど、そもそもうちの店、メニューも多いし来ていきなりはシンドイよ」
 桑原氏が難色を示す。
「大丈夫です。昨日の晩にこの店のメニューと値段はホームページで一読しました。何なら、ここで全てを諳んじてみせましょうか?」
 ニヤリと笑うヒノエ先輩。
 そして、彼女の必殺エアコピペを発動。
 つまりはまあ、魔法【ハイブロウ】を丸暗記したネット情報を出力しただけなんだけど。
 それでも、ヒノエ先輩が魔法を使えるとは知る術のない桑原氏は目を丸くする他ない。
「か、完璧だ……。すごいね君!」
「では、私が翔馬君の代理を務めても構いませんね?」
「あ、ああ、問題も文句もない。というわけで翔馬君、久留和君を追ってもらえないかな?」
 桑原氏の願いに俺は頷く。
「了解です」
 店のエプロンをヒノエ先輩に手渡した。
「待って翔馬、私も手伝うよ!」
 氷華梨が言った。
「え、でも……」
「私も久留和さんを放ってはおけないよ。それに、私一人で遊んでいるわけにもいかないし」
「じゃあ頼んだ」
 俺と氷華梨は、久留和の捜索のために炎天下の砂浜へと飛び出していく。
「俺は海水浴場を探してみるから、氷華梨は駅の方を頼む」
「うん。見つけたらケータイで連絡するね」
 二手に分かれて、じゃじゃ馬娘探し。まったく、人生は予想外の事態の連続だ。
 俺は日に炙られた海水浴場を、久留和を探して右往左往する。
 砂の地面は歩きにくく、それだけで体力を奪われていく。
「ったく、俺が何をしたっていうんだよ」
 身勝手すぎる久留和の言動に、悪態の一つでもつかなければやってられない。
 かれこれ一時間ほど探してみるが、久留和を見つけることはかなわない。
 そんな中で、ポケットのケータイが鳴り響く。
 着信音は氷華梨からのものではなかった。
 となると……誰だろう?
 ディスプレイには『四塩虎子』という文字があった。
「もしもし?」
『よお、お疲れ様。お前の近くに久留和はいるかい?』
 四塩先輩の声は、少しだけ焦っている様子だった。
「全然見つからない。どうした?」
『実はな、さっきアタイのケータイに久留和ちゃんから『死にたい』ってメールが来てさ。こりゃお前さんに伝えなきゃと思った次第さ』
「それってつまり……」
『どうやら、アタイの魔法【ソーヴ・キ・プ】が発動してしまったみたいだな』
 四塩先輩の魔法は『自殺企図者に相談される』という代物だ。例え、久留和と大した接点がなくても四塩先輩の連絡先さえ知っていれば魔法の効果範囲内。
「というか、久留和は先輩の連絡先を知ってたんだな」
『バイト仲間全員とは連絡先の交換はしておいた。彼女からのメールが幸か不幸かは判断に困るけど、捜索の糸口にはなるだろうさ』
「久留和のメールにあった文言は、一言だけか?」
『自分の居所も書いてあったよ。どうやら彼女は今、崖の上にある灯台の屋上にいるらしい。翔馬をよこさないと即刻死んでやるとか書いてあった。だからまあ、面倒かもしれないが、ちょっと相手してやってくれないかな』
 俺は辺りを見渡す。すると、小高い山の上にそびえ立つ灯台を発見する。
 久留和は随分と高いところがお好きなようだ。
「わかった。自信はないけど急行する」
『大丈夫、助っ人として藤堂先輩にも出動要請はしてあるから。あの人がいればこの手の問題は一発解決だよ。それに加えてあの人の魔法があれば鬼に金棒だ』
「……どうして藤堂先輩の魔法が関係する?」
 藤堂先輩の魔法は『相手の勇気を増大させる』というものだ。自殺を企てている人間にそんな魔法を使ってしまうと、死ぬ勇気が膨らみかねないのでは?
『百聞は一見にしかず。詳しいことは現場で見ればいい』

   ◆

 崖の上の灯台までは全力疾走。灯台の入口まで来たところで一気に疲れがやってきたが、まだ勝負は始まってすらいない。
 灯台の屋上に、正常ではない久留和がいると考えるとモチベーションは急暴落。海の家でめまぐるしく接客していた方がまだ気楽だ。
「はあはあ、やっと着いた」
 俺に遅れて氷華梨が現れる。
 彼女にも久留和の居所を知らせておいたのだ。
 本当を言うと彼女を巻き込みたくはなかったが、久留和発見の旨を伝えたら自分も協力すると言い出して聞かなかった。なので仕方なくここに来てもらった。
「お疲れ。後は藤堂先輩が到着すれば全員集合か」
「そうみたいだね」
 俺と氷華梨は来た道を振り返る。
 人の姿はない。
 麓からここまで登り切るのには体力勝負な面もある。
 藤堂先輩はお世辞にも体力がある方には見えないから、時間がかかっているようだ。
「どうする翔馬、私たちだけでも先に上っておく?」
「そうしよう。藤堂先輩には悪いけど、事態が一刻を争う可能性もありうる」
 言うと俺は灯台の中へ入っていく。
 螺旋階段を上へ上へと進んでいく。
 そして、屋上へとたどり着く。
 そこには憔悴した眼差しの久留和が待ち構えていた。
「遅かったわね」
 ギロリと俺たちを睨みつけてくる久留和。魔眼にも似た邪悪な眼差しに俺は竦んでしまう。
「思ったよりも元気そうでなによりだ」
 率直な感想を述べてみた。
 久留和の瞳が更に鋭利なものへと変化する。
 ファーストコンタクトは失敗のようだ。
「あなたは、どこまでもアタシを侮辱したいらしいですわね」
 怨嗟の声。
「いや、そこまでの意図はないんだけど……今回は何が気に食わなかったんだろうか?」
 俺には心当たりがない。
 危なげな客に対しての盾になってやったのに切れられてもこっちが困る。
「アタシは……アタシはあんたなんかに庇われても嬉しくない! それどころか、あの瞬間、アタシがどれだけ惨めな思いをしたと思っていますの!」
「どうしてお前が惨めなんだよ?」
「あなたはどうせアタシじゃ何も解決できないと舐めていたのでしょう!? だから、アタシの前に割って入ってみせた! つまりそれは、アタシを馬鹿にしていたということですわ!」
 なるほど、わからん。
 言っていることが支離滅裂すぎて意味不明だ。
 もっとも、自殺を企てる段階で正気ではないのだから、順序立てて説明を求めるのは酷な話だ。
 ここではネゴシエーターもかくやという冷静さが求められる。
 こっちが慌てることは、久留和のペースに巻き込まれることを意味する。
「言いたいことはそれだけか?」
 久留和の言い分は最大限に聞いておこう。そうでないと、話を進めようがない。
「あなたの態度に、アタシはずーっとイライラさせられてきましたの! 何よ、人が死にたいって言っているのに、その落ち着いた態度は! あなたもしかして、アタシが本当は何もできないとでも馬鹿にしていますの!?」
 俺が何を言っても火に油だな、こりゃ。
 今の久留和は俺に怒りをぶちまけることが目的と化している。
「ねえ、久留和さん……」
 氷華梨が一歩前に出る。
「な、何よ?」
 怯えながら久留和が応じる。
「あんまり自分をいじめちゃダメだよ?」
「はあ? もしかしてお説教をするつもりですの? でも、あなたみたいに容姿端麗な女の子ならさぞかし楽しい人生を送ってきたのでしょうね。周りからはちやほやされて、きっと悩みとは無縁で、パラダイスみたいな人生を……」
「そんなことはないよ。これを見て」
 氷華梨は自身の左腕を久留和へ差し出した。
 そこには、かつてのクセであったリストカットの痕が今なお残っているわけで。
 久留和は、氷華梨の傷跡を見た瞬間に表情をこわばらせた。
「私だって、何度も死にたいと思ったことがあるよ。それでも死ぬ勇気も持てなかったら自分を傷つけて、そんな自分が嫌になってのまた自分を傷つけての繰り返し。バカだよね。今では、なんであんな馬鹿なことをしたんだろうって思う」
「ど、どうして……?」
「どうして、自分を傷つけたかって? それは難しい質問だね。自分の苦しみを目に見える形にしたかったのかもしれない。自分はこんなにも苦しんでいる、だから誰か助けてって。きっと、今の久留和さんも一緒だよね?」
 氷華梨の問いかけに、久留和は顔を歪めていく。
「……違う! 違う、違う、違う! アタシはそんな中途半端な覚悟でここにいるんじゃない! アタシは死んで瀬田翔馬に復讐してやるんだ! アタシがここで死ねば、全ては瀬田翔馬のせいになる! そうすれば、きっとそいつは、ずっとアタシを救えなかったことを後悔しながら生きていくことになる!」
 久留和の絶叫は、呪詛となって俺の耳にこびりつく。
 確かに、ここで久留和に死なれた場合、俺はこの先の人生で彼女のことを何度も思い出すだろう。
「アタシにだって、死ぬ勇気ぐらいはある! だったら、それを使ってやるわよ!」
 そこまで言って、久留和の視線の先が若干変わった。
「あら、あなたも来たのですわね、藤堂キズナ」
 久留和の言葉に反応して、俺と氷華梨は後方を振り返る。
 そこには汗だくになりながらゼイゼイと荒く呼吸をする藤堂先輩の姿があった。

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