アルカナ・ナラティブ/第12話/07

 天野&ヒノエと別れて帰宅してから、俺はインターネットで調べ物に興じていた。
 テーマはずばり剣道について。ルールや竹刀の扱い方について付け焼刃の勉強をこなしておいた。
 高校の体育ではまだ剣道はやっていないし、小学中学は不登校。そういうわけで俺は竹刀に触ったことすらない。
 剣道のことを知らずとも剣道少女のカレシはできるが、もう少し興味を持っておくべきだったかなと反省する。
 とはいえ、竹刀で叩かれたら痛いことは知っている。ロクでなしのうちの実の親が、俺のしつけに使っていたからだ。
 失敗イコール体罰という教育方針のおかげで、俺は極度に失敗に恐怖心を抱くようになりました、まる。
 まったく、余計なことをしてくれたものだ。だから俺はいつまでも軽やかな心で生活ができない。
 そういう事情もあって、竹刀はトラウマに直結している。
 けれど、最近は竹刀イコール氷華梨のイメージが強い。氷華梨が自らの道を切り開くための道具であるため竹刀様には頭が上がらない。
 結局何が言いたいかというと、竹刀を構える氷華梨に救われている部分が大きいということ。
 ならばこそ、一回ぐらい俺も竹刀を振り回して大活躍してみたい。
 しかも、それをカノジョの前で実行できたらどうだろう。男としては胸熱な展開だ。
 竹刀は友達こわくないよ。
 というわけで、翌日。
 俺は剣道部の練習にお邪魔させていただいた。
 今回は覗き見ではない。
 正々堂々と、正面からの突入。
 もちろん道場破りの掟に従って、
「頼もう!」
 と大声でご挨拶いたしました。
 剣道は礼儀に始まり、礼儀に終わるってネットに書いてあったのを間に受けた結果だ。
 俺としては生きている間にこんな台詞が使えることに大興奮。長生きはしてみるものだね……まだ俺はティーンエイジャーだけど。
「どうしてあなたが……一体何の用?」
 大江先輩は眉間にシワを寄せる。オーラ診断をしたら、驚きと嫌悪の色合いがマーブル模様を描いていただろう。
「見ての通り大江先輩に決闘を挑みに来た」
 いや待てよ、現在の俺は手ぶらだから見ただけでは判然としないか?
「はあ!?」
 案の定、大江先輩は素っ頓狂な声を上げるしかない。
「やれやれ、武人たるもの常に平常心を保つ存在ではないのかね?」
 相手を小馬鹿にした調子で俺は言ってみせた。……漫画の影響を受けすぎかな?
「べ、別に動揺なんてしていないわ! 私はただあなたの非常識さが許せないだけよ。周防さん、もしかしてこの男を呼んだのはあなた?」
 大江先輩は氷華梨を睨めつける。
「いいえ、私は何も知りません。えっと、翔馬は一体どうしてここに?」
 氷華梨も訝しげに俺を見つめる。
 彼女の言葉にようやく他の部員たちが反応する。
「翔馬って、もしかして周防さんのカレシ?」
「ってことが、こいつが例の犯罪者?」
「どうしてそんなのがここに?」
 怯えるものから敵意を向けてくるものまで様々だが、好感度がゼロなのは明らか。
「むしろ、はじめて氷華梨のカレシの顔を知った連中ばっかりなのが衝撃の事実だよ」
 俺が言うと、他の連中は一旦押し黙る。
 もっとも、それ以上に彼女らを責める気は起こらない。そもそも、この子たちは大江先輩の魔法の影響を受けてしまった被害者なのだ。
 まあ、大江先輩の魔法がどこまで相手の心を掌握できるかは難しいところだけど。氷華梨を吊るし上げることに関して全面的に相手を操れるのか、それとも憎悪の種を植え付けるだけかは後で聞いてみようかな。
「どうして俺がお邪魔させてもらったかと言えば、取引をしに来たんだよ。もしも、俺が剣道で先輩に勝てたら氷華梨への待遇を全面的に改善してもらいたい」
「言っている意味がわからないわね。それともあなたは剣道の心得でもあるのかしら?」
「全然! いやはやお恥ずかしい限りさ」
「そんな奴が剣道部の部長である私に勝負を挑んで、結果が出せると? 私も随分舐められたものね!」
「うんまあ、正直言って俺は先輩を馬鹿にしている。本当の自分に向き合おうともせずに、氷華梨に八つ当たりしてるだけ。そんな弱虫なら俺でも倒せるぜ?」
 竹刀を持つ大江先輩の手が震えていた。激おこぷんぷん丸なんて生易しいレベルではない。単なる激怒だ。
「いいでしょう! ええ、いいでしょうとも! だったら私があなたのその傲慢さを叩き折ってあげるわ!」
 まるでホームラン宣言をするバッターのごとく、俺に竹刀の切っ先を向けてくる大江先輩。
「よろしいならば決闘だ。ならば竹刀をお借りしたいな」
 そう言うと、俺は氷華梨の元へとすたすたと歩いていく。
「ちょっとお前の竹刀を貸してくれや」
 いきなりのお願いに、氷華梨もぽかんとするしかない。
「構わないけど……本気なの?」
 顔中に不安感を行き渡らせながら氷華梨が聞いてくるが、意外にも素直に竹刀を手渡してくる。
 竹刀を受け取る俺。思っていたより振り回しやすそうな重量なので一安心。練習用に重りでても仕込んでいたらどうしようかと心配していたが杞憂だったな。
「本気じゃなかったらここには来ていないよ。この剣にかけて、見事に勝利を収めてみせましょう」
「あ、うん、お願いします」
 どうしていいのか困り果てているらしい氷華梨は、とりあえず頭を下げてくる。
「恋人を守るナイト様気取りってこと? ますますもって気に食わないわね」
 ギリギリと歯ぎしりする大江先輩。歯の噛み合わせが歪みそうな力強さ。
「俺のジョブはナイトではなくマジシャンかな」
 事実【魔術師】のアルカナ使いだしね。
「ふん、言っていなさい。すぐに片付けてあげるわ。ところ、剣道勝負するにしても防具はどうするつもりかしら? そっちも周防さんの借りるつもり?」
「いや、防具つけると動きにくそうだからいらない。そもそも、先輩は俺に一撃も浴びせられないんだから問題ないよ」
「あなたはどうやら正気じゃないようね。だったら私の本気をもって矯正してあげるとしましょう。叩けば馬鹿な頭も直るでしょう!」
 俺の頭は一昔前の電化製品かよ。
「んじゃ、先輩の方はさっさと防具の装着を頼むぜ」
「いいえ結構! 私も竹刀一本で推して参る! それでなくてもあなたを倒した気分に浸れそうにないわ!」
 勇ましいことで。
「だったら、試合の流れをシンプルにするためにお互い相手に一撃を浴びせた段階で決着としようぜ? 気合が入っているかの判定はなしの方向で」
「いいでしょう。下手に審判を立てて、あなたにいちゃもんを付けられたら興ざめだしね」
 大江先輩は蛇のように冷たい眼差しで、剣を構える。俺を一撃で屠らんとする上段の構え。
 一方で俺は得物を中段に構える。
 お互いに『竹輪しか持ってねえ』ならぬ『竹刀しか持ってねえ』である。
 下手をすれば怪我をしかねないので良い子は絶対にマネをしちゃだめだぞ。これは瀬田翔馬からのお願いだ。

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