アルカナ・ナラティブ/第14話/05

 学校最寄駅で電車に乗ると、しばらくは夏の暑さから解放される。車内の冷房がのぼせた頭に心地いい。
「四塩先輩は学園祭の局長と副局長って知ってる?」
 四塩先輩がアルカナ使いで以上、もしかして既知の仲かも思い至って聞いてみた。
「北出は学年が一緒ってのもあるから顔見知りではある」
「学園祭実行局では異常に攻めの姿勢だったけど、普段からあんな人なの?」
「学園祭運営の手腕はあまり知らないけど、普段は好感の持てる奴だよ」
「どんなところがポイント高いんだ?」
 暴走する北出先輩しか知らない俺には四塩先輩の高評は意外だった。
「どんな困難にぶつかっても立ち向かっていく闘志が素晴らしい。そもそも面倒な割にメリットが少ない学園祭実行局長を自ら引き受けたってのが評価に値する」
「そこからか」
 四塩先輩の言い分は身にしみる。一団をまとめる役職ってのは骨が折れるものだ。俺とて推薦されていなかったら学級長なんてしていない。
「北出は普段から伝説が絶えない男だ。例えば、ガラの悪い輩に軟禁されていた友人を単独で救出したとか」
「勇敢な人なんだな」
「クラスの女子のいさかいを解決してみせたって話もある」
「バカな、女子の争いに飛び込んでなんの意味がある!?」
「極めつけは、電車で痴漢してた市議会議員を辞職に追いやったなんて英雄譚も持っている。被害者はアタイのクラスメイトで、その子から直接聞いた。その子いわく、泣き寝入りするしかないと思ってたところに北出が現れたんだと」
「公権力すらも圧倒するのか……」
 ダメだ。聞けば聞くほど北出先輩に勝てる気がしない。戦闘力の上で俺が劣っているのはもちろん、人間としても北出先輩の方が優れている。
 元を正せば、『波風立てずに学園祭を終えたい』という発想は木っ端役人みたいなもの。学園祭を盛り上げようとする北出先輩のスケールと比較すれば遜色してしまうのは当たり前。
「アタイの知ってる北出叶矢伝説はまだあるけど全部聞く?」
「やめてくれ、俺が自分の小ささに自己嫌悪を起こしてしまう」
 北出先輩が俺つえー系のラノベの主人公みたいに思えてきた。最終的には世界の敵と戦っちゃう設定なの?
 四塩先輩の話を総合すると、北出先輩に焦点を合わせるのは愚策という結論。
 となると残るは……。
「各務原先輩は?」
 将を射るにはまず馬から。各務原先輩が馬に相当するかは謎だけど、北出先輩の補佐であるのは間違いないだろう。
 いくら北出先輩が豪快なヒーローであってもサポート役は必要だ。むしろ、豪快なヒーローであればこそ平時の実務をこなせる人物が必要不可欠。
「各務原先輩は……あの人は何なんだろう?」
「まさかの疑問形かよ」
「あの人が三年生で文芸部の部長を兼任しているのは知ってる。あと実は肉料理が好きで朝から肉を食える人種ってのも特徴といえば特徴かな」
「最後の肉のくだりは必要な情報か?」
「諸事情から各務原先輩と接する機会は多いけど、あんまりよくわかんないわ」
「そうなのか……」
 万策尽きた感じが否めない。
「落ち込むな。各務原先輩の携帯の番号とアドレスは知ってるから、お前に教えていいか聞いてみようか?」
「是非! 四塩先輩最高! 四塩先輩に幸あれ!」
 現金な態度を取る俺。四塩先輩の苦々しい笑顔が香ばしい。
 四塩先輩がメールを打って数十秒後に反応アリ。
「大丈夫だってさ。んじゃ、これが各務原先輩の番号とアドレスだ」
 四塩先輩は俺に情報を送信してくる。
 今だけは四塩先輩が【死神】ではなく【女神】に見えた。
「つーか、せっかくだからうち来る?」
 四塩先輩からの突然の提案。
「四塩家に行ってなにかあるのか?」
 彼女の意図が読めない。
「アタイの家には大したものはないけど、隣の住人には用があるかなと思ってさ」
 ますますもって首をかしげるしかない。
「四塩先輩の隣人がどうした?」
「……そういや説明してなかったな。アタイの部屋の隣は各務原先輩の住まいだ」
「おおう!」
 もはやご都合主義とか言われてもしかたない渡りに船。
「是が非でもお伺いさせていただきたい! ……でも女の一人暮らしなのに男子を家に上げるって度胸あるな」
「相手によるさ」
「俺、そこまで信頼できる人間か?」
「信頼できるかは知らないけど、もしも不埒な言動を取っても腕ずくで鎮圧はできる」
 平然と言ってのける女傑。四塩家ではマナーに最大限に配慮しようと心に決めた。
「むしろお前の方こそ大丈夫なの? カノジョがいるのに一人暮らしの女の部屋に上がり込むって」
「よく考えればマズイな。でも、やましいことさえしなければ問題ない」
「氷華梨ちゃんに浮気を疑われるかもよ?」
「嘘さえつかなければ氷華梨は受け入れてくれるよ」
「そういうやあの子は嘘がわかるんだったな」
「逆に言えば、真実は真実のままに捉える力でもある」
「相手の嘘がわかるって男女交際ではこじれそうな力だよなあ。なのに、今のところ交際は続いている」
「もっとも、夏休みに四塩先輩にご厄介になってから距離は置いてるけどな」
「距離を置けるだけの関係ってのも大したものだ。浅い絆なら破綻してるだろうよ。良好な関係を築くのに秘訣って?」
 あらためて問われると困ってしまう。
「しいていえば愛の力?」
「う、うわーッ! 翔馬が急に眩しく見える!」
 わざとらしく座席からずり落ちてみせる先輩。ノリがいい。
 そんなバカ会話を繰り広げていると電車を降りる駅にまで到着。駅前のコンビニで適当にスナック菓子とかジュースを買って四塩家へ向かう。

   ◆

 四塩先輩の家はボロアパートの一室だ。おおよそ女子高生が住まうような家屋とは思えない。
 彼女の部屋は殺風景で、生活に最低限必要であろう備品しか置いていない。
「さあ、遠慮せずに上がってくれ」
 四塩先輩に促され、俺はお邪魔する。
「前に来たときから疑問だったけど、四塩先輩って普段は家で何をしてるんだ?」
「家にいる時間は少ないな。生活費とか稼ぐためにバイトしなきゃいけないし」
「苦学生ってわけか」
「そこまで御立派なもんでもないけどな。仮に休日ができても魔法のせいで死にたがりの相談に時間を割くことになっちゃうし」
 本当に、この人は重い話を軽く言ってのける人だ。うっかりそれはそれで充実した生活に思えてしまうのが恐ろしい。
「もしかしたら、夏休み明けで人生に絶望した子から連絡あるかもしれないんで、そのときは勘弁な」
「二学期早々に挫折するってどういう了見だ?」
「本日最大のお前が言うなだし。たかだかクラス企画で頭抱えてるのはどこの誰だ」
「……もうしわけない」
 言い訳できない。俺の悩みなど彼女からしたらしょうもない話だ。
「つってもまあ、暇といえば暇だな。……しりとりでもする?」
「本格的にやることがないのが伝わってきた」
 しりとりなんて、暇人が万策尽きたときの遊びじゃないか。
「普通にやっても面白くなさそうだから、縛りとか特殊ルール入れる?」
「縛りで特殊……まさか翔馬にはそんな性癖が!?」
「待て、変な誤解を招く発言は謹んでくれ」
「そうだなあ。特殊ルールといえばそれまで出た単語を逐一全部繰り返すってのを前にやったな」
「記憶力が試されるアレか」
「おうよ。そのルールの下でヒノエ先輩に勝ったことがアタイのささやかな自慢さ」
「はい?」
 思考が一時フリーズした。
「ふふん、もっと驚いてもかまわんよ」
 誇らしげに胸を張る先輩。俺は内容の理解が追いつかない。
 どうやれば『一切の記憶を忘れない』魔法の使い手であるヒノエ先輩に勝てるんだ。
「手品のタネを教えてもらおうか」
「いいだろう。答えは簡単、その勝負をしたときはまだヒノエ先輩が天野先輩と付き合う前だっただけだ」
「……もうちょっと詳しく解説を頼む」
「ざっくりとその勝負の条件をいうと、現場に天野先輩もいたんだ。んで、百文字以内に収まるなら文章でもいいってルールも追加した」
「使える言葉が長くなるならヒノエ先輩が有利になる。いや、正確にはヒノエ先輩以外が不利になるが?」
 だらだらと長い文章の暗記はヒノエ先輩のお家芸だ。相手の土俵で戦って勝てるわけがない。
「ここまで言ってまだわからないか? 記憶しりとりは自分以外の参加者の回答を繰り返す必要があるんだ。アタイが何を言おうと復唱できなければ負けだ」
 暗黒微笑を浮かべる四塩先輩に俺はハッとした。
「何を言わせた?」
「イージーレベルなら『大好き篝火バーニングラブ!』とか。ノーマルで『私を無茶苦茶にして、篝火!』で、ハードなところで『篝火の××を私の××に××して!』みたいな感じ?」
 刺激が強いから一部伏字でお送りしています。
「……ヒノエ先輩の反応を知りたいよ」
 想像に難くないが答え合わせはしておこう。
「燃えるがごとく顔を真っ赤にしたからスーパー萌えた! あの瞬間、アタイの中でヒノエ先輩は三年生のメインヒロインに大出世だ」
「二階級特進というべきだな」
 デレる前のヒノエ先輩には残酷な仕打ちにすぎる。人権侵害、ダメ、絶対!
「んで、ハードレベルの壁は越えられずにヒノエ先輩の心がへし折れた」
「勝負には負けたが乙女心は守れたと思うぜ?」
「せっかく揉めたときの審議用にケータイの録音機能回してたのにさ。記録できなくて残念だよ」
「……イージーとノーマルは記録済か」
「おう! 奇跡の瞬間は永久保存した上で天野先輩に贈呈だ」
 奇跡というか鬼籍だよ。
 もしもその勝負でヒノエ先輩が天に召されてたら、あの人は英霊扱いだ。
「あんた悪魔だな」
「いや、アタイは死神だ」
 ドヤ顔で返してくる四塩先輩。守りたくないこの笑顔。産業廃棄物なら最終埋立地で世論が分裂する勢いだ。

次→

←前

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする