アルカナ・ナラティブ/第15話/05

 有馬を追求するだけの精神力は俺にはない。
 部室のソファーに座ってうなだれてみた。
 考えるフリをしているが、実質的には思考停止。中身のない時間が漠然とすぎていく。
 今の俺、FXで有り金を溶かしたみたいな顔をしているんだろうな。
 有馬は俺を好きだと言って、氷華梨からの略奪を試みた。
 どうして俺は、有馬の言いなりになって彼女に口づけをしたのだろう。
 自分の行動であっても、自分で説明できない。
 説明できない以上は、氷華梨に言い訳できるわけもない。
 思い出してみても不可解だ。そもそも有馬の言い分も破綻していたな。
 俺が詐欺師だったのを有馬が知っているまでは理解できる。もはやこの学校の生徒で知らない奴はいないに等しい話だ。
 でも、俺が詐欺師で人を傷つけたからって、どうして大切な人まで傷つけろという理屈になる。
 論理の破綻。
 勝手な求刑と断罪。
 それはまるで……【正義】のアルカナ使い、名壁司の魔法みたいじゃないか。
 あいつの魔法【コンヴィクト】は相手を自由裁量で断罪できた。
 有馬が先ほどやったことは、まさしく名壁の魔法ではないか。
 いや待て、だとしたらどうして有馬が名壁の魔法を使えるんだよ。
 有馬は【悪魔】のアルカナ使い。【正義】の魔法が使える道理はない。
 名壁の魔法によく似た別の魔法ということか?
 くそ、情報が不足している。
 アルカナ使いが絡むと後手にまわりがちなのは直したいところだ。
 結局、氷華梨に謝ることもできなかったし。
 そうだ……氷華梨に謝らなければ。
 策を弄したのが有馬だとしても、不用意に彼女へ近づいたのは俺の不手際。
 だから全責任は俺にあるというのは自罰的すぎるが、少なくとも氷華梨は悪くない。
 悪くない人間が傷つくなんてあってはならないことだ。
 氷華梨は俺の顔を見たくもないと考えているかもしれない。
 でも……謝ろう。
 罵られても素直に受け入れて、誠心誠意、謝り倒そう。
 ケータイを取り出す。
 待ち受け画面には、夏休み水族館で撮った氷華梨の姿が収まっていた。
 あの夏の日の想い出をもう一度、とか懐古的なことは言わない。
 でも、彼女と想い出を作り続ける日々を手放したくはない。
 俺は、通話ボタンに手をかける。
 相手はもちろん俺の大切な人。
 出てくれるかはわからない。
 第一声から罵声を浴びせられるかもしれない。
 後ろ向きな考えが脳髄を突き刺すが、我慢するしかない。
 何度目かのコールの末、
『もしもし?』
 氷華梨の声がした。
「もしもし、お前に話したいことがある」
『私も翔馬に話したいことがある』
 予想に反して、素直に応対してくれる氷華梨。
 もしも『私には話したいことなんてない』と通話を切られたら、俺はショックで立ち直れなかった。
「俺はお前を傷つけた。それを謝りたいんだ。ごめん」
 電話越しなのに頭を下げるのは日本人的美徳ということにしておこう。
『翔馬は、電話越しに謝って許されるとでも思ってるの?』
 彼女の言葉には刺はない。
 その代わりに容赦もない。
「そもそも許されるとは思ってない。ただ、これぐらいしか思いつかなかった」
『ねえ、翔馬が本気で私に詫びる気があるなら、直接私に会いに来て』
 悲鳴みたいな声だった。
「俺に会って、どうするんだよ?」
『わからない』
「そもそも、有馬にたぶらかされた人間に会って怖くないのか?」
 これは言い訳だ。
 本当に怖がっているのは俺だ。
 氷華梨と直に会って、彼女から軽蔑の眼差しを向けられたら立ち直れる自信はない。
『怖いよ。でも、それ以上に会いたいよ。本当は嘘でしたとか言ってほしいよ』
「俺に嘘をつけと言うかい」
『翔馬は嘘つくの嫌いだもんね。だけど――翔馬は私を傷つけた。だったら、償って! 私を最後まで騙し通して!』
 通話先からの声が耳を刺す。
「ああ……。ごもっともだ。氷華梨は今どこにいる?」
『……翔馬はまだ部室? もしそうなら、覚悟して待ってて。私はあなたを許さない』
「わかった、待ってる」
 そこまで言うと通話終了。
 この先、調理室から包丁を盗んで氷華梨が現れても文句は言うまい。
 殺されるくらいに愛されているというなら、それもまた本望だ。
 裁きのときは、いとも簡単に訪れる。
 部室の扉が開け放たれて、陰鬱な表情の氷華梨が現れる。
 幸いにして手に刃物の類は持っていない。
「やあ」
 気さくぶって声をかけるしかない俺。
 氷華梨は無言のままで俺を見つめてくる。
「と、とりあえず座ろうぜ?」
 立ったままで話すのも落ち着かないので、彼女に着席を促してみる。
 俺としては氷華梨が自分と対面する位置のソファーを選ぶと思っていた。
 俺を敵とみなすなら、面と向かった位置にいた方が罵倒しやすかろう。
 けれど、蓋を開けてみると結果は違っていた。
「あ、あの氷華梨さん? どうして俺の隣に座るんでしょうか?」
 こともあろうに、彼女は右隣に鎮座した。
 さして大きくないソファーである。必然、密着するような形になっていた。
「逆に聞くけど、どうして離れて座らなきゃならないの?」
 彼女の刺々しさは付き合って最大級の値をたたき出していた。
 これ、反対側の席で睨みつけられた方がよっぽど気楽だわ。
 こういう場合の対処法を策定せねば。
 急ぎケータイでネット検索したい気持ちを抑える。そんなことをしようものなら、俺が情けなくてヘタレな人間なのが氷華梨にバレてしまう。
 ……いや、すでにバレてるだろうけど。
 自分で自分の傷口に塩を塗るのは狂気の沙汰だ。意識の高いドMアルカナ使いの称号がほしいとは思わない。
「氷華梨、あんな仕打ちを受けてまで俺とベタベタしたら、チョロイン呼ばわりされるぜ?」
「チョロ……何?」
 おやおや、ご存じなかったですか。これは失敬。
「チョロいヒロイン。略してチョロイン」
 流石に激怒するかなと思い、俺は防御姿勢をとってみる。
 もしも氷華梨が物理的コミュニケーションをしてきたら、『君と触れ合えることが嬉しい』とか言ってみよう。
 ……あれ、俺ってば意外と意識の高いドMかも。
「翔馬は……私をヒロイン扱いしてくれるの?」
 おっとっと、食いつくポイントがズレている。
「チョロいとか言われて怒らないのかよ?」
 これには言いだしっぺの俺も苦笑するしかない。
「翔馬は私をチョロいとか思う?」
「嘘が通じない上に、必要とあらば竹刀での殴り込みも辞さない女子をチョロいとは言わない」
「でも、目の前に思いっきり浮気した男子に、それでも依存心が芽生えてるけどね」
「そこを切り取るとチョロいな」
 ざっくりと氷華梨の特徴をまとめる以下の通り。
 普段は他を寄せ付けない。でも、特定の誰かには心を開く。
 な、なんということだ。俺の見立てが正しいなら、周防氷華梨という女の子は……。
「お前、すごく普通の女子だったんだな」
 下手したら貶しているとも受け取られかねない結論。
 これに氷華梨は呆れたように目をしばたかせる。
「今更気付いたの?」
 自覚済みだったみたいだ。
「お前のこと、攻略困難な高嶺の花だと思ってた」
 これは褒め言葉として受け取ってもらいたかったが、予想に反して氷華梨は不服そうだ。
「私、これでもかなり翔馬に心を開いてきたつもりだけど?」
 まあ、男性恐怖症だった初期状態に比べれば雲泥の差だ。
「うん、ありがとう」
 と言うくらいしか手が見つからない。
「さて翔馬、ここからは真剣に答えて欲しいんだけど……その……」
 姿勢を正しながら、それでも聞きづらそうに言葉を濁し始める氷華梨。
「ちゃんと言っておこう。俺は有馬と付き合うつもりはない。氷華梨と別れるつもりもない」
 氷華梨の質問を予想し、きっちりと断言しておく。
「そっか、うん。そっか……」
 感極まった声の氷華梨。
 泣き出しそうな表情だったので、俺は困っていた。
 これ以上、何か言葉を足したら彼女の感情が決壊するかもしれない。
 しかし、いや、だから。
「俺を信じて」
 彼女の耳元で囁く。
 いたいけのない少女を誑かす悪魔になったみたいな感覚。
 ついに氷華梨の涙腺が崩壊した。
「ずるいよ、翔馬。私、ひどい人を好きになっちゃったな」
「まったく、氷華梨には男を見る目がないな」
「これからは騙されたと思って翔馬についていくね」
「手厳しいお言葉ですこと」
「カノジョ以外の女子に誑かされる男子にはお似合いの言葉だよ」
 とか平然と言ってくる氷華梨。
 いやはや、彼女もずいぶんとふてぶてしくなられましたわい。
 氷華梨をこんな子にしたのは誰だ。俺が占める割合が大きい気がしてならない。
 もしかして、氷華梨が俺色に染まろうとしちゃってる?
 うわー、それは困りますよ。氷華梨が俺みたいな人間の真似しちゃいけないって。彼女には日の当たる場所で生きてほしい。
「俺はお前を裏切らない。約束する」
「本当に?」
「もしも俺が何かしでかしたら、お前の言うこと何でも聞いてやるよ」
「普通の人が言うんだったら絶対信じないけど……翔馬が言うなら信じる」
 信じられる方が、逆にしんどいけどしょうがないか。

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