アルカナ・ナラティブ/第14話/09

「お前のクラス最高! 見直した! グッドでブリリアントでハラショーだ」
 概要書を見ながら笑い転げているのは北出先輩だった。本日の学園祭実行局室には参加生徒が活動していた。
 北出先輩のハイテンションさに室内の人間は一瞬だけ手を止める。けれどすぐに自分の作業を再開するあたり慣れっこなのだろう。
「こんな危なげな概要書でもいいのか?」
 一限目にアイデアの出た企画を、放課後までに書面化するのは骨だった。
 みんなで決めた『嘘つきカフェ』なる企画名とTRPGを行う点だけはズラさず、その他の決め切れない部分はぼやかして書いた。
 場所が教室なのは決めたが、具体的に誰がゲームの進行を仕切るかも系統的に議論を深めきれていない。
 書類としては昨日北出先輩に破り捨てられた方が完成度は高い。俺たちがつくった企画はふわふわしていて正直また北出先輩の不評を買うかと思っていた。
「心配御無用! 去年実行局長をやってた先輩の話じゃ、概要書だけは立派なのに中身がしょぼい企画はゴマンとあったとさ」
「企画倒れってやつか」
「つーか、この手の企画って初期段階から計画を固めすぎるのも考えものなんだよ。完全な無計画だとクラスの統率がとれないけど、計画だけを重視すると柔軟性が削れる」
「まるで計画経済がことごとく破綻したみたいな話だな」
「言い得て妙だ。その点でこの概要書のふんわり食感は絶妙だ」
「人のところの企画をスイーツみたいに語らないでくれ」
 とか言いながらも、褒められていて嬉しかったりする。
「といっても、大変なのはこれからさ。詐欺師少年が『嘘つきカフェ』なんてやるのが知れたら学校側が大慌てだ」
「なにかにつけて自粛や自重ばっかの世の中だしな」
「つまらない世の中だからこその『出しゃばれ自分』だ。この企画が含んだリスクと翔馬の問題児ぶりは美しい。美しいものは、それだけで最善の答えだ」
「北出先輩は問題児に夢を持ちすぎだ。いつか炎上に巻き込まれて大やけどするぜ?」
「知ったことかよ。死ぬまでに十二個くらい自分伝説がほしいね。伝説作りに困難はつきものさ!」
「ギリシャ神話のヘラクレスかよ。伝説なんてこしらえて何の得がある」
「少なくとも楽しい人生と言える。あと大量に英雄伝説を作って死んだら閻魔様にドヤ顔できるぜ」
「死生観が突飛すぎだ。死後のことなんて誰にもわかんないんだし」
 死んだ後に天国や地獄があるって考え方は霊感商法じみている。
 生きている間に善行ポイントを貯めれば天国に行けます。簡単に善行ポイントを稼ぐために我が宗派に寄付をしましょう。
 俺には宗教家という人種の言い分が、ことごとく暴利を貪る妄言に聞こえる。
 それに俺の場合、天国か地獄に選別されるなら地獄に落ちる側だ。だったら現世御利益に注力した方がいい。
「さてと、話がちょいとずれたな。俺はこの企画に両手を上げて賛成だ。つーわけで実行局長としての許可印をば」
 北出先輩は概要書の実行局長許可欄に捺印する。
 これで問題が一つクリア。
 残るは『顧問教諭許可欄』への捺印か。
「残りの部分の印鑑はどうやったらもらえるんだ? 直接ここの顧問のところに行くべきか?」
「最大の問題だな。普通なら実行局長が認めた概要書に顧問が物言いすることはない。教師側のチェックが入っている形にしないと学校公式行事としてマズイってだけだから」
「まあ先生たちも一つ一つのクラス企画を深く審査できるほど暇じゃないわな」
 けど、俺のクラスの場合は仕様が違う。わざわざ学校側が丁寧なクラス企画を用意してくれるほどに注目している。
「確実にこの企画を潰そうとしてくる。厄介事を回避したがるのは、残念だけど常識的な感覚だよ」
「意外にも学校側を糾弾しないんだな」
「戦うことが最善手ならいくらでも戦うが、この場合は違うな。揉めれば揉めるだけ時間が過ぎていく」
「そうすれば俺らのクラス企画の準備が遅れる。最悪、時間的に無理があるからクラス企画の中止を突きつけられる――。そんなシナリオもありうるな」
「人を疑ってかかるのは好きじゃねえけど、最悪の場合はな」
 難しそうに眉間をシワを寄せる北出先輩が俺には意外だった。
「先輩でも最悪の事態とか考えるんだな。いつも突き抜けたポジティブシンキングだと思ってた」
「最善の仕事をするには最高の目標を掲げつつ、最悪の結果も想像して準備する必要がある。でなきゃ、俺みたいな小童はすでに消し飛んでいるよ」
 仕事人すぎる北出先輩の意見。俺は深い感銘を受ける。
「ならどうやって学校側の許可をもらうかがカギだね」
 北出先輩の傍に控えていた各務原先輩が言った。相変わらず存在感が薄い。今日みたいに室内に多人数がいると余計にかすれた存在に見える。
「水鏡先輩、何かいい手立てない?」
「んー、僕の先祖に奇天烈斎様はいないから、ホイホイと便利な道具は発明できないね」
「ぐぬぬ、そうナリか……」
 会話におふざけを交える実行局の偉い人たち。この人ら、まだ余裕あるっぽいな。もっと真剣に向き合ってほしい反面、深刻に構えないのは心強いけど。
「とりあえず顧問を呼ぼうか。キーマンの懐を探りながらやってみるのがいい気がする」
 各務原先輩はケータイを取り出し、通話する。
「もしもし、お忙しい中すいません。学園祭実行局の各務原です。江原先生にご相談したいことがありまして」
 丁重な挨拶は交渉事の基本と言わんばかりに立て板に水の各務原先輩。
 向こう側とちょっとしたやりとりを交わし、いよいよ彼は本題に入っていく。
「実はですね、昨日うちの局長が受け取り拒否した一年五組のクラス企画の概要書が大幅変更した状態で提出されたんですよ。…………ああ、はい、了解です。お待ちしています」
 通話終了。ケータイをポケットにしまい肩をすくめる各務原先輩。
「どんなだった?」
「すぐにこっちに来るってさ。魔物を前にした村人みたいな声だった」
 涼しげに言うが、それはよくない反応では?
 俺が困惑していると、実行局の扉が開け放たれる。
「北出ッ! 一年五組の企画書はどこだッ!」
 甲高い男性の声が室内に突き刺さる。扉の向こうには細身で神経質なまでにきっちりした髪型の中年男性が立っていた。見るからに神経質そうな風体だ。
「どうも江原先生、お元気そうでなにより」
「挨拶はいい。一年五組の企画書には印鑑を押したのか!?」
「そりゃあもう! 気分的にはちまちました印鑑じゃなく太鼓判を押したいくらいっす!」
 北出先輩はうちのクラスの概要書を江原先生の眼前に提示。
 江原先生は眼球を左右に動かし、内容を精査。
「なんだこれは! 一年五組は郷土史研究のはずだ!」
 すでに発狂寸前の先生は、強引に概要書をひったくろうと手を伸ばす。しかし空振り。北出先輩は素早く概要書を引っ込めていた。
「昨日俺が拒否したのと比べれば大幅変更だけど、俺的には問題ないですよ」
「お前の意見などどうでもいい! そもそも『嘘つきカフェ』とはなんだ。ふざけているのか!?」
 そう言われると俺も否定しきれない。半分ノリで出てきたアイデアだし。
「細かい内容は、ここにいる一年五組の学級長に聞いてください」
 いきなり俺に話を振る北出先輩。
 まあ、俺のクラスの企画である以上は俺が説明するのが筋か。
「お前が瀬田翔馬か……?」
 怯えるように半歩後退する江原先生。声が大きい奴が実は小心者な場合があるがこの人は典型例みたいだ。
「ざっくりした中身は概要書通りだ。うちのクラスではTRPGを楽しめるカフェをする。クラスメイトの同意はある」
「違う、そうではない! 私が書いた郷土史研究の話はどうなった?」
「……あの概要書を用意したのってあんただったのか」
 語るに落ちると表現するのも馬鹿馬鹿しい江原先生の失言。俺と正副局長はおろか、室内の人間が全員で冷たい視線を江原先生に注いでいた。
「そ……それは……ええい、揚げ足をとるんじゃない!」
 わお、とんだちゃぶ台返し。パワープレイでくるとは思わなんだ。
 この状況って江原先生に断然不利だよなあ。
 ここは学園祭を盛り上げようと企てる連中の総本山。そんな魔境に一人で足を踏み込むなんて思慮が足りなすぎる。
 多勢に無勢とはまさにこのこと。多勢側の俺としては心強い。
「だったら、話を元に戻すけど俺らのクラスとしては『嘘つきカフェ』の準備をしていくつもりだ。みんなのやる気は充実してるから、先生の印鑑が揃うと何の憂いもなくなる」
 意訳すると『許可印を押してくれ』である。
「認めん、私は認めんぞ。得体の知れないトラブルを起こしかねない火種など私は許さない!」
 怒鳴るだけ怒鳴って、江原先生はずんずんと部屋から出ていった。
 ……どんだけ俺って嫌われてるんだよ。ある程度は覚悟してたけど、ここまで激烈だと肩身が狭い。
「嵐が去ったね」
 言葉通りに台風一過みたいな穏やかさの各務原先輩。
「どうするんだよこの状況。あの人。呼ばなかった方がいいんじゃないか?」
 例えば裏で根回ししてから、江原先生に捺印を迫るって方法もあったかもしれない。
「江原先生にも困ったものだ。喚けば問題が解決すると思うのは傲慢。加えて、大事な許可印は盗難に合わないよう細心の注意を払って管理すべきだ」
 各務原先輩の右手の中に、象牙色をした円筒形の物体があった。切り口には左右反転した文字で『江原』とある。
「それってもしかして……」
 俺はまぶたと口を半開きにするしかない。
「学校側の許可印だよ。もしも僕以外の人間の手に落ちたらどうする気だったんだろうね?」

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