アルカナ・ナラティブ/第12話/03

 本日の剣道部の練習は、昼過ぎまで行われた。練習終了まで俺は気配を殺して待っていた。待っている間に、俺は思考を張り巡らせる。
 仮に誰かに事情を問いただすとしたら、誰が適任だろうか。
 迫害を受けている氷華梨本人という手もある。
 一方で、氷華梨の排斥の中心と思わしき剣道部の部長に標的を絞るという手もある。
 感情論で言えば、氷華梨の話を聞きたい。そもそも、どうしてメールに返信しなかったのかも知りたいところだ。
 けれど、今の自分が感情で突っ走って、きちんと自らをコントロールできる自信はない。下手をしたら氷華梨が自身の置かれた境遇について話してくれなかった点を叱りつけるかもしれない。
 そう、この一件に関して俺は氷華梨にも幾ばくかの怒りを感じていた。
 お互いに、何か辛いことがあったら話し合うのが交際する上での約束だったはずだ。それとも彼女には、その約束以上に大切なものがあるとでもいうのか。
 ……いや、こんなことを考えてはいけない。
 一番辛いのは氷華梨のはず。
 俺の下らない焦燥なんて犬にでも食わせておけばいい。
 冷静に自分を見つめ直すと、氷華梨と対面したときに冷静でいられないであろう自分に気づく。
 ここは剣道部の部長を捕まえて話を聞くのが正解そうだ。
 問題なのは、剣道部部長が一人になってくれるかだ。
 多勢に無勢では俺が不利だ。女の子がグループを作ったときの怖さは、俺とて知っているつもりだ。
 しかし、それは杞憂だった。
 練習が終わると、部長の少女は何か用事があるようで、他の部員に後片付けの指示だけだして一人で小体育館を去る。
 部長の少女はそのまま女子更衣室へ向かうかと思ったが、そうではなく校舎の方へと向かう。
 このチャンスを見逃さない。
 俺は彼女を追跡。
 少女がたどり着いたのは一年五組の教室――つまりは俺や氷華梨のクラスだった。
 夏休みの真っ只中なので、当然に彼女以外に人はいない。
 何をするのか気になって少しだけ泳がせてみた。
 すると少女は、窓際最前列の席に座る。
 そこは前回の席替えの結果、氷華梨が獲得した座席だった。
 まさか、彫刻刀で氷華梨の席に傷でも付ける気かとも思ったが、あいにくと彼女は手ぶらだった。
 座った状態のまま、彼女は何もしない。精々言えば、呆然と窓の外を眺めていた。
 アクションが起きないと、どうしていいか判断に困る。
 しびれを切らした俺は、しかたなしに教室に入っていく。
「あんた、こんなところで何をしてるんだ?」
 俺が声をかけた瞬間、少女はびくりと肩をすくめる。
「あ、あなたは……瀬田翔馬?」
 少女に俺の名前を言い当てられて、俺としては少し驚きだ。俺の方は彼女が何者かを知らない。
『この学校には元詐欺師の生徒がいる』という噂が広まっていても不思議ではない。ただし、その元詐欺師の顔と名前が一致している人物は限られていると思っていた。
「いかにも。俺が瀬田翔馬だ。あんたの名前は?」
「犯罪者に教える名前なんてないわ!」
 憤慨した様子の少女。
「はいはい、そうですか。見た感じ剣道部部長さんか何かでいいんだよな」
「……着ている剣道着から私の部を当てるのはいいとして、どうして部長だとわかるのよ」
「教える義理はないね。むしろ、あんたらにどんな権利があって氷華梨にいちゃもんをつけているのかを知りたいな」
 その問いに、いよいよ剣道部部長の顔が茹だっていく。
「どうしてあなたがそれを……!」
「へえ、否定はしないんだな」
 感情をぶつけてくる少女を、とりあえず理屈で制していく。
「そ、そうよ。周防さんは犯罪者と付き合っている。間違った人間を排除しようとして何が悪いって言うのよ?」
「存分に悪いね。前科者の俺を直接責め立てるなら話はわかる。でも、事件とは無関係な氷華梨を侮辱するのは絶対に許さない」
「ふ、ふん! 随分と勇ましいことで。周防さんにもそんな感じの男らしさを見せつけて篭絡したのかしら?」
「残念ながら、氷華梨の前では割合ヘタレた態度しか取れていないよ」
 本当はもっと格好いい俺を見てもらいたいが、残念ながらそもそも俺は格好よさを持ち合わせない。
「周防さんは本格的に駄目な子ね。他にまともな男子はいっぱいいたでしょうに。どうしてこんなのを選んだのよ。正直、センスを疑うわ」
「まったくだよ。どうして俺なのか、それは俺も謎だよ」
 俺は余裕たっぷりに苦笑してみせた。
「ふざけないで!」
 少女は怒鳴るが、俺は笑顔を貼り付けたまで答えてみせる。
「別にふざけてはいないさ。というか、あんたは氷華梨のことが憎くてしかたないんだろう? だったら、俺が最低の人間で好都合じゃないか。もしかしたら、あんたが直接手を出さなくても、俺が氷華梨を不幸のどん底に陥れるかもしれないぜ?」
 まあ、俺本人の予定としては氷華梨にはどんな手を使ってでも幸せになってもらうつもりだけどな。ただ、世間的評価が最悪な俺といることで、氷華梨の評判に瑕がつかないかだけが心配だ。
「あなたの言葉は、いちいち癪に触るわね。そうやって人を小馬鹿にして楽しいかしら?」
「小馬鹿にするついでに教えておくけど、あんたが座ってる席は氷華梨のものだ。いじめてる相手の席に座っちゃうなんて、あんたどれだけドジっ子なんだよ?」
「そ、そんなことを知ってるわよ!」
「……へえ、そうなの?」
 俺としてはこの人が氷華梨の席とわかって座っているのか、ただの偶然か判断に困っていた。それについて答えが出ただけでも煽った甲斐がある。いじめている相手の席に故意に座る心理までは推し量れないが。
「この教室に来た理由は、聞いても答えてくれないんだろうな」
「当たり前よ。誰があなたなんかに私の思いを話すものですか。ええ、口が裂けたって喋らないわ」
「さようですか。……窓開けるぜ? 蒸し暑くてしょうがない」
 夏休み中の教室は空調機器が稼働していない。室内は蒸し風呂みたいだった。
 俺は氷華梨の席の隣の窓を開けた。
 その瞬間、外気が室内に流れ込んでくる。
 生ぬるい風だったが、室内の不快指数を下げるのには貢献してくれた。
 風は、俺の暑苦しい前髪をめくった。
 アルカナ使いとしての【呪印】さえなければ、こんな季節にはばっさりと短髪にしたいところだ。
「あなたのそれ……何?」
 驚いた声を上げたのは少女の方だった。
「それとは?」
 意味がわからず、聞き返す。
「あなたの、その前髪の下にあった数字の刺青のことよ。それって一体……?」
「ああ、これ? これは……」
 一般生徒にはアルカナ使いのことは秘匿事項。目の前の少女に真実を明かすのはためらわれる。
 ん? 待て待て、数字だと?
 高校に入学したての頃、俺すらも【I】が何かわからなかった。なのに、氷華梨がこれを数字あると見抜いたなんて思い出がある。
 氷華梨が【I】を数字だと見抜いたのは、彼女には【II】という数字の刻印があったからだ。きっと【I】と【II】の間に関連性があると彼女は推理したのだ。
 だったら。
「もしかして、あんたにも身体のどこかに数字の刻印があるのか?」
「……な、どうしてそれを!?」
 ビンゴ。
「さてね。教えてほしければ、あんたも色々と情報を開示してもらう必要がある」
 俺は彼女の目を覗き込みながら言った。
 彼女はしばらく考えあぐねた上で、
「わかったわ、話せる範囲でなら色々と教えてあげる。その代わり、あなたもちゃんと数字についての情報を提供しなさい」
「交渉成立。まず手始めにあんたの名前とクラスを教えてもらおうかな。名前がわからないんじゃ、話しにくくてしかたない」
 俺の問いに少女は苦虫を噛み潰したような顔で、
「私の名前は大江杏子(おおえ・あんず)よ。クラスは二年三組。他に聞きたいことは?」
「あんたの【呪印】――つまりは俺の眉の上にあるみたいな数字はどこにある?」
「ここにあるわ」
 少女――大江先輩は履いていたハイソックスを下げてみせる。彼女の右ふくらはぎには【XII】の文字。
「【XII】ってことは――対応しているアルカナは【吊し男】ってわけか」
「は? 私が男ってどういう了見よ!? 私は見ての通り、普通の女であって、男ではないわ!」
 予測もしていないところでキレだす大江先輩。
「いや、【吊し男】っていうのはものの例えであって、俺はあんたを女性だと思っているよ」
「ほ、本当に?」
「嘘をつく理由なんてないだろうが。そんなことよりも、【アルカナ】や【吊し男】』って単語は気にならないのか?」
「そ、それは……そうね、早くそこら辺の説明を求めるわ」
「はいはい。アルカナっていうのは、要するにタロットカードのこと。この学校にはタロットカードにまつわる魔法が使える生徒が複数人いて、あんたも実はその一人なんだよ。【吊し男】っていうのは、タロットカードの一つだよ」
「タロットカード、ね。話には聞いたことがあるわ。占いで使うやつよね。【吊し男】ってカードはどんなものなの?」
「文字通りの絵面のカードだよ。一人の男が、足を縛られて逆さ吊りにされている。カードの意味には『試練』『忍耐』『犠牲』みたいなものがあったな」
 俺はネットや書籍で調べていた知識を伝えていく。
「なるほど、『犠牲』ね……。つまり私は【吊し男】に関する魔法が使えると考えていいわけね」
「そういうこと……って、あっさりと信じるんだな。まるで魔法を使ったことがあるみたいだな」
「ふふふ、そうね。あなたの話を聞いて、すべての謎が解けたわ。いかにも、私には不思議な力――つまりは魔法が使えるの。『特定の相手を吊るし上げる』という魔法がね」

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