アルカナ・ナラティブ/第14話/06

 本当は怖い記憶しりとりをするのがためらわれたので、俺と四塩先輩は読書に興じていた。俺の本は自ら購入した文庫本で、四塩先輩は学校図書館で借りたハードカバー。
 お互いに淡々と本を読むだけの時間は不思議な気分だ。沈黙が部屋を包むが悪い気分ではない。
 文字を読み、内容を咀嚼し、ページをめくる作業を繰り返しているとやがて窓の外も暗くなりはじめる。
 俺が各務原先輩に会いたがっていることは四塩先輩が各務原先輩にメールしてくれていた。彼女の話では各務原先輩の帰りは七時頃になるそうだ。
 携帯電話で時刻を確認すると午後七時ちょっと前。
 そんな頃合に部屋のチャイムが鳴った。
「お、来た来た」
 四塩先輩は立ち上がり、来訪者を出迎える。扉の向こうには、これといった特徴のない男子高校生の姿。
「こんばんは、待たせてしまったかな?」
 物腰柔らかく各務原先輩は言ってくる。
 俺も立ち上がって先輩を出迎える。
「いや、全然問題はない。むしろ、先輩の時間を割かせてしまってすまない」
「困ったときはお互い様だよ。部屋に上がってもいいかな?」
「どうぞ」と言って四塩先輩は頷いた。
 室内の三人は、ちゃぶ台を中心に座り込む。
「では早速だけど本題に入ろうか。瀬田君は僕にどんな相談があるんだい? ……おそらくは北出君が問題の中心にいるんだろうけど」
「察しが早くて助かる。俺の望みはただ一つ。一年五組のクラス企画を穏便に終わらせたい」
「だから僕に北出君への説得工作の味方になってほしいと?」
「いかにも。どうか頼む」
 頭を下げる俺。本当は土下座で頼み込みたいが、そこまですると各務原先輩がドン引きする可能性がある。それに切り札はにっちもさっちも行かなくなったときまで残しておきたい。
「どうか頭をあげてほしい。僕は北出君を止めるだけのエネルギーもロジックも持っていない。権限的にも僕は彼の補佐役だしね」
「そこをなんとか――」
 更に深く頭を下げていく。
「瀬田君はどうしてクラス企画で波風を立てるのを恐れる?」
「それは……クラスのみんなに迷惑をかけたくないから。俺が出しゃばった真似をしたら、クラスメイトまで叩かれかねない」
「叩かれるって、誰に?」
 各務原先輩の問いに俺は言葉が詰まる。
「世間というやつ、かな。特に今はなんでもネットで拡散して炎上する。そんなの巻き込まれて方が困る」
「へえ、君のクラスメイトはそんなことを言っていたのかい?」
「それは……」
 言い返せない。
 よくよく思い返せば、表立ってクラス企画を穏便に済ませたいと言ってきたクラスメイトはいない気がする。
「答えられないならば、とりあえず君は思い込みを捨てるべきだ。あといい加減に頭を上げてほしい。人と話すときは床ではなく、相手を見て話すべきだ」
 各務原先輩の言葉に、俺は重々しく頭を持ち上げる。
「俺は……自分勝手なんだろうか?」
「もしも君がクラスメイトの意見をきちんと聞いていないならね。一人で責任を感じてこうしてこそこそ動くのは独善だ」
「だったら俺はどうすればいいんだよ」
「クラスメイトに尋ねればいい。本当はどうしたいか。本当はどう考えているか。本当はどう思っているか。それを確かめ合うのがなにより優先される」
「ひどく単純な話だな」
「そうだね。同時に難しい。みんなの意見を混ぜ合わせれば問題解決への特効薬ができるかもしれない。けれど、ちょっとでも配分を間違えれば完成品は猛毒かもしれない」
「だから俺は嫌なんだ。立ち直れないような致命傷になるかもしれない。そんなのだったら、俺は今のままで話を進めたい」
「君は居心地のいいクラスや自分という存在を繰り返したいわけだ」
「否定はしない」
 むしろ、反論の余地がない。
 いつだってなんだって変化するには労力を要する。失敗しないための集中力も試される。
「何かを習慣化するのは素晴らしいことだ。でもね、『慣れる』と『ダレる』を同じものと考えるのはいけないよ」
「手厳しいな」
「【節制】のアルカナ使いとして僕はいつも考えていた。【節制】のカードに描かれた人物はしなやかにカップからカップへ水を移動させる。こぼさないように何度も何度も作業を繰り返している。だから一見すると地味なカードに見えるだろう?」
「意味するところがイメージしにくいカードではある」
「同じことの繰り返しは集中力もいるし根気もいるから疲れる。僕たちが学校に通ったり、社会人になって会社に通うというのも繰り返し作業と言えるだろう」
「救いのない言い方だな」
「けれど、同じことを繰り返しているうちに習慣化されてくる。これが『慣れる』ということだ。慣れてしまえば、同じ作業でも高いパフォーマンスを発揮できる」
「でも、同じことの繰り返しに飽き飽きしてしまう奴だっている」
「それが『ダレる』ということだ。『慣れる』と『ダレる』は【節制】のカードの正位置と逆位置なんだよ。今の瀬田君はどっちかな?」
 限りなく叱責に近い質問を淡々と繰り出す【節制】のアルカナ使い。
「ダレることは、そんなにいけないのか?」
 ちょっとした反抗心を起こして聞いてみた。
「君がそれでいいなら仕方がない。僕も人に偉そうな口を叩ける生き方はしていない。その場合は【節制】の次のアルカナ【悪魔】と怠惰に過ごせばいい」
「悪魔の誘惑ってのは甘美な言葉だな。でも、それは御免こうむる」
 俺はきちんとわきまえていた。
 悪魔の誘惑は決して幸せをもたらすものではない。
 投資詐欺師として悪魔の誘惑をバラまいた俺に訪れたのは劇的なトラブルと破滅。
「怠惰に【悪魔】と過ごした者に突きつけられる次のアルカナは、最悪のカードと恐れられる【塔】だ。意味はもはや説明するまでもあるまい」
「自分から進んでトラブルに突っ込んでいく人もいるけどな」
 俺が苦笑すると、意外にも各務原先輩も苦々しい顔をした。
「北出君は非常に面白い人だよ。ここでいう面白い人は困った人に近いけれど」
「傍から見てる分にはいいけど、巻き込まれたらたまったものじゃないタイプ?」
「しかも、魔法の力をフル活用して問題児を優先的に学園祭運営に巻き込んでくるから困ったものだよ」
 各務原先輩の苦労は俺ごときでは察しきれない。北出先輩と関わるだけでも面倒くさそうなのに、彼が認めた問題児が組織にわんさかといたら胃に穴が開きそうだ。
「魔法では『問題児ではない』って判定された各務原先輩がいるべき組織とは思えなくなってきた。どうして各務原先輩は学園祭実行局に?」
 この時期の三年生は進学にしろ就職にしろ忙しいはずだ。それなのにわざわざ学園祭の運営の中核を務めるのは理由がありそうだ。
「僕も北出君にスカウトされたクチだよ」
「えっと、あの人がスカウトするのって問題児ばかりじゃないの?」
「本当はその予定だったらしいけどね。彼からしたらまったく問題児じゃない僕が気に食わなかったみたいだ。だから巻き込まれた」
 奇々怪々なロジックだ。問題児じゃないなら、それはそれで結構ではないか。
「あの人は何を基準として問題児を問題児と認識してるんだろう」
 彼からすれば俺も相当な問題児らしいが甚だ遺憾である。過去のことがぬぐい去れないとしても、これからは真っ当に生きようとしているのだ。問題児は生まれつき問題児とでも言いたいのだろうか。
「魔法で判定しているから厳密な審査基準はないみたいだよ。ただ彼いわく自分の魔法が問題児だと認識する者は、自分の物語を生きているらしい」
「えらくロマンチックな表現だな」
「しかもこの言い方だと問題児じゃない人には自分の物語がないみたいだよね」
「そもそも物語ってなんだろう? そっちの方こそ抽象的だよな」
「物語って多分、人にとっての活力の源泉だと思うよ」
 あっさりと各務原先輩は言い切った。
「随分と大げさだな」
「人間を動かすのは良くも悪くも物語だ。例えば君は、誰かを説得するときに理屈ばかり並べて失敗したことはないかい?」
「しょっちゅうある。今日の北出先輩とのやりとりもだ。こっちはこっちの事情を順を追って説明してるのに聞こうともしない」
「だったら人を上手く動かせたときってどんな場合だろうか?」
「それは……相手の欲望や妄想を膨らませたときかな」
 相手を動かすのと手のひらの上で転がすのがイコールなら詐欺師時代の記憶が蘇る。
 相手を騙す場合はもちろん真実味を帯びたデータやプランを提示する。けれど、本当に重要なのは相手に都合のいい想像を楽しんでもらうことだった気がする。
 都合のいい想像しかできなくなった相手はチョロい。少しばかりこちらの説明に矛盾があっても見て見ぬふりをする。一種の視野狭窄に陥った人間はカモとしては申し分ない。
「その場合、相手は頭の中で自分に都合のいい物語をつくっているんだ。君の話を聞きながら自分が目標を達成するまでのあらすじが滾々と湧き上がっているんだよ」
「そう言われると腑に落ちる」
「他者からなにかを言われた場合だけではなく、人は自ら物語をつくったりもする」
「例えば?」
「仮に試験で赤点を取ったとしよう。赤点を取ったというのは単なる事実だ。けれど、事実に対しての解釈は人それぞれだ。『今回は問題が難しすぎただけだ』と考える人もいる。『自分の努力不足だった』と反省する人もいる。出来事に対して自分なりに味付けをすることが物語のはじまりだ」
「それと問題児がどう関係する?」
「問題児と呼ばれる人たちはね、自分の物語――つまり事実に対する味付けが良くも悪くも濃すぎるんだ。自分の陰口に対して過剰反応する子っているだろう? 突然キレる場合や、人間不信に陥って塞ぎ込む場合がこれだね」
「確かにどれも対応に困るな。問題児ってのは極端な性格の持ち主ってことか?」
「身も蓋もなく言えばそうだ。けれど僕は物語という言葉で見ていくのが好きだな」
「それだと困ったちゃんを肯定してしまう風にも聞こえるけど?」
「毒と薬は表裏一体だよ。度の過ぎた物語は周りからすれば大迷惑だ。けれどいびつな人間に限ってエネルギッシュでもある。北出君は問題児が持っている病的な熱量で学園祭を回そうとしているわけだ」
「その考え方はハイリスクすぎるぜ」
「同時にハイリターンでもある。エネルギーだけはあるからね。まったく、うちの学校はとんでもない人物を学園祭の中心に据えてしまったね」
 白目を剥きたくなる話だ。そんな危険人物に関わることになった俺も運が悪い。

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