アルカナ・ナラティブ/第13話/07

 朝。目覚めたら、横で女の子達が寝息を立てていた。
 右横には久留和、左横には氷華梨。人生がハーレムルートに突入したかのような光景。もしかしたら、俺は人生の運をここで使い果たしてしまったかもしれない。
 開け放たれた窓からは、雀がチュンチュンと鳴く声が聞こえてくる。
 一応断っておくが、氷華梨も久留和も衣服は着用している。故にR指定しなくても問題ない。
 昨日の晩の布団の所有権は話し合いの末に、みんなで妥協することとした。布団を横にして、みんなで上半身だけ布団の上に乗せて眠った。
 隣で眠っている氷華梨の顔に、思わず見入ってしまう。
 寝顔もまた可愛らしい。これは写真に収めておく必要がある。
 枕元に置いてあった携帯電話を取り出すと、俺はシャッターを切った。
 カシャリという音が室内に鳴り響く。
「ん、むにゃ、おはよう翔馬……って何をしてるの?」
 シャッター音が氷華梨の安眠を遮ってしまったようで、彼女はまぶたを重たげに持ち上げる。
「大丈夫だ、問題ない。眠たいようなら二度寝してくれて構わない」
「……もしかして、私の寝顔撮った?」
 単位時間あたりの氷華梨の瞬きの回数が増加。
「これは大事なことだから落ち着いて聞いて欲しい」
「うーん、何だろうなあ」
 氷華梨の眉間に若干ながらシワが寄っている。
「この写真、七代先までの家宝にしてもいい?」
 正々堂々と、俺は氷華梨の寝顔を壁紙に登録したディスプレイを提示。
 これに大して氷華梨は沈黙をもって応える。
「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」
 俺はヘルマン・ヘッセの『エーミール』からの引用を駆使しつつ、写真の防衛を図る。
 これに対しても氷華梨は無言の圧力を加えてくる。
 ところが、しばらくして氷華梨はやれやれと言わんばかりに自らの携帯電話を取り出す。何がしかの操作を加えて、ディスプレイを俺に提示。
 そこには俺の寝顔が写っていた。
 ……って、オイ。
「実はさっき、私も写真を撮ったからおあいこかな」
「お、おう。引き分けにするのは大事だな。ちなみにその写真を消去する予定は?」
「翔馬は私の写真を消去する予定は?」
 まるで狐と狸の化かし合いの様相。氷華梨も随分とたくましくなられましたわい。
「あー、よく寝た。やっぱり二度寝は最高だな。ってか、お前ら何二人で見つめ合ってるの?」
 俺から見て、久留和の向こうで眠っていた四塩先輩が目を覚ます。彼女は立ち上がり、俺たちを俯瞰する。
「お互いの持っている寝顔写真をどう扱うかの外交交渉中だ」
「なんとまあ、恋人同士で甘いイベントを展開しちゃって。だったらこの写真もいる?」
 今度は四塩先輩まで携帯電話を操作して、一枚の写真を取り出す。
 そこには、俺と氷華梨が並んで眠っている姿の写真。
 ……これは事案ですわ。
 俺も氷華梨も目が黒い内はそんなものを見過ごすわけにはいかないが、あいにくと両者とも白目を剥いていた。
「とりあえず、アドレス知ってる翔馬にこの写真送っておく。どう使うかは二人で考えな」
 俺の携帯電話にメール着信あり。四塩先輩の撮った写真が届いていた。
「さてと、とりあえずコンビニで朝飯でも買ってくるかね」
 さらりと話題転換の言葉を繰り出す四塩先輩。
 俺たちとしては、もう泣き寝入りするしかない。
「ふぁ~、おはようございます。何かあったのかしら?」
 最後に目覚めた久留和が、生気を抜かれた俺と氷華梨を見て不思議そうにしていた。
「四塩先輩にしてやられた。弄ばれた。被害届を出そうか検討している」
 枝葉末節を省いて、今後の方針だけ打ち出していく俺。
「あらあら、大変ですわね。四塩先輩は一筋縄でいく相手ではありませんわよ」
 ニタニタとしながら久留和は言った。
 しかし、これに氷華梨が意外な一言を繰り出した。
「ダウト……?」
 という宣告は毎度恒例の嘘を見抜く魔法の判定結果。
 今の久留和の言葉のどこに嘘を混ぜられる余地があったというのだろうか。
 とはいえ、久留和は『しまった』と言わんばかりの顔。
「四塩先輩は一筋縄ではいかないってのが嘘なら……案外、ちょろい相手ってこと……なのか?」
 言いながらも、俺は釈然としなかった。
 どう見積もっても、四塩先輩は取り扱いが難しい相手な気がする。一筋縄を用意しても、簡単に縄抜けしてしまいそうな印象を受ける。
「このアタイ、プリティ福沢は花も恥じらう可憐な乙女さ」
「そこまで豪快に誤魔化されると、もはや追求する気にすらならんな」
 プリティ福沢って誰だよ。プリティ長嶋の亜種か?
「ところでいつまで周防ちゃんは家出する予定だい? 長引くならコンビニで生活物資とかも買っておく必要があるよな」
 プリティ福沢こと四塩先輩が氷華梨に聞く。
「具体的には考えていません。ただ、私は両親に翔馬との交際を認めてもらえるまで粘るつもりです」
「恋をした人間の意志ってのは硬いものだから、アタイも可能な限り付き合ってやるよ」
「……いいんですか?」
「乗りかかった船だからな。それにほら、こんなに可愛い子を自分の家に置いておけるなんて滅多にないイベントだ。天からの賜り物に感謝」
 軽薄な言い方で四塩先輩は返す。
「ですがいつまでもこの家に居候というのも問題がありませんか? 問題解決の糸口ぐらいは見つけたいものです」
 久留和が不服そうに言った。
「一理あるけど、だったらどうしたものか……お、そうだ。それこそ久留和ちゃんの魔法が役に立つかもしれないな」
 四塩先輩は手を打ち鳴らす。
「面白い着眼点ですわね。周防さんの両親が交際を認めてくれないというなら、家族関係から洗い直すのは有効な手かもしれませんわ」
 同意する久留和は氷華梨を見つめる。
「というわけだ、ちょいと久留和ちゃんに家族力動を調べてもらうってのはどうだ? というか、それをアタイの家に居候するための家賃としよう」
 そんなことを言われては氷華梨も断るわけにはいかず、
「わかりました。久留和さん、お願いします」
 手を差し出した。
「了解です。では――」
 氷華梨の手に触れる久留和。
 久留和の魔法【アッカーマン】は、触れた相手の家族のつながりを分析できる。
 氷華梨が自覚しているものからそうでないものまで、現在スキャニングしているのだろう。
「情報の分析は完了いたしました。氷華梨さんはご両親と三人暮らしで、父方の祖母は現在入院中。他にも付き合いがある親類縁者はいますが、これは口で言うよりは図に描いた方が早いですわね」
 顎に手を当てながら久留和が解説していく。
 しかし、氷華梨は目を点にしていた。
「父方の祖母が入院中?」
「ええ、いかにも。……まるで知らなかったような態度ですわね」
「うん、初めて知った。どういうこと……?」
 氷華梨の顔中に混乱の色が広がっていく。彼女は大慌てで携帯電話を取り出す。両親からの連絡をシャットアウトするためにオフにしていた電源をオンにする。
「もしもし、お母さん? 今どこ?」
 不安げな声の氷華梨は、しらばく母親と話し込む。
 そして……。
「どうしよう……お婆ちゃん、昨日の晩に交通事故にあって重体だって」
 愕然としながら俺たちに告げる。
「な、どうして……?」
 俺も俺で突然の事態に頭が回らない。
「家出した私を探すために、お父さんの家に行こうとしたみたいなの。その道すがらに車に轢かれたらしいの」
 青ざめた顔で、氷華梨は言う。
 呆然と、完全に身体に力が入っていなかった。
「私のせいだ……私が家出なんて無茶苦茶なことを言い出したせいだ」
 うわ言のように氷華梨は言う。
 そんな彼女に俺は。
「お婆さんの容態は?」
 努めて冷静に事実確認していく。
「一命はとりとめたけど、未だに意識は取り戻していないって」
「だったら……氷華梨、今すぐに家出は中止だ。お婆さんが運ばれてる病院に行こう」
 俺は彼女の手を取った。
「でも……私は……どんな顔でお父さんたちに会えばいいの? 私のせいで……お婆ちゃんが死んじゃうかもしれない」
「俺も着いていってやる。二人で謝ろう。そうすれば……」
 言っている俺とて怯えていた。
 もし氷華梨の祖母が死んだら、責任の一端は俺にある。氷華梨が俺と付き合いさえしなければ、こんなことにはならなかった。
「翔馬……翔馬……!」
 焦点の合わない瞳の氷華梨。俺はただ、そんな彼女を抱きしめることしかできなかった。

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