アルカナ・ナラティブ/第14話/07

 翌日の一時間目はクラスでの話し合いとなった。本来はホームルームではないのに、時間割をやりくりしてくれた担任には感謝が絶えない。
 もっとも担任いわく『これはあくまで討論形式の国語の授業』らしいので、存分に話し合えばいいとのこと。大人が有能だと子どもは大助かり。
「まずみんなに言わなきゃいけないのは、学校側から押し付けられたクラス企画が学園祭実行局に却下されたってことだ。局長は紛い物のクラス企画を許さないつもりでいる」
 事の顛末を手短に伝える。
「おいおい、実行局がどうしてそこまででかい顔をできる? あそこって学校の下請け組織じゃないの?」
 疑問を呈してたのはクラスの男子の熊沢だ。
 彼の意見は予想の範囲内。なので念のため実行局がどれぐらいの権力を持っているかは各務原先輩に確認しておいた。
「実行局は学園祭に関してはかなりの部分の決定権を持っている。部活動の模擬店の配置の決定方法に、体育館ステージを使いたい有志メンバーの選考。俺らが関係してくるクラス企画の審査権もその一つだ」
 先生側としてもこれだけの仕事は回しきれないのだろう。だったら、学園祭の大部分を生徒自治という名目で実行局に任せた方が得策だ。その上で問題があったり都合の悪い部分を『学生の本分を逸脱している』とか言って棄却や変更の指示を出すのが合理的だ。
「でもそれって実行局的にはマズくないか? 仮にもあのクラス企画をつくったのは学校サイドだ。それを拒否するとかどんだけ度胸があるんだよ」
「熊沢の指摘には俺も同意する。あの実行局長はテンションがおかしい」
 つい愚痴をこぼすみたいになった。
「二年の北出先輩だったか。噂ではすごすぎる伝説を持ってるらしいけど」
 北出先輩の名前が出てきた瞬間、クラスがざわめき立つ。
「え、マジ? 実行局のまとめ役って北出先輩だったの?」
「下手すりゃあの人と戦うことになるのかよ。勘弁してくれ」
「噂じゃ政治家を失脚させたとか聞くけど……」
「私はヤバイ組織に拉致られた子を助け出したって聞いた」
「あの人はいい人だけど、怒らせたらマジでヤバイって」
「とにかく誠意をもって接するしかない。俺はまだ死にたくない」
 大混乱。みんなの反応からするに北出先輩は人型の自然災害なのかもしれない。
「つまり俺らに学校に喧嘩売るか、北出先輩に喧嘩を売るかを選べと」
 みんなして憔悴した目になっていた。クラスの士気の下落が甚だしい。
「柳川先生はどう思う?」
 とりあえず担任に大人の意見を求めてみた。
「私としてはノーコメント。あなたたちに任せるわ」
「そんな無責任な」
「だったら、あなたたちは私の指示を全面的に信じて、その通りに動けるかしら?」
 押し黙るしかないクラス一同に、彼女は更に続ける。
「もしも私が指揮をとったからって最良の結果が出るとは限らない。むしろ、『先生が勝手に決めたこと』なんて学校で一番つまらないことじゃない。つまらない学園祭はつまらない想い出としていつまでもみんなの心残りになってしまう」
「その理屈でいくと学校側が決めたクラス企画なんてクソくらえってことになるわけだが?」
「上からの押しつけであっても、それをイエスとするかノーとするかは自らが決めること。私だって本音を言えば学校側に楯突くのは御免よ」
「大人の事情ってやつか」
「だから私に任せたらズルズルと生徒たちに大人の馬鹿げた論理を押し付ける。それでいいなら私を頼りなさい。それが嫌なら自分たちで考えなさい。私が今、この教室にいるのは授業時間だから仕方なく監督責任を果たしているだけよ」
 厳しいんだか甘いんだか。
 いや、自分たちで考えるべきかすらも自分たちで答えを出せというのだ。世界一厳しい授業形態だな。
 こういう場合、どうやってみんなの意見をまとめるべきか。
 挙手による多数決でもとってみるか?
 阿呆か。そんなことしたら場の空気に流されてふわふわした結論になるに決まっている。この場はしのげるかもしれないが、後々大きな問題になるのなんてわかりきっている。
 かといってこのまま放置するのも愚策。
 さーて、どうしたものかね。
 考えあぐねていると、
「私は……先生に従うのもありだと思う」
 一人の女子生徒が言い出した。
 彼女は付け加える。
「だって……自分たちで決めるのシンドイし」
 情けない意見だとか責めるわけにはいかない。
 普通の感覚だと丸投げしたくもなる。
 誰だって面倒事は避けて通りたい。自分に火の粉がかかるのは嫌だし、責任は背負いたくない。
 楽な方へ、楽な方へ、たとえ楽しくなくても、楽な方へ。
 極めてありふれた、だからこそ普遍的な人間の性質だ。
「うん、私も先生が決めた方がいいと思う」
「だよな。だって俺ら高校生じゃん。何かができるとは思えないよ」
 瞬く間に教室に蔓延する無力感。
 ネガティブな言葉の感染力は大きい。人間は自分が損失を被ることに過敏に反応する。
 上を向いて歩くのは難しい。いくら空が清々しい青色でも、輝く虹がかかっていても高みを望んで進んでいては足元がおろそかになる。
 地面にはどんな落とし穴があるかもしれないのだ。下を向いて歩かないのは狂気の沙汰。
 みんなから足元に注意を向けるということは地に足がついているとも言える。
 だったら、それはそれでいいのかもしれない。
 他の誰でもない、クラスメイトという『みんな』の意見を俺は優先したい。
 俺は悪くない。
 クラスメイトも悪くない。
 柳川先生も悪くない。
 当たり障りのないクラス企画を押し付けてきた学校も悪くない。
 誰もが安心を求めて、安全を確保し、安定を図る。
 みんなで合意した上でのぬるま湯の関係だ。誰も責めることはできまい。
 もう一度、昨日と同じクラス企画を北出先輩に持ち込んでも大丈夫。あの人は激怒するかもしれないが、俺には『みんな』という後ろ盾がある。
『みんな』の意見をまとめて、その通りに進めるのが俺の仕事なのだ。
 北出先輩にボコボコにされる覚悟はするべきだが、俺一人が人身御供になって解決するなら安いもの。そもそもが『瀬田翔馬という悪人』を世間から隠すための措置なのだし。
「だったら、もう一度昨日と同じ内容の概要書を提出だ」
 概要書は実行局する前に手元に残すためコピーするのが義務付けられていた。北出先輩に大元を破り捨てられようといくらでも複製できる。
 何枚でも粗悪品を乱造できるのだ。
 さてと、華麗かつ豪快に敗北してきますかね。
 後ろ向きな笑みを浮かべる俺。
 クラスメイトとの話し合いは問題解決の特効薬にはならなかったが、猛毒にもならなかった。毒にも薬にもならない結論で終わるのだ。
 ひとまず胸をなで下ろそうとした。
 しかし、その時だった。
「――翔馬は本当にそれでいいの?」
 教室から声が上がった。
 声の主は……氷華梨だった。
 夏休みの自殺騒動以来、彼女とは距離を置いていた。
 そんな彼女から、いきなりなタイミングで名前を呼ばれれば驚くほかない。
「……どういう意味だ? 俺はみんなの意見を総合して結論を出したんだが」
「私は……翔馬はそれでいいのかと聞いているの」
「俺は……俺の意見はどうでもいいさ。俺一人のわがままにみんなを振り回すわけにはいかない」
 俺は言うが、氷華梨を直視できない。
 間違ったことは言っていないが、間違ったことを言っていないだけなのだ。
「そうだよ……みんなで決めた意見なんだから尊重すべきだ」
「私はみんなの意見に賛成なんだけど?」
「俺も……無難なクラス企画でいいと思う」
 みんなからの非難の声。
 残念だけどこれが現実だよ、氷華梨。
 大多数の人間は、あえてのチャレンジなんてしたくないんだ。
 なのに氷華梨は言ってしまうのだ。
「みんなはみんなの意見に賛成なんてしていない」
 涼やかで凛とした声が教室に突き刺さる。
「な……何をいきなり言い出すの?」
 クラスメイトに動揺が走る。
「私は嘘なんて言っていない!」
「俺も自分の意志で決めた!」
「みんながいいって言ったんだからいいに決まってる!」
 動揺はすぐさま非難へと変化していき、氷華梨を糾弾する空気が醸成されていく。
 険悪な雰囲気に氷華梨は動じていないかのような表情だ。
 でも、彼女が机に置いた手は小刻みに震えていた。クラスの人間から敵意を向けられれば恐ろしくなるのは当たり前。
 それでも彼女はひと呼吸で自らの震えを制し、
「ダウト。みんなは嘘をついている」
 告げる。
 氷華梨が後先考えているかなんて俺は知らないし、知る意味がない。
 ただ言えるのは、この状況を放置し続けると彼女がクラスでの立場を悪くするってこと。
 むやみやたらと困難に立ち向かうのはやめてほしい。
 恋人にそんなことをされては……俺とて勇気を発揮するしかないではないか。
「みんな聞け!」
 大仰に黒板を叩いて、クラス中の注目を俺に集めた。
 すると険悪な目つきのクラスメイトがこっちを見てくるわけで。
 うひょー、これはマジで怖い。俺一人だったらすぐに謝ってうやむやにしていた。
 だけどまあ、俺は一人ではない。『みんな』の中には発端となった氷華梨がいるわけで。
 彼女は泣きたいんだか笑いたいんだか、要領の得ない表情で俺を見る。
 惚れた弱みの厄介さはもどかしい。とはいえ、そのせいで強くなれるならプラスマイナスで言えばプラスかな。

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