アルカナ・ナラティブ/第13話/04

 取り残された俺たちは、困り果てるしかないわけで。
 どうしようとか弱音を吐きたかったが、流石にそれをやっちゃうと氷華梨を心配させるよな。
 氷華梨の宿泊先は確保できたので、俺はこのまま帰宅すべきだろうか。
 ……こんなボロいアパートに氷華梨一人を残して?
 ありえないな、それは。
 過保護な考えかもしれないが、氷華梨に何かあってからでは手遅れだ。
「なあ氷華梨さんや、今日は俺もここに泊まっていいか?」
 次の瞬間に自分の口から吐き出された言葉に、俺自身がびっくりだ。
 もはや無意識レベルの発言。この謎を解くにはフロイト派の理論が必要かもしれん。
「ひぇ!?」
 氷華梨がキャラ崩壊でもしたかのような面白い奇声を上げた。
「あー、いや、今は失言だった。忘れてくれ」
 豪快にキョドりながら俺は弁解。帰宅すべく立ち上がる。
 ところが氷華梨は俺のTシャツの裾を掴んでくる。
「むしろ一緒にいてほしい……です」
 氷華梨の言葉に宇宙の法則が乱れた。重力、電磁気力、強い力、弱い力、それらすべてが世界から消失した。
 ……というのはあくまでイメージだが、それぐらい俺は動揺していた。
 だがしかし……だがしかし……! ここで堂々と構えなければ男ではない!
「いいだろう、今晩は一緒にいてやりゅ」
 最も重要なところで噛んだ。これでもかと言わんばかりのバッドタイミング。
 こんなんだから瀬田翔馬はいつまで経っても瀬田翔馬のままなんだよ。
 死にたくなったから、【死神】のアルカナ使いに相談してみようかしらん。
 いやまあ、あくまで一瞬の自殺企図だから、四塩先輩に連絡するまでもないけど。
 当の氷華梨といえば、くすくすと笑っている。
「もしかして緊張してる?」
「当たり前だろうが。カノジョと一晩一緒なんてイベントを高校生男子が熟れた態度で過ごせるわけがない」
「大丈夫、私もすごく緊張してる」
「お、おう、そうかい」
 思うところは二人共同じか。
 ならばここは引き分けかな。
 でも、二人して気を張り詰めていたらどっちがイニシアチブとればいいんだ?
「とりあえず、俺は叔父さんと叔母さんに今日は外泊する旨を連絡するよ。もちろん、カノジョと二人きりというのは伏せて」
 メールにて、叔父さんの携帯電話に一報を打っておく。
 ついでに、四塩先輩にもメールをしておく。部屋の主にも連絡しておいた方がいいであろうという配慮だ。
「氷華梨はどうする? 家出する点だけ伝えておいた方がいいと思うけど」
「……それって意味なくない?」
「いやー、娘さんが一晩帰ってこなかったら、親御さんとしては家出なのか失踪なのか判断に困ると思うんだ。今回の家出はあくまでカレシとの交際を認めない親に対する抗議活動だ。失踪届けを出されたら話が変な方向にこじれるぜ?」
「うーん、確かにそのせいで翔馬に変な疑いがかかったら困るね。あの人たちは、翔馬を目の敵にしてるから」
「御理解いただけて幸いだ」
 氷華梨の方も携帯電話でメールを作成。
「これで送信、と。電源は切っておこう」
 彼女は携帯電話を鞄の奥深くにしまい込む。
「これで余計な邪魔は入らないね」
 てへへ、とはにかむ氷華梨。天使のような悪魔の笑顔にも見えてくるが、小悪魔に翻弄されるのも男の本望ですゆえ無問題。
「さーて、さしあたって夕食でも調達してくるかね」
「うん、一緒に行こう」
 立ち上がると、俺たちは先ほど四塩先輩のパシリで行ったコンビニへ。二度手間といえば二度手間だけど仕方ない。
 二人して適当にコンビニ弁当を見繕って帰宅すると、お食事タイム。二人の弁当のおかずを交換したり、二人でサラダをつついたりと充実した食事だった。
 子供の頃、親から出される食事はコンビニ弁当が多かった覚えがある。それを一人で部屋の隅で食べていた。
 だから俺の中でのコンビニ弁当とは、寂しい食事の象徴だった。そんなコンビニ弁当でも氷華梨と食べれば、どんなご馳走も太刀打ちできない代物になる。
 食事は何を食べるかではなく、誰と食べるかが問題なのだよなあ。
 深い感慨を得て、ちょっと涙が出てきそうだった。
 食事を終えると、非常にまったりとした時間だ。
 普段ならパソコンをいじったり、テレビを見たりするんだが、あいにくとこの部屋にはテレビなどない。パソコンはあるけど、人様のものを勝手に立ち上げるのは気が引ける。
 となるとどうやって一晩を共にしましょうか。
 いやいや、落ち着け。電子機器がなくても時間の過ごし方などわんさかとあるはずだ。
 歌ってみる、踊ってみる、演奏してみる。
 ……発想が某動画サイトのタグみたいだ。しかも、どれも壁の薄いアパートではご近所迷惑そうな内容。
 あとは、つくってみたとか?
 ……何を?
 パソコンが使えるならホームページや簡単なプログラムとか作れるけど、そもそも工作ではない。
 まあ、いっか。
 俺としては氷華梨と一緒にいられるだけでいいわけだし。
「二人で外泊なんて、不思議な気分だね」
 切り出してきたのは氷華梨だ。
「まったくだよ。といっても家出計画を立案したのはお前だけどな」
「突然のことなのにありがとうね。すごく助かった」
「そこまで親御さんを避けたいか?」
「うん、正直辛かった。どうしていいのかわからなかった。これって逃げかな?」
「逃げだと思うけど、逃げでもいいんじゃないかな。曲なればすなわち全し」
「曲なれば……何?」
 フライングフィッシュにでも遭遇したみたいな表情の氷華梨。
「昔の人の言葉だよ。一直線に進むより、曲がりくねりながら進んだ方が物事を全うできるってこと」
「翔馬って、ときどき不思議な言葉を使うよね。語彙が豊富っていうか、考え方が変わっているというか……」
「中学不登校時代は時間だけは有り余ってたからな。おかげで読書時間を確保できた」
「どんな本を読んでたの?」
「近所の図書館に置いてある本をテキトーに見繕って読んでたよ。詩とか格言集は好きなページから読んでも意味が通じるからオススメかな」
「詩ってなんだか難しそう」
「難しいというか、基本はイミフだから理解できなくても落ち込む必要はない。むしろあの手のものは消化不良で頭の中をぐるぐるしてしまうことに意味がある」
「ますますもって難しそう……」
「あとは単純に音として楽しむのもアリだな。『どっどどどどうどどどうどどどう』なんてその最たる例さ。もはやここまでくると呪文だよな」
「宮沢賢治だっけ?」
「いかにも。もうちょっと頑張れば国語で遊べるぜ」
 実は朝、学校に行く前にあの番組観てます。ややこしや、ややこしや。
「前から気になってたけど、翔馬って苦手教科あるの?」
「以前、俺の絵がボロクソに評された覚えがある」
「そうじゃなくって、いわゆる五教科で」
 氷華梨に問われて、思い返してみる。
「高校受験では特に苦労したのはないな。俺の場合、中学での内申点に期待できないから、試験ではぶっちぎりな高得点をたたき出す必要あったし」
「翔馬のIQが気になる発言だね」
「それ? 例の事件で捕まったとき精神鑑定ついでに計測したよ。一六〇だったけど……俺の場合は社会性を育てろってカンジだよな」
 恥ずかしさがこみ上げてきて苦笑するしかない。
 ところが氷華梨は眉間にシワを寄せていた。
「前にテレビでIQが一四〇を超えたら天才だと聞いたことがあるんだけど……」
「らしいね。でも、だから何? どんだけ頭が良くてもそれを人の幸せのために使えなかったら意味ないよ。俺って、本当にクソだよな」
 本当に、俺は詐欺事件で捕まるまで人生を棒に振っていたんだよな。
「翔馬……」
 氷華梨が身を乗り出して、俺に抱きついてくる。
「ど、どうしたいきなり?」
 氷華梨の熱で、頭が茹だる。
「私、翔馬を信じてる」
「うん、だたまあ、俺が俺自身を信じてないわけだけど……」
「だけど私は翔馬を信じてる」
 俺の胸に顔をうずめる氷華梨。
「どうしてお前は泣きそうな声をしてるんだよ?」
 奇々怪々な事態が俺には理解できない。
 彼女の震えが解明できない。
 IQって本当に使える指数なのかについて疑問符を付けざるを得ない。
「ごめん、今の私って暑苦しい?」
「暑いのは夏のせいだからだろうよ」
 俺の目頭が暑いのも夏のせいにしてしまえ。
 胸が苦しいのも、頭が痺れるように痛いのも、鼓動がうるさいぐらいに高鳴るのも全て夏のせいだ。

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