アルカナ・ナラティブ/第12話/04

「それはつまり、誰かをいじめのターゲットにできると解釈してもいいのか?」
 大江先輩の魔法の力を聞き、俺はすぐさま先ほどの剣道部の様子を思い出した。
「いかにも。私が手に入れた力――あなたの言葉を借りれは魔法ね――それを使えば私は自由にいじめのターゲットを設定できるの」
 陰惨な笑顔の大江先輩。
「あんた一体……氷華梨に何の恨みがあるっていうんだ! 氷華梨があんたに何かしたっていうのかよ!?」
 吠える俺。
 大江先輩は揺らがない。
「いいえ、周防さんは私を先輩として敬ってくれていたわ。でもね、人間にはどうしても虫が好かない相手はいるものよ。私はただ単に、周防さんの顔を見たくないだけなの」
「生理的に受け付けないってわけか?」
「とにかく、周防さんには速やかに剣道部から消えてもらいたいわね。私にはせっかく相手の心をヘシ折るに足るだけの力がある。だったら、それを使わない手はないわ」
「あんた……最低だな」
「最低なのはどちらなのかしら? 犯罪者の瀬田翔馬。あなたは本当に自分が周防さんにふさわしい人間だと思い込んでいるのかしら?」
 大江先輩から吐き出される暗黒の呪詛。
「俺は……」
 反論しようがない。
 これでは氷華梨の父親への対応と同じだ。
 氷華梨にふさわしい人間かを問われたとき俺は身動きが取れない。
 過去は過去のまま決して変化することなく、未来をどす黒く塗りつぶす。
「そうねえ、だったらこんなのはどうかしら? もしもあなたが周防さんと別れたら、私は周防さんにかけた魔法を解除してあげるわ」
「何を言っているんだ……?」
「そのままの意味よ。そもそも、今のいじめは周防さんが犯罪者と付き合っている事実を基点に組み上げているものだもの。だったら、話の大前提であるあなたの周防さんの交際が終われば、魔法が解けるとは思わないかしら?」
「俺が氷華梨と別れても、あんたは他の理由をつけて彼女を迫害するつもりなんだろう?」
「あら失礼ね。私とて、そこまで酷い人間ではないわ。約束は守りましょう」
 人を嘲弄する魔女と化す大江先輩。
「俺があんたの妄言に屈すると思っているのか?」
「私に跪かないと、周防さんはずっと苦しいままよ? 私は魔法を解除するつもりは今のところない。そんな私を心変わりさせるには、どうすればいいのでしょうね?」
「俺は氷華梨と別れるつもりなんてない」
「だったら、これから先も私は周防さんを吊るし上げましょうとも。ええ、そうしましょう。それ以外に私の溜飲を下げる手なんてありはしないわ」
 クククと底冷えするような笑い声の大江先輩。
「このクソヤロウ……!」
「そういえば私、ずっと気になっていたのだけど、周防さんって夏服になってからずっと左手首にリストバンドしているわね。あれってオシャレのつもりなのかしら?」
 大江先輩の指摘に俺はゾクリとした。
「何が言いたい?」
「いえいえ、別に大した意味はないわ。ただ、彼女の手首には見られたくないものでもあるのかしらと思っただけよ」
 俺は答えに窮する。
 氷華梨は以前、自傷癖を持っていた。今でこそ改善されたが、古傷は完全には消えていないのだという。だから、彼女はリストバンドを着用して、それを隠しているのだ。
 いや、理由はそれだけじゃないか……。
「氷華梨のリストバンドは【呪印】を隠すためって理由があるな」
「は? 【呪印】って……まさか周防さんもアルカナ使いってこと?」
「彼女の手首には【女教皇】を意味する【II】の数字が刻まれている」
「……ちなみに彼女はどんな魔法を?」
 大江先輩は怯えた様子で聞いてくる。
 もしかして、これは形成逆転のチャンスか?
「氷華梨に関する情報まで義理はないね。どうしても知りたかったら、氷華梨に頭を下げて教えてもらえば?」
「……ふん、まあいいわ。どんな魔法かは知らないけど、あの子に大それた使い方なんてできるわけがないから」
 大江先輩は言うが、俺は内心でほくそ笑む。
 残念ながら、大江先輩は氷華梨を甘く見すぎだ。氷華梨はいざとなったら誰よりも強い心を発揮する。
 それに氷華梨の魔法【イラディエイト】は自動的に相手の嘘を看破するのだ。相当の用心をしなければ返り討ちになるのは言うまでもない。
「ならば質問を変えましょう。あたなはどんな魔法を使えるのかしら。あなたがアルカナ使いであるなら魔法が使えるってことになるわよね」
「魔法の内容を教える理由はない。俺はあんたが疑問に思っていた【XII】という数字の謎に答えた。それ以上の情報提供を求めるなら、何かしらの対価がほしいね」
「あなた、最低ね」
「逆に聞くけど氷華梨に害をなす人間に、どうして温情をかけなきゃならないんだよ?」
「もしかして、周防さんがあなたと付き合っているのは、あなたが魔法の力で彼女をかどわかしたからかしら?」
「断じて違う!」
 声を大にして否定した。もしも、俺が自分の魔法の力に溺れて氷華梨を貶めることがあったら俺は俺を許さない。
「ふーん、どうだか。だったら、私と周防さんの昔話でもしましょう。その代わり、あなたは自分の魔法についての情報を明かす。これで対等じゃない?」
「……どうして俺の魔法の情報を欲しがる? どちらかといえば氷華梨の魔法を気にするのが自然じゃないか? あんたは氷華梨を部活から追い出したいんだろう?」
「そ、それは……。周防さんのことなんて、みんなで嘲笑すれば済む話だからよ。彼女が私に反旗を翻すような魔法を持っているなら、とっくに使っているはずだもの。そんなことより、犯罪者のあなたが魔法を使えるなんて事態の方が大問題よ。どんな風に悪用しているとも限らないわけだから」
「ふーん、そういうものかね。まあいいけど」
 俺としても彼女の出した条件には旨みを感じる。
 氷華梨に立ちふさがる問題を解決するのに、氷華梨と大江先輩の関係は有益な情報だ。
 けれど、その情報を手に入れるための対価が氷華梨の魔法に関する情報だと都合が悪い。
 氷華梨の個人情報を軽薄に喋るのはためらわれる。同時に、氷華梨の魔法が『相手の嘘を見破る』という内容なのがマズイ。
 そんな情報が氷華梨の排斥者に渡ってしまっては、氷華梨が更なる窮地に立たされかねない。よくよく考えないでも『相手の嘘を見破る力』なんて、人間関係をこじれさせるには十分だ。
「じゃあ、俺の方から情報開示だ。見てみろ、これが俺の魔法だよ」
 俺は魔法【レンチキュラー】を発動。
 人を騙すのは相変わらず頭が痛むがしかたない。
「な、これは一体……どうして周防さんがここに……?」
 大江先輩のリアクションは予想通り。
 大江先輩は現在、魔法の力により周防氷華梨であると錯覚している。
「これでどんな魔法なのかはお分かりいただけただろうか?」
「どうして周防さんが……ここに……?」
 あれ、本格的に俺の魔法が何なのか見当がついていない?
 もしかして俺を本物の氷華梨と絶賛勘違い中?
 だったら……。
「大江先輩はどうして私に辛くあたるんですか?」
 氷華梨のフリをして聞いてみた。
 大江先輩の指先が震えていた。
「どうして……ですって? 私は何度だって言ってきたじゃない! 私はあなたのことなんて大嫌いだって! 夏休みが入る前からずっと言ってきたわ! それなのに、あなたはいつだって私に嫌悪感すら抱いていないみたいだった! どうしてよ! どうして私の言葉を素直に受け取らないのよ!」
 ガリガリと爪を噛みながら大江先輩は叫ぶ。
 目の前の人間が瀬田翔馬だと気づかないまま大江先輩は喚き続ける。
「それともあなたは私が女々しい人間だと思って馬鹿にしているの? そんなところも大嫌いなのよ! あなたはきっと、きっと、きっと、犯罪者のカレシに不幸にされるに違いないわ! ええ、そうですとも、そうとしか考えられないもの!」
 言っていることが支離滅裂になってきた。
 これは流石にヤバイかな。
「おいおい、ちょっと冷静になろうぜ? ほーら、俺は氷華梨じゃない。実は全部フェイクだよ」
 大慌てで魔法を解除する俺。
 するとようやく事情を察したのか大江先輩の顔面が漂白されていく。
「……まさか私、化かされていたの?」
「平たくいうとそういうことだ。俺は自分の姿を偽ることができるんだよ」
「は、ははは……詐欺師のあなたにうってつけの魔法ね。それが周防さんの心を射抜いてみせたトリックってわけね」
「別にこの魔法で相手の心を塗りつぶすなんてできないよ」
「黙らっしゃい! なんて卑怯な男なの! 魔法を使ってまで周防さんを篭絡するなんて下劣にすぎるわ!」
「その台詞、魔法の力で氷華梨いじめを実行したあんたにだけは言われたくないわけだが?」
「し、知らないわよそんなこと! 私はあなたを絶対に許さない! 絶対に絶対によ!」
 怒鳴るないなや、大江先輩は教室の外へ飛び出していく。
 ……って、結局氷華梨と大江先輩の関係を聞き出せていいんだけど。
 やっちまった。
 これでは魔法の明かし損ではないか。
 もし俺が政治家なら、弱腰外交とか批判されているレベルの不手際だな。

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