アルカナ・ナラティブ/第14話/03

 各務原水鏡なる名前もアルカナ使い研究書で知っていたが、どんな人物かまでは知らなかった。
 各務原先輩は、一言で表すと特徴のない人だった。
 身長は高くもないし低くもない。容姿は良くもないし悪くもない。声は大きくもないし小さくもない。
 男子高校生の平均値を顕現したかのような無個性さ。どんな集団に混ぜても馴染んでしまいそうな人だった。
「えーっと、各務原先輩はいつからこの部屋にいた? 俺はもう一回自己紹介をするべきなんだろうか?」
 特徴のない相手にどのように接するべきか方向性が決められない。
 威圧的な相手なら激突を避けるように柔軟に対応すればいい。萎縮している相手ならこっちで会話をリードすればいい。
 子どもの頃からロクでもない大人たちに囲まれて育ち、それゆえ人を見る目はある程度養われてきたつもりだった。
 なのに、各務原先輩はそもそもの人柄が掴めない。
「僕は君がこの部屋に入ってきたときには室内にいたよ」
 各務原先輩は微笑む。彼の表情が俺を安心させるためのものか、はたまた嘲弄しているものなのかが見えてこない。
 各務原先輩は確かに目の前にいる。なのに、空気に向かって話しているような気分になってくる。
「そう……なのか。申し訳ない、概要書を提出することばかりに注意が向いていたから気がつかなかった」
 とりあえず自分に非があることにしてみたが、言っていてしっくりこない。
「僕に並々ならぬ注意を向けているが、僕は見ての通り没個性の塊だ。面白みを求められても何も出てこない」
「あ、いや……別に悪意があって注意を向けているわけでは……」
「ともあれ、これが僕の魔法【ロスト・ワン】だ。魔法効果は『相手の注意しているものがわかる』――ひどく奇怪なシロモノだね」
 苦り切った顔で各務原先輩は肩をすくめる。
「ああ、研究書にそんなことが書いてあったな」
 一応、彼の魔法を知っているつもりではあった。
 けれど『相手の注意しているものがわかる』とただ書かれても想像を膨らませにくい。
 研究書の記述者はヒノエ先輩で、彼女の説明能力のなさは筋金入り。もうちょっと備考欄を豊かにしてほしいものだ。
「相手の注意しているものがわかるってのは、どうにも曖昧だな。具体的に何がどうわかるんだよ?」
「相手の意識の矛先と言い換えてもいいだろうね。例えば、翔馬君はながら作業ができるだろうか?」
「んー、宿題はラジオや音楽を聴きながらやってるし、クラスメイトと話すときは相手の身振り手振りも見ているから、ながら作業は得意な方だ」
「ならば君は多面的に意識を集中させることができると言えるだろう。逆にいえば普段は一つのことに没頭しすぎて周りが見えなくなるというのは少ないそうだ」
「おっしゃる通りで」
「人間が一度に割り当てられる意識の量には限度がある。今現在も君は僕と話しているからには、それ以外の事柄には注意を向けることは難しい。僕の魔法はね、相手の注意のベクトルを感知できるんだ」
「わかったようなわからんような……。それと俺が各務原先輩に気づかなかったのとどういう関係が?」
「君がこの部屋に入ってきた瞬間に、僕は君が概要書と自分自身の挙動に注意を向けているのがわかった。要するに君は非常に概要書に対してナーバスになっていると判断したわけだ」
 各務原先輩はさらりと言うが、俺はゾクリとした。
「つまり俺の心中が読めていた、と?」
「言葉を選ばずに言うとそういうことだね。ナーバスになっている相手に学園祭実行局の人間が複数で対応すると萎縮しかねない。そこで僕は自分の存在を君の注意が向かない場所に置いて、君と叶矢君が二人で話し合える環境をつくってみた」
「それは極めれば透明人間みたいに振る舞える力じゃないか?」
「うん、自覚はしているよ。【姿なき徘徊】と書いて【ロスト・ワン】とルビを振るのも風情があっていいよね」
「俺の学校生活を学園バトル物に塗り替えるのだけは勘弁してくれよ?」
 当方、口先と頭が少し回るだけで戦闘力は皆無ですからね。相手が雷撃魔法とか水龍召喚してきたらどう戦えばいいのかわからない。幸いにしてアルカナ使いの魔法は基本的には効果が微妙なものだから助かってきたけど。
「文芸部の部長を兼任している僕としては、そういう展開も楽しそうで好きだね。想像と妄想が膨らんで面白そうだ」
 なるほど、この人もアルカナ使いである以上は変人にカテゴライズされますか。
「北出先輩の魔法で見れば各務原先輩も問題児……なんだろうな」
 辟易しながら言ってみせる俺。
「水鏡先輩にはまったく赤みはないぜ?」
 北出先輩の言い分に俺は眉をしかめた。
「各務原先輩が……アルカナ使いなのに問題児じゃない?」
「北出君の魔法によれば、僕は毒にも薬にもならに人間らしいよ。現実的に見て、問題児ではない僕は教師陣から厭われることはないに等しい」
「優等生のアルカナ使い……そんな奴がこの学校にいようとは」
「アルカナ使いの人たちにも、きちんと学業成績を出している生徒はいるよ。三年生の主席と次席はどちらもアルカナ使いだ」
「ヒノエ先輩の成績は魔法を使ったチートで、天野先輩は不思議な言動が目立つけどな」
「確かにあの二人も問題児と言っても差し支えないね。問題児として学校側に問題をばらまいている」
「各務原先輩は、まったくもって普通っぽいよな」
「やりすぎにならず、やらなすぎにならないのもエネルギーがいるものだ。いつまでもぬくぬくと浸っていられるぬるま湯であるように温度調整する。それが僕の唯一ともいっていい特技かな」
 凪の水面の微笑みを浮かべる各務原先輩。
「とはいえ、学園祭実行局で一番偉い北出先輩がアグレッシブすぎる。各務原先輩の人柄が途方もない美徳だ」
「おっとっと翔馬、ずいぶんと聞き捨てならない指摘だな」
「聞き捨てないで、ちゃんと吟味してほしいぜ。そもそも問題児なんていない方がいいに決まってるじゃないか。そんな奴はトラブルの原因で、クラスや学校がぐちゃぐちゃになる」
「……おまえは何を言っているんだ?」
 まるで煽りVTRに出演する格闘家みたいな厳しい顔の北出先輩。
「だってそうだろう? 大半の人間は……きっと馬鹿で阿呆で臆病だ。トラブルのタネをわざわざ発芽させようなんて思わない」
「へえ……つまりお前は今まで出会った人間が、みんな度し難いクズだったと言いたいのか?」
「違う、そうじゃない! 俺はこれまで色々な人たちに助けられてきた」
 それは氷華梨だったり、クラスメイトだったり、天野先輩やヒノエ先輩だったり、他にも数え上げればキリがない。
「だったら人間に絶望する必要なんてどこにもない」
「でも……どれだけ周りの人間が素晴らしい人間でも、俺自身が結局どうしょうもない人間だったら意味がない。現実問題として、俺がいるせいでうちのクラスは自由にクラス企画ができない状態だ」
「ふーん、んで?」
「だったら俺みたいな厄介事のタネなんていない方が、みんなのプラスになる。違うか?」
「……翔馬のロジックは理解した。いや、こいつは一本取られた。自分さえいなければ、すべてが上手く回るってわけか。すべてを了解した! もう一度俺に概要書を渡せ」
 北出先輩が右手を差し出してくる。俺は安堵して概要書を再提出。
 これでいいんだ。これですべてが丸く収まる。
 クラスの連中からの恨みは俺ひとりが受ければいい。
 北出先輩は概要書を心底つまらなそうに、侮蔑混じりに再読していた。
 そして、
「やっぱりこれ、超絶つまんねーや!」
 高らかに言い放ち、一枚のB4用紙だった概要書を二枚のB5サイズに引きちぎった。それだけでは満足せず、二枚を四枚、四枚を八枚に破っていき、最後には概要書が粉みじんになっていた。
「な、何してんだよ!?」
 突然の行動に俺は慌てふためく。
「これが俺からの概要書へのファイナルアンサーだ。もっと言えばシュレッダーごっこ?」
「違う、俺が言いたいのは人のクラスの概要書を勝手に破り捨てるなんて許されるのかって話だ!?」
「確かに! いくら俺が実行局長で、持ち込まれた概要書がクソつまらなくてもそれを破り捨てるのは許されない! その概要書がお前とクラスの仲間たちが喧々諤々の論議を重ねて、血の滲む努力の果てに書き上げたのなら内容がダメダメでも敬意だけは持つ必要がある!」
 北出先輩の言葉は正論で、だからこそ俺は反論しようがない。
 彼は朗々と続ける。
「逆を言えば、自分たちで何も考えずに圧力に従っただけならリスペクトする要素がない。だったらそんなものは可燃ゴミだ」
 北出先輩はバラバラになった概要書を容赦なくゴミ箱に投下した。
「おいおい、勘弁してくれよ」
 この場に崩れ落ちたい気分だった。
「俺はかなりの部分で我慢してるぜ? 本当だったすでに翔馬をフルボッコにしているはずだ。でもまあ、水鏡先輩もいるし流石にそれは大人気ないかなあ、と」
「だったら俺はどうすればいいんだよ!?」
「クラスメイトとちゃんとした企画を組み上がればいいだけだ。わかりきった問題じゃないか」
「口で言うのは簡単でいいよな」
「おう! お手軽でラクチンだ! でもまあアドバイスの一つでもしておいてやろう」
「応用が効くものであるのを心から祈るよ」
「安心しろ、学園祭だけでなく人生のどの場面でも使える最強必殺だ。さっきも言ったが、今年の学園祭のコンセプトは『でしゃばれ自分』だ。これ以上に人生やイベントを楽しくする方法なんてありゃしないね!」
 北出先輩は世界征服を成し遂げた魔王みたいな呵呵大笑。
 横でたたずむ各務原先輩は、相変わらず何を考えているのかわからない。せっかく【節制】なんだから、北出先輩に自重とか節度を教えてくれませんかね?

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