アルカナ・ナラティブ/第14話/11

 校長室に校長がいるのを柳川先生に確認してから、敵の本丸に乗り込んでいく。
 校長室ってのは学校にしては豪華な装飾が目立つ一室だ。
 絨毯張りのフロアに重厚な家具。来賓者を出迎えるソファ。偉い人が自分の偉さを見せつけんばかりのこしらえである。
「さて、君は学園祭に関して話があるみたいだね」
 俺の目の前にはデスクを挟んで座る校長の姿。彼の傍らには江原先生もいた。俺が校長室に行くのを偶然聞きつけたわけではない。柳川先生に頼んでわざと情報を流したのだ。
「校長、彼の話に耳を傾ける必要などありません! 学園祭の件は私がすべて処理します」
 小者臭が拭いきれない江原先生。おっかなびっくり俺を爆発物みたいに扱ってくる。
「まあいいではないか。こうして私に直談判しにくる覚悟だけは評価に値する」
 江原先生とは対照的に校長はどっしりと構えている。大物感たっぷりだ。
 権力者になびくのが小者というわけか、江原先生は冷や汗を流しながら口を閉じる。
「俺からのお願いはたった一つ。俺たちのクラスの企画を承認してほしい」
 俺は校長用デスクに企画概要書を提出した。
 校長は厳粛に内容を読み込んでいく。
「ふむ……毎年学園祭にはキワモノな企画もあるが、これはなかなか……」
 多少のことでは小動もしなさそうな校長が判断に困っている。
『嘘つきカフェ』なんて名前自体が当惑の元だろうし、いい年をした校長がTRPGについて詳しいとも思えない。
 しばし考え込み、校長は口を開く。
「この企画の立案者は誰かね?」
「一年五組のメンバー全員で話し合って決めたものだよ。特定の誰かが言い出したというよりは、アイデアを出し合っているうちにまとまっていった」
「多数決で決めたというわけではない、と」
「反対意見がないかは挙手を求めて確認してある」
「結果は?」
「反対意見はゼロ。全員合意の上だ」
 すべてが真実なので、やましいところなく主張できるのはありがたい。
「そんな甘言に惑わされてはなりませんぞ! どうせ学生たちが悪ノリで決めたに決まっています! 今年の学園祭に混乱を招くのは考えるまでもありません」
 あくまで反対姿勢を貫く江原先生。
 俺を嫌悪しているというよりは、恐怖しているっぽい。
 相手のことがわからないという恐怖を加熱すると憎悪になる。今の彼はまさしくそれだ。
 ともあれ、江原先生が大反対を唱えるのは想定の範囲内。
 集中すべきはここから先だ。
 江原先生の反対意見に校長が賛同するか、異を唱えるかで俺が取るべき攻略ルートは変化する。
 校長が江原先生をなだめてくれるなら話をスムーズに進めればよし。そうでないなら一手間必要だ。
「江原先生の意見はもっともだ。学園祭には一年五組だけでなく他の生徒も携わることになる。不要な混乱は避けたいところだ」
 うむむ、初手では校長が賛同しない方向か。
 だったら、それを切り替えていく必要があるな。
「とは言うものの、学園祭実行局長からの許可はもらっている。先生方は自らが承認した責任者の意見を無駄にするつもりですか?」
 北出先輩の許可印が概要書に押されているのは交渉材料としては大きい。
 更に俺はもう一枚の紙切れを校長に提出。
「これは?」
 眉をしかめる校長。
「最初に学園祭実行局に提出したうちのクラス企画の概要書のコピーだよ」
「こちらの概要書とは随分と内容が違いのだな。まるで個性のない無難な企画だ」
 校長の慧眼がありがたい。話をスムーズに進められる。
「そっちの概要書は学校側が用意した……というのを校長はご存知ではない?」
「うむ、知らん。学校側が用意した学園祭の顧問は江原先生だ。それに私が口を挟むのは理にかなわないし、混乱を招くだけだ」
「なるほど」
 と頷きながらも驚くわけではない。
 俺としては校長が指示していた可能性が低いのは見積もっていた。
 もしも江原先生が校長の指示の下に概要書を準備したなら、先ほどの彼が実行局で喚いた台詞に違和感を覚える。
 彼は『得体の知れないトラブルを起こしかねない火種など私は許さない』と口走った。
 ここでポイントなのは『私は』という一人称。
 あくまで俺の経験則だが、江原先生みたいな小者は権威主義に走りがちだ。要するに自分個人の力量に自信がないから偉い人の力を借りたがる。
 そんな彼が『私は許さない』という。もしも彼以上の権力が絡んでいるなら『私たちは許さない』と言うべきだ。こっちの方が江原先生は数の利をほのめかすこともできる。
 校長がこの一件に絡んでいないなら、後は押しの手を使っていけばいい。
「ちなみにそっちの郷土史研究の方は学園祭実行局に拒否された。向こうはあくまでクラス企画は自分たちで考えるべきと言ってきた」
 北出先輩の意見をまろやかに表現するとそうなる。
「学園祭は生徒たちが自ら考え、自ら行動することを学ぶ場であるべき。そこは否定するわけにはいかない」
「校長!?」
 顔中に混乱が広がっていく江原先生。
 そこまで来てついに彼は最後のカードを切ってくる。
「か、彼はあの瀬田翔馬ですぞ!? 彼のせいで我が校は大罪人を擁護する学校だと巷で騒がれ始めています! そんな者の言葉を信じるなんて軽率です!」
 差別的な発言だが、追い詰められたら形振り構ってられないわなあ。
 要するに論点を俺の誠実さにすり替えてしまおうって寸法なのだろう。
 参ったね。どうしょうもなくて笑ってしまいそうだ。
 ――だって江原先生の言動は逐一俺の計画通りなんだから。
「ならこうしてはどうでしょう。この件は校長先生に判断を一任する。俺たちのクラスの概要書に足りないのは学校側からの許可印。なら一時的に江原先生は校長に許可印を預けておく」
「ふむ、江原先生では判断しきれないならば、それもやむなしか。よかろう!」
 校長は頷く。厳かで勇ましい声色だった。
 一方で江原先生の顔が青ざめていく。
「あ、いや、印鑑を預けるのはちょっと……」
 しどろもどろに回答するしかない江原先生。
「問題はない。明日までには結論を出そう」
 と言うと、江原先生は印鑑を校長に預けるしかないわけで。
 でも、印鑑は俺が持っているわけで、いやはや人生は厳しい。
「ちなみに印鑑は俺が預かっている。これが概要書の学校側の許可印になる」
 校長に持っていた許可印を預ける俺。
「……どうして君がこれを?」
 当然の疑問を呈する校長。
「学園祭実行局の人から預かってたんだよ。大事な許可印なんだからちゃんと管理するなり所持しておいてくれってその人は言っていたよ」
 嘘は言っていない。ただスリによって入手した点を伏せているだけだ。
「……君は、その印鑑を自分で押して概要書に許可が出たように振舞うこともできたのではないか?」
「いやいや、それは流石に不味い。俺はこのクラス企画を堂々と胸を晴れる形で通したい。そうでなければクラスメイトに申し訳が立たない」
 という台詞を吐くことにより、さも自分が誠実な人間であるみたいにアピール。
 そう、これこそが各務原先輩から印鑑を預かった目的だ。
 俺が信頼に足る人間と判断されない限り、学校側から再び妨害工作が来るとも限らない。
 自分で勝手に捺印してみたところで江原先生が効果無効の訴えをしてきたら面倒だ。その場合、クラス企画の是非を問われて準備期間がゴリゴリと削られてしまう。
「というわけだ江原先生。私は彼を信じてもいいと思うが?」
 ここまできたら江原先生も納得……。
「い、いや、しかし……私はやっぱり反対です! 学園祭実行局の暴走を見過ごすわけにはいかない!」
 納得しないんかい!
 偉い人の意見にはなびくかなと思った俺は、ちょっと浅慮だったかもしれない。
 さーて、どうする?
 俺からの交渉用のカードは全部切っちまった。
 少年漫画とかだと、こういう場合は心強い味方のアシストがあるもんだ。
 ここから先は俺より学園祭に熱い思いを抱く人に任せるしかない。
「というわけで各務原先輩から何か解決策がほしいところなんだが?」
 脱力しながら俺は言った。
 すると、
「……驚いた。どうして僕が部屋にいることがわかったんだい?」
 背後から声。
 振り返ると特徴のない男子生徒の姿があった。学園祭実行局の副局長、各務原水鏡である。

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