アルカナ・ナラティブ/第11話/09

 いわく、藤堂先輩は魔法で相手の勇気を増幅できる。
 例えば、久留和が何かアクションを起こすのに一歩足を踏み出せずにいるなら意味のある魔法かもしれない。
 けれど、この状況はちょうど真逆だ。
 久留和が自殺に向けて一歩足を踏み出してしまうとバッドエンド。それを避けるためにこうして対峙しているのだ。
 あるいは藤堂先輩は魔法を使わずに、久留和を説得するつもりなのだろうか。
 ……昨晩の久留和への叱責の仕方からして穏便に解決するのは無理そうだけど。
「キズナ先輩がこんなところに何の御用かしら? まだお小言が言い足りないのかしら?」
 久留和の嫌味に、藤堂先輩は何も返さない。
 スマートフォンで言葉を紡ぐことすらしない。
 ただ、凛とした姿勢で久留和を見つめる。
「何か言いたいことあるなら言いなさいよ。ああ、そうか、あなたは話し言葉がわからないのでしたわね。だったら、なおのこと何をしに来たのかしら? あなたがどんな妄言をケータイで書いたとしても、アタシはもう読んでやるものですか。一人で勝手に文字の中だけで騒いでいればいいわ!」
 執拗なまでに罵声を浴びせる久留和。対して藤堂先輩は久留和に一心に眼差しを送り続けている。
 まるで、何かしらのまじないを仕掛けるがごとく。
 そんな硬直状態が数十秒続いた、まさにその時だった。
「ん、んん?」
 久留和の瞳がぐるりぐるりと回り始める。
 やがて彼女はよろめきだし、その場に崩れ落ちる。
 よくわからんが、チャンス到来……?
 突然の変化に俺と氷華梨は藤堂先輩に視線で確認を取る。彼女は、力強く頷いてみせた。
 だから、きっと藤堂先輩は魔法を使ったのだろう。
 俺と氷華梨は久留和に近づいていく。久留和は抵抗しない。
 ただ、うわごとのように、
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 と謝っていた。
 一拍遅れて藤堂先輩も久留和の下へ。
「えーっと、これはどういうことだろう?」
 皆目見当がつかない俺は、とりあえず藤堂先輩に聞いてみた。
『お察しの通り、私が魔法を使った結果です』
 スマートフォンに書かれた文字を通じて告げる藤堂先輩。
「どうして藤堂先輩の魔法で自殺しようとしている相手を止められるんだ? 『自分には死ぬ勇気があるんだ!』みたいに叫ぶ相手に、藤堂先輩の魔法をかけたら逆効果な気がするけど」
 死ぬ勇気なんて増幅したら、むしろ久留和が早まった行動を取りかねない。
 しかし、現実問題として久留和の心はへし折られている。
 藤堂先輩は、不思議そうに目を瞬かせて、
『翔馬君は、彼女に自殺する勇気があるとでも思っているのですか?』
 と聞いてくる。
「それは……もしかして藤堂先輩の魔法って……」
『中には自分の死を以て何かを守ろうとする人もいるでしょう。でも、久留和さんにはそんなものがあるとは思えません。むしろ逆、生きる勇気がないから死んでやるとか言っていただけでしょうね』
「つまりは……先輩は魔法で生きる勇気を増幅させた、と?」
 言われてみれば単純な話だ。
 四塩先輩の言っていたように、この手の案件には藤堂先輩の魔法は特効薬にすぎる。
『自分の命を人質にとって相手を振り回そうなんて、勇気のない人のお決まりのパターンです』
 微笑みを湛えながら、それでも藤堂先輩の言葉は厳しい。
 俺たちは、再度久留和に視線を向ける。
「さて、と。『生きる勇気』が増大されたところで、腹を割って話そうや。どうしてお前はこんなことを?」
「アタシは……アタシは誰かに認められたかった。だって、親も教師もクラスメイトも、誰もがアタシを馬鹿にしてきた。お父さんはアタシとお母さんを選ばなかったし、お母さんはそんなアタシを疎むような目で見てきた。学校にも居場所なんてなかった。これは全部、瀬田のせいだと思っていたかった。でも、あなたはさっき店でアタシを助けてしまった」
「女の子が殴られそうになってたら、助けるのは当たり前だろう?」
「そうよ、それ……。瀬田が本当にロクでもない人間なら、アタシは逆に安心できた。――アタシが不幸なのは、ロクでもない兄のせいで、アタシは何も悪くない。そんな風に自分に言い訳を続けられた。でも……実際のあなたは真っ当な人間だった。なら……アタシが駄目なのはアタシ自身の責任ってことになるじゃない!」
 嗚咽混じりに久留和は言ってきた。
 なるほど、この子は本当にしょうもない子なんだな。
 誰にも認められなさすぎて、挙句の果てに自分でも自分を認められなくなってしまう。そんな面倒臭い症状がこじれにこじれている。
「馬鹿なことをいうなよ。俺だって、根っこの部分では真人間とは言い難いよ。でもさ、【運命の輪】のアルカナ使いにこんなこと言うのは変かもしれないけど、運命に打ちひしがれてもしょうがないだろう?」
「お説教?」
「運命を拒絶してもパフォーマンスってかなり悪いと俺は最近思うんだ。それよりも、運命を愛した方が早い」
「随分と身も蓋もない言い方をするのですわね」
 久留和は、憮然としながら、しかし表情は少しばかり柔らかかった。
「それにさあ、誰かに認められたいっていうなら誰かの助けになることをしてみればいいんじゃないかな。占い師ベネとしてのお前の評判は高かったんだ。占いの館をクビになったからといって、誰かの相談に乗れないわけじゃない。なんだったら藤堂先輩が所属するメンタルヘルス部に混ぜてもらうのも一つの手だぜ? 部長の天野先輩は変な人だけど、悪い人じゃないし。……多分」
 俺に言われて、久留和は藤堂先輩の方を困り顔で見た。
『来るもの拒まずがうちの部のモットーです』
 藤堂先輩は答えた。
「んじゃ、そろそろ店に戻ろうか。迷惑をかけたみんなにちゃんと謝るんだぞ? 必要なら俺も一緒に頭を下げてやるよ」
 俺はへたりこんだ久留和に手を差し伸べる。
「うん、というか瀬田が妙に頼りがいのあるように見えて意外だわ」
 久留和は俺の手を取る。
 そんな彼女に俺は、照れ隠しの意味も込めて言ってやった。
「一応、俺はお前のお兄ちゃんだからな」

   ◆

 んでまあ、店に帰ったら久留和はこっぴどく叱られましたとさ。
 温厚そうな桑原氏が大激怒。当たり前とは言え、久留和の隣にいた俺もかなり怖かった。
 久留和は逆ギレしたりもせずに粛々と話を聞いていたので一歩成長と言えるだろう。
 店はヒノエ先輩のおかげでつつがなく回ったらしい。
 ただし、ゴタゴタがあったせいで俺の休憩時間は吹き飛んだ。時間を吹き飛ばしたのは新手のスタンド使いのせいということにしておこう。そう考えないとやってられない。
 氷華梨の生水着、見とうございました。
 血の涙を流しながら、俺は二日目のバイトを終えるのであった。
 時刻はすっかり夕刻。
 夏場なのでまだ明るいが、遊泳時刻はすっかり過ぎていた。
「あーあ、結局、海で泳ぐことはできなかったか」
 店の掃除をしながら、俺はぼやく。
 念のため俺とて水着は用意していたが、使う機会がなかったのは残念である。
 それを聞いた桑原氏は、
「まあ、ライフセーバーがいないだけで泳げないことはないけどね。というか、翔馬君はそこまでして海に入りたかった?」
「そりゃあカノジョも来ているわけだし、海辺で戯れたかったですよ」
「ほほう。君も男の子だね。よかろう。君には久留和君の件で世話になったから僕も人肌脱ごうじゃないか」
「といいますと?」
「これでも僕もライフセーバーの資格を持っていてね。ビーチを見守ることはできるはずさ」
「なんと!」
 うひょっす。何事も言ってみるべきものですな。
 というわけで、店の掃除を一段落させて海へ。
 ちなみに、俺だけでなく他のバイトメンバーも一緒だ。そりゃ誰だって、海に来たら遊びたいよな。
 夕日が照らす海辺でみんなしてはしゃぐ。
 特に四塩先輩のはしゃぎようはウザイくらいだった。
 水着姿の氷華梨を見て、
「うは……! こりゃ辛抱たまらんよ! えいっ!」
 とか言って、人のカノジョに抱きつく始末。
「おい! 人のカノジョに勝手に手を出すな」
 俺が一喝するが四塩先輩はどこ吹く風。
「女の子同士だから問題ない。おいおい氷華梨ちゃん、カレシ君が独占欲丸出しで余裕がないぜ? こんな男どう思うね?」
 積極的に絡んでいく。
「え、えっと、アリだと思います。翔馬に嫉妬されるのは……嬉しいです」
 たどたどしいながらも、はっきりとした口調の氷華梨。
 ズキュン、と俺の心臓が撃ち抜かれる。
 四塩先輩はがっくりと砂浜にひざまずく。
「こ、これがリア充の破壊力か。ガッデム! でも、アタイ負けない! 必ず愛が勝つとは限らないから!」
 意味不明なことを叫びながら海へ飛び込み、そのまま何処かへ泳ぎさってしまった。
「お前らも、中々カップルぽくなってきたな」
 俺たちの元に水着姿の水橋&藤堂ペアがやってくる。
「恐縮だな。二人はなんというか……」
 恋人同士というか、歳の離れた兄妹みたいだな。
 とかいうと、藤堂先輩の逆鱗に触れそうだからやめておこう。【力】の象徴たるアルカナ使いを怒らせるのは俺とて怖い。
 事実、藤堂先輩は禍々しいオーラを放ちながら菩薩の笑顔を浮かべている。そこには明確な死亡フラグがあった。
「それにしても、翔馬は散々だったな。キズナが魔法を使うまでの事態に巻き込まれるとは、レアな体験だぜ?」
 水橋先輩が言った。
「そうだったのか。というか、藤堂先輩の魔法が指す勇気って結局基準がわからずじまいだぜ。曖昧すぎるだろう、あれ」
「勇気にも色々種類があるからな。言うなればアドラー心理学が言うところの勇気だな、あれは」
「また小難しそうな学問だな。どういう学術体系?」
「アドラー心理学ってのは、目的論で人の心の動きを説明する学派だよ」
「目的論ってのは?」
「例えば、今回の久留和の行動はどうやって形成されたと思う? 過去の生育環境が原因で、あんな暴挙に出たと考えるか?」
「いや、どっちかというと俺を振り回すためにやってたと考える」
「そう、それが目的論だ。アドラー心理学では、人の行動や、あるいは神経症でさえもことごとく何かの目的ありきで生まれるんだとさ。更にアドラー心理学では『勇気』という言葉がキーワードになってくる。勇気っていうのは自由を受け入れる力でもある」
「勇気と自由?」
「自由っていうのは、放埒とは違う代物だ。自由は責任を伴う。責任が伴うからにはリスクだって生じる。勇気っていうのはリスクをきちんと背負う覚悟のことだ。だから勇気がない人間は自由から逃走して、自分をがんじがらめにする。そして、そんな自分の惨めさを受け入れないようにするという目的のために心を病んでいく」
「自分の行動も病気も、誰かのせいにできないってのは厳しい意見だな」
「だからといって、病んでいる相手を責め立てるのも筋違いだけどな。相手の人生が相手に責任があるならば、自分の人生の責任は自分にある。それにも関わらず相手を責め立てるのは、自分の責任を転嫁しているのと同じだ」
「難しいんだな」
「人生には意味があるってことさ。すぐに葛藤が解消されるなら、これもまた味わいのない話だしな」
「つまり、うだうだと迷うって手もある、と?」
「ただし、そんな態度を取ってるとカノジョに愛想を尽かされるリスクがあるのは忘れないように」
 水橋先輩はちょっと渋みのある笑顔を浮かべてみせた。対する藤堂先輩は、余裕の笑み。
 彼女の姿は、まるでライオンを従える【力】のタロットを彷彿とさせた。
 そして、水橋先輩たちは去っていく。
 俺と氷華梨は二人きり。
「ちょっと、歩こうか」
 俺が提案すると氷華梨は「うん」と首を縦に振った。
 しばらく二人で話をしながら、海岸沿いを歩く。
「水橋先輩の言葉、かなり胸に突き刺さった」
 そう言ったのは氷華梨の方だった。
「どうして?」
「私が自傷行為してたのって、結局は自分の甘えを実現させるためのことだったんだなって思ったの。イジメが原因じゃなくって、自分の弱さから目を背けるのが目的だったんだと思うと辛いなあ」
「今は違うだろう?」
 俺は即座に氷華梨に反論してみせた。
「そう……かな……? 私、そんなに強くないよ?」
「そうやって言えるってことは、自分の弱さと向き合ってるってことだよ。それ以上の勇気がこの世のどこにある? その勇気の力は、お前を導く星になる」
 藤堂先輩の言葉を借用したが、俺の言葉は本心だった。
「勇気の力は星となる、か。ちょっと不思議な言い回しだけど、うん、覚えておくよ」
 氷華梨は破顔する。夕日に照らされた彼女の表情は、神秘的で崇高だった。
 だから、俺はもう少しだけ勇気とやらを出してみることにした。
 俺は、少し膝を曲げて氷華梨の目線に合わせる。
「どうしたの?」
 少し驚いた様子の氷華梨。だけど、俺は彼女を見つめ続ける。
 そんな俺を、彼女は退けようとしない。
 だから、俺は氷華梨の唇に自分の唇を重ねた。
 時間が世界から吹き飛んだような、そんな感覚。
 永久とも須臾ともつかない時間の末に、俺は彼女を解放した。
 俺と氷華梨の目があった。
 彼女の顔が赤いのは、夕日のせいか、それとも……。
「責任はとってね?」
 目元を緩ませて、氷華梨は言う。
「当たり前だ」
 俺は彼女を安心させるべく言ってやった。

【XI・力】了

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする