アルカナ・ナラティブ/第15話/03

 翌日から、俺の注意は有馬に向いていた。
 これまでただのクラスメイトだと思っていた女子を、授業中もずっと気にしている。
 ……とか表すと、新しい恋の始まりみたいだがそんなわけがない。
 氷華梨一筋だ。
 通常授業は淡々と進んでいく。
 悪く言えば退屈な日常であっても、俺が追い求めていた普通の生活。
 そんな中でも魔法を使える者たちがこの学校にいて、人目に隠れて悩み続ける。
 有馬紅華という少女も、他のアルカナ使い同様に葛藤や悲しみを抱えて生きているのだろうか。
 他人の悩みなんて知ったことではないが、アルカナ使いに選ばれた点は同情する。
 だったら、ちょっとぐらいは話を聞いてみるのもありかもしれないな。
 授業中にこっそりとケータイを取り出して、ケータイを操作。
 有馬へのメッセージを作成。
『アルカナ使いって言ってわかる?』
 まずは軽い挨拶がてらに確認しておく。
 数十秒後、メッセージが返ってくる。
『知ってる。私は【悪魔】らしいわよ? 聞いた話じゃ、翔馬や周防さんもアルカナ使いらしいわね』
 有馬は俺より後ろの席にいる。ちらりと後ろを振り返ると、頬杖をついてこちらを眺めていた。
 微笑むわけでも恐れるわけもない、淡々とした表情。
『いかにも。俺も氷華梨もアルカナ使いで、ビミョーながらも魔法が使える。有馬はどんな魔法が使える?』
 軽い自己開示を行ったところで、本題を切り出していく。
『言いたくない。質問に質問を返すけど、翔馬の魔法は大っぴらに喧伝したくなる魔法かしら?』
『そう言われると返す言葉がない。ちなみに有馬は俺や氷華梨の魔法を知ってるのか?』
『いいえ。でも周防さんの方は検討ついてる。妙に嘘を見破るのが上手だけど、それが魔法?』
 ビンゴすぎて対応に困った。
『ご想像にお任せするよ。というか放課後ヒマ?』
『あら、デートのお誘いかしら?』
『違う、魔法のことで話したいことがある。お前だって、色々と知りたいことないか?』
『時間を空けておくわ。翔馬とはたっぷりとお話したいわね』
 こうしてメッセージのやりとり終了。
 話し合いの席を設けることには成功。
 とはいえ、有馬がどのような意図で俺の誘いに乗ってきたかは未知数。
 彼女自身が魔法で困っているから相談したのか、魔法を使って俺を罠にかけるつもりなのか。
 前者ならばよし。解決できるかは自信がないが話を聞くぐらいはできる。
 問題なのは後者の場合だ。
 どんな魔法かわからない以上、対策は立てようがない。
 もしも有馬の魔法が凶悪なら誰かが矢面に立って情報を集めてくる必要がある。
 そこら辺はトラブル大好き北出先輩に任せたい気持ちはある。有馬が学園祭実行局のメンバーである以上は、部下の面倒は見てもらいたいところ。
 でも、もしも本気で北出先輩が情報収集する気があるなら、既にやっているはずだ。あの人が有馬に気を使って自重するとか考えにくい。
 北出先輩としては瑣末なこととして捨ておいている可能性が高い。
 そうなると、同じクラスの俺か氷華梨が動くのがいい。氷華梨にやたらなリスクを負わせるのはためらわれるので、結局俺が出張るしかない。
 もしも俺が有馬にこっぴどい目に遭わされても、死なない限りはその情報は生かされる。
 自ら進んで人身御供になろうとする俺ってばカッコイイ! ……ということにしておこう。
 そんなことを考えながら、今度は視線を横に滑らせる。
 教室の端に座っていた氷華梨を見ておきたかったからだ。
 俺と氷華梨は、未だに距離を置くということで過ごしている。
 まったく口を聞かないわけではないが、付き合った当初みたいに暇さえあれば一緒にいるわけでもない。
 ひどく宙ぶらりんな距離の置き方だ。
 氷華梨が俺と一緒にいると、彼女の家庭環境が殺伐とする。俺としては誠心誠意、氷華梨に尽くしたいがそれを彼女の両親が信じるとは思えない。
 まずは学園祭のクラス企画という課題に取り組むしかない。きちんと一つのことを成し遂げて、俺が信頼できる人間だとちょっとでも理解してもらうのが近道だ。
 単なるポイント稼ぎと言われればそこまでだ。けど、信頼関係の構築なんていきなるできるわけもない。
 ちょっとずつ積み上げて高みを目指すしかないのだ。
 ……地道に積み上げた功績が、ちょっとした油断で瓦解することもあるから注意しながら。
 俺の視線に気づいたらしく、氷華梨もこちらを見やる。
 彼女は微笑みながらも、ちょっと困ったように瞳を伏せた。
 あーあ、どうせなら満面の笑みを拝みたいものだ。
 だから――。
 彼女の輝きを曇らせるリスクになりうるなら、俺は何にだって立ち向かってやる。
 相手がたとえ【悪魔】であっても知ったことか。

   ◆

 そして訪れる放課後。
 クラス企画の核であるゲームのルールや進行方法はすでに決まっている。
 衛星軌道に打ち上げてしまえば、あとは自動で組織は動いてくれるもの。俺は安心して有馬への聞き取り調査ができる。
 場所は例によって魔法研究部の部室。
 本日はヒノエ先輩がクラスの方に顔を出すらしいので、俺と有馬の二人きり。
 部室の壁越しに、お隣の演劇部の発声練習が聞こえてくる。
 アメンボ赤いなあいうえお、浮藻に小蝦も泳いでる。風流な言い回しであるが、有馬を前にしては緊張から音律を楽しむ余裕はない。
 単なるクラスメイトに、ここまで緊張するのは馬鹿げているかもしれない。普段まったく口を聞かない相手ならともかく、結構会話する仲。
 フランクに話を聞いていった方がいいのかもしれない。
 ……そもそも有馬の方は、俺そっちのけでケータイをいじっているし。
 うん、これはフォーマルな場を装うのが阿呆らしくなってくる。
「有馬は【悪魔】で間違いないな?」
 単刀直入に切り込んでいく。
「間違ってないけど、その言い方だと私が悪女みたいね」
 苦笑いの有馬。
「すまない、言い方が悪かったな。【悪魔】のアルカナ使いって意味だ」
「らしいわね。私自身、魔法だとかアルカナ使いだとか言われてもピンと来ないけど、詳しい先輩たちが言うなら、まあそうなんでしょうね」
「いきなり『実はあなたは魔法が使えます』みたいに言われたら困るわな」
「そうそう! でも入学くらいに浮かび上がった【VX】って文字の謎が解けてすっきりした! 最初は何事かと思ったわよ」
「それな! 俺も最初は戸惑った。俺の場合は顔に数字だぜ? こんなカンジで」
 俺は言うと、髪をかき上げて【I】の呪印を提示する。
「それを隠すために翔馬の前髪は長かったわけね。私的には男子は短髪の方が好きだからもったいないなと思ってたのよ」
「短髪ならクラスの男子にも該当者いるだろ。そいつらで短髪充してくれ」
「違うわ。私は翔馬の短髪が見たいの。イケメンに限るってやつ」
 さらりととんでもない言葉をぶち込んでくる有馬。
「まあ、なんた……褒め言葉として受け止めておく」
「素直じゃないわねえ。もっと女の子にモテたいとか思わないの?」
「氷華梨がいるのに、何故他の子にモテる必要がある?」
 有馬の指摘の意味がわからない。
「翔馬って自分のカノジョを焦らしてみようとか、焼きもち焼かせてみようとか考えないの?」
「……なして?」
 ん? 段々と会話が噛み合わなくなってきたぞ。
「だって教室での翔馬と周防さん見てて、歯がゆくてしかたないんだもの。変な感じに距離を置いちゃって、でも喧嘩してるカンジでもない。あなたたち何がしたいの?」
「それは……」
 回答に困る質問だ。
 俺が氷華梨に何をしたいかなんて決まりきっている。
 もっと一緒にいたいだけだ。
 けれど、それを叶えるためにはたくさんの壁がある。その壁の乗り越え方がわからない。
「もしかして翔馬、周防さんを大切に思ってないとか?」
「そんなわけあるか! あいつは俺にとって誰よりも大切な人だ!」
 自分よりも大切と言っても過言ではないほどに。
「そう……なの……」
 有馬は何故か悲しげに視線を落とす。
「どうした?」
 いきなりの態度の変化に、俺は警戒の色を強める。
「翔馬は周防さんのどこが好きなの?」
「コイバナにありがちな質問だな」
「答えて。ちなみに『あいつの全部が好きだ』みたいなのは禁止ね。一つだけ、参考までに」
 ふむむ、ある意味で究極の質問だな。
 カノジョの好きなところを具体的に述べよ。
 これは原稿用紙五枚くらいほしいところではあるが、一言で表せば……。
「――顔」
 つまるところ、これ。
「うわ、予想外に最低な答えだ」
「俺も自分で言ってみてビックリだよ。でも、俺あいつの顔好きなんだ。勘違いしないでほしいのは『顔立ち』じゃなくて『顔つき』が好きって点な」
「何か違うの?」
「大違いさ。顔立ちってのは親からもらった部分が大きいから本人の責任は少ない。でも、顔つきってさ、その人の生き方がモロに出てくるから。ひん曲がった人生を送れば顔は歪んだものになりがちだし、人に優しく生きれば穏やかな顔つきになる」
「胡散臭い理屈だこと」
「そうでもないさ。俺は小さい頃から困った大人をいっぱい見てきた。そんな連中はさ、もちろんルックスや身なりのいい奴もいた。でも、目の中や口の端にちょっとした歪みや気持ち悪さがあったもんだ」
 ……あくまで俺の主観だけどね。
「性格は顔に出るって話? 女子の人気票を根こそぎにしかねない意見ね」
 有馬が言うと真実味があって怖い言葉だ。有馬はクラスの女子で一番発言力を持ってるわけだし。
「言い訳はしない。氷華梨のためなら、全女子を敵に回しても構わないぐらいに俺は魅了されちゃってるわけさ」
 歯の浮くような台詞かもしれないが本音なわけで、これ以外の言い回しが見つからない。
 有馬は氷点下の眼差しで俺を見ているが、お恥ずかしいので無視しよう。
「……えっと、あれだ、俺が小っ恥ずかしい質問に答えたんだ。次は有馬が質問に答えて欲しいな。有馬の魔法って何?」
「私の魔法は――略奪よ」
 冷たい瞳の中に紅蓮の炎を混じらせる有馬。
 説明が簡略化されすぎて中身がさっぱり掴めない。
 一つだけわかるのは、彼女の魔法が剣呑な部類に入ること。
 もしかして、今の俺って舌なめずりする蛇の前に置かれた蛙なのかな?
 不用意に【悪魔】に接触したのは迂闊だったかも。

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