アルカナ・ナラティブ/第13話/02

 親を困らせたいってアンタ……。
 氷華梨により繰り出された突然の家出希望の申し出。彼女の親御さん以前に、まず俺が大いに困惑していた。
 氷華梨の言い分は、まるで思春期の若者みたいではないか。いや、普通に思春期の若者なんですけどね。
 家出とは随分と突飛な発想だな。
 家出と出家を混同していないか確認を取っておこうかとも思ったが、そんなことをしたらふざけていると勘違いされかねない。
 源氏物語で光る君は出家すると言い出した紫の上を必死にとめた。一方で瀬田翔馬は家出を計画中の氷華梨君を諭そうとしている。
 まさか、試しに読んでおいた平安物語がこんなところで役に立とうとは。
 ……って、まだ全然話は終わってねえし。
「急にどうしちゃったの?」
 さしあたって、そんな質問をしてみるしかない。
「お父さんが、翔馬と早く別れろと言ってくる」
 これ以上ないほどに簡潔な説明で理解しやすい。世界一短いスーパープレゼンテーションに、全俺がスタンディングオーベーション。
「案の定といえば案の定だけど、家出までいかずともいいだろうが」
「だったら、私はどうすればいいの? 私はあんな人と一緒の家にいたくない!」
 わお……。氷華梨がここまで誰かを拒絶するなんて珍しい。明日の天気は雪かもしれないし、伝説のゲーム『四八(仮)』の続編製作発表があるかもしれない。
「お、落ち着け。その上で、肩車して二本のゴボウを持った歌舞伎顔の男を狙っていこう」
 むしろ俺の方が落ち着くべきであろうな。というか、正しい答えって『肩のうしろの二本のゴボウのまんなかのスネ毛の下のロココ調の右』でしたっけ?
「もしかして……肩の後ろの二本の角の真ん中にあるトサカの下のうろこの右?」
 それだ!
 氷華梨があの漫画を知っていたことに感動だ。そういえば氷華梨は少年漫画が好きだったな。
 さて、いい感じにユーモアで緊張を緩和できたところで話を本筋に戻しますかね。
「えーっとだね、端的に言って俺は家出を推奨しない」
「どうして?」
「なぜなら、氷華梨の父親はお前のことを心配して俺との交際を反対しているはずだから」
「意味がわからない」
「自分を心配してくれる親がいるってのはありがたいものだよ。少なくとも、振り込め詐欺の道具にしか思っていない親よりは何倍もいい」
「それは……その通りだけど、そんなの極論だよ」
「ときには極端に考えてみるのも人生設計を円滑にする秘訣だと思うわけだが?」
「翔馬は自分のことを大して知らない人間が、ネットだけの情報で誹謗中傷するのを許せるの?」
「どこの誰とも知らない人間が拡散してる情報をソースも調べずに信じ込む――そういう人間は今の時代ならゴマンといる。気にしてもしょうがない」
「それでも私は……!」
「それとも氷華梨は誰かに何かを言われたから、俺を信頼できなくなるのかい?」
 卑怯極まりない質問なのは承知の上で、氷華梨を見つめてやった。
「違う、私はそんな人間じゃない!」
 当然に激しい否定。
「ならば問題ない。氷華梨がいて、氷華梨が俺を信じてくれるならイッツ・パーフェクトワールド」
 不肖、【魔術師】のアルカナ使いではございますが、彼女がいれば【世界】のアルカナ使いであっても不思議ではないね。使える魔法が『氷華梨を幸せにする』だったら言うことなし。
「でも、私は……苦しいよ」
 俺の予想に反して、しょげてしまう氷華梨。
 いや、めげているのかもしれない。
 俺は氷華梨の頭を撫でてみる。
「本当は氷華梨にとっては家族も大切で、だから困っているんだな」
「うん。翔馬と同じぐらい家族も大好き。だから、そんな人が翔馬を悪く言うなんて辛いよ」
 ようやく本音を吐露し出す氷華梨。
 こればかりは、俺ではどうにもならない。
 どこにこの話の落としどころがあるだろう。
 ……いっそ、本当に家出させてみるとか?
 かなりのギャンブルではあるが、案外それもありかもしれないな。離れてみて初めて見えてくるものもあるかもしれない。
 とはいえ、氷華梨をどこの馬の骨とも知らない奴に預けるわけにもいかないのが問題だ。
 となると……。
 俺は携帯電話を取り出して、連絡先リストを展開。
「どうしたの?」
 きょとんとする氷華梨。
「家出をするなら、信頼に値する人間の家に氷華梨を預けないとまずいからさ。めぼしい人間を探している」
「そ、そうだね」
「というか、どうせなら氷華梨も一緒に探そうぜ。ほれ、このリストの中なら誰がいい?」
 俺は氷華梨に自身の携帯電話を手渡す。
「あ、えっと、私に携帯電話の中身見られても大丈夫なの?」
「特にやましいものは入ってないから問題ないよ。それとも、カレシの怪しいデータファイルとかをご所望だった?」
「う、それは……」
「大丈夫、携帯電話にやましいデータは入ってないよ」
 あくまで携帯電話にはね。パソコンの中身がどうなのかはあえて言及すまい。
 つらつらと連絡先リストに目を通す氷華梨。
「当たり前だけど、基本的にはクラスの子とアルカナ使い絡みの人がほとんどだね」
「他に人間関係を手広く展開するつもりはないからな。人脈は同時にトラブルの入口でもあるのさ」
「例えば、家出先にクラスメイトを選ぶのは、流石にマズイよね」
「家出自体が芳しくない行為だけどな。それでも、しばらく身を隠すのにはクラスメイトの家にご厄介というのは賢くないな。親御さん同士で連絡を取られたらアウトだし」
「だったら……そうだね。翔馬の家とかもダメだね」
「ファッ!?」
 俺は某コメディアンもかくやと言わんばかりの奇声を上げる。
「どうせお父さんを困らせるなら、カレシさんの家に泊まってしまうというのも一つの手かと思いました」
 もじもじとした態度で氷華梨は告げる。
 俺はサイバー攻撃を受けたネットユーザーの面持ちで答える。
「お、お嬢さん。冗談はよしなされ。俺は男で氷華梨は女ですぞ?」
「うん、そうだね」
「どんな間違いが起きても不思議ではなかろう」
 据え膳食わぬは男の恥と申しますが、これだけは譲れない。
 だって、氷華梨がかつて男性恐怖症だったのは信じていた人間に無理矢理乱暴されそうになったのが原因なのだから。
「それとも氷華梨はもうトラウマを完全に払拭できたと言えるのか?」
 改めて落ち着いた声で問うてみる。
 氷華梨は、首を縦にも横にも振らない。
 ただ、じっと立ち尽くしていた。
 やがて言うのだ。
「ごめん、今の私の言葉は忘れて。翔馬にだったら何をされても構わないと一瞬だけ考えちゃった。けど、そうだね、やっぱり怖いかも」
「うん、そういうのは大事なことらしいので慌てて結論を出す必要はないよ」
 当方も思春期男子ですゆえ興味がないといえば嘘になる。
 とはいえ、どうせなら氷華梨とは一欠片の不安もない状態で臨みたいわけで。
 そもそも俺自身、未経験者だし。
 ……そういえば、氷華梨にはそういった経験はおアリなのだろうか?
 名壁に襲われかけたのを回避したという話は聞いたが、それ以前はどんな交際をばしていたんだろう。
 気になるカノジョの過去の恋愛。
 しかし、それは聞いていいものなのだろうか。
 氷華梨の場合、それが人並み以上に神経を使わねばならない部分な気もするし、そもそもそれを聞いちゃうと俺の男としての器を疑われる気もするし。
 よし、聞かないでおこう。
 俺の豆腐メンタルでは衝撃的な返事があったときに耐えられない。いくら豆腐がプルプルした材質であっても衝撃吸収材ではないのだ。
「話を戻そう。クラスメイト以外だったら誰がいいかねえ。一応、アルカナ使い関連の人を頼るのがベターかな」
 強引に話を本線に戻してやった。
「んーっと、だったら私は四塩先輩がいいな」
 携帯電話を操作して、氷華梨は『四塩虎子』のメモリを表示。
「どうしてまた? 他にも付き合いが長いヒノエ先輩とか三国先輩とか、藤堂先輩がいるじゃん」
 ヒノエ先輩は魔法研究部で度々お世話になってるし、三国先輩や藤堂先輩も高校が始まってから早い時期からの付き合いだ。
 それなのに、どうしてこの夏に知り合ったばかりの四塩先輩?
「んーっと、何となくというか直感かな。一度会っただけだけど、悪い人ではなさそうだったから」
「それは同意する。テンションが天野先輩みたいに振り切ったところがあるけど、善良そうな人だよな」
 そんな人柄なのに、アルカナ使いとして対応しているタロットが【死神】というのも不思議な話だ。
「私から四塩先輩に電話してもいい?」
「かまわんよ」
 俺が言うと氷華梨は頷き通話ボタンを押した。
『もしもし、どうした翔馬?』
 携帯電話を持っているのは氷華梨だが、傍にいるとハキハキとした四塩先輩の声がこぼれて聞こえてくる。
「もしもし、私は周防氷華梨です。わけあって翔馬の携帯電話を使わせてもらってます」
『周防ちゃんって【女教皇】のアルカナ使いでべらぼうに可愛い翔馬のカノジョ?』
「私がそこまでの容姿を持っているかはわかりませんが、翔馬のカノジョなのはあってます。えーっと、あなたは四塩先輩で間違いありませんか?」
『いいえ、アタイはメイクアップアーティストのロマンス星川です。最近はカバディ観戦にハマってます』
「ダウト」
『うっす、誠に恐縮だ。そちらの見立て通り、アタイはメンタルヘルス部所属の【死神】のアルカナ使いさ。んで、何か用?』
「おりいってご相談したいことがあるんです。お時間よろしいでしょうか?」
『問題ないよ。ってか、どうせだったらうちに来る? 募る話もあるだろうさ』
 異常なまでにフランクに接してくる四塩先輩に、氷華梨は俺に目線を送る。
 俺は軽く頷く。
「で、では、お言葉に甘えて四塩先輩のお宅にお邪魔させてもらいます」
『了解だ。住所は電話切ったらメールで教えてやるよ。んじゃ、ひとまずバイバ~イ』

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