アルカナ・ナラティブ/第13話/03

 四塩先輩の住まいは、俺の地元駅から徒歩十五分ほどの場所に位置していた。
 ボロい……いや、趣のある佇まいの木造二階建てのアパートだった。見た限りで耐震基準を満たせているのか怪しさ満点でスリリングだ。
 メールによると、四塩先輩の部屋は二〇一号室。鉄骨階段を上る。一番手前の部屋の呼び鈴を鳴らす。
 呼び鈴を鳴らして十数秒。
「ほいほい、お待たせ」
 部屋の扉が開いて、俺たちを一人の女性が出迎えてくれる。
 顔の右半分から右腕にかけて火傷跡が痛々しい少女だった。同時に、顔の左半分は眉目秀麗であり、妖しい色香さえ放っていた。
「急に連絡してすまなかったな」
 氷華梨に代わり俺は頭を下げる。
「いいってことよ。というか、七月に海の家で一緒に働いて以来だっけか?」
 嫌な顔一つせず、四塩先輩は気さくに声をかけてくる。
「そうだな。となると大体一ヶ月ぶりか」
「周防ちゃんも、お久しぶり。相変わらずの美人でお姉さんは妬ましい限りだよ」
 苦笑しながら四塩先輩は言う。
「え、いえ、そんなことは……。お久しぶりですけど、四塩先輩はお元気でしたか?」
 氷華梨は少し照れていた。面と向かって容姿を褒められるのにはいつまでたっても慣れていないのだ。
「いや、アタイの名はジャスティス鈴木、バンパイアハンターを生業にしている。趣味はセパタクロー観戦だ」
 何故か益体もないジョークを飛ばす四塩先輩。これは緊張をほぐそうとしているのだろうか。
「……ダウト」
 リアクションに困った氷華梨は、とりあえずお決まりの台詞で乗り切ろうとする。
「嘘を見抜く魔法を持っていると、小粋なユーモアもチェック対象になる。周防ちゃんも難儀な宿命を背負っているものだね」
「いえ、私の魔法はまだ気楽な方ですよ。むしろ、四塩先輩の魔法の方こそ辛くありません?」
「それに関してはノーコメントでいきたいね。ただ欲を言うなら、アタイの魔法って、アルカナ使いの中でも群を抜いて微妙だなよ」
「確かに魔法っぽい魔法ではありませんね」
「どうせだったら、もっとカッコイイ魔法が使いたかったなあ。せっかく【死神】のアルカナ使いなんだ。相手のレベルが五の倍数だったら一撃死させられるみたいなの格好よくね?」
「え、えっと……」
 四塩先輩のズレたチョイスに氷華梨は言葉を返せない。
 というわけで俺は、
「なにその青魔法。単なるデスじゃダメなの? というかリアルの人間にレベルの概念なんてねえよ」
 ツッコミを入れておく。
「しいていうなら、年齢イコールレベルみたいなものかな。となると新成人や還暦を迎えた人間の命を刈り取れるな。……どうでもいいか。こんなところで立ち話もなんだから、中に上がりなよ」
 やっとこそ無駄話に切りがつき、俺たちは室内に通される。
 部屋の中は外から想像していた通りだった。
 畳敷きの土壁という非常に簡素な部屋で、エアコンなんて文明の利器はない。窓の傍で扇風機が首を振って仕事中。室内であっても熱中症対策が求められそうな一室だった。
 部屋の中央に置かれたちゃぶ台を囲うように俺たちは腰掛ける。
「オンボロな住まいでお恥ずかしい限りさ。もしも壁ドンなんてしようものなら、お隣さんの部屋に貫通するね」
「いや、人の家にとやかく言うつもりはないけど……先輩ってもしかして一人暮らし?」
 部屋を見渡すと、複数人で生活している様子は見受けられない。シンクに出されている食器は極端に少なく、床に敷かれている座布団は一枚だけ。
「いかにも。わけあって天涯孤独の身の上でね。学費や生活費を工面するにも一苦労さ」
 重たいことを割と軽く言ってくる四塩先輩。そんな言われ方をされては逆に踏み込んだ質問は難しい。
「ってまあ、アタイのことはどうでもいいんだよ。それより、どうして周防ちゃんがアタイに用があったのかを聞きたいね」
「あの……私、家出したいと考えてまして、ご協力してもらえないかと」
 ストレートに話を切り出していく氷華梨。
 あまりに荒唐無稽な話。しかし、四塩先輩は戸惑いなど微塵も見せない。
「へえ、そりゃ大変だ。詳しい事情を聞いてもいいかい?」
「大丈夫です。実は……」
「いや、待て。喉が乾いたからなにか飲みたい。というわけで翔馬、近くのコンビニで炭酸飲料とスナック菓子でも買ってこい。それを今回の相談料としよう」
 氷華梨の言葉を遮る四塩先輩。
「了解だ。すぐに買って戻ってくるよ」
「慌てなくてもいいよ。むしろ、ゆっくりがいい」
「へ?」
「いやさ、こういう場合は女同士だから話しやすいこともあるだろうさ。そこら辺は察してくれや」
 四塩先輩は困ったような苦笑を混じらせて言う。
「そう……だな。んじゃ、三十分ぐらいかけて買い物してくるよ」
「グッド! お察しができる男子って最高だ」

   ◆

 コンビニが便利すぎてやることがない。
 四塩先輩のアパートから最寄りのコンビニへは徒歩五分。オーダーの炭酸飲料を買うのには三分もかからない。残りの時間の潰し方に難儀する。
 雑誌コーナーでの立ち読みくらいしかやることがない。立ち読み大好きな俺であっても、手持ち無沙汰ゆえの立ち読みはどうにも居住まいが悪い。
 さりとて店の外を出歩くのは気が引ける。
 現在、午後七時。日の入りの時刻は過ぎているが、昼間の日差しで加熱された大気は簡単には冷却されてくれない。
 その点で店内は極楽だ。冷房万歳。冷房に感謝。冷房に栄光あれ。
 店の時計をちらちら見ながら、俺は四塩先輩の部屋に戻る頃合を見計らう。
 別にぴったり三十分で帰らなければならない道理はない。大体でいいのだ。
 しかし、俺の性格は大まかとかざっくりとかを許してくれない。罪作りな性格だ。
 周囲の人間からは十中八九『お前の血液型はA型だろう?』とかドヤ顔で予測される。そんなことを言われると、いつも俺は困るしかない。
 だって俺、自分の血液型知らないし。多分、出生時とかに調べたんだろうけど、実の親が親だけにそこら辺の情報がきちんと本人に伝達されていない。
 占いとか信じないタチだけど、わからないとなると結構気になるものだ。
 せっかくの血液型不明なので『この血は呪われている。だから、深く考えたくないんだ』とかニヒルに気取ってみるか。……黒歴史まっしぐらなのでやめておこう。
 ある程度時間が経過したのを見計らって、ジュースと適当なスナック菓子をレジに通して帰路につく。
 歩いているだけで汗が出てくる。これは買ったジュースが美味しく飲めるフラグだな。
「ただいま」
 四塩先輩の部屋に無事到着。エアコンが設置されていない部屋の温度は、外気と大差がない。それどころか熱がこもって外の方が涼しいくらいだ。
「おかえり。さーて周防ちゃん、ユアスイートが戻ってきたから涙拭けよ」
 四塩先輩が傍に座っていた氷華梨に言うが……なんですと?
 どうしてそこで涙なんて単語が出てくる。
 氷華梨の目元を観察。泣きはらしたように赤みを帯びていた。
「一体何があった?」
 恐る恐る聞いてみる。
「んー、何でもないよ。本当に何でもないから、無粋な質問はなしでいこうや」
 四塩先輩は悲しんでいるような、苦笑しているようななんとも言い難い顔。
 氷華梨も氷華梨で、下を向いて俺から目を逸らしている。
 情報は欲しいけど、それは俺が安心したいだけ。だったら、四塩先輩が言うようにスルーした方が得策かもしれない。
「とりあえず、サイダーとポテトチップ買ってきたよ」
 俺はコンビニ袋の中身を取り出す。
「よしよし、お利口さん。んじゃ、一杯だけ飲んでアタイは次の用事に向かうよ」
 氷華梨の頭をぽんぽんと叩き、四塩先輩は立ち上がる。食器棚にあったガラスのコップにサイダーを注ぐ。
「ぷはっ、炭酸飲料っていいよな。夏と言ったら炭酸だ。まあ、他の季節でも飲んでるけど」
 豪快な一気飲みを披露すると、飲料メーカーのCMにスカウトされそうな爽やかな笑顔。
「もしかしてこれから四塩先輩は外出?」
 予想外の事態に俺は慌てる。
「いかにも。実は昼間にクラスメイトの一人から電話があってさ。親に暴力を振るわれて死にたいからっていうんでアタイに相談してきた」
 さらっととんでもないことを言い出す四塩先輩。頭が痛くなった。
「もしかして、それって四塩先輩の魔法が関係してる?」
 一応聞いておく。
「そういえば翔馬はアタイの魔法を知ってたんだっけか」
「うちの妹の件ではお世話になったな」
 遠い目で俺は言う。
 うちの妹とは異母妹である久留和来海のことだ。海の家でのバイトのときは四塩先輩にも迷惑をかけた。
「【ソーヴ・キ・プ】――それが【死神】のアルカナ使いであるアタイの魔法。『自殺企図者に相談される』っていう最高に迷惑な力だよ」
 四塩先輩はうなだれる。それを責められる人間は誰もいまい。
「何というか、こう……頑張れ」
 もはやどう応援すればいいかすらわからん。
「おうとも! アタイ、自分の運命に負けやしない! 事後承諾で悪いけど久留和ちゃん借りるぜ? 家族が死にたい原因なら、彼女の『家族力動がわかる』魔法が役に立つかもしれん」
「久留和本人が承諾してるなら俺は何も言わん。ところで、俺と氷華梨はこれからどうすればいい?」
「どうとでもすればいいよ。少なくとも周防ちゃんは今晩この家に泊まっていく予定だ。んじゃ、いってきま~す。寝巻きにはタンスに入ってるアタイの体操着でもつかってくれや」
 四塩先輩は颯爽と風のように駆けていく。
 室内には俺と氷華梨が残されたわけだが、さてこれからどうしよう。

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