アルカナ・ナラティブ/第14話/02

 放課後。
 学級長である俺には、クラス企画の概要書を学園祭実行局に届けるだけの簡単なお仕事が残っていた。
 概要書は俺が書いたわけではない。学校側が企画のコンセプトから計画表までご丁寧に用意してくれていた。
 コンセプトには『地域の人に愛される清く正しい高校生活を送るためには郷土史を学ぶ必要があり、そこでクラス一丸となって地域の歴史について図書館資料などを通じて学んでいく』みたいな味気がない文言がならんでいる。
 読む限りでは楽しくなさそうだ。こんな企画に胸をときめかさるとしたら、よっぽどの郷土史マニアか心の闇が深いかのどちらかだ。
 とはいえ、学園祭の企画なんてそんなものでいいのかもと思う自分もいる。
 もしもクラスの連中が、思い思いにやりたいことを言いだしたら意見がまとまらないに決まっている。それだけでなく、中にはクラス企画なんて面倒事はやりたくないとか言い出す輩も出てくるに違いない。
 そんな事態でもまとめ役は俺に回ってくるのは確定。だったら、学校側から押し付けられた企画で進めるのも手かもしれない。
 クラス企画がつまらないのは学校側のせいで、決して俺の手腕がヘボいからではないと言い訳が立てられる。
 もちろん、学校側から勝手な企画を押し付けられたのは俺がクラスにいるからで、それについての訴追は避けられない。けれど、何について責められるかが事前にわかっていれば、自分が防御する範囲も必然的に予測できる。
 学校側に企画を押し付けられるのも決して悪いことばかりではない。
 そうやって俺は自分を納得させることにした。
 納得すれば、心持ちと足取りは幾分か軽くなる。
 学園祭実行局の部屋の前までたどり着く。学園祭実行局は体育館一階の入口を抜けたすぐのところにある。魔法研究部の部室がこのフロアの最奥にある関係で場所だけは知っていたが、お邪魔するのは今日が初めてだ。
 室内がどうなっていて、そもそもどんな人がいるのかは情報がない。もっとも企画の概要書を提出するだけだから時間がかかるわけもない。
「失礼するぜ」
 意を決して俺は扉を開けた。
「いらっしゃい……えっと、誰だ?」
 俺を出迎えてくれたのは、扉の先にある席に座っていた男子生徒。小柄でありながら、顔つきが引き締まっていて、油断ならない雰囲気を醸し出していた。
「一年五組の学級長をしている者だ。クラス企画の概要書を提出しに来た」
 自分が何者かを明かして、俺は持っていた概要書を男子生徒に手渡す。所属だけ明かして自身の名前を明かさないのは、俺が学校で話題の詐欺師・瀬田翔馬であるのを少しでも隠したかったからだ。
「おお、そうかい。そりゃご苦労さま。俺は二年の北出叶矢(きたできょうや)。学園祭実行局の局長だ」
 概要書を受け取ると、北出先輩は早速目を通し始める。きっと、概要書に記入漏れがないかを確認しているのだろうが、その辺は問題ない。学校側が作成しただけのことはあり、完璧に記入欄は埋められている。
 ところが、北出先輩は言うのだ。
「おいおい、冗談はやめてくれよ。こう見えて俺も結構忙しい身の上なんだぜ?」
 半眼で力なく笑いながら、概要書を俺に突っ返してくる。
「埋めるべき項目は全て記入済みのはずだが?」
 目を瞬かせながら尋ねる俺。
「確かに書類としての不備はない。どこのクラスの概要書よりも綺麗に見やすく書かれている」
「だったら問題ないじゃないか。そっちこそ冗談はやめてくれよ」
 彼の言わんとする内容が把握できずに、俺は少しばかり苛立ちを覚える。
「いやいや、わからねえかなあ。俺は別に小奇麗な書類が欲しいわけじゃねえんだ。あえて言うならこの書類にはパンチがない。お前みたいな赤みを帯びた人間が持ってくるようなシロモノとは到底思えない」
 ……赤みってなんだろう?
 俺は首をかしげながら考える。
 というか北出叶矢って名前、どこかで聞いたことがあるような……。
「あんたは一体……?」
 おっかなびっくりに聞いてみた。
「んーっと、お前が一年五組の学級長ってことは名前は瀬田翔馬で、同時に【魔術師】でもある。間違いはないよな?」
 聞かれて俺は苦々しい思いだった。
「あ、ああ、そうだけど……俺を【魔術師】って呼ぶからには……そうか!」
 ようやく自分の失念に気づいた。
 俺が北出叶矢という名前に心当たりがあったのはアルカナ使い研究書で目にしたからだ。
「ようやく気づいたか、意外と鈍いな。俺もアルカナ使いの一人で、対応アルカナは【塔】だ」
 意地悪い笑みを浮かべる北出先輩。
「魔法は確か【レッドゾーン】――問題児がわかるって内容だったっけか?」
 確認の意味を込めて聞いた。
「その通り! 俺の目には問題児ほど赤みがかったオーラが見える。俺には翔馬が学校でも五本の指に入るほどに真っ赤に見えるわけさ。ところが、お前の提出した概要書はどうだ。全くもって健全でお利口で、問題のモの字もありやしない。こんなのおかしいだろうが」
「待ってくれ。俺って問題児なのか?」
 北出先輩の言い分に愕然とするしかない。
 俺の過去とか来歴が泥だらけなのは変えようがないとして、今現在が真っ赤な問題児とは何事だ。
「そりゃあもう、綺麗な赤がお前の背後で渦巻いている。銘品を手にした茶道家みたいに『これはこれは』と感嘆したいくらいさ」
 ふざけた例えであるが北出先輩の口ぶりは、俺を茶化しているようには見えない。彼の目は好奇心で輝いていた。
 その有り様が不気味でさえある。
「百歩譲って俺が問題児としよう。そんな奴を前にどうして北出先輩は楽しそうなんだ? 普通は嫌だろ、問題児の相手なんて」
「おいおい、お前はアルカナ使いが普通の感性を持ってると思ってるのか?」
「……グウの音もでないご指摘だ」
 脳裏によぎるのは、俺がこれまで出会ったアルカナ使いたち。
 制服の上に黒マントを羽織る奇人。
 メンタルヘルス部なんて部活をつくる変人。
 他者を虐げるために一方的な断罪を下す妖人。
 耳が聞こえないというハンデがあってもひたむきに生きる強者。
 他にも高校生の平均値からかけ離れたような連中がアルカナ使いには盛りだくさん。
「中途半端に問題児だと取り扱いが面倒な物件だが、ズバ抜けてしまえば味わい深いものさ」
「出過ぎた杭は打たれないってことか?」
「どっちかというと、ゲテモノは美味しいと言うべきだな」
「あんた、容赦ないな」
「大丈夫、俺もアルカナ使いである以上はゲテモノでクセモノだ。自分では良いカードを引いたとガッツポーズしている」
「ポジティブすぎるだろ。【塔】のカードって、意味合いだけでいえば大アルカナで最悪じゃないか」
「基本的に正位置でも逆位置でも悪い意味合いだからな。アクシデントに災害、窮地に不当な弾圧。いうなれば、人生で起こるトラブルの暗示さ」
「なら【塔】のアルカナが良いカードと言える理由はどこにある?」
「俺のモットーはウェルカム・トラブルだからな。嵐は希望を鍛えるものなのさ」
 ……かけるべき言葉が見つからない。
 北出先輩が本心から今の言葉を吐き出したとしたら、ポジティブなんて評価では生ぬるい。
 クレイジーだ。
 それこそこの人こそが最大に問題児とさえ言っても差し支えないほどに壊れている。
 北出先輩が現在知るアルカナ使いの中で一番お付き合いを避けたい人のトップとして位置づけられる。
「話を戻すけどどうして俺が問題児だとして無難なクラス企画の概要書じゃいけないんだよ。そっちが学園祭の元締めだとしても、こっちの事情にとやかく口を出すのはやめてもらいたいな」
「お断りだ! 俺が作りたい学園祭のコンセプトはズバリ『でしゃばれ自分』だ。空気の読み合いだとか、大人の事情なんてナンボのもんじゃい! 一瞬を駆け抜ける雷のように高電圧なイベントを目指している」
 どうしようこの人。俺ごときが止められる気がしない。
「学校側と摩擦が起きるぜ? 無用なトラブルを避けるのも組織をまとめる長の仕事のはずだ。あんたのわがままは職務放棄だ」
「ほうほう、つまり翔馬は学園祭を無難にやり過ごしたいと?」
「できることなら厄介事はない方がいい。無事これ名馬の例えもあるぜ? 無意味な炎上なんてゴメンだね」
「ふむ、炎上か。面白い言い回しだ。【塔】のアルカナの意味解釈の一つとして使えるな。クソッ、『炎上をおそれるな』を学園祭のコンセプトにするのもアリだったな。いや待て、今からでも遅くない、せめて週間目標にしてもいいな」
 しまった、火に油を注ぐ結果になってしまった。それこそ北出先輩のモチベーションが大炎上している。
「どうしても先輩は引く気がないみたいだな」
「おう! 一欠片もないな。というわけで翔馬は概要書を持って回れ右だ。明日の放課後までに、お前のクラス企画を持ってこい」
「だが断る! この瀬田翔馬が最も好きな事のひとつは自分が強いとおもってるやつに『NO』と断ってやる事だ」
「面白い! 俺に立ち向かってくる勢いは良し。後はそれを保身のためではなく、挑戦に使うだけだ」
 獰猛な笑顔を浮かべながら、北出先輩は立ち上がり拳をゴキリと鳴らす。
 これって戦闘突入へのイベントだったの?
 北出先輩から放たれる貫禄はボスクラス。フロアからの逃走は不可能っぽい。
 おいおい、こちとら回復アイテムの備えなんてないぞ。
 北出先輩はすっかりコミュニケーション(物理)への覚悟を決めておられる様子だ。
 あー、これは保健室のお世話になるフラグですわ。
「こらこら、どんな理由があっても暴力はいけないよ」
 すっかり未来に絶望していると、横から声がした。
 声に驚く俺。
 今しがたまでこの部屋には俺と北出先輩の二人しかいなかったはず。なのに、見知らぬ男子生徒が隣に立っていた。
「なんすか、水鏡先輩。俺はちょっとこいつと話があるんですけど?」
「話は口頭ですべきであって、拳は用いるべきではないよ。君が組織の長ならなおのことだ」
 水鏡先輩と呼ばれた男子生徒がなだめると、北出先輩は毒気を抜かれたかのうように闘魂を鎮めていく。
「さて、うちの局長が失礼したね。はじめまして、僕は三年生の各務原水鏡(かがみはらみかがみ)。この学園祭実行局の副局長で、そして【節制】のアルカナ使いだ」

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