アルカナ・ナラティブ/第12話/06

 夕方。
【カメダ珈琲】という喫茶店チェーン店で、三人の若者がたむろしていた。
 一人は俺で、残る二人は天野先輩とヒノエ先輩だ。
「【吊し男】のアルカナ使いは未発見だった。その正体が明らかになっただけでも大義である。ご苦労だったな瀬田翔馬よ」
 悪の組織の首領の厳かさで、天野先輩は告げる。しかし、天野先輩というだけで気迫に欠けるのがご愛嬌だ。
 二人を呼んだのは俺だ。
 天野先輩は広い情報網を持っているから大江先輩についても何か知っているかもと判断して相談を持ちかけた。
 ヒノエ先輩は魔法研究部のまとめ役なので、アルカナ使い研究書にないアルカナ使いの発見報告だ。
「ふむ、確かに翔馬君の本日の功績は大きい。さしあたっては、まず新しいアルカナ使いの魔法に名前をつけたいところだ。君の話では魔法効果は『特定の相手を吊るし上げる』だったね。というわけで【イジメ格好悪い・そんな魔法は使っちゃダメよ~ダメダメ】にしよう」
 ヒノエ先輩のネーミングセンスが相変わらずバグっている。
「なるほどいいセンスだ。それでいこう」
 天野先輩も同意しやがる。相手の間違いを指摘できないのであれば本当の優しさとはいえないのだが、これいかに。
 この二人の感性は位相ごとズレている。
「……大江先輩がいくら氷華梨を虐げる怨敵でも基本的人権は保障されるべきだと思うんだ。だから、その魔法名はやめよう」
「私のネーミングセンスが人権侵害みたいな言い分だね」
「端的に言ってそういう意味だ」
「ぐぬぬ、確かに長い名前だと呼びにくいな。では、さしあたって何と呼べばいいだろうか。キズナ君に相談しよう」
 ケータイを操作し始めるヒノエ先輩。こんな阿呆な案件に巻き込んで申し訳ありません、藤堂先輩。
「うむ、返信があった。読み上げる。『【ハングアップ】でどうでしょう? 『吊るし上げる』という言葉の直訳です。あとイジメは人間関係を機能停止させるようなもので、コンピュータ用語で言えばハングアップです』――だそうだ」
「シンプルかつ自分の考えを織り交ぜたグッドなネーミングだ。キズナ先輩は将来コピーライターになるべきだ。これで決定としよう」
 話を本題に移行させたい俺は即決してみせる。
「ふーむ、ネーミングマイスターのキズナ君にはいくら私でも敵わないかね」
 ヒノエ先輩とキズナ先輩のネーミングセンスは比較するまでもないのだがな。それでも比較したい場合、リニアスケールではなく対数スケールが必要だ。
「名前が決まったところで話を進めよう。天野先輩は大江先輩についてなにか情報はないか?」
「よかろう。こんなところで運動部の人と仲良くしていたのが役に立とうとはな。可愛い後輩の頼みだ。積極的に情報を提供してしんぜよう」
「俺が呼んでおいて失礼な言い方だが、文化部の天野先輩が運動部の人と仲がいいのは意外だな」
「いやー、実は一学期の終わりぐらいからいろんな部からメンタルトレーニングのメニューを作れないかって相談があってね。ほら、俺って一応、メンタルヘルスの部長で、スクールカウンセラーにも伝手があるし」
 おそるべき多事業展開。
 よくよく考えてみれば、基本的に人間は心を強くありたいと思っているのだ。『メンタル』という点に着目すれば、広い範囲で応用が効くのもうなずける。
「さすが【司祭】のアルカナ使い。誰かを指導するのは大得意ってわけか」
「別に大したことはしていないさ。いくら俺が知識を提供しても、それを実行するか決めるのは相手次第。となれば、相手の努力が九割なのだよ」
 威張るでもなく、謙虚な返し。とはいえ、褒められた天野先輩は気恥かしそうだ。
「ごほんごほん、とにかく情報提供だよな。大江杏子って子に関しては、色々情報があるぜ? 一年生の夏から部長として剣道部を引っ張るほど技量、人徳的に申し分ない」
「そうなのか? 俺はてっきり駄目人間だと思っていたよ」
「流石に自分のカノジョいじめの主犯格とあらばしょうがいない認識だな。でも大江さんへの評価は低くない。勇ましく剣道部を引っ張る一方で、結構な可愛いもの好きで男女ともにウケがいい」
「可愛いもの好き……ねえ」
 改めて大江先輩を思い出してみるが、全然そんな印象がない。そもそも世界でもっとも可愛い氷華梨を冒涜している段階で、可愛いもの好きと評するのは誤りだ。
「他にも、おしとやかだったり、気づかいができたりと女らしさの塊みたいな人とか言われてたな」
「へえ、そんな人のアルカナが【吊し男】っていうのも不思議だな」
「【吊し男】は他にも【吊し人】とか【刑死者】とも呼ばれるから、必ずしも男である必要はないんだよ。っと、話がちょっとズレてきたかな。とにかく、噂に聞く大江さんと、翔馬が剣道部で見た大江さんのイメージが合致しないな」
「どっちが本当の彼女なのかが謎だ」
「人間には色々な側面があるものだ。それよりも、どうして大江さんが周防さんに嫌悪を向けているのかが気になるね」
「それは……カレシである俺が詐欺師だったからだろう? そりゃ気持ち悪いとも思うさ」
「どうだろう。それだったら、周防さんをお前と別れさせようとした方が早い気がするけどね」
「実際に大江先輩には氷華梨と別れろと言われたよ」
「ほほう」
「俺は氷華梨にふさわしくないから別れるべきだと言われた。大江先輩は氷華梨が嫌いなんだから変な話だよな。嫌いな人間がロクでもない奴と交際していたら、ざまあみろと思うのが普通な気がするんだけど」
「んー、女心は複雑怪奇ですからなあ。ここはヒノエの意見も聞いておこう」
 天野先輩は隣に座っていた自身のカノジョを見やる。
「私は……さてどうだろうな。嫌いな人間がダメ人間と付き合っていたら……。篝火と交際する前だったら嫉妬していたかもしれない。自分の恋は上手くいっていないのに、どうしてあいつは幸せそうなんだと思った可能性はある」
「そういうもんか」
「女同士はそういう面倒さを孕んでいるものだよ」
「大江先輩は嫌いな人間に、どうであれカレシがいることが我慢ならないってわけか」
 言われてみれば、虫の好かない奴の幸せは癪に触るかもしれない。
「大江さんの言い分をまとめると『周防さんの幸せが気に食わない』でいいのかな?」
 身も蓋もなく要約してくる天野先輩だが、それ故に反論しようがない。
「とりあえず、謎は解けたわけだ。もっとも、本当の問題はこれからだけど。どうやって、大江先輩に魔法を解除させようか」
「というかさ、どうして周防さんは翔馬にイジメの件を相談しなかったと思う?」
「そこは俺もダメージを受けているところだよ。俺って、思っている以上にアテにされていないのかな」
「うーん、オレは周防さんじゃないからニントモカントモだ。とはいえ、これまで何度となく翔馬は周防さんの周りで起きる問題を解決しているらしいよな。例えば、【皇帝】のアルカナ使いを叩きのめしたり、【正義】のアルカナ使いを再起不能にしたり、スクールカウンセラーを矯正したり」
「……俺も案外仕事しているな」
「もうちょっと自分に自信を持とうぜ。オレとヒノエの仲を取り持ったのも翔馬なんだしさ」
 とか言いながら、天野先輩はヒノエ先輩の肩に腕を回す。
 ヒノエ先輩は赤面しながら、
「調子に乗るな」
 天野先輩の手をつねる。
「イテテ……まあ、とにかくだ。オレからすると周防さんが翔馬に相談しなかったというのは不自然だと思うんだ」
「でも、氷華梨はここ数日、親にケータイを没収されていたらしい。そのせいじゃないかな」
「だったら、大江さんの周防さんイジメはここ数日で始まったということかい?」
「それは……ちょっと違うかも。大江先輩の口ぶりでは、俺と氷華梨が夏休みのはじめには攻撃していたみたいだった」
「ならケータイの没収は関係なしで、周防さんは翔馬を頼れない事情があった、と。例えば、どんな理由があったら彼女はお前への相談を躊躇うだろうか」
「んー、理屈で考えても思いつかないな」
「なら『考えるな、感じろ方式』でいこう。翔馬一人で周防さんの特徴を山手線ゲームしてみてはどうだろう。というわけで、周防さんの良いところを五つ挙げてみてくれ」
「氷華梨の良いところ――優しくて、奥ゆかしくて、温かくて、可愛くて、心に芯が通っているところかな」
 これだと単にのろけているだけな気がする。
「ということは、周防さんのパーソナリティが関係しているやもしれませんな。お前の言い分だと、周防さんは誰かのためなら自分を犠牲にしかねない危なさを持っていると言えそうだ」
「誰かのためって、誰のためにいじめについて言わなかったんだよ? 大江先輩や他の部員でもかばおうとでもいう気か?」
「そう考えるのが妥当かな」
「だったら尚のこと氷華梨を許せない」
「おやおや、なぜに周防さんに怒りを向けるかね? 自分の力だけで好きな子を助けたいって欲がでちゃったかな?」
「痛いところをついてくるなよ。だって、俺は氷華梨が大好きだ。大好きな相手なら支えてやりたい。でも、それって俺のエゴなのかな? ……俺、意外と独占欲とか強いな」
「というより救世主願望かな? 大好きという気持ちは、一歩間違えれば大嫌いになりかねない。気をつけるべし」
「愛と憎しみは裏返しってわけね……ん?」
 そこまで言って、俺はふと変なことを考えてしまった。
「どうしたね?」
「俺、真実わかっちゃったかも」
「素晴らしい、翔馬も人間的に成長していますな」
 天野先輩は底意地の悪い笑みを貼り付けていた。
「もしかして、天野先輩は最初から大江先輩の『本当の』思惑がわかっていたのか?」
 憮然としながら俺は聞く。
「さーてどうだか」
 肩をすくめる天野先輩。
「二人共、何を言っているのかね? 私への説明を求める」
 すっかり部外者と化してしまったヒノエ先輩は不愉快そうだ。
 そんなヒノエ先輩に天野先輩は諭すように言う。
「この一件は多分だけど、逆さまに考えるべき案件だったんだよ。相手を拒絶することでしか抑えられない想いもあるってこと」

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