アルカナ・ナラティブ/第14話/04

 どうせなら、だらだらと惰性で学園祭まで過ごすつもりだった。
 無用なトラブルは避けるべき。
 好奇心にそそのかされようと台風で氾濫した河川を見物しにいくのはバカのやることだ。北出先輩は荒れ狂う濁流の中で華麗なバタフライを披露しろと言っているようなもの。
 頭が悪いとかいう次元を超えて頭がおかしい。彼が今日の朝食に人体によからぬものを摂取していたなんて真相があった方がまだ救いようがある。
 天然でアレなら、北出先輩がアレな人に決定だ。アレの中身なんて考えたくないからブラックボックスにしておこう。
 あんなのが学園祭を取り仕切っていたら、教職員を含めて校内の人間がことごとく胃潰瘍で死んでしまう。
 いっそ反逆でも起こしたい。
 どうやって?
『北出叶矢を許さない会』を結成でもするとか? んでもって、SNSとかネット掲示板で叩いてみるとか?
 ダメだ。仮に北出先輩の包囲網が完成しても、逆に大はしゃぎしている姿をイメージしてしまう。
 大反対も、大顰蹙も、大炎上も、人生のスパイスとして味わい尽くし、自分か相手が燃え尽きるまで戦い抜く。
『鳴かぬなら燃やしてみせようホトトギス』とか言っちゃうかもしれない。
 二学期早々にこんな難所があるとは想定外である。
 というか、こんなもの予測が立つかよ。
 天は乗り越えられる試練しか与えないとかいう自己啓発は信じない。
 無理なものは無理、駄目なものは駄目。大国の大統領が『イエス・ウィー・キャン!』とか叫んでも、俺は『ノー・アイ・キャント!』とブーイングしたい。
 ……まあ、結局ヘタレな俺が権力を相手に喧嘩を売るなんてできるわけないけど。
 学校側がこしらえた学園祭のクラス企画を却下された件、ちゃんとみんなに説明しないとな。
 誰が?
 もちろん俺が。
 頭が痛い。
 本来ならば拒否した側が説明すべきでも、北出先輩はそんな細やかな配慮ができるタイプには見えない。
 きっとトラブルが起きる。To LOVEる、なんて甘い話ではない。割とガチな揉め事がやってくる。
 北出先輩は【塔】のアルカナそのものだ。
 アルカナ使いというシステムがどんな風に成立したかは知らないが、発起人は爆発すればいい。
 不登校に持ち込みたい気分を抱きつつ、俺は学校玄関へと移動。自分の下駄箱の蓋を開ける。
 するとなんということでしょう。『犯罪者は消えろ』とか『人間のクズwww』とか書かれた紙片が投入されていた。どうやら俺の正体も本格的に他の生徒の知るところになったらしい。
 有名人はラクじゃない。人生の損益計算書を書いてみようものなら、有名税の項目でガッツリと持ってかれて純利益が雀の涙になりかねない。負債が膨らんでいる人間には酷な話だ。
 自業自得だけど。
 みんなからの熱いメッセージをグシャグシャに丸めてポケットに収めておく。最寄りのコンビニのゴミ箱にでも捨てておこう。
 外履きのローファーを取り出す。学内用のスリッパから履き替える前に中身は確認しておく。
 靴を裏返すと画鋲がバラバラとこぼれ落ちる。
 二十一世紀なのに古典的すぎる嫌がらせ。というか画鋲ってトゥーシューズに入れるものじゃないの? ……いや、画鋲は掲示物を固定するものですよね。
 靴に画鋲しか入れられない昨今の高校生の想像力を憂いておこう。どうせだったら、もっとパンチの効いたものを入れればいいのに。
 例えば糸こんにゃくとか入っていたら立ち直れない気がする。食べる分にはヘルシーで美味しいけど靴の中に入っていたら嫌すぎる。後生までトラウマになること請け合いだ。
 この場に氷華梨がいなくて幸いですわ。こんな場面を見られたら、あいつの心配を加速させることになる。
 四塩先輩の提案で距離を置くことにしたとしても、やっぱり気になるものだ。
 というか。
 あいつの方は嫌がらせとか受けていないよな?
 氷華梨の下駄箱を開け放つ。不躾も甚だしいのは百も承知。
 でも確認しないわけにはいかないじゃないか。
 そうしたら、俺の下駄箱のコピペみたいな光景が広がっていた。
 嫌がらせの言葉の書かれた紙に、画鋲の入った靴。
 ハハハ、本当に今時の高校生の想像力は貧困だな。
 というか犯罪者のカノジョがロクでもない人間だとでも思っているのだろうか。
 以前、【吊し男】のアルカナ使いこと大江先輩が魔法を使って氷華梨をイジメ被害者に設定したことがあった。あれは魔法を使って意図的に行われたことだったけど、今回は違うだろう。大江先輩はすでに氷華梨と和解している。
 となれば魔法とは関係なしに氷華梨を攻撃するやつが現れたのだ。
 まいったな。
 本当にまいったな。
 というか、目眩がしてきた。俺はしゃがみこんで頭を抱えた。
 本気で耐えられそうにない。じわりと【死神】こと四塩先輩への連絡を取りたい気分が湧いてくる。
 んで、通話してみた。
『もしもし、どうした翔馬? 死にたいとか言いだしたら次に会ったとき腹パンな』
 機先を制されて、言葉を封じられる。
『……え、マジでこれっていのちの電話だったの? そりゃ申し訳ない』
「いいんだ。先輩の声を聞いて、ちょっと落ち着いた」
『そりゃ結構。悲嘆も憎悪も絶望も生きていればこそ。つーか今どこ?』
「学校の玄関だよ。四塩先輩は?」
『アタイは……』
 そこで俺の背後から声がした。
「今、あなたの後ろにいるの」
「ひぇッ……?」
 びくりとして振り向くと、携帯電話を持った四塩先輩の姿。
「ケケケ、驚いた?」
 邪悪に舌を出してみせる【死神】に、俺は乾いた笑い声をあげるしかない。
「心臓に悪いから、いきなり出てくるのはやめてくれ」
「アタイから言わせれば心が汚染されるから自殺相談をやめてほしいわけだが?」
 正論すぎて耳が引きちぎれんばかりに痛い。
「これから下校? だったら一緒に帰ろうや」
 四塩先輩のお誘いに、俺は頷く。
 彼女とは使う電車も降りる駅も同じ。長い話ができそうだ。
「んで、今日は何があって死にたくなった?」
 最寄駅に向かう道の途中、四塩先輩が聞いてくる。
「嫌なことがあった」
「ざっくりとしてるなあ。生きてれば嫌なことぐらいあるさ。戸籍がなかったり、住んでる街が火の海に包まれたり、他人のフリして生きながらえたり。それ以上にシンドイことがあったならネガティブな考えをしちゃっても仕方ない」
「ハードル高ッ!」
 怖いのは、すべて四塩先輩が通ってきた道である点だ。
「あんたの昔話を聞くと、自分の悩みの小ささにかえって自己嫌悪しそうだ」
「大丈夫、喉元すぎればなんとやら。死ぬこと以外は思い出話さ」
 北出先輩同様に、この人もおかしな方向に振り切っている。
「四塩先輩に言ってもわかってもらえないかもしれないが、恋人が自分のせいで辛い境遇に置かれてて苦しい」
 言うだけならタダなので、とりあえず言ってみた。
「ほほう、『お前は年齢と恋人いない歴が一緒な奴はリア充の悩みなど理解できない』と言いたいわけか?」
「被害妄想がたくましすぎる! ……というか、先輩って恋人いたことがないんだ。意外だな」
 この人、かなりの美人だし、性格も明るい。強気な姿勢がきつすぎて人を選ぶかもしれないが、告白とかされていても不思議ではない。
「言い寄ってくるのはいたけどね。ざっくり言うと御縁がなかった。つーかさ、コクってくる奴らがみんなして『自分は四塩虎子が好きです』みたいに言うんだぜ? あれはキツいわ」
「自分が四塩虎子ではないことを負い目に思ってる?」
「イグザクトリー!」
 おちゃらけた調子で笑っているが、彼女の顔はちっとも楽しくなさそうだ。
「俺にはアドバイスしようがない。できるわけがない」
「だよなあ、これって誰に相談すればいいんだ?」
「少なくともネットで名無しとして書き込みしても無駄だろうな。『ウソ乙』とか言われそう」
「あーあ、アタイより幸せな奴は百歳まで生きて家族に見守られて死ねばいい!」
「心が広い!」
 孤独死が世間を賑わせる昨今、その最期は理想的だ。
「というかさ、間違えないように訂正しておくけど、アタイは年齢と恋人いない歴はイコールじゃないから」
「……今までの話の内容と矛盾してるぜ?」
「アタイって戸籍の年齢以上には実年齢高いから。ということは、年齢よりも恋人いない歴の方が長い!」
「重い話キターッッッ!」
 やめてください、ヘビー級のパンチは仮にガードできても身体が吹き飛んでしまう。しかも、そこだけ心の底から嬉々として言わないで。
 ヘロヘロになりながら、俺は話題の修正を試みる。
「ちなみに好きなタイプは?」
「しいていうなら年上」
「うちの生徒じゃ無理だな」
「しかも教師と禁断の恋をする気はない」
「学園ラブコメは絶望的か」
 四塩先輩との会話は不合理になりがちだ。だからこそと心が軽くなる部分もあるからいいんだけど。

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする