アルカナ・ナラティブ/第12話/09

 体育館裏に女の子二人を連れ込んで秘密の会話をとりおこなう。と表現すると背徳感あふれるシチュエーションっぽいが、俺にやましいところは一切ない。
 ここから先は、誰彼構わず拡散していい情報ではない。氷華梨イジメの首謀者に配慮するのは不本意であるが、雑にこの案件を扱って問題が拡大するのは賢くない。
 俺、氷華梨、大江先輩はそれぞれ体育館裏に積まれた廃材に腰掛ける。夏の昼下がりの熱気と、精一杯に自らの命を主張する蝉の声が俺たちを包む。
 話し合いの場としては最悪で、おもてなしの精神など皆無。いかなる武将をも侘び茶でもてなした千利休ならこの状況を一喝していたに違いない。
 氷華梨も大江先輩も、二人して言葉に窮している様子だ。最初の一言を探して、黙考しているのだろう。
 会話において一番怖いのは沈黙である。沈黙を避けるために人はいらない言葉を交わす面がある。この場が完璧な無音だったら、俺たちのメンタルは押しつぶされていただろう。そういう意味では、騒がしく鳴き響く蝉たちに感謝である。
「私は……周防さんと一緒に部活をするのが辛い」
 ようやく大江先輩が口を開いた。ここまで来るのに五分ほどかかった。
 五分もかかったとは思わない。五分待っただけで彼女から切り出してくれたのは僥倖だ。
「ごめんなさい」
 うつむきながら氷華梨は返す。
「どうして周防さんが謝るのよ? あなたは何も悪いことはしていないわ」
「私は先輩に酷いことをしましたよ。ずっと先輩の想いに気づけませんでした」
「傲慢な言い回しね。私の気持ちなんて私にしかわからない。言葉にしていない想いが相手に伝わるわけがない」
 干からびた声色の大江先輩。
「まるで恋する少女みたいな言い分だな」
 俺はこの一件の全体像を掴みながら、あえて大江先輩の火薬庫に火をつける。
 だって、そうでもしないと今回の悪者が氷華梨だという流れになりかねない。悪いのは氷華梨じゃない。でも、大江先輩としては誰かに怒鳴り散らさないと心の刺は抜けないだろう。
「ええそうよ! 私は氷華梨がずっと前から大好きだった! 大好きだったのよ!」
 噛み付くように、氷華梨のカレシである俺を睨みつけてくる。
「大好きにも色々あるけど、先輩の大好きは恋ですよね?」
 確認のために聞いておくが、これは蛇足かな。
「どうせ気持ち悪いとか思っているんでしょ? 女子である私が女子に恋をする。笑いたければ笑えばいいし、嫌いたければ嫌えばいい。そうよ、私は嫌われたってしかたない。だって、周防さんにいっぱい酷いことをしたんですもの!」
「愛や恋のあり方は人それぞれさ」
 なんとまあ、手垢の付いた言い回し。自分の言葉選びの平凡さに傷心気味だ。
「気休めのつもり?」
「もちろんさ。この話はあんたが勝手に恋をして、勝手に自棄になって、勝手に喚きたてただけなんだ。付き合うこっちとしては気休めでもないとやってられねえぜ」
「それは……それもそうね……」
「まあ、いくつか確認だけはしておこうか。まずは一つ目。あんたが昨日うちのクラスで氷華梨の席に座っていた理由は、一種のストーカー的フェティシズムと解釈してOK?」
「大筋は間違っていないけど、言い方が気に食わないわね」
「俺としては最大限にあんたの意図に合致する表現をしたんだけどね」
「悪意しか感じなかったのは気のせいかしら?」
「いやいや、本当に本当だって。やっぱり好きな子の座席ってどうしても座ってみたくなるよな。何の変哲もない席が、気になるあの子のものというだけでとんでもない付加価値がつく。むしろ、俺のカノジョの席に無関係な人間が座ってんじゃねえよとも思ったくらいだ」
 おっと、これでは自分の趣味をさらけ出すようでゾクゾクするぜ。
 氷華梨は菩薩のような半眼で俺たちを眺めていた。
「……えっと、他に聞きたいことはあるかしら?」
 いたたまれなくなったのであろう大江先輩は、氷華梨から目線をそらす。
「んじゃ、ついでにもう一つ。さっきのチャンバラであんたが俺に攻撃できなかったのは俺が氷華梨に見えたからだよな」
「それも正解。思い出すだけで腹が立つわ。私が周防さんを攻撃できないと見抜いていたわけよね?」
「まあね。先輩が氷華梨に言った『大嫌い』が愛情の裏返しなら、基本的にそうなるだろうと踏んだ。流石に、好きな相手が防具もつけていない状態でいたなら攻撃したくないよな」
「私の愛を試した、と?」
「惚れた弱みに二種類あり。自らを強くする弱みと、弱くする弱み。先輩はどうやら後者だったようだな」
「もしも私があのまま竹刀を振り下ろしていたらどうするつもりだったのよ?」
「そのときは俺が痛いだけだ。氷華梨に実害はないから大丈夫」
 俺としては極めて論理的な返しのつもりだったが、大江先輩は唖然としていた。
「あなた、ちょっと普通じゃないわ」
「自覚している。早く普通になりたい」
「嫌がらせも兼ねて忠告してあげる。あなたは一生普通にはなれないと思うわ」
「酷い!」
 しょぼんとする俺。
 氷華梨は柔らかい声で、
「翔馬は私にとって特別だから普通じゃないよ」
 大天使降臨。
 こうなったら俺は大江先輩にドヤ顔するしかない。
「ところで翔馬、私の姿をすれば大江先輩を止められるとわかってたなら、翔馬は大江先輩が私を好きだと知っていたんだよね?」
 氷華梨から当然の疑問が飛んでくる。
「いかにも。勝算もなしに剣道部の人に剣道でケンカは売らないよ」
「だったら、どうして大江先輩の想いに気づいたの? 私は翔馬には隠していたのに」
「んー、これは推理ってほどでもないんだけどさ、氷華梨を全面的に信頼したら謎が解けたんだよ」
「どういうこと?」
「俺たちの間には『困ったことがあったら相談し合う』って約束があるよな。氷華梨が剣道部で迫害されてるのを知ったとき、ショックだったんだぜ? どうしてそんな事態に陥っているのに、俺に相談してくれないんだろうって。俺はそんなに頼りにされていないのかって」
「あーっと、それは……」
 返答に困っている様子の氷華梨。というわけで、俺は彼女の代わりに話を進める。
「氷華梨を疑ってもしょうがない。そこで俺は考え方を変えてみた。そして、二つの可能性をひらめいた。一つ目は、氷華梨は俺に相談できないきちんとした理由を持っているんじゃないかという可能性。二つ目は、そもそも氷華梨は本当に困っていないんじゃないかという可能性だ。まあ、三つ目の可能性としてその両方もあるけどな」
「ハハハ、鋭いね」
 氷華梨のリアクションからして、的外れな意見ではないようだ。
 俺は続ける。
「これらの事情を踏まえて、大江先輩が実は氷華梨を嫌っていないとすると話が早いことに気づく。大江先輩の『大嫌い』が愛情の裏返しだと氷華梨が気づいていたなら、お前はそれをイジメとは考えないだろう。加えて言えば、大江先輩について俺に相談するからには、大江先輩の秘めた想いを俺に説明する必要が出るかもしれない。お前はそれを避けたかったんじゃないか?」
「翔馬に隠し事ができないとよくわかった。その通りだよ。私は魔法のせいで、大江先輩の気持ちに気づいてしまった。けれど、先輩はそれを隠したがっているみたいだから翔馬への相談を控えた。人間関係って難しいね」
「本当にそれな。本屋さんで参考書と売ってないかねえ」
 ほのぼのと話を進めるが、当然に大江先輩は蚊帳の外なわけで。
「ちょ、待って。どうして周防さんは私の気持ちがわかるのよ? まさか、それがあなたの魔法……?」
 唖然とするしかない大江先輩。
「はい、私の魔法【イラディエイト】は『相手の嘘を看破する』ことができます。だから、先輩が何度も口にした『大嫌い』が嘘なのは最初からわかっていました」
 大江先輩からすれば、これほど手酷いちゃぶ台返しもないだろうな。ご愁傷様。
「で、でも、それは私の言う『大嫌い』が嘘であるのがわかるだけで、私の真意まで見透かせるわけではないんでしょう?」
「その通りですけど、ちょっと想像力が働けば気づきます。あれほど感情的になれるのは、よっぽど私に強い感情を抱いてる証拠で、でも、先輩は私が嫌いではない。だったら、答えは限られてきます」
「周防さんって、意外と鋭い感性を持っていたのね」
「いえいえ、三年生の先輩に好きな人を拒絶するような態度しか取れなかった人がいたんです。私はその人から学んだんですよ」
 氷華梨は誰とまでは言わないが俺は納得するしかない。魔法研究部部長の黒マントさんですよね、それ。
「一体、大江先輩はいつから氷華梨が好きだったんだ?」
「随分と藪から棒ね。ずっと前から、それこそ中学で出会ったときからよ」
「そんなに前から?」
「中学の剣道部で氷華梨と一目見たときから、私の心は奪われてしまった。ずっと私は自分の想いをしまいこんで生きてきた。私が中学を卒業するときに明かしてしまうのもありかとも考えた。でも、私はその資格をなくしてしまった」
「有資格者しか告白できないなんて制度は日本にはないぜ?」
「茶化さないで。私はずっと氷華梨に謝りたかった。中学時代に周防さんは周りからいじめを受けていた。私はそのときあなたを助けられなかった」
 血が吹き出すような声の大江先輩。
「昔のことですよ、そんなの」
 氷華梨は言うが、大江先輩は首を横に振った。
「違うの! 私は、もしも助けに入ったことがきっかけで、女子に恋をしているとバレたらどうしようと考えてしまった。結局私はあなたよりも自分が可愛かっただけなのよ!」
 皮肉なものだ。好きな子をいじめから救えなかったのを悔いている人間が、人を迫害する魔法が使えるのだから。いや、氷華梨を救えなかった過去のわだかまりが、大江先輩の魔法発現の核になっているのかもしれない。
「周防さんが高校で剣道部に入ってきたとき、私は嬉しいと思うより先に怖いと思ってしまった。あなたがもし、部内で居場所をなくしたとき私は手を差し伸べられるか不安になった」
「氷華梨に他の部との掛け持ちを指示したのはそのせいか」
「ええ、もしも剣道部にいられなくなっても他に居場所があれば、と思ったの。でも、結果は見ての通りよ。最終的に私がその加害者になってしまった。ずっと恋していた周防さんにカレシができて、私は何もかも許せなくなった。周防さんと一緒に過ごす時間が本当の地獄に変わってしまった。だから、魔法を使って吊るし上げてしまった」
「なんともまあ、しょうもない話だな。ついでに聞いておくけど、もしかして先輩って自分が女であることに複雑な感情を抱いてる?」
「憎たらしいほど的を射た質問ね」
「俺が先輩のアルカナは【吊し男】だって言ったとき、男って部分に過敏に反応してたからな。あと、噂では先輩は女らしさの塊みたいらしいけど、それって自分を抑えるけているだけなのかなって」
「もしも私が女でなかったら、そのときは胸を張って周防さんに告白できていたかしら?」
「さあね。男であっても好きな女子に声をかけられない奴は大勢いる。要するに、相手に拒絶される可能性を背負って、それでも自分の思いを貫けるかだ」
「返す言葉もないわね。どっちにせよ、もうすべてが手遅れなんでしょうけれど」
 切なそうに俺と氷華梨をそれぞれ見やる大江先輩。
 しかし、次の瞬間には大江先輩は自身の頬を気合を入れるべく叩き、負け惜しみみたいに言うのだ。
「周防さん、大好き」
 憑き物の落ちたような晴れやかさが大江先輩にあった。
 本来ならそう言うべきだったんだよ、大江先輩。大好きな相手に『大嫌い』なんて言葉は使うべきではない。
 氷華梨もどこか安堵した様子だった。
 彼女は告白に対して、誠実さをもって応じた。
「ありがとうございます。そして、ごめんなさい。私には他に、ずっと一緒にいたい人がいるんです」
 大江先輩の恋は、ようやく完膚なきまでに砕け散る。これが良いことなのかどうかは俺に知る由もない。
 大江先輩は涙なんて流さない。
 それどころか言うのだ。
「ねえ周防さん、これから剣道で勝負をしましょう。中学のときに、あなたが私にわざと負けた試合があったでしょう? あれはすごくショックだったのよ。好きな子に情けをかけられるなんて、恥以外のなにものでもないもの」
 そう言われては氷華梨も拒否しようがない。
「わかりました、やりましょう。今度は一切手を抜きません」
 小体育館に戻った二人は、部員の承諾を得て、それぞれ防具と竹刀を身につける。
 審判は剣道部のメンバーが務めた。
 審判の掛け声とともに試合開始。
 それだけ見届けると、俺は二人に背を向けて歩き出す。
 試合の行く末を確認するのは逆に無粋であろう。
 ときには最後の確認を怠って、リドルストーリーにしてしまうのも悪くない。
 ここで大事なのは試合の勝ち負けではないわけだし。
 体育館を出る間際、俺の背後から、
「面ッ!」
 高らかで、朗らかで、凛とした叫び聞と、竹刀が標的を捉える音がした。
 刺すような日差しが降り注ぐ夏の空は、しかし清々しく晴れ渡っていた。

【XII・吊し男】了

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