アルカナ・ナラティブ/第15話/02

 放課後に呼び出されたのは学園祭実行局の部屋ではなかった。メンタルヘルス部が使用している空き教室だった。
 空き教室まで足を運ぶと扉には、以下のような張り紙があった。
『恋愛マイスター天野のお悩み相談室』
 俺の頭が頭痛で痛い。国語の先生からは言葉の重複により減点を食らいそうだが、他に今の気分を表す語彙は俺にはない。
 どうしよう、この教室の扉を開けるのが恐ろしい。もしかしたら別次元につながっていて、二度と戻ってこれないかもしれない。俺の物語を異世界ファンタジーに強制変換するのはご勘弁いただきたい。
 俺一人でここに来たのは誠に幸いだった。クラスでの作業は格パートリーダーに伝えてあるし、氷華梨は剣道部の方に顔を出している。暫定とは言え、こんな人外魔境に来るのは俺一人で十分だ。
「失礼するぜ」
 後戻りをしたい気持ちを胸のうちに押し込めてみせる。その圧縮率たるやデータファイルなら元に戻せないレベルだ。
「ドーモ。セタ・ショウマ=サン。アマノ・カガリビです」
 室内から忍者殺しみたいな危うげな日本語が聞こえてきた。
 そこには天野先輩をはじめとした濃ゆいメンバーが集まっていた。
 メンタルヘルス部からは藤堂先輩と三国先輩。
 天野先輩のハニーたるヒノエ先輩も鎮座していた。暑さが残る九月上旬であっても黒マントは着用済み。すっかりヒノエ先輩の正装である。
 
 もちろん、俺を呼び出した北出先輩もいた。彼に関しては、別にいなくても良かったんだけど。
「外の張り紙のせいで帰りたい気持ちでいっぱいだ」
「バカな! オレは実家のような安心感をコンセプトに一筆したためたんだぜ?」
 愕然とする天野先輩。俺も愕然とするしかない。
「天野先輩の実家は、地球外にでもあるのか?」
「俺の実家はこの街にある。というか翔馬も来たことがあるかと」
「そういや、陸原がメンタルヘルス部を危機に陥れたときに行ったな」
 そこでメンタルヘルス部立て直しのプレゼンとか作ったのは懐かしい想い出だ。
「だったら、あのときの記憶と重ねてみればいい。ほーら、あの張り紙のおかげでここが心安らぐサードプレイスに……」
「ならねえよ」
「アレの何がいけないというのだ。手書きではなく、創英角ポップ体を使うべきだったか?」
「素人が使うと確実にダサくなる。そのフォントはやめてさしあげろ」
 二学期も天野節が炸裂して逆に不安が吹き飛んだよ。
 というかこの人、本当に不治の病を患っているんだよな?
 実は嘘でしたみたいなオチはどこかにないだろうか。
 俺としては『お前のような病人がいるか』タグを彼につけてしまいたい。
 どうか、それぐらいのわがままは許してくれ。
「んで、今回の会合の目的は? 茶飲み話がしたくて集まったわけじゃないよな」
「もちろんさ! 今回は学園祭に向けてメンタルのスペシャリストたちと話しておきたいと思った次第さ」
 意気揚々と喋りだしたのは北出先輩だった。
「先輩、学園祭実行局の仕事はいいのか?」
 俺がわざわざこんな質問した理由は一つ。彼と深くお付き合いしたくないからだ。
 北出先輩はトラブルメイカーなんて評するには生ぬるい。
 トラブルクリエイターだ。
 厄介事を『作る』ではなく『創る』という困った仕様を持っている。
「もちろん俺も修羅場さ! むしろ、これからが修羅道だ。だからこそ、この話し合いを設けた」
「どういうこと?」
「俺も今年は二年生だ。去年の学園祭を通して、色んなクラスで揉め事があったのを聞いている。一番面倒くさい揉め事は何だと思う?」
 唐突な問いかけだが、俺はちょっと考えてみた。
 仮にうちのクラスで揉め事が起きるとしたらなんだろうか。一応、名目上はみんなで決めた企画ということになっている。解決が困難なトラブルがあるとすれば……。
「人間関係……かな。まあ、これは学園祭に限った話じゃないが」
「いかにも! もっと言えば色恋沙汰が面倒くさい。もっと言えば、そこに女の争いとか介入してみろ。冗談抜きでクラスの生態系が崩壊する」
「トラブル大好きな北出先輩にしては弱気な発言だな」
「俺だって女子のいさかいには肝を冷やすさ。どっちかが一方的に悪いならズバッと解決できるんだけどな」
「女子女子したノリは苦手?」
「俺が空気を読んで、穏便に物事を進められる人間に見えるか?」
「ハハハ、そりゃ無理だ!」
 これまでの恨みも込めて笑い飛ばしてみせる俺。
「翔馬から盛大に馬鹿にされたが無視しよう。とにかく、俺としては学園祭絡みのリスク対策はしておきたいわけ。だから、メンタルヘルス部の方々に外部相談役をお願いしようって寸法だ」
 不敵な笑みを浮かべる北出先輩。
「でも、そんなことを請け負ってメンタルヘルス部には何の得があるか謎だ。タダで揉め事を増やす意味って?」
 リスク転移は方略として正しいが、当然にコストがかかるものだ。無償で相手のリスクを負う奴なんていない。精々、空き地の隣の民家にホームランボールの回収にいくのび太くんくらいだ。
「オレとしても、恋愛相談って得意じゃないんだよね。とはいえ、ここで断るとうちの部のアイデンティティに関わる」
 天野先輩にしては珍しく困った様子だった。
「自分の存在意義の確認のために北出先輩の申し出を受けると?」
「いや、それだけじゃ意味付けとして薄い。なので、裏取引はしてある」
「何を企んでる?」
「学園祭をやってない時期の実行局室の利用権をもらった」
「わお……理にかなってる」
 これまで正式な部室がなかったメンタルヘルス部だ。期間限定とは言えはっきりと専用の部屋があるのはありがたいだろう。
「これでひとまずはうちの部も安泰だね!」
 ガッツポーズする三国先輩。
『正式な取り決めはこれから決めていきますが、私も概ね賛成です』
 スマートフォンに文字を打ち込むキズナ先輩もにっこりしていた。
「ふーん、でも、この件は実行局とメンタルヘルス部の話だ。どうして俺まで呼ばれたんだろう? というかヒノエ先輩がいるってことは……」
「察しがよくて助かるよ。新しいアルカナ使いを見つけたらから、知らせておこうかと思ってさ」
 ドヤ顔で胸を張る北出先輩。
「マジで?」
「お前のクラスに有馬紅華(ありま・べにか)っているだろう? 彼女だ」
 粘度の低いさらっとした態度で、とんでもないことを言い出した。
「ちょ、待て、あいつアルカナ使いだったのかよ!?」
 有馬紅華といえば、うちのクラスで一番目立つ女子だ。物怖じせず、はっきりと物言う正確なのもさることながら、赤色に染めて髪のせいで見た目からして派手なのだ。
「左足のくるぶしに【XV】の呪印があった。んで、本人に聞いてみたら高校に入学した時期に浮かんできたものなんだと。こりゃあ決まりだろう」
「衝撃的な事実だよ」
 俺としては頭を抱えるしかない。
 一年五組のアルカナ使いは俺と氷華梨だけだと思っていた。なのに三人目がいたとか言われたらリアクションに困る。
 別にアルカナ使い探しを本腰いれてやっていたわけではない。けれど、これまで一緒に過ごしていて気づかなかったのは自分が間抜けみたいではないか。
「【XV】のアルカナは【悪魔】かね。紅華君は新入生歓迎キャンプで知っている顔だが、改めて言われると不思議な気分だ」
 ヒノエ先輩は顎に手を当ててつぶやく。
「【悪魔】のアルカナ使いか……。響きだけだと怖そうだな」
 もっとも【死神】のアルカナ使いである四塩先輩の例もある。怖そうなアルカナと対応しているからといって、本人がヤバイ人間と考えるのは間違いだ。
「【悪魔】のカードって何を暗示してたっけ?」
 と聞いてきたのは三国先輩。
「【悪魔】は正位置だと、束縛とか依存、あるいは堕落みたいな意味合いかな。逆位置だと束縛からの解放や悪縁を断ち切るという意味合いだ」
 と天野先輩。さらりと説明が飛び出してくるあたり学年次席たる貫禄だ。……いや、オカルトな知識はテストに出ないけど。
「有馬さんの魔法の中身は謎のままだけどな」
 天野先輩の言葉に、俺は首をかしげる。
「無理に聞き出したりはしてないのか?」
「別にオレは拷問係ってわけじゃないからね。そもそも、ほら、アルカナ使いの魔法って、本人のコンプレックスと繋がってる場合が多いから。いきなり聞かれても答えにくい部分はあるだろうよ」
「なるほど」
 天野先輩の説明に納得するしかない。
 俺の【レンチキュラー】も最初のうちは使い道に困る魔法だった。詐欺師だった過去を思い出させて、不愉快な気分に何度もなった。
「有馬の魔法も、彼女の地雷に触れるものと考えるのがいいのだろうか?」
「問題はそこさ! そのために翔馬を呼んだんだよ」
 パチンと指を鳴らして、天野先輩は言ってみせる。
「まさかと思うけど、俺に有馬の身辺調査をしろとか依頼しないよな?」
「いやいや、俺らは単に有馬さんの魔法の中身だけでも把握しておきたいだけさ」
「必要な仕事か、それ?」
「【皇帝】や【正義】の魔法みたいに、人に危害を加えられるタイプだとマズイだろう?」
「それは……反論できないな」
【皇帝】こと阿加坂の魔法は、名前を呼んだ他者を強制的に命令に従わせた。
【正義】こと名壁の魔法は、どんな人間でも自由裁量で断罪できた。
 この二人の魔法はアルカナ使いながらタチの悪いものだった。本当に嫌な想い出だった。
「とはいえ、あいつらの魔法みたい人を踏みにじるのに向いてるなら有馬は好き勝手やってそうだけど」
 俺は普段の有馬の素行を思い出す。
 いわゆるギャル系で、気が強い女子ではある。
 しかし、それはあくまで個人の性格の問題だ。奇怪な術を使って、人を操ったり誑かしたりしたところを見たことはない。
 ……あくまで俺が把握してないだけで、裏ではとんでもない悪事を働いている可能性は否定できんが。
「ところで、有馬には他に魔法が使える人間――アルカナ使いの存在は話したのか?」
 もしも有馬とアルカナ使いについての話をするなら、これは確認しておくべきだろう。
 彼女と話し合うに際して、こちらが喋れる範囲は確認しておきたい。
「情報が漏れても不具合が少なそうな人間について話している」
 ヒノエ先輩は語る。
「例えば?」
「名壁司」
 端的に言い切るヒノエ先輩だが、いかんせん説明不足だ。
「どうして名壁? ぶっちゃけ、あいつこそ一番タチが悪かったわけだが?」
 魔法の性能がずば抜けているという意味の厄介さもある。同時に名壁本人の性格が破綻しすぎて面倒くさかったというのもある。
「それはだね、あれだよあれ、察してくれるとありがたい」
「ヒノエ先輩……例によって説明が面倒くさくなってきた?」
「……うむ、というわけでここからは篝火が解説してくれる」
 華麗に隣のカレシに丸投げしてみせるヒノエ先輩。この人、本当に記憶力がチートなだけだな。
「はいはい、んじゃここからは俺のターンね。俺は話に聞いただけだが、名壁の魔法は翔馬が封殺したんだよな?」
「ああ。紆余曲折の説明は省くが、あいつの声を奪うって形で魔法を使用不能にしてある」
 我ながら、えげつないことをした。とはいえ、氷華梨を傷つける輩に容赦する理由はない。
「だったら有馬さんがどんな魔法を持ってるかは知らないけど問題ないだろうよ。現実問題として名壁の魔法はあってないようなもの。言ってみれば遊休状態?」
「永遠に休んでいてほしい魔法だけどな」
 俺は改めて名壁を思い出してみる。
 あんなのともう一回関わるのはゴメンだ。一度倒した敵がリベンジに現れるなんて展開はマンガや映画の中だけにしてくれ。
「今の君の台詞、まるで【正義】の魔法が再び立ちはだかるみたいなフラグだね」
 暢気に言ってみせる三国先輩。
 彼女の言い分に俺は、
「縁起でもないからやめてくれ」
 とか眉間にしわを寄せて返すしかなかった。

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