アルカナ・ナラティブ/第14話/01

 九月一日です。残暑お見舞い申し上げます……とでも言うと思った? 残念、今日も朝からクソ暑い一日なのです。
 学校最寄駅の駅舎を出ると、テンションの設定に難儀するほどの太陽光線。太陽神は今日も地上の人々にトキメキ熱視線を振りまく。その情熱は冬場まで持ち越してほしいものだ。
「秋はいつ来るんだろう……」
 誰にともなく一人ごちると、学校へと歩みを進める。
 移動は努めて日陰を使わないと脳がとろけてしまいそうだ。『とろける瀬田翔馬』なんて誰得な品を生産するわけにもいかない。
 夏休み明けの初日の通学路には、生ける屍の化した高校生軍団の姿。一学期の終業式で校長が『夏休み明けは元気な姿を見せてください』と言っていたが、叶いそうもない願いである。
 みんながみんな、夏休みが終わった現実を完全に受け入れられていない様相。心の中の名監督が『諦めたら、そこで夏休み終了だよ』とか鼓舞しているのかもしれない。いくら頑張っても今日から新学期だけど。
 ならば、もう現実は受け入れてしまうべきだ。運命を認めたときから、運命は自分の一部になる。自分の一部になれば、下手に振り回されることはなくなる。
 いくぞ二学期――日数の貯蔵は充分か!
 俺は敵意を向けて輝く青空を仰ぎ、心の中で唱えた。著作権的にどうなのかとも不安になりながらも憲法で保障される表現の自由を信じて。
 しっかし……。
 街ゆく生徒たちの目が、心なしか冷ややかだ。好奇と侮蔑が綯交ぜになったような眼差しが俺をなぶってくる。
 それが被害妄想でないとすれば、理由は一つしかない。
 みんな俺を犯罪者として見ているのだろうな。
 悪事千里を走る。今の時代なら、インターネットの力を借りて地球の裏側でも情報を入手できる。
 心ない連中やアクセス数稼ぎが目的の輩が、賑々しく詐欺師が高校生をやっている件を記事にしているのだろう。
 怖くて見てないけど、記事のタイトルは『【悲報】犯罪者がのうのうと高校生している件』あたりかな。
 四塩先輩の提案で氷華梨と距離を置くことにしたのは逆に好都合かもしれない。氷華梨は俺と一緒にいたいと言って覚悟を決めていた。
 それに引き換え、俺の方は決心を固めきれずにいた。
 信念がぶれている。
 人として軸がぶれている。
 そして、いつもの疑問。
 俺ごときが幸せになってもいいのだろうか?
「おやおや翔馬君、幸福度が乱高下してるけど何かあったのかな?」
 しょぼくれながら歩いていると背後から声。振り向くと、【女帝】のアルカナ使い三国先輩がいた。言葉の内容から察するに彼女の『相手の幸福度がわかる』魔法は俺の揺れ惑う心を見抜いたらしい。
「おはよう……相変わらず元気そうだな」
「いかにも! 夏休みが終わったからってあたしはヘコたれたりしないのさ」
 えっへんと胸を張る三国先輩。ですが先輩のポーズは刺激的すぎます。三国先輩はありていに申し上げてナイスバディであり、そんな人が胸を強調してごらんなさい。童貞男子高校生には必殺の一撃。くわえて汗のせいで彼女のシャツは肌に張り付いているわけで、準戦略兵器に指定すべきじゃないかな、これ。
 視線と煩悩のやり場に困って目を反らす。
 でもまあ、そんなことをすれば俺の下心など魔法なしでも露呈するわけで。
「むむう、こっちを見て話してほしいものだねえ。もしかして、これが気になってる?」
 とか言って、俺の腕にしがみついてくる三国先輩。ふくよかな胸が俺の二の腕にあたる。
 周囲の男子生徒がうらやまけしからんと言わんばかりの眼差しを俺に向けてくる。
「せ、先輩、何を??? というか、あたってる!」
 瀬田翔馬は混乱している!
「うん、あててるからね」
 にへらと笑う三国先輩は論議の余地なくクリティカルヒット狙い。
「あー、なんというか……俺に何か用でも?」
 全力で話を逸らそうと試みる。
「特に用はないけど、翔馬君が一人でしょぼくれながら歩いていたから何かあったのかなーって」
「男には色々あるもんだ、と誤魔化すのじゃダメ?」
「悩み事あるところにメンタルヘルス部あり。困ったときはお互い様だよ?」
「それは世間では余計なお節介という」
「やらぬ善よりやる偽善さ!」
「三国先輩一人に俺の悩み事をぶちまけて、その重荷を背負わせるのは気が引けるから……」
 なんて言っていると、更にもう一つの声。
「いやいや今日は特別でね。もう一人来ているんだ」
 どこぞの素晴らしき人みたいな台詞。メンタルヘルス部には十傑集でもいるのか? ……天野先輩なら本気でそんな連中を集めかねないから怖い。
 そこにいたのは見知った顔。
 顔の右半分から右腕にかけての火傷跡と、残り半分の妖しいまでに美しい顔が印象的な女性だった。
【死神】のアルカナ使い四塩虎子だった。実のところ彼女の本名は四塩虎子でないが、便宜上この名前で呼ぶことにする。
「煌、翔馬を解放してやれ。もしもこの現場をこやつのカノジョが目撃したら修羅場だ」
「了解だよ! 虎子ちゃんは慈悲深いね」
「そういうお前は罪深いよ。翔馬からエネルギーを吸い上げてしまうとはな」
「いやはやお恥ずかしい」
 照れ笑いを浮かべる三国先輩の顔つきが心なしか艶やかになっていた。
「んで翔馬よ、歩きながらお悩み相談といこうか」
 言いながら、軽快に指を打ち鳴らす四塩先輩。真空波でも生み出しそうな勢いの指パッチン。すでに真っ二つになっていた俺の心に塩を塗りこむのやめてくれませんかね。
「悩みってほどのことではないけど、周りの視線が気になるって話だよ」
「そりゃあ、今やお前は我が校一の有名人だからな。みんな気にもするさ」
 四塩先輩は肩をすくめながら言う。
「正直、学校に通うのがシンドイ」
「んじゃ、逃げる?」
「それは……嫌だな。逃げたら、手を差し伸べてくれた氷華梨への裏切りだ」
「だったら這いつくばってでも学校に通えばいい。あがくということが生きるということだ」
「【死神】に生きろと言われるのは、相変わらず不思議な気分だな」
「【死神】が大げさにデスサイズ掲げていれば、まともな奴なら全力で生き延びようとするだろ? きっと、アタイに与えられた仕事はそういうことなのさ」
「究極の自助努力だな、オイ」
「未来の猫型ロボットに便利な道具を借りられないなら、あとは努力するしかない。このアタイ、トラえもんのポケットにはひみつ道具はおろか、ビスケットすら入ってないし」
「あーあ、生きるって複雑怪奇!」
「そういう場合、往々にして自分が問題を難しくしているだけだ。自意識過剰は身を滅ぼすことだけは心得ておいてもらいたいな」
 四塩先輩と三国先輩と喋りながら、下駄箱で彼女らと別れる。
 教室までたどり着くと、クラスメイトと夏休みの思い出話なんぞで時間を潰す。
 体育館で催される億劫な始業式を耐えきると、教室でホームルーム。
 ちなみにその間、氷華梨とは朝の挨拶を交わした程度。二人して、どんな距離が適切かわかっていない。
 ホームルームでは、担任から「無事にみんなと二学期を迎えられて嬉しいです」みたいな挨拶と、諸連絡を申し渡される。
 どうせなら、このまま今日一日が終わってしまえばありがたい。
 日本の学生は全体的に、全日本もう帰りたい協会の会員だ。かくいう俺も例外ではない。
「はい、じゃあ学級長。次は学園祭のクラス企画の内容について話すからとりあえず前に出てきて」
 担任からの招聘を受けて、俺はのっそりと席を立つ。
「はーい、それじゃあ皆の衆、良い感じのアイデアを出してくれや」
 学級長の業務に関しては無気力の俺。クラスメイトの自主性を重んじて意見を求めていく。表現の自由を賛美するかのような態度には、全世界からスタンディングオーベーションがあっても不思議ではない。
「ちょっと待ちなさい。実は今日はそういう話じゃないの」
 俺の司会進行にクチバシを入れてきたのは、意外にも担任だ。
「えっと、だったらどういう話だろう? みんなで話し合って、並々ならぬ企画を練っていくのが学園祭じゃないの?」
 といっても、当方は中学時代に不登校児でした故、正しい学園祭のあり方とか知らないけど。
「本来ならばみんなで意見を出し合って決定していくべきだけど、今回はちょっと話が違うのよ。このクラスの企画は郷土史研究ということになりました」
「待ってくれ、超展開過ぎて意味がわからん。どういうプロセスを経て、その結論が出てきた?」
 いきなりの通達に大混乱する俺。
 俺だけでなく、クラスメイトにも困惑の色が浮かんでいた。
「学園祭関連の責任者の先生が、そういう決定を下しました」
 身も蓋無なく、担任が言ってくる。
 俺としてはもう、ぽかんと阿呆な顔をするいしかない。
 あるいは渋い声で「待たれよ」とか担任を静止してみるか? いや、あだ名が待たれよ卿になるかもしれないからやめておこう。
「どうして学校側が、うちのクラスの企画を勝手に決めちゃうんです?」
 クラスメイトから当然の声が上がった。
「それは、このクラスが万が一にでも目立つ企画をすると困るからよ」
「何を言って……? そもそも学園祭の企画って壮大に盛り上がった方がいいんじゃないの?」
 俺が見たマンガとかだと、学園祭とは生徒が盛大にはっちゃける場だった気がする。まあ、二次元にソースを求めるのは間違っているかもしれないが。
「ええ、本来ならクラス企画は節度ある範囲なら賑やかなほど素晴らしい。でもね……」
 口ごもる担任。
「一体、何があった? 詳しく話してくれ」
 普段なら割ときっぱりと物を言ってくるのがうちの担任の仕様だ。にもかかわらず、彼女が躊躇するというのは事件のにおいがする。トラブルの種は早々に処理するに限る。
 俺の顔を見ながら、担任は、
「学校側が保身に走ったのよ」
 どういうことだよ、と聞こうとして俺は気づいてしまった。
「もしかして……原因は……俺?」
 普通に考えて、このクラスに問題があるとすれば前科者の俺だ。
「もしもこのクラスの企画に問題があった場合、翔馬の存在が取りざたされるかもしれない。そうなる前に、安全策を張り巡らしたい。そういう意向らしいわよ」
「スキャンダルの種は、未然に潰しておこうってわけかい」
 そりゃそうだよな。今の世の中、ネットで根も葉もない噂話が加速度的に拡散する時代だ。
 詐欺師として根も葉もある俺のことを隠蔽したくなるのは自然の摂理だ。

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