アルカナ・ナラティブ/第14話/12

 各務原先輩が突然部屋に出現したというのは語弊があるかもしれない。彼は透明人間みたいに振る舞えるが、透明人間になれるわけではない。
 おそらくは最初から校長室にいたのに俺が気づかなかっただけと見るべき。
 各務原先輩の発言に校長や江原先生に驚きはない。だとすれば、各務原先輩は俺の認識のスキをついていただけで先生方は普通に気づいていたのだ。
 先生方からすれば学園祭実行局の副局長が、揉め事の予想される話し合いに同伴しただけ。特に彼が発言しなくても中立を守っているように見えるだけだ。
「俺は各務原先輩の意見も聞いておきたいところだ。助力できるならお願いしたい」
 認識できないはずの各務原先輩の名を呼べた理由については置いておく。
 話し合うべき本題についての言及を求める。
「僕としては中立を貫きたいんだけれどね」
「わざわざこの部屋についてきた人間の言うことかよ。意見を表明するってのは、自分の物語を動かすのに十分すぎると思うぜ?」
 各務原先輩の心をくすぐるような言葉を紡いでみる。
 自分の物語を生きることは問題児のはじまり。
 これほど彼にとって魅力的な提案もないだろう。
「そうだね……その通りだ。ならば僕は校長に提案しよう!」
 いない人間を自称していた青年は前に出て、校長に対峙する。
 俺は彼の後ろ姿を眺める。細身の体格なのに力強く映った。
「ほほう、君には私を納得させるだけのアイデアがあるというのかね?」
 校長は興味深そうな声。ありていに言って楽しそうだった。
 この人は俺たちにとっては壁かもしれないが敵ではない。きちんと筋を通せばどうにかなるに違いない。
「僕が提案するのは、瀬田君の存在を成長物語として世の中に広めるという手です」
 簡潔に言い切るが俺は彼の意図をうまく汲み取れない。校長や江原先生も理解に困っているらしく目を瞬かせている。
「どういうことかもう少し詳しい説明をお願いしよう」
 わからないから拒絶するということは決してしない校長。
「要するに、瀬田君が抱えている問題は割とトンデモな過去にあるわけです。世間的には、彼みたいな極悪人が高校生として普通に過ごすのはいかがなものかという意見がある」
「だから私は彼のクラスには活動の自粛を指示した! それは正しい判断のはずだ!」
 各務原先輩の指摘を受けて、江原先生が騒ぎ出す。
 各務原先輩は動揺などしない。
「江原先生の考えは間違いではない。けれどベストアンサーでもない」
「つまり君にはもっといい考えがある、と?」
 校長は腕を組みながら思案する。
「それが先ほど述べた『成長物語』というキーワードです。あえて言うまでもありませんが、ここは学校です。学校とはなにをするところですか?」
「教育機関であることが本分だ」
「おっしゃる通りです。そして教育を施すとは大きく分ければ二つの手法がある。一つ目は生徒の長所を伸ばすこと。もう一つは生徒の問題点を直すことです」
「間違いない」
「瀬田君はかつて反社会的な人間だった。しかし、今では真っ当な高校生として生活をしている。これはこの学校が施した教育効果だとは言えませんか?」
 各務原先輩の意見に校長は「ふむ」と厳粛に頷く。
 それを見届けると各務原先輩は畳み掛けるように続ける。
「大悪党を更正させた学校――これは教育機関の宣伝としては大きな効果を持つはずです。逆を言えばここで瀬田君や彼のクラスを切り捨てるのは賢くない。そんなことをしては瀬田君を入学させたことに非があるみたいに態度です」
「そうだな――我が校には非はない」
「ならば言い方は悪くなりますが瀬田君を有効活用すべきでしょう。自らに非がないのに、うっかり自分が悪いような言い回しをして不利になるなんて馬鹿げている。それよりは瀬田君をこの学校の教育の結果として持ち上げた方がメリットは大きい」
 世の人々は常にインパクトのある話に飢えている。
 普通の生徒が普通に生活しても話題にはならないが、不良が普通の生徒に戻るとまるで素晴らしいかのようにもてはやす。
 要するにみんな感動のつまみ食いが大好きなのだ。
「そこまでヴィジョンを示されては、私……いや我が校としては話を無碍にできんな。よかろう! 一年五組のクラス企画を承認しよう!」
 高らかに宣言すると校長は概要書に捺印する。
 場の空気で決まった感じもしないではないが、結果よけれはすべてよし。
 江原先生は蒼白になっていた。どうしょうもなく小者な人だけど、お悔やみぐらいは申し上げておこう。

   ◆

「自己主張はいつになっても苦手意識がつきまとうね」
 校長室を出るなり、各務原先輩は胸をなでおろしていた。
「とても堂々としてて格好良かったぜ?」
「そう言ってもらえると助かるよ。概要書は無事に受理されたし、君のクラスもやっとスタート地点に立てたね」
「……今日の出来事ってゴールでもなんでもないんだよなあ」
 一難去ったから油断したい気分だったけど、学園祭までの道のりはまだまだ長いのだ。
「僕は君のクラスの概要書に許可が出たことを北出君に伝えるとするよ。君はどうする?」
「正式にOKが出たことをクラスメイトや担任にメール連絡さ」
「お互い、仕事は尽きないね」
 いつまでも立ち止まっていてもしょうがないので、俺たちは廊下を歩き出す。
「ところで、どうして瀬田君は僕が校長室にいるってわかったんだい? 少なくとも君は僕に一切の注意を向けていなかったはずだけど」
 各務原先輩の疑問は当然のものだ。
「いかにも。俺はあのとき各務原先輩が部屋にいるなんて意識になかった。というか、目の前の校長と江原先生に集中するので精一杯さ」
「だったら……なぜ?」
「問題児に憧れる各務原先輩なら、きな臭い場所に足を運んでくれるかなとか思ったのさ」
「たったそれだけの理由?」
「他にも一応論拠はある。俺から印鑑を受け取った校長への江原先生の台詞が不自然だった」
「ああ! あれには僕も焦ったよ」
「江原先生は『学園祭実行局の暴走を見過ごすわけにはいかない』って言っていた。俺を批判するのが目的ならおかしいだろ。俺は学園祭実行局の関係者ではない。顧問の江原先生ならそれは百も承知だ。だとしたらこの台詞は俺じゃない誰かへのクレームだったんじゃないかなってね」
「抜群の判断力だ。お見それしたよ」
 立ち止まって拍手を打ち鳴らす各務原先輩。
「それは俺から言うべきだよ。各務原先輩の助けがあったからこそ、話が上手くまとまった」
「僕としては君に存在がバレなかったら無言を通すつもりだったけれどね。話を振られた以上は取り繕うしかなかった」
「それにしては理にかなったアイデアだと思うぜ。あれってアドリブで考えたのか?」
「いや、昨日君と会ったときから思いついてはいたんだ。けれど誰かに言うつもりはなかった。僕は君と違って勇気がないからね」
「俺もただのヘタレなわけだが?」
「物怖じせず校長室に特攻する人間のいうことかい?」
「俺一人のためだったら絶対にやってない。実はさ、あのクラス企画が出来上がるきっかけをくれたのって俺のカノジョだったんだ」
「男として引き下がれなくなったわけだ」
「まあね」
 氷華梨がいなければ、本当に俺ってダメ人間だよなあ。
「誰かのために力を発揮するのが勇者の条件なら君は十分に勇者だ。利害が一致しない者からは問題児として叩かれるのだろうけど」
「だったら先輩も十分に勇者だよ」
「僕が……?」
 きょとんとする各務原先輩。
「先輩は校長への提案をただの取り繕いだというが、自分には何もアイデアはないと言うこともできたはずだ。そっちの方が無難なはずだ。でも、それはしなかった。だったらあんたは誰のために自分の意見を主張したんだい?」
「いや……うん、そうだね。僕も少しは問題児に近づけたかな?」
 照れたように頬を掻く各務原に、敬意を表するために俺は言うのだ。
「もちろん、大問題さ! あんたのおかげで俺はこれから先も真っ当な生徒をしなくちゃいけなくなったからな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 これには彼も苦笑するしかないみたいだ。
「この状況がチャンスかもしれないとか考えてる自分がいてびっくりだよ。実はさ俺、カノジョの両親との仲が険悪でさ。詐欺師が娘と交際してるのが許せないらしい」
「普通の感覚ならそうかもしれないね。でも……」
「学園祭を通して俺の見方が変わってくれたらいいなあとか思ったり」
「君が恋人のことをそこまで強く想うならば、それが君の力になる。カノジョさんとお幸せに」
「リア充爆発とか言わないあたり、先輩は人ができているな」
 クラスメイトの男子とは大違いだ。
「とはいえ、お節介ながらアドバイスをするなら恋愛が人間関係である以上、『なれる』と『ダレる』には気をつけるべきだろうね」
「その心は?」
「最初は熱々だったカップルも、いつか一緒にいるだけでは刺激が足らなくなる。これは一緒にいることに『なれた』とも言える。でも一歩間違えればただの倦怠期で『ダレた』関係になる。君たちは末永く一緒にいられる道を選ぶんだよ?」
 目の前の節制は、俺とここにはいない俺の大切な人が進むべき道を示した。

【XIV・節制】了

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